2023(02)
■ヤケクソコーヒーの香り
++++
「ふっふっふふーん、ふふふふーん」
「越野さん、ご機嫌ですね」
「うわっ、ビックリしたあ。何だ、内山か。驚かすなよ」
「越野さんが浮かれすぎてたんじゃないですか? アタシの気配に気付かずに鼻歌なんて歌っちゃって」
「ウルサイ」
事務所の給湯室で新しくコーヒーを淹れていると、扉の陰から内山がビビらせてきやがった。ウチの会社ではコーヒーをある程度まとめて淹れていつでも飲めるようにしてるんだけど、新しく淹れるのは空にした奴だ。その時の時間を見てどれだけ作るか、はたまたやめるかを考える。
「あ、コーヒーだったらもうちょっとかかるぞ」
「いえ、アタシは紅茶に用事なんでお湯ですね。まだお湯あります?」
「1人2人分くらいなら大丈夫だ」
「じゃもらいますね」
「こっしーコーヒーどんだけ作った?」
「粉が無くなりそうだったんで全部ぶち込んで、ポット満タンっす」
「あー、2時過ぎにそれは作りすぎだわ。後で現場連中にも配ろうか。あと、買い出しリストに書いといてね」
「すいませーん」
確かに、ちょっと多いかなとは思ったんだよ。でも粉がなくなりそうだしいっかと思ってテキトーにぶち込んだ。それを山田さんにはしっかりと刺されつつ、自分が空にしたコーヒーを買い出しリストに書き加える。ちなみに、コーヒーは常に1袋の在庫を持つように管理されている。
作ったコーヒーは事務所の人間が飲む以外に来客用であったり現場の人が休憩で戻ってきた時に飲む用だ。今回のようなケースでは、普段コーヒーを飲まない人に飲んでもらうことで捌く必要がある。現場でコーヒー派の人ってあんまり多くなかった気がする。
「圭佑君、コーヒー飲みます?」
「万里が作り過ぎたんならもらおうかな」
「ありがとうございまーす」
給湯室で他に切れそうなモンがないかを確認してたらちょうどコーヒーが出来たので、圭佑君のアイボリー色のマグにコーヒーを注いで席まで持って行く。袋をそのままひっくり返したヤケクソコーヒーなのでちょっと濃いめ。事務所がコーヒーの匂いでいっぱいだ。
「濃っ」
「最後の最後の粉という粉まで余すところ無く入れてますからね」
「圭佑、現場の人飲めそう?」
「いつもの味とは違うかなって気付く人は気付くと思いますけど、最悪塩見さんに預ければどうにでもなりますよ。それに、大石君とか長岡君とか、普段飲まない子たちなら違いにも気付かないでしょうしね」
「確かに。ちーちゃんと長岡ちゃんに配って、それでダメなら最終手段のオミだ」
「塩見さんが最終手段的な感じになるんですか?」
「アイツは基本水飲んでるけど、口に入る物なら大体の物は食べれるし飲めるから。こっちが言えばコーヒーだって飲むんだよ」
「へえ、そうなんですね」
大石と長岡は水分補給も基本的には現場で済ませてるから事務所には座りに来るくらいだし、飯を食いに来たときは大体お茶を飲んでるからコーヒーのイメージはない。奴らならちょっとコーヒーが濃いくらい気付かないだろう。所長とかハタケさんみたいに1日2杯3杯飲む人になるとちょっとマズいんだけど。
で、塩見さんの扱いだよ。俺らくらいのポジションの人間からしたら圧とか畏怖みたいなモンもあるけど、その辺はさすがベテランと言うか何と言うか、山田さん程にもなると塩見さんすら若者扱いだし、あの人の一般的な感覚とはちょっとズレてるところもズバッと突くもんなあ。
「さ、3時だよ! こっしーコーヒー配る準備!」
「やらせていただきまーす」
