2023(02)

■プランターとプラン

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「ああ、朝霞。来てくれてありがとう」
「今日は何の用件で呼ばれたんだ? 買い物って話だけど。服か?」
「服はファミリーセールでしか買わないよ。今日一緒に見て欲しいのは園芸用品だね」
「園芸?」

 大石から「買い物の相談に乗って欲しい」と連絡が入ったときには、俺が相談に乗れそうな分野だったら服かなと思ったんだけど、よく考えなくてもコイツはファミリーセールで買ったスウェットを着回しているような奴で、ファッションには無頓着だ。
 で、何かと思えば園芸用品だ? 正直に言って全くの管轄外だし、俺に何を期待したんだと思う。それでホームセンターに来たんだけど、ホームセンターなんか一人暮らしを始めてからもそうそう来たことがないからどうしたものかと。

「つか、明らかな人選ミスじゃないか? 何で俺になった」
「星ヶ丘って農学部があるでしょ? 宇部さんの友達がやってるっていう畑のイメージが強くて、じゃあ朝霞かなって」
「俺は農学部じゃねーぞ」
「知ってるんだけど、そこを何とか」

 畑と言えば星ヶ丘の農学部、となるのは百歩譲ってわからないでもない。日野の畑は確かにとんでもない規模だ。前に宇部に連れられてみちると一緒に見に行ったことがあるけど、そりゃこんな畑をやってりゃ食い切れなくて配る羽目になるよな、と納得した。

「で、お前が畑をやるのか?」
「畑って言うほど大がかりなものじゃないんだけど、プランターで出来る家庭菜園に興味が沸いて」
「へー、なるほどな。ああ、確かにお前ン家の庭だったらプランターもいくつか置けそうだな。つか土のところなかったか? あそこを耕したりとか」
「あそこは母さんの花壇で、今も花を植えてるから潰せないよ」
「ああ、そうだったのか。それは潰せないな。じゃあやっぱプランターになるのか。で、何で急に菜園をやろうと」
「去年の年末に塩見さん主催のすき焼き大会があったんだけど」
「ああ、俺も誘われてたけど仕事してて行けなかったわ」
「あの会で伊東さん……カズの姉さんに久々に会って、義理の妹さんにもらったっていう家庭菜園キットの話になったんだよね。伊東さんて薬味がすっごい大好きで、自分でネギを育ててるんだって」
「ああ、何か姉貴の薬味好きはカズの比じゃないとは聞くな」
「俺たちからしたらカズもすっごい薬味好きの印象だけどね、伊東さんはとにかくすごいんだよ」

 話によれば、学生の頃に伊東さんは当時サークルの先輩だったカズの姉貴の誕生日にプランター、土、肥料とネギの種をプレゼントしたそうだ。塩見さん宅で行われていた魯山人風のすき焼きにもそこで育ったネギが使われていたとか。
 そこで野菜を育てることに興味を持った大石が、自分もやってみたら出来るんじゃないかと思ったらしい。本当は大学4年の頃にやろうと思っていたが、バタバタしていて忘れていたそうだ。逆に社会人になった今の方が生活リズムも一定だし案外やりやすいのではないか、と。

「で、具体的に何を育てたいとか」
「夏野菜は育ててると買う必要が無くなるって言うよねえ」
「確かに、日野が無尽蔵に持って来てた印象がある」
「トマトとかキュウリは実際育てやすそうだなって」
「プランター園芸でちょっと調べてみるか」

 ……と、調べてみると大体の野菜は育てることが出来ると書いてあったので、それこそ食いたい物を育てればいいんじゃないかって。枝豆もベランダで育てられるというのは魅力的だと思ったけど、俺の生活様式じゃちゃんと世話出来なさそうだし大人しく出来た物を買おう。
 育てられる物はそれこそ代表的な夏野菜のトマトやキュウリ、ナス、ピーマンに始まり、枝豆、ブロッコリー、ニンニクなんてのもある。ジャガイモやサツマイモだって出来てしまうそうだ。シソや二十日大根をプランターからちょっと拝借して料理する、なんてことも。

「あ、アスパラもいいね。1回植えたら何年も収穫出来るんだって」
「へえ、野菜って1年ごとに枯れる印象だけど、アスパラは長く穫れるのか」
「でも初めだからとりあえず二十日大根とミニトマト、それから小松菜にしてみようかな」
「出来たら俺にも味見させてくれ」
「いいよ。あっ、パセリも育ててみようかなあ」
「おっ、いいじゃねーか。でも、お前パセリ食べてたか?」
「兄さんが「パセリの栄養って実はすっごいのよ」って、唐揚げとかに結構な量を添えるようになったんだよね。スープに入れたり」
「一般的には食わない奴の方が多いから俺がパセリ食ってると変な顔されるんだけど、そうなんだよ、食えるんだよパセリは。なんなら脂っこい物とか食べた時にはさっぱりするから積極的に食いたい」
「朝霞ってパセリ好きだよねー」
「普通に食うよ」
「パセリは鉢植えで育てられるって。へえ、台所に置いててもいいんだ。やってみよーっと」

 あれとそれとこれと、と大石はプランターや底に敷く石なんかの園芸用品をカートに乗せていく。野菜を育てるにしても初心者は種からじゃなくて苗から育てるのがいいらしいので、苗が売り出される頃にまた来るそうだ。その頃には花壇に植える花も買いに来るから、と。

「うまく出来るといいなあ」
「そうだな。あ、そう言えばさ」
「うん」
「お前の会社で事務やってるさくらちゃんなる女子? どういう感じの人なんだ? 壮馬がライブのチケット渡したそうだけど」
「内山さん? 高卒の子だけど最近はすごくしっかりしてきて、俺や越野も一本取られることが増えてきたね。病気とかしないし事務員さんなのに出荷の残業も積極的にやっていくし、真面目で活発って感じかな。え、何かあったの?」
「まだ何も聞いてないけど、壮馬が「運命の出会いをしたんす!」っつって目ぇ輝かせてたから」
「“運命”かー……縁起でもない言葉に聞こえちゃうのは何でだろう」
「同じ顔が浮かんでるんじゃないか、大石。俺も最初聞いた時はあの顔が浮かんだ」
「その辺は大丈夫だと思うけど。壮馬関係の事柄は塩見さんに相談してるし」
「相談相手が強過ぎんだよ」
「内山さんがライブの引率を塩見さんに頼んでるときの感じとか、ホントに只者じゃないなって思ったもん。剛胆っていうのがしっくり来る」


end.


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フェーズ1の話を読み返しててちーちゃんが園芸云々言ってたのを発見したのでまあこうなる

(phase3)

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