2023
■若者の伸びしろ
++++
「おーい越野くーん」
「はぁーい」
「手ぇ空いたらでいいからこれ、大石君のトコ持ってってやってくれー。サンルートの方に混ざってたんだと」
「はーい、了解でーす」
外出していた所長が戻って来たと思ったら、俺の席の脇にどすんと段ボールを置いて行った。表面には返品再生用の明細が貼ってある。確かにウチで扱ってるモンだ。ひとつの大きな会社の仕事をいくつもの中小企業がやってる都合上、取引や協力、出し抜き合いなどいろいろな関係が生じて来るそうだ。
返品再生というのは一度出荷されたものの何らかの理由で店から戻って来た商品を、再び出荷できるように綺麗にする作業のことだ。傷や汚れを見つけたら直すのか、B品になるのかを判断してその都度対応をする。その中で、良品は梱包し直して対応する倉庫に送り直す。ウチが出すこともあればもちろん受け取る側にもなる。
今回所長が持って来たのはその中で行き先間違いとなったケースだ。いろいろなブランド、製品があるからたま~にごっちゃになることがあるんだそうだ。ウチに来るケースの中にもたまに違う会社で扱ってる物が混ざってたりする。そういうものは除けて所長とか主任に預けておくと気付いたらなくなっている。
「B408か。内山、昨日の返品の一覧ある?」
「どうぞー。付箋貼ってあります」
「サンキュ。ああ、これか」
返品再生品が倉庫に運ばれて来たら、メールで送られてくる一覧と照らし合わせてきちんと全量届いているかをチェックする。昨日この確認をしていたのは内山で、無い物があるという報告は受けていたし、ご丁寧にもその箇所に付箋をしてくれていたから確認がしやすい。箱に貼られた明細と未チェックの項目が一致。これでチェックは完了だ。
「越野さんアタシこれ行って来ますよ」
「え、いいの。Tシャツばっかだし重いぞこれ」
「1ケースなんで大丈夫です。通販の在庫確認行かなきゃですし。今回B棟2階多いんでついでです。越野さんまだいっぱいやること積んでますよね。他に大石さんかB棟に用事ある人いますかー? 今なら言付かれますけどー」
「あっウッチー、帰りにHA92053のGのS1本持って来て!」
「HA92053のGのS、っと。はーい。じゃ、行って来まーす」
そう言って内山はケースの上蓋を互い違いに組んだ隙間にバインダーを挟んで持って行ってしまった。いや、まあ、確かにやることは積んでるしそれの優先順位は低めではあったけれどもだ。あまりにシャカシャカと内山が行ってしまったものだから、呆気に取られたと言うか、「あれっ?」て思って。
「こっしー、ウッチーが逞しくなってて驚いてるっしょ」
「そうっすね。同期の俺が言うべきじゃないとは思うんすけど、何かめっちゃ仕事出来るようになってません? 春なんかちょっとしたモン持っただけで「腕がパンパンです」とか言ってたのに、今なんかまあまあ重いの軽々持ってったっすよね」
「若者の伸びしろってヤツね。もちろんこっしーも入社当時から見たら伸びてるけど、ウッチーはホントに劇的よ。10代の奇跡だね」
そう言うのは事務の山田さんだ。一般事務の実質的トップみたいな主婦さんで、俺も内山も一般事務のことは大体この人から教わった。俺は入荷管理のことを、内山は返品関係のことを重点的に習った。俺たちが来るまでは圭佑君とかにも手伝ってもらいながらとは言えそれらの仕事をほぼ1人でやっていたとか(たまに人は入るけどあんま続かないらしい)。
「最初大人しいのかなって思ってましたけど、今は普通にデカい声出しますしね」
「今はまだまだ可愛い女子だけど、この調子で行けばそのうち今年の同期を牛耳る存在になっててもおかしくないね」
「いや、俺も負けてらんないっす。アイツに牛耳られるかはともかく、俺は俺でちゃんと出来るようになんないと」
「言ってこっしーもまあまあ変な働き方してると思うけどね、主にオミの所為で。今度フォークリフト講習行くんでしょ?」
「そうですね。行かせてもらうことになってます」
「オミの人を見る目は結構確かだし、派遣の人の取捨選択の仕方見てるとその人の能力がグラフになって見えてるんじゃないかと思う時あるけどさ。だからってシステムで採ったこっしーに半分事務半分現場、挙句フォークリフトに乗らせるとか意味わかんないこと平気でやるし、それで文句も言わずに順応してるこっしーも大概おかしいんだけどさ」