コーヒーは基本的に各自で欲しいだけ注ぐスタイルだけど、今回は俺の過失で発生した余剰分のコーヒーを普段飲まない人にお勧めしなければならないので責任を持って準備をする。ああ、給湯室がコーヒーコーヒーしてる。
「はー、疲れたぁー」
「長岡、大石、コーヒー飲んでくれ」
「え、コーヒー?」
「越野、もしかして余りそうなの?」
「そうなんだよ。お前らが飲んでくれれば捨てられて無駄になることもねーから」
「それはもったいないね。じゃあもらおうかな」
「サンキュー。長岡、お前も飲むよな」
「俺に拒否権なくない? 越野君の圧が強い」
「あ?」
「あーゴメンゴメン、飲むから許して」
「それたーんと飲めよー」
「わーっ! 多いよ!」
「今日の俺特製コーヒーは美味いぞ~」
後で長岡のトイレが近くなっても俺の責任じゃない。コイツが俺の圧とか言うのが悪い。
「ん。本当だね。いつもより濃い気がする。俺でも味がわかるよ」
「そうだろそうだろ」
「苦っ! 越野君ミルクとか砂糖ってある?」
「ポットの横にあるから好きに使っていいぞ」
「それはいいけど入れたら溢れそうなんだけど越野君!」
「すすればいいだけのことだろ」
「鬼~!」
長岡はブラックコーヒーが苦手なのか? いつもお茶を飲んでいる理由がちょっとわかったような。どうにかミルクと砂糖をマグカップに入れることが出来て、普通に飲めるようになったらしい。
「お。何か事務所コーヒーの匂い強いっすね」
「あーオミ! アンタもコーヒー飲んであげて! こっしーが作り過ぎちゃって」
「そういうことならもらいます」
「あんがと! こっしー、オミにコーヒー!」
「はぁーい!」
えーっと、塩見さんのマグってどれだったっけ…? あんま使わない人のは覚えてないんだよなあ。いや、塩見さんに関しては覚えてないって言うより知らないって言う方が正しいかもしれない。
「山田さーん! 塩見さんてマグあるんですかー?」
「やたらかわいいツミツミのヤツ!」
「あ、これ!? かわっ」
塩見さんとキャラクター物というイメージが一切なかったので、やたらかわいいツミツミのマグカップと聞いて、そしてその現物を見てギャップに引いてしまっている。ただ、やたらかわいいツミツミのマグカップはこれひとつしかないので、それにコーヒーを注ぎ、配膳する。
「塩見さん、ご協力に感謝します」
「おう。時間帯を読み間違えたか」
「粉の残量が、ちょうど全部ぶち込むのに良かったんですよ」
「なるほどな。……うん、通常の1.3回分くらいの濃さではある」
「お口に合わなければすみません」
「いや、俺は何でも食えるし飲める。問題ねえ」
「恐縮です」
つか塩見さんとやたらかわいいマグカップが合わねえ。それはそうと現場の皆さんに配って何とか今日中にコーヒーを捌けそうなレベルに持って行くことが出来た。俺も今日はもう1杯くらいコーヒーを飲むことになりそうだ。
「越野ー、ごちそうさまー」
「あ、マグは流しに置いといてくれれば俺がやっとくし。現場に行ってくれ」
「そう? ごめんねー」
飲んだ後のマグカップは自分で片付けるのが基本だけど、現場の皆さんに関しては今日は俺がまとめて洗って片付ける。洗い物まで済ませて流しの仕事は一段落。
「はー…! 何とかなったぁー…!」
「越野さんお疲れさまです」
「ホントに。つかああいう時って明日の粉を中途半端に残すかどうかの判断が困る」
「気持ちはちょっとわかります」
「内山、お前ならどうしてた?」
「アタシはポット半分だけ作って粉は残しますね」
「あっそう」
end.
