2023

■お餅もちもち餅の山

++++

「こっしー、ちょっと荷受行って鏡餅回収して来てくれる?」
「わかりました」

 正月前に飾り付けていた飾りを回収して、会社は少しずつ日常に戻っていく。最初はしめ縄や酒瓶を引っ込めて、鏡餅はしばらく飾ったままにしていたけど、これが無くなると本格的に本年に入ったのだという感じがする。何て言うか、こういう正月らしい正月飾りを実際に見るのも久し振りだったし、内山に至ってはこんなのが本当にあるんだという目で見ていた。
 今日はこれから鏡開きをするそうだ。事務所と荷受けに飾っていたデカい鏡餅を切り分けて、雑煮にして食べるらしい。餅屋で買ったガチでマジなデカい餅だ。山田さんと内山が雑煮の支度をしてくれているし、デカくて固い餅は所長が包丁で切っている。全身で力を掛けているようなので、確かにこりゃ女性陣じゃ厳しそうだなと思う。

「山田さーん、持って来ましたー」
「ありがと。所長に切ってもらってくれる?」
「わかりました。所長、お願いします」
「おうよ」

 今年は新卒を思い切っていっぱい採用した結果、会社側が思うより定着したのでいい意味での誤算が起きているらしかった。この仕事のしんどさにもっと早々に辞めて行くであろうことを念頭に頭数を採ろうとしていたようなのだけども。確かに入社早々辞めていった奴もいたけど、何だかんだ俺は今のところ辞める理由はない。
 人数が去年までより目に見えて増えているので、奮発して鏡餅のグレードも上げたらしかった。所長が一生懸命切ってくれているけどとにかく凄い餅の山。パートさんを含めたみんなで分けて食べるそうだけど、それでも1人何個食うことになるんだよって感じだ。大石みたいな奴がおかわりをするんだろうか。

「越野君、山田さんに渡して焼いてもらってくれー」
「わかりました。山田さーん」
「はいはい了解。こっしー、これ焼けたの器に盛ってくれる?」

 雑煮の準備でも俺は便利屋属性を如何なく発揮するらしい。所長と山田さんの間を行ったり来たり。つーか所長が餅切ってるところから流しのある給湯室まで徒歩何秒とかの距離感だっつーのに。いや、いいんだけど。どっちも作業に集中してるんだろう。運送業者の気分だ。餅配送料の賃上げ請求でもしてやろうか。

「これ、デカめのお椀は何か違うんですか?」
「普通のが女子と事務所用で餅2個。大きいのが現場の男性陣用で餅3個ね」
「確かに事務所にいて餅3個は食い過ぎになりますね」
「あっでも食べたかったらおかわりあるし、全然食べて大丈夫だからねこっしー」
「そこは現場の人たち優先で大丈夫っす」
「越野さん追加のお餅とネギです」
「サンキュ」

 内山と一緒に餅やネギを盛り付けて、休み時間のチャイムが鳴った頃に熱い汁をかける。それで現場から戻って来た人たちに配ることになっている。人数分の餅が焼けるまでにはもうしばらくかかるけど、まだまだ所長は餅を切っている。余った分は明日以降の休み時間にもちょこちょこ焼かれるらしい。

「そう言えば、塩見さんて餅とか食うんですか? 会社でゆで卵以外の物食べてるの、遅くなった時の出前くらいしか見たことないんすけど」
「ああ、食べる食べる。なんなら人一倍食べるよアイツは。ゆで卵が主食ではあるけど出された物は何でも食べるからね。何でもシンプルなのが好きって言って焼いただけの餅をそのまま食べるような奴だけど、あれば砂糖醤油とかも普通に使うし、むしろ好きなんじゃないかな」
「焼いただけの餅をそのまま手掴みで食べてすぐ現場に戻りそうなイメージです」
「イメージはね。あんなナリだけど行儀はいいんだよ」
「山田さん、アタシお餅1個砂糖醤油で食べていいですか? 今の話聞いてたら砂糖醤油で食べたくなっちゃいました」
「あー、いいよいいよ、作りなウッチー」
「このお餅って明日の分もあるんですよね?」
「この感じだと明後日くらいまでは餅を焼いてるかも」
「じゃあ明日はきな粉持って来ようっと」

 若い子は餅が続くのにも前向きでいいねえと山田さんが目を細めている。つーか普通に昼飯の弁当は用意して来てるはずなのに、餅を食う気満々なのは大丈夫なんだろうか。新卒以外の人はこの時期が鏡開きだって知ってるからその辺もセーブしてるだろうけど。……とかやっていたら休憩のチャイムが鳴る。このタイミングでお椀に汁を盛り、戻って来る人たちを待つ。

「えっ、なにこれ!? てかめっちゃいい匂い」
「今日は鏡開きだから、こうやってお雑煮を食べるんだよ」
「へー、そういうのがあるんだ」
「大石、長岡、お前らそっちのデカい方な」
「わー、ありがとー」
「てか餅多っ!? これ何個あんの!?」
「現場の男子は3つだってよ」
「越野君は? 何個?」
「俺は事務所カウントだから2個だな」
「餅3つも食べて昼食べれるかなあ…?」
「現場で働いてたらちゃんとお昼にはお腹空くよ。大丈夫大丈夫」
「それは大石君だからじゃないかなあ」

 多分長岡の感覚が一般的なんだろうけど、他にも戻ってきている現場の男性陣は驚く様子もないしきっとこういう感じで毎年やっているんだろう。あと、受け持っている場所によっては大石の感覚も決して間違いではなくて、10時の休みに餅を食っても12時の昼休憩には弁当を食えてしまえるのかな。まあ、普通は鏡開きを分かっててセーブしてるんだろうけど。

「おっ、鏡開きか」
「塩見さんお疲れさまです。お箸どうぞ」
「サンキュ」
「オミ、まだ焼いたの余ってるけど食べる?」
「もらいます」
「ウッチーが作ってくれた砂糖醤油もあるけどどうする?」
「もう1個もらって、そっちは砂糖醤油で食います」
「了解」
「えー、山田さん、俺も普通に焼いたお餅食べれますかー?」
「いいよいいよ、ちーちゃんも食べな食べな」
「ありがとうございまーす」

 休憩時間に5個も餅を食っても普通に昼飯を食いそうな人たちがいるような会社だから飾る餅がデカくなるんだろうなあ。まあ、塩見さんの場合は昼飯がゆで卵だから個数をセーブしようと思えば全然出来そうだけど、普通にいつものどんぶり飯を持って来てそうな大石だよ。まあ、コイツの場合は働いてりゃ消費するって考えなんだろうけど、燃費の悪さが異常過ぎる。

「山田さーん、パートさんに配って来ましたー」
「ありがとー。ウッチーも食べなー」
「はーい。いただきまーす」
「あっ、砂糖醤油オミにちょっと分けたから」
「はい、大丈夫ですよ」
「それじゃ、俺もいただきますね」
「あっ、こっしーこのお椀所長に持ってって」


end.


++++

塩見さんと年上の人たちの絡みに対する需要が増す今日この頃。
日に日にたくましさの増すウッチー、砂糖醤油作りもきっとウッキウキ。

(phase3)

.
93/98ページ