2023
■That's why I'm recommending.
++++
「ああ、殿。わざわざ来てもらってありがとうございます」
「いえ。話というのは」
「立ち話も難ですから、掛けてください」
「失礼します」
折り入って話をするというのはどんな話題でもなかなかに緊張するものですね。殿を食堂に呼び出して個別にする話は次期対策委員の選出についてです。
MMPというサークル、インターフェイスの定例会、そして対策委員は大学祭の終わりと同時に代替わりをすることになります。サークルの場合、3年生は年内いっぱいまで活動するそうですが実権は2年生に移るそうです。定例会は代が替わるともう1、2年生だけで活動をします。そして、ここでの主題になる対策委員です。
対策委員の場合、次期対策委員自体はこの時期に決めてしまうのですが、実際に権限が移るのは春の番組制作会の後です。つまり、次期委員選出から春までの間は次の対策委員になる1年生たちが2年生の姿を見て対策委員とは何たるかを学ぶ時間になるのです。ということで、実際の活動までには時間があるのですが、選ぶものは選んでしまわないといけません。
「単刀直入に言うと、殿に次の対策委員としての活動をお願いできないか、ということです」
「俺が」
「はい」
元々が強面ですし表情の変化には比較的乏しい方の殿ですが、半年も付き合えばそれなりに感情を読み取れるようになってきました。これは驚いているときの顔ですね。まあ、無理もありません。と言うか、殿でなくてもいきなり対策委員であるとか定例会に出てくれと言われれば少なからず驚きます。
「1年生6人の中から向島大学の代表として、誰に対策委員をお願いするべきかと考えた時に、私はまず殿の顔が浮かびました。ああ、もちろんどうあっても無理であるのなら断ってもらっても大丈夫ですよ」
「……なぜ、俺が」
「もちろん根拠はあるのです。まず、みんなのことをきめ細かく見ることが出来ていますよね。気配りと言いますか。対策委員の活動中は視野が狭くなって、周りが見えなくなりがちなので、視野が広く、冷静に構えていてくれる人の存在はとても大きいのです」
1年生6人の中では殿とジュンがこういった性質があるかと思うのですが、敢えて比較するとすれば殿の方がよりしっかりと構えてくれているように思います。ジュンは良く言えば慎重なのですが、悪く言えば悲観的な面も少し強いので。殿の気配りは夏合宿の時もよく表れていたとはサキさん談です。
「まだありますよ。殿がいると安心感がある、という証言をいくつも得ているのです。殿の言葉には不思議な説得力があるとも」
「……気の所為では。それか、威圧感の間違いでは」
「気の所為ではありませんし、間違いでもありませんよ。安心感です」
この証言はジュンとサキさんからもらっています。ジュンは似た性格のグループとして殿とは普段から仲が良いので感じていることでしょう。サキさんは夏合宿で同じ班でしたから、その時にいろいろ見ていたようです。それから、徹平くんからも証言をもらいました。
徹平くん曰く、パロが「サキ先輩はツッコミに適任」と言ったのに対し、サキさんが「知った風な口を利かないで」と制したそうです。ところが、同じ内容を殿が「サキ先輩は問題があればその場で指摘出来る。話を進めたり、軌道修正の力に優れるとは俺も思います」と言い直したところ、「そうかな」と満更でもなかったとか。
サキさんからすると、奏多のように調子の良いことばかり言っている人のことはなかなか信用ならないそうですが(これは私もわかります)、人に気を配れる殿の言葉だからこそ、そこに誠実さを感じたのでしょう。ミキサーとしての安心感や信頼感を持ってもらうのに言葉の数は問題ではない、ということを夏に学んだそうですが、人としての部分にも生きているようです。
「きっちり仕事が出来るというのは大前提ではあるのですが、目に見えない、気持ちの部分での仕事というのが一番難しいような気がします。ムードメイク、と言いましょうか。私たちの代だとくるみがやっていることですね。本人は何も意図していないとは思うのですが、周りを元気付けて、前向きにしてくれる雰囲気ですか。ああいった物は急には出せませんし、いい影響でなければ煙たがられることもある、とても難しい物だと思うのです。くるみが与えるのが前向きさだとするなら、殿が与えるのは安らぎですね。焦ったり、怒ったり、緊張したり。そういった物から、一呼吸置いて落ち着かせてくれる空気だと思います。言うなれば、大樹のような」