++++
この話のポイントは塩見さんのマグカップ。スガPからの夢の国土産。(P1参照)
ナノスパ内何でも食える飲めるランキング上位に来る塩見さん。1位は不動の烏丸大地。
(phase3)
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「ふっふっふふーん、ふふふふーん」
「越野さん、ご機嫌ですね」
「うわっ、ビックリしたあ。何だ、内山か。驚かすなよ」
「越野さんが浮かれすぎてたんじゃないですか? アタシの気配に気付かずに鼻歌なんて歌っちゃって」
「ウルサイ」
事務所の給湯室で新しくコーヒーを淹れていると、扉の陰から内山がビビらせてきやがった。ウチの会社ではコーヒーをある程度まとめて淹れていつでも飲めるようにしてるんだけど、新しく淹れるのは空にした奴だ。その時の時間を見てどれだけ作るか、はたまたやめるかを考える。
「あ、コーヒーだったらもうちょっとかかるぞ」
「いえ、アタシは紅茶に用事なんでお湯ですね。まだお湯あります?」
「1人2人分くらいなら大丈夫だ」
「じゃもらいますね」
「こっしーコーヒーどんだけ作った?」
「粉が無くなりそうだったんで全部ぶち込んで、ポット満タンっす」
「あー、2時過ぎにそれは作りすぎだわ。後で現場連中にも配ろうか。あと、買い出しリストに書いといてね」
「すいませーん」
確かに、ちょっと多いかなとは思ったんだよ。でも粉がなくなりそうだしいっかと思ってテキトーにぶち込んだ。それを山田さんにはしっかりと刺されつつ、自分が空にしたコーヒーを買い出しリストに書き加える。ちなみに、コーヒーは常に1袋の在庫を持つように管理されている。
作ったコーヒーは事務所の人間が飲む以外に来客用であったり現場の人が休憩で戻ってきた時に飲む用だ。今回のようなケースでは、普段コーヒーを飲まない人に飲んでもらうことで捌く必要がある。現場でコーヒー派の人ってあんまり多くなかった気がする。
「圭佑君、コーヒー飲みます?」
「万里が作り過ぎたんならもらおうかな」
「ありがとうございまーす」
給湯室で他に切れそうなモンがないかを確認してたらちょうどコーヒーが出来たので、圭佑君のアイボリー色のマグにコーヒーを注いで席まで持って行く。袋をそのままひっくり返したヤケクソコーヒーなのでちょっと濃いめ。事務所がコーヒーの匂いでいっぱいだ。
「濃っ」
「最後の最後の粉という粉まで余すところ無く入れてますからね」
「圭佑、現場の人飲めそう?」
「いつもの味とは違うかなって気付く人は気付くと思いますけど、最悪塩見さんに預ければどうにでもなりますよ。それに、大石君とか長岡君とか、普段飲まない子たちなら違いにも気付かないでしょうしね」
「確かに。ちーちゃんと長岡ちゃんに配って、それでダメなら最終手段のオミだ」
「塩見さんが最終手段的な感じになるんですか?」
「アイツは基本水飲んでるけど、口に入る物なら大体の物は食べれるし飲めるから。こっちが言えばコーヒーだって飲むんだよ」
「へえ、そうなんですね」
大石と長岡は水分補給も基本的には現場で済ませてるから事務所には座りに来るくらいだし、飯を食いに来たときは大体お茶を飲んでるからコーヒーのイメージはない。奴らならちょっとコーヒーが濃いくらい気付かないだろう。所長とかハタケさんみたいに1日2杯3杯飲む人になるとちょっとマズいんだけど。
で、塩見さんの扱いだよ。俺らくらいのポジションの人間からしたら圧とか畏怖みたいなモンもあるけど、その辺はさすがベテランと言うか何と言うか、山田さん程にもなると塩見さんすら若者扱いだし、あの人の一般的な感覚とはちょっとズレてるところもズバッと突くもんなあ。
「さ、3時だよ! こっしーコーヒー配る準備!」
「やらせていただきまーす」
