2023
■教養と学び直し
++++
「あっ、おーすすがやん」
「おはよー。シノが本なんて珍しいな。何読んでんの?」
「これ? 中学理科の本。ほら、教養のあるオトナ? 憧れるじゃんか」
シノが俺に見せてくれた本の表紙には、「日常生活と中学理科」と書かれている。多分タイトルの通り、俺たちの日常生活の中で理科、つまり科学がどのように関わってるのかが紹介されているんだろう。でも、シノが本を読むっていうイメージはなかったから正直かなり驚いている。
「何で中学理科?」
「ほら、俺バイトの都合で乙4の資格取ったじゃん」
「あー、そうだな! ガソリンスタンドに必須なんだろ?」
「その勉強をするときに果林先輩から「中学理科が分かってれば楽勝」みたいな感じで言われたんだけど、中学ン時とか学校の勉強が社会に出て何の役に立つんだと思ってるから全然意味わかんないままになっててめっちゃ苦労したんだよ」
「あー、わかる。学校の勉強より好きなことを突き詰めたいよな」
「他にも、教養はあった方がいいかもしれないって思う出来事がいくつかあって、手始めにこういうのから始めようかと。目次見てたら、水素電池の原理だとか、そういうことにも触れてるみたかったから」
「そっか、シノって車とかバイク好きだもんな」
「中学理科の内容で説明付くの!? って。じゃあ俺には中学理科の知識は必要かもしれないって思って読んでるトコ」
「へー。俺にもちょっと目次見せてー」
「いいよ。ほい」
「サンキュー」
目次を見せてもらうと、ちゃんと生物・化学・地学・物理の4項目を押さえた上で、環境の話にも触れているようだ。俺的にはやっぱり地学の項目が気になるかなー。シノが言ってた水素電池がどうこうというのは化学の項目で、電子やイオンに関わる内容のようだ。確かに化学式が出て来たりするとワケわかんなくなる人はいるよなー。原子とか分子とかややこしいなーとか。
春風と奏多によれば、物理を担当してるらしいうちの母さんの授業は結構評判いいらしいけど、内容が難しくなると先生の相性もあったりなかったりで授業の内容が全然入って来ないとかも正直ある。だからこういう本で、自分たちの生活のどこにこんな科学が関わってるんですよ、と教科書よりも柔らかい言葉で紹介してもらえるのはいいな。
「そんでさっき地学の項目に入ったんだけど、地層の話のトコですがやんの顔が浮かんでさ」
「おっ、それは嬉しいね」
「普段俺は地層とか全く興味ないけど、すがやんてどんなコトに興味あんだろと思ってフツーに読んじまったわ。地球上には人による記録がない時代の方が圧倒的に多いけど、どんな時代だったかは地層に残されているって書いてあってさ。ワンチャン今まで見つかってない新しい時代の証拠とか見つけたときにはうわーってなるんかなとか。すがやんの言うロマン的な?」
「そーそーそー! そーゆーコト! ……コホン。ごめん、熱くなった。そーなんですよシノ君、地学の面白さをほんの少しでもお分かりいただけますか!」
「ほんの少しな! 俺、すがやんほどガチってないから!」
「うん、わかってる。俺も自分と同じレベルで話せる人がそこらにいるとは思ってないし、こんな話を聞いてくれるのも春風以外にいないってわかってるから」
「ナチュラルに惚気たか?」
「いや、地学ってのは天文学とも密接に関わるんだよ」
「あーうんよくわかんねーけど専門的な話をすることで互いにシナジーがあんのな?」
「そういうこと」
俺も正直天文学はそこまでだけど、春風ってどんなことが好きなんだろうと思ってそれまでよりはちょっと興味を持って触れる機会が増えたように思う。物や事柄を見て知ってる誰かの顔が浮かんで、その人は何が好きなんだろうって思って一歩踏み込む。そうすることで自分の好きなことに対するヒントが得られたりもする。
「すがやんて文学部じゃん」
「そうだな」
「でも地学って理科じゃん」
「そうだな」
「文系なのに理科の内容バッチリとかすがやんて実は相当強い?」
「いや、俺は化学はそんなだよ」
「あ、そーなんか」
「でも数学とか理科の方が得意だったかなー」
「は!? 文学部だろ!? 国英社は!? つか歴史とか強いんじゃねーの!?」
「国語と英語は今後何になろうとしても必要だからそれなりにはやってたんだけど、実は社会ってそこまでなんだわ。特に歴史」