「そんな、大層なものでは。と言うか、過大評価では」
「ありませんよ。私だけが言っているのではないのですから。殿の立派な長所です。対策委員向きの性格をしているというだけが推薦理由ではないとも言っておきますよ。ミキサーとしての腕も十分にありますし、力仕事が出来る人がいるに越したことはないのです。機材の運搬やセットの機会も多いですからね」
「人格の部分はともかく、機材の扱いは、人並みに。力仕事は、人並み以上に出来ます」
「では改めて……対策委員の仕事を、お願いできますか?」
「微力ながら、尽力します」
「ありがとうございます」
殿がいい返事をしてくれて良かったです。他の大学からは誰が出て来るのかはまだわかりませんが、どんな人と活動することになっても、殿なら大丈夫でしょう。
「春風先輩」
「はい。どうしましたか?」
「定例会には、誰が」
「奏多はツッツを引き摺って行くつもりでいるようです」
「……強制連行、のようにも聞こえますが」
「実際拒否権のない強制連行ではあるのですが、奏多なりにきちんと根拠があってツッツを選んでいるようですよ」
「それを聞いても?」
「私が聞いた話によれば、ツッツの物づくりのきめ細やかさを買ったようですね。奏多はインターフェイスのシステム開発の仕事をしていますよね。その仕事も教えたいようです。コードを書くだけならAIに投げればいいけど、最終的には使う人間のことを考えられる奴じゃないと任せられない、とは常日頃から。その点、ツッツは他の誰かが使う前提の物づくりの経験に富んでいますよね」
「なるほど」
「それから、かつて機材王国と呼ばれた向島大学は、対外的にはやはりミキサーが面白いというイメージが強いようで。現時点での技術的に、今後はツッツがMMPのミキサーの顔になっていくだろうと奈々先輩と奏多は話しているようです。その前に表に立つ機会を無理やりにでも設けて人に慣れさす! というようなことも言っていましたね……」
「はあ」
「例えば、私たちの引退後、サークルの新歓でミキサー志望の子が来たとしましょう。殿と、パロと、ツッツの3人でミキサーのことを説明しなければなりません。その仕事をパロだけに任せますか? と、そういうことになるのですよ」
「自分も、耳が痛いです」
「いえ、私も意地の悪いことを言いました。話を戻すと、確かに荒っぽいのですが、奏多はツッツのことをかなり買っていて、相当可愛がっていますよ。本人はそう言いませんし、あんな風ではありますが」
「自分から見ても、そう思います」
「そうですか。それなら良かったです」
「ツッツも、奏多先輩にはかなり世話になっている、と言っています。今の方針で、問題ないかと」
「わかりました。奏多には程々に荒っぽく扱いてもらうよう伝えておきます」
私たちの代は、当初は希くんが無競争で対策委員と定例会、どちらにも出なければならないことが決まっていました。後にサークルに加入した私たちがそれぞれ対策委員と定例会に振り分けられたのも、割と軽い感じで決まったように思います。定例会はミキサーがいないから奏多が行った方がいいだとか、徹平くんとの関係のこともあるので私は対策委員に、とか。
本来は、誰がどんな人だからどういう仕事に向いていて……ということを考えて推薦するのだなあと、この仕事の難しさを感じました。普段から彼らときちんと向き合っていないと、とてもではありませんが軽々しく推薦出来るものではありません。行事の準備期間中は仕事もハードですし。
「ですが、あんなに捻くれた可愛がり方でよくツッツは「お世話になっている」と言えますね」
「ツッツは、奏多先輩を兄貴分として慕って、憧れているとは」
「そうだったのですか。それは、ツッツがそんな風に?」
「すがやん先輩が、言っていました」
「いつも思うのですが、徹平くんはそういう話をどうやって聞いているんでしょうか」
「それは、交友関係の広さと、それによって培われた、会話の経験かと」
「ですよねえ」
end.
