2023

■アオフユレモン

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 春にある西海市のマラソン大会に9時キャンのメンバーで出ることになった。まつりを中心に発足した9時キャンマラソン部の活動として練習日を設けることになって、走るメンバーは各々のペースで走っている。俺は走らないから監督兼マネージャーとして同じところをひたすらぐるぐる走るみんなのタイムキープをしたりするのが主な仕事だ。
 ジュンはさすが、元陸上部で長距離をやっていただけあってこなれた感じがあるし、フォームなんかもそれらしい。まつりも体育会系らしく軽やかな足取りだ。雨竜と琉生は、意気込みはいいんだけどなあ。……という感じ。ちなみにこの練習風景も番組のSNSに写真を載せて公開している。駆け出しだからフォロワーは全然いないけど。

「サキさま!」
「エマ?」

 練習をしている体育センターにエマがやってきた。コートを着て手袋もしている。防寒対策はバッチリのようだ。FMにしうみでラジオが始まりますという話は定例会でもしてたけど、マラソン部の話はインターフェイスの場に上げていない。考えられるのはまつりから話を聞いたとか。まあそうだろうね。

「どうしたの」
「まつりからここでマラソンの練習をしていると伺いましたの」
「見学?」
「応援ですわ」
「そう。それじゃあ好きに見てていいよ」
「西海市で行われるマラソン大会についてはわたくしも調べたのですけれど、本当に皆さん42キロも走るんですの?」
「まあ、一般のランナーは何時間もかけて楽しんで走るのが前提だし、走れなくなっても歩いてればそのうちゴールには着くはず」
「それでもハードですわね。わたくしは10分の1の4キロも走れるかどうか」
「ホントに。よくやるよね」

 青女のメンバーの中では意外にエマがこういったことにも興味があるんだなっていう印象だ。活動的と言うか。俺だったらサークルのメンバーからやってるよって言われてもそうそう応援になんて行かないと思う。自分でイメージ出来る映像は、くるみやすがやんに引き摺られて渋々出ていくとか、そんな感じだ。

「ああそうだ、いるんだったらちょっと手伝って」
「何をすればよろしいんですの?」
「今、4人のラップタイムを計ってるんだけど、2人分担当してくれる。こっちがジュンで、こっちが雨竜。俺はまつりと琉生を担当するから」
「お任せくださいませ。これは、どこに来たときに記録すればよろしいんですの?」
「時計が掛かってる柱だね。あそこを通り過ぎたら1周」

 メンバーの中ではジュンが一番走るペースが速くて、以下まつり、雨竜、琉生の順。ジュンと琉生の差がかなり大きいから、当日も全員固まって走るのはあまり現実的ではないかなと話し合っている。みんなそれぞれバラバラのペースでも、その場にいる一般の人と適当に盛り上がりながら楽しんだらいいんじゃない、と落ち着いた。

「ジュンさんのタイムがどんどん速くなっているようですけれど、これはよろしいんですの?」
「あんまり速すぎるようなら落とさせないといけない。一定のピッチで走ることの方が大事だからね」
「ジュンさん! 少々飛ばし過ぎですわよ!」
「うわっ、ビックリした」

 急にエマが声を張り上げたのには、俺だけじゃなくて走っていたみんなも驚いたようだった。まつり以外のメンバーからしてみれば、何でエマがいるんだって話だろうし。特に名指しされたジュンなんて、ビクッと飛び跳ねる猫みたいだ。エマから言われたことについては自分の腕時計を見て確認出来たのか、気持ちペースが落ちたような気がする。

「雨竜さん! もう少し上げてくださいまし!」
「無理だー!」
「ムリじゃない! よねエマ!」
「でもー、そろそろ休みたいかもー」
「琉生全然走ってないじゃん!」
「まだ慣れてないんですー」
「しょーがないなあもー。ちょっと休もー」

 まつりの号令で一旦休憩を挟むことになって、走っていたみんなが改めてエマに挨拶をしている。いろんな人が参加してくれればとは言っていたけどまさか本当に誰かが見に来てくれるとも思わなかったから、みんな本当に驚いているし、嬉しそうでもある。

「レモンのはちみつ漬けを用意いたしましたの。よろしければどうぞ」
「わー! エマありがとー! じゃ、いただきまーす。ん、しみる~」
「皮ごと食べるものですから、レモンはもちろん国産の物を用意してますわよ」
「ジュンも食べな。はい」
「いただきます。食べやすくて美味しいですね。ありがとうございます」
「これがー、運動部の人の青春の味なんだよねー」
「そうだよ琉生! 青春の味だよ!」
「いただきまーす。ん~、なるほど~。おいしー」
「あっ、俺も俺も」

 プチメゾンでドライフルーツを食べるようになってから、果物に対する目が自分でも少し変わったように思う。レモンのはちみつ漬けは美味しそうだけど、俺は走ってないし、走ってる人たちが優先的につまむべきだから俺はラップタイムのまとめ作業をしている。監督兼マネージャーとしての仕事だね。

「サキさま。冷えるでしょう? これを」
「なにこれ」
「はちみつ漬けのシロップをお湯で割ったものですの。温まりますわよ」
「わ、いい匂い。ありがとう」

 エマはお湯も用意してくれていたみたいだ。レモンのはちみつ漬けのシロップにはそんな使い道もあるらしい。レモンの味がちょっと滲んだはちみつドリンクが本当に美味しい。沁みるってこういう感じなんだなっていうのがよくわかる。

「よーし! みんな、もう1回行くよー!」
「はい」
「えー」
「あ~、よし、行くかぁー!」

 みんながまた走りに行けば、積極的に声出しするエマを横目に俺もストップウォッチを手にみんなを目で追う。本当に、よくやるよね。


end.


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9時キャンマラソン部は正月早々真面目に練習をしているけど、サキは動かないので寒そう。

(phase3)

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