「え~!? それは詐欺だろ!」
「や、俺が好きなトコって、教科書の最初の方で終わっちまうからさ」
「あ、そう言われてみりゃ確かに」
「正直最近のことってよくわかんねーわ。西暦で数え始めたらもーアウトよ。いや、最低限知ってはいるんだけど、そこまで詳しくないっていうか! それこそ俺も中学社会の学び直しをしなきゃいけないレベルで」
「すがやん、そもそも西暦で数え始めたら最近って。2000年前を最近って感覚がそもそも俺には理解出来ねーんだわ」
「シノにとっての歴史は産業革命くらいから?」
「いや、わかんね」
俺や春風が互いの学術の話をする上で、2000年なんかは本当に最近のことというレベルの話になるし、俺の方はともかくとして、春風の方だとそれっくらいならマジで誤差の範囲になっちまうそうだから桁のスケールだよ。まあ、天文学的数字って言うくらいだもんな。デカい数字の代名詞だよなー。
「でも、シノは偉いよ。教養が必要だって思って、学び直しが出来るんだから」
「大学って専門的な知識を学べるトコじゃん? でも、そもそも俺は専門的な話を学ぶ前の基礎が微妙なんだよ。テストだっていつまでもササに頼りっ放しじゃいられねーし。社会学が何なのか未だによくわかってねーんだよ」
「社会学ってその辺曖昧だよなー。考古学みたいにパキッとしてないって言うか」
「モータースポーツとメディアを絡めた研究を始めてみたいとは思って図書館で本読み漁ってるけど、車関係の本じゃなかったらあんな細かい字の本なんて読めねーよ」
「それはマジでそう! 興味があるから本は読めるし、内容が頭に残るんだよなー。よーし、気分が乗ってるうちに俺も最近の歴史を学び直すぞー!」
end.
++++
シノが教養が必要だと思ったのは夏合宿での名刺の件やプチメゾンでのあれこれ。
好きな内容が教科書の最初の方で終わった後のハニワの子・すがやんの様子がちょっと気になる。
(phase3)
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「あっ、おーすすがやん」
「おはよー。シノが本なんて珍しいな。何読んでんの?」
「これ? 中学理科の本。ほら、教養のあるオトナ? 憧れるじゃんか」
シノが俺に見せてくれた本の表紙には、「日常生活と中学理科」と書かれている。多分タイトルの通り、俺たちの日常生活の中で理科、つまり科学がどのように関わってるのかが紹介されているんだろう。でも、シノが本を読むっていうイメージはなかったから正直かなり驚いている。
「何で中学理科?」
「ほら、俺バイトの都合で乙4の資格取ったじゃん」
「あー、そうだな! ガソリンスタンドに必須なんだろ?」
「その勉強をするときに果林先輩から「中学理科が分かってれば楽勝」みたいな感じで言われたんだけど、中学ン時とか学校の勉強が社会に出て何の役に立つんだと思ってるから全然意味わかんないままになっててめっちゃ苦労したんだよ」
「あー、わかる。学校の勉強より好きなことを突き詰めたいよな」
「他にも、教養はあった方がいいかもしれないって思う出来事がいくつかあって、手始めにこういうのから始めようかと。目次見てたら、水素電池の原理だとか、そういうことにも触れてるみたかったから」
「そっか、シノって車とかバイク好きだもんな」
「中学理科の内容で説明付くの!? って。じゃあ俺には中学理科の知識は必要かもしれないって思って読んでるトコ」
「へー。俺にもちょっと目次見せてー」
「いいよ。ほい」
「サンキュー」
目次を見せてもらうと、ちゃんと生物・化学・地学・物理の4項目を押さえた上で、環境の話にも触れているようだ。俺的にはやっぱり地学の項目が気になるかなー。シノが言ってた水素電池がどうこうというのは化学の項目で、電子やイオンに関わる内容のようだ。確かに化学式が出て来たりするとワケわかんなくなる人はいるよなー。原子とか分子とかややこしいなーとか。
春風と奏多によれば、物理を担当してるらしいうちの母さんの授業は結構評判いいらしいけど、内容が難しくなると先生の相性もあったりなかったりで授業の内容が全然入って来ないとかも正直ある。だからこういう本で、自分たちの生活のどこにこんな科学が関わってるんですよ、と教科書よりも柔らかい言葉で紹介してもらえるのはいいな。