++++
去年やった次期対策委員に誰を選ぼう、とカノンと相談していた話の後日談。
サキの言うことを結構真に受けがちなのは彩人と春風かな? レナやんは茶化すことも出来そう
MBCC同期からよくわからんと言われがちなすがやん、彼女ですらよくわからん様子
(phase3)
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「ああ、殿。わざわざ来てもらってありがとうございます」
「いえ。話というのは」
「立ち話も難ですから、掛けてください」
「失礼します」
折り入って話をするというのはどんな話題でもなかなかに緊張するものですね。殿を食堂に呼び出して個別にする話は次期対策委員の選出についてです。
MMPというサークル、インターフェイスの定例会、そして対策委員は大学祭の終わりと同時に代替わりをすることになります。サークルの場合、3年生は年内いっぱいまで活動するそうですが実権は2年生に移るそうです。定例会は代が替わるともう1、2年生だけで活動をします。そして、ここでの主題になる対策委員です。
対策委員の場合、次期対策委員自体はこの時期に決めてしまうのですが、実際に権限が移るのは春の番組制作会の後です。つまり、次期委員選出から春までの間は次の対策委員になる1年生たちが2年生の姿を見て対策委員とは何たるかを学ぶ時間になるのです。ということで、実際の活動までには時間があるのですが、選ぶものは選んでしまわないといけません。
「単刀直入に言うと、殿に次の対策委員としての活動をお願いできないか、ということです」
「俺が」
「はい」
元々が強面ですし表情の変化には比較的乏しい方の殿ですが、半年も付き合えばそれなりに感情を読み取れるようになってきました。これは驚いているときの顔ですね。まあ、無理もありません。と言うか、殿でなくてもいきなり対策委員であるとか定例会に出てくれと言われれば少なからず驚きます。
「1年生6人の中から向島大学の代表として、誰に対策委員をお願いするべきかと考えた時に、私はまず殿の顔が浮かびました。ああ、もちろんどうあっても無理であるのなら断ってもらっても大丈夫ですよ」
「……なぜ、俺が」
「もちろん根拠はあるのです。まず、みんなのことをきめ細かく見ることが出来ていますよね。気配りと言いますか。対策委員の活動中は視野が狭くなって、周りが見えなくなりがちなので、視野が広く、冷静に構えていてくれる人の存在はとても大きいのです」
1年生6人の中では殿とジュンがこういった性質があるかと思うのですが、敢えて比較するとすれば殿の方がよりしっかりと構えてくれているように思います。ジュンは良く言えば慎重なのですが、悪く言えば悲観的な面も少し強いので。殿の気配りは夏合宿の時もよく表れていたとはサキさん談です。
「まだありますよ。殿がいると安心感がある、という証言をいくつも得ているのです。殿の言葉には不思議な説得力があるとも」
「……気の所為では。それか、威圧感の間違いでは」
「気の所為ではありませんし、間違いでもありませんよ。安心感です」
この証言はジュンとサキさんからもらっています。ジュンは似た性格のグループとして殿とは普段から仲が良いので感じていることでしょう。サキさんは夏合宿で同じ班でしたから、その時にいろいろ見ていたようです。それから、徹平くんからも証言をもらいました。
徹平くん曰く、パロが「サキ先輩はツッコミに適任」と言ったのに対し、サキさんが「知った風な口を利かないで」と制したそうです。ところが、同じ内容を殿が「サキ先輩は問題があればその場で指摘出来る。話を進めたり、軌道修正の力に優れるとは俺も思います」と言い直したところ、「そうかな」と満更でもなかったとか。
サキさんからすると、奏多のように調子の良いことばかり言っている人のことはなかなか信用ならないそうですが(これは私もわかります)、人に気を配れる殿の言葉だからこそ、そこに誠実さを感じたのでしょう。ミキサーとしての安心感や信頼感を持ってもらうのに言葉の数は問題ではない、ということを夏に学んだそうですが、人としての部分にも生きているようです。
「きっちり仕事が出来るというのは大前提ではあるのですが、目に見えない、気持ちの部分での仕事というのが一番難しいような気がします。ムードメイク、と言いましょうか。私たちの代だとくるみがやっていることですね。本人は何も意図していないとは思うのですが、周りを元気付けて、前向きにしてくれる雰囲気ですか。ああいった物は急には出せませんし、いい影響でなければ煙たがられることもある、とても難しい物だと思うのです。くるみが与えるのが前向きさだとするなら、殿が与えるのは安らぎですね。焦ったり、怒ったり、緊張したり。そういった物から、一呼吸置いて落ち着かせてくれる空気だと思います。言うなれば、大樹のような」