「スイマセン」
「悪いとは言ってないよ。実際助かるし」
俺が稀代の便利屋をやってるのも塩見さんの口添えから始まった話らしく、越野に事務やシステムだけやらせとくのは勿体無いぞみたいなことを言われていたそうだ。向西倉庫的には事務なら事務、現場なら現場という風に仕事をする場所が大体固定されているのが普通で、俺みたくどこでも歩く奴はそうそういない。普通は対応しきれないそうなんだ。
それが、何故かはわからないけど出来てしまっている。だから事務所の人間も現場の人間も俺がどこの奴なのかわからなくなって、便利屋のポジションに拍車がかかっている状態だ。あと、俺が現場に行く頻度を高めてるのは大石が返品入庫を溜めるからって説が最近濃厚になってきた。あの野郎、油断するとすぐ返品溜めるからな。ちょっとはマメに戻す長岡を見習え。
「ただいま戻りましたー。山田さん頼まれ物でーす」
「ありがとー」
「山田さん越野さんアタシちょっとまたB棟行って来ますね」
内山が戻って来たかと思ったら、WMSの端末やカッターにマジックといった現場道具一式を持ってまたバタバタと事務所を出る支度をしている。……この流れはもしやいつものヤツか。
「内山、さっきのケース持ってった時に「あー、わかってたんだけどそろそろやらないとねー」とか言ってアイツがお前を返品入庫に巻き込んだんだろ」
「すごい越野さん。一言一句同じこと言いましたよ大石さん。まあ、どっちにしても早く終わってもらわないと報告も出来ないんでさっさと片付けてきます。越野さん何だかんだで優しいから大石さんが甘え過ぎちゃうんですよ。じゃ、行って来まーす」
うーん。
「こっしー、今日はウッチーに一本取られたねえ」
「今日の所は内山に言われたことをちゃんと反省します。今後俺は必要以上にアイツを甘やかしません」
「いつまで続くかな~?」
end.
++++
新卒や塩見さんら以外の人も出て来て社会が構築されて来た向西倉庫。
(phase3)
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「おーい越野くーん」
「はぁーい」
「手ぇ空いたらでいいからこれ、大石君のトコ持ってってやってくれー。サンルートの方に混ざってたんだと」
「はーい、了解でーす」
外出していた所長が戻って来たと思ったら、俺の席の脇にどすんと段ボールを置いて行った。表面には返品再生用の明細が貼ってある。確かにウチで扱ってるモンだ。ひとつの大きな会社の仕事をいくつもの中小企業がやってる都合上、取引や協力、出し抜き合いなどいろいろな関係が生じて来るそうだ。
返品再生というのは一度出荷されたものの何らかの理由で店から戻って来た商品を、再び出荷できるように綺麗にする作業のことだ。傷や汚れを見つけたら直すのか、B品になるのかを判断してその都度対応をする。その中で、良品は梱包し直して対応する倉庫に送り直す。ウチが出すこともあればもちろん受け取る側にもなる。
今回所長が持って来たのはその中で行き先間違いとなったケースだ。いろいろなブランド、製品があるからたま~にごっちゃになることがあるんだそうだ。ウチに来るケースの中にもたまに違う会社で扱ってる物が混ざってたりする。そういうものは除けて所長とか主任に預けておくと気付いたらなくなっている。
「B408か。内山、昨日の返品の一覧ある?」
「どうぞー。付箋貼ってあります」
「サンキュ。ああ、これか」
返品再生品が倉庫に運ばれて来たら、メールで送られてくる一覧と照らし合わせてきちんと全量届いているかをチェックする。昨日この確認をしていたのは内山で、無い物があるという報告は受けていたし、ご丁寧にもその箇所に付箋をしてくれていたから確認がしやすい。箱に貼られた明細と未チェックの項目が一致。これでチェックは完了だ。
「越野さんアタシこれ行って来ますよ」
「え、いいの。Tシャツばっかだし重いぞこれ」
「1ケースなんで大丈夫です。通販の在庫確認行かなきゃですし。今回B棟2階多いんでついでです。越野さんまだいっぱいやること積んでますよね。他に大石さんかB棟に用事ある人いますかー? 今なら言付かれますけどー」
「あっウッチー、帰りにHA92053のGのS1本持って来て!」