コーヒーは基本的に各自で欲しいだけ注ぐスタイルだけど、今回は俺の過失で発生した余剰分のコーヒーを普段飲まない人にお勧めしなければならないので責任を持って準備をする。ああ、給湯室がコーヒーコーヒーしてる。
「はー、疲れたぁー」
「長岡、大石、コーヒー飲んでくれ」
「え、コーヒー?」
「越野、もしかして余りそうなの?」
「そうなんだよ。お前らが飲んでくれれば捨てられて無駄になることもねーから」
「それはもったいないね。じゃあもらおうかな」
「サンキュー。長岡、お前も飲むよな」
「俺に拒否権なくない? 越野君の圧が強い」
「あ?」
「あーゴメンゴメン、飲むから許して」
「それたーんと飲めよー」
「わーっ! 多いよ!」
「今日の俺特製コーヒーは美味いぞ~」
後で長岡のトイレが近くなっても俺の責任じゃない。コイツが俺の圧とか言うのが悪い。
「ん。本当だね。いつもより濃い気がする。俺でも味がわかるよ」
「そうだろそうだろ」
「苦っ! 越野君ミルクとか砂糖ってある?」
「ポットの横にあるから好きに使っていいぞ」
「それはいいけど入れたら溢れそうなんだけど越野君!」
「すすればいいだけのことだろ」
「鬼~!」
長岡はブラックコーヒーが苦手なのか? いつもお茶を飲んでいる理由がちょっとわかったような。どうにかミルクと砂糖をマグカップに入れることが出来て、普通に飲めるようになったらしい。
「お。何か事務所コーヒーの匂い強いっすね」
「あーオミ! アンタもコーヒー飲んであげて! こっしーが作り過ぎちゃって」
「そういうことならもらいます」
「あんがと! こっしー、オミにコーヒー!」
「はぁーい!」
えーっと、塩見さんのマグってどれだったっけ…? あんま使わない人のは覚えてないんだよなあ。いや、塩見さんに関しては覚えてないって言うより知らないって言う方が正しいかもしれない。
「山田さーん! 塩見さんてマグあるんですかー?」
「やたらかわいいツミツミのヤツ!」
「あ、これ!? かわっ」
塩見さんとキャラクター物というイメージが一切なかったので、やたらかわいいツミツミのマグカップと聞いて、そしてその現物を見てギャップに引いてしまっている。ただ、やたらかわいいツミツミのマグカップはこれひとつしかないので、それにコーヒーを注ぎ、配膳する。
「塩見さん、ご協力に感謝します」
「おう。時間帯を読み間違えたか」
「粉の残量が、ちょうど全部ぶち込むのに良かったんですよ」
「なるほどな。……うん、通常の1.3回分くらいの濃さではある」
「お口に合わなければすみません」
「いや、俺は何でも食えるし飲める。問題ねえ」
「恐縮です」
つか塩見さんとやたらかわいいマグカップが合わねえ。それはそうと現場の皆さんに配って何とか今日中にコーヒーを捌けそうなレベルに持って行くことが出来た。俺も今日はもう1杯くらいコーヒーを飲むことになりそうだ。
「越野ー、ごちそうさまー」
「あ、マグは流しに置いといてくれれば俺がやっとくし。現場に行ってくれ」
「そう? ごめんねー」
飲んだ後のマグカップは自分で片付けるのが基本だけど、現場の皆さんに関しては今日は俺がまとめて洗って片付ける。洗い物まで済ませて流しの仕事は一段落。
「はー…! 何とかなったぁー…!」
「越野さんお疲れさまです」
「ホントに。つかああいう時って明日の粉を中途半端に残すかどうかの判断が困る」
「気持ちはちょっとわかります」
「内山、お前ならどうしてた?」
「アタシはポット半分だけ作って粉は残しますね」
「あっそう」
end.
++++
この話のポイントは塩見さんのマグカップ。スガPからの夢の国土産。(P1参照)
ナノスパ内何でも食える飲めるランキング上位に来る塩見さん。1位は不動の烏丸大地。
(phase3)
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