「そんな、大層なものでは。と言うか、過大評価では」
「ありませんよ。私だけが言っているのではないのですから。殿の立派な長所です。対策委員向きの性格をしているというだけが推薦理由ではないとも言っておきますよ。ミキサーとしての腕も十分にありますし、力仕事が出来る人がいるに越したことはないのです。機材の運搬やセットの機会も多いですからね」
「人格の部分はともかく、機材の扱いは、人並みに。力仕事は、人並み以上に出来ます」
「では改めて……対策委員の仕事を、お願いできますか?」
「微力ながら、尽力します」
「ありがとうございます」
殿がいい返事をしてくれて良かったです。他の大学からは誰が出て来るのかはまだわかりませんが、どんな人と活動することになっても、殿なら大丈夫でしょう。
「春風先輩」
「はい。どうしましたか?」
「定例会には、誰が」
「奏多はツッツを引き摺って行くつもりでいるようです」
「……強制連行、のようにも聞こえますが」
「実際拒否権のない強制連行ではあるのですが、奏多なりにきちんと根拠があってツッツを選んでいるようですよ」
「それを聞いても?」
「私が聞いた話によれば、ツッツの物づくりのきめ細やかさを買ったようですね。奏多はインターフェイスのシステム開発の仕事をしていますよね。その仕事も教えたいようです。コードを書くだけならAIに投げればいいけど、最終的には使う人間のことを考えられる奴じゃないと任せられない、とは常日頃から。その点、ツッツは他の誰かが使う前提の物づくりの経験に富んでいますよね」
「なるほど」
「それから、かつて機材王国と呼ばれた向島大学は、対外的にはやはりミキサーが面白いというイメージが強いようで。現時点での技術的に、今後はツッツがMMPのミキサーの顔になっていくだろうと奈々先輩と奏多は話しているようです。その前に表に立つ機会を無理やりにでも設けて人に慣れさす! というようなことも言っていましたね……」
「はあ」
「例えば、私たちの引退後、サークルの新歓でミキサー志望の子が来たとしましょう。殿と、パロと、ツッツの3人でミキサーのことを説明しなければなりません。その仕事をパロだけに任せますか? と、そういうことになるのですよ」
「自分も、耳が痛いです」
「いえ、私も意地の悪いことを言いました。話を戻すと、確かに荒っぽいのですが、奏多はツッツのことをかなり買っていて、相当可愛がっていますよ。本人はそう言いませんし、あんな風ではありますが」
「自分から見ても、そう思います」
「そうですか。それなら良かったです」
「ツッツも、奏多先輩にはかなり世話になっている、と言っています。今の方針で、問題ないかと」
「わかりました。奏多には程々に荒っぽく扱いてもらうよう伝えておきます」
私たちの代は、当初は希くんが無競争で対策委員と定例会、どちらにも出なければならないことが決まっていました。後にサークルに加入した私たちがそれぞれ対策委員と定例会に振り分けられたのも、割と軽い感じで決まったように思います。定例会はミキサーがいないから奏多が行った方がいいだとか、徹平くんとの関係のこともあるので私は対策委員に、とか。
本来は、誰がどんな人だからどういう仕事に向いていて……ということを考えて推薦するのだなあと、この仕事の難しさを感じました。普段から彼らときちんと向き合っていないと、とてもではありませんが軽々しく推薦出来るものではありません。行事の準備期間中は仕事もハードですし。
「ですが、あんなに捻くれた可愛がり方でよくツッツは「お世話になっている」と言えますね」
「ツッツは、奏多先輩を兄貴分として慕って、憧れているとは」
「そうだったのですか。それは、ツッツがそんな風に?」
「すがやん先輩が、言っていました」
「いつも思うのですが、徹平くんはそういう話をどうやって聞いているんでしょうか」
「それは、交友関係の広さと、それによって培われた、会話の経験かと」
「ですよねえ」
end.
++++
去年やった次期対策委員に誰を選ぼう、とカノンと相談していた話の後日談。
サキの言うことを結構真に受けがちなのは彩人と春風かな? レナやんは茶化すことも出来そう
MBCC同期からよくわからんと言われがちなすがやん、彼女ですらよくわからん様子
(phase3)
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