「HA92053のGのS、っと。はーい。じゃ、行って来まーす」
そう言って内山はケースの上蓋を互い違いに組んだ隙間にバインダーを挟んで持って行ってしまった。いや、まあ、確かにやることは積んでるしそれの優先順位は低めではあったけれどもだ。あまりにシャカシャカと内山が行ってしまったものだから、呆気に取られたと言うか、「あれっ?」て思って。
「こっしー、ウッチーが逞しくなってて驚いてるっしょ」
「そうっすね。同期の俺が言うべきじゃないとは思うんすけど、何かめっちゃ仕事出来るようになってません? 春なんかちょっとしたモン持っただけで「腕がパンパンです」とか言ってたのに、今なんかまあまあ重いの軽々持ってったっすよね」
「若者の伸びしろってヤツね。もちろんこっしーも入社当時から見たら伸びてるけど、ウッチーはホントに劇的よ。10代の奇跡だね」
そう言うのは事務の山田さんだ。一般事務の実質的トップみたいな主婦さんで、俺も内山も一般事務のことは大体この人から教わった。俺は入荷管理のことを、内山は返品関係のことを重点的に習った。俺たちが来るまでは圭佑君とかにも手伝ってもらいながらとは言えそれらの仕事をほぼ1人でやっていたとか(たまに人は入るけどあんま続かないらしい)。
「最初大人しいのかなって思ってましたけど、今は普通にデカい声出しますしね」
「今はまだまだ可愛い女子だけど、この調子で行けばそのうち今年の同期を牛耳る存在になっててもおかしくないね」
「いや、俺も負けてらんないっす。アイツに牛耳られるかはともかく、俺は俺でちゃんと出来るようになんないと」
「言ってこっしーもまあまあ変な働き方してると思うけどね、主にオミの所為で。今度フォークリフト講習行くんでしょ?」
「そうですね。行かせてもらうことになってます」
「オミの人を見る目は結構確かだし、派遣の人の取捨選択の仕方見てるとその人の能力がグラフになって見えてるんじゃないかと思う時あるけどさ。だからってシステムで採ったこっしーに半分事務半分現場、挙句フォークリフトに乗らせるとか意味わかんないこと平気でやるし、それで文句も言わずに順応してるこっしーも大概おかしいんだけどさ」
「スイマセン」
「悪いとは言ってないよ。実際助かるし」
俺が稀代の便利屋をやってるのも塩見さんの口添えから始まった話らしく、越野に事務やシステムだけやらせとくのは勿体無いぞみたいなことを言われていたそうだ。向西倉庫的には事務なら事務、現場なら現場という風に仕事をする場所が大体固定されているのが普通で、俺みたくどこでも歩く奴はそうそういない。普通は対応しきれないそうなんだ。
それが、何故かはわからないけど出来てしまっている。だから事務所の人間も現場の人間も俺がどこの奴なのかわからなくなって、便利屋のポジションに拍車がかかっている状態だ。あと、俺が現場に行く頻度を高めてるのは大石が返品入庫を溜めるからって説が最近濃厚になってきた。あの野郎、油断するとすぐ返品溜めるからな。ちょっとはマメに戻す長岡を見習え。
「ただいま戻りましたー。山田さん頼まれ物でーす」
「ありがとー」
「山田さん越野さんアタシちょっとまたB棟行って来ますね」
内山が戻って来たかと思ったら、WMSの端末やカッターにマジックといった現場道具一式を持ってまたバタバタと事務所を出る支度をしている。……この流れはもしやいつものヤツか。
「内山、さっきのケース持ってった時に「あー、わかってたんだけどそろそろやらないとねー」とか言ってアイツがお前を返品入庫に巻き込んだんだろ」
「すごい越野さん。一言一句同じこと言いましたよ大石さん。まあ、どっちにしても早く終わってもらわないと報告も出来ないんでさっさと片付けてきます。越野さん何だかんだで優しいから大石さんが甘え過ぎちゃうんですよ。じゃ、行って来まーす」
うーん。
「こっしー、今日はウッチーに一本取られたねえ」
「今日の所は内山に言われたことをちゃんと反省します。今後俺は必要以上にアイツを甘やかしません」
「いつまで続くかな~?」
end.
++++
新卒や塩見さんら以外の人も出て来て社会が構築されて来た向西倉庫。
(phase3)
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