「そんでさっき地学の項目に入ったんだけど、地層の話のトコですがやんの顔が浮かんでさ」
「おっ、それは嬉しいね」
「普段俺は地層とか全く興味ないけど、すがやんてどんなコトに興味あんだろと思ってフツーに読んじまったわ。地球上には人による記録がない時代の方が圧倒的に多いけど、どんな時代だったかは地層に残されているって書いてあってさ。ワンチャン今まで見つかってない新しい時代の証拠とか見つけたときにはうわーってなるんかなとか。すがやんの言うロマン的な?」
「そーそーそー! そーゆーコト! ……コホン。ごめん、熱くなった。そーなんですよシノ君、地学の面白さをほんの少しでもお分かりいただけますか!」
「ほんの少しな! 俺、すがやんほどガチってないから!」
「うん、わかってる。俺も自分と同じレベルで話せる人がそこらにいるとは思ってないし、こんな話を聞いてくれるのも春風以外にいないってわかってるから」
「ナチュラルに惚気たか?」
「いや、地学ってのは天文学とも密接に関わるんだよ」
「あーうんよくわかんねーけど専門的な話をすることで互いにシナジーがあんのな?」
「そういうこと」
俺も正直天文学はそこまでだけど、春風ってどんなことが好きなんだろうと思ってそれまでよりはちょっと興味を持って触れる機会が増えたように思う。物や事柄を見て知ってる誰かの顔が浮かんで、その人は何が好きなんだろうって思って一歩踏み込む。そうすることで自分の好きなことに対するヒントが得られたりもする。
「すがやんて文学部じゃん」
「そうだな」
「でも地学って理科じゃん」
「そうだな」
「文系なのに理科の内容バッチリとかすがやんて実は相当強い?」
「いや、俺は化学はそんなだよ」
「あ、そーなんか」
「でも数学とか理科の方が得意だったかなー」
「は!? 文学部だろ!? 国英社は!? つか歴史とか強いんじゃねーの!?」
「国語と英語は今後何になろうとしても必要だからそれなりにはやってたんだけど、実は社会ってそこまでなんだわ。特に歴史」
「え~!? それは詐欺だろ!」
「や、俺が好きなトコって、教科書の最初の方で終わっちまうからさ」
「あ、そう言われてみりゃ確かに」
「正直最近のことってよくわかんねーわ。西暦で数え始めたらもーアウトよ。いや、最低限知ってはいるんだけど、そこまで詳しくないっていうか! それこそ俺も中学社会の学び直しをしなきゃいけないレベルで」
「すがやん、そもそも西暦で数え始めたら最近って。2000年前を最近って感覚がそもそも俺には理解出来ねーんだわ」
「シノにとっての歴史は産業革命くらいから?」
「いや、わかんね」
俺や春風が互いの学術の話をする上で、2000年なんかは本当に最近のことというレベルの話になるし、俺の方はともかくとして、春風の方だとそれっくらいならマジで誤差の範囲になっちまうそうだから桁のスケールだよ。まあ、天文学的数字って言うくらいだもんな。デカい数字の代名詞だよなー。
「でも、シノは偉いよ。教養が必要だって思って、学び直しが出来るんだから」
「大学って専門的な知識を学べるトコじゃん? でも、そもそも俺は専門的な話を学ぶ前の基礎が微妙なんだよ。テストだっていつまでもササに頼りっ放しじゃいられねーし。社会学が何なのか未だによくわかってねーんだよ」
「社会学ってその辺曖昧だよなー。考古学みたいにパキッとしてないって言うか」
「モータースポーツとメディアを絡めた研究を始めてみたいとは思って図書館で本読み漁ってるけど、車関係の本じゃなかったらあんな細かい字の本なんて読めねーよ」
「それはマジでそう! 興味があるから本は読めるし、内容が頭に残るんだよなー。よーし、気分が乗ってるうちに俺も最近の歴史を学び直すぞー!」
end.
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シノが教養が必要だと思ったのは夏合宿での名刺の件やプチメゾンでのあれこれ。
好きな内容が教科書の最初の方で終わった後のハニワの子・すがやんの様子がちょっと気になる。
(phase3)
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