2023
■3年が経つ頃には
++++
相変わらずデジタル時計の室温と湿度は恐ろしい数字を突きつけてくるけど、この時期だからこそB棟の奥でやっておかなきゃいけない仕事がある。お盆が過ぎると意識するのは棚卸。そこに向けて、数えるものは数える、まとめるものはまとめておかなくちゃいけない。
うちの会社の場合、棚卸は年に2回行われる。出荷を止めて、倉庫内にある物をぜーんぶ数えてデータと現物の数が合うかを確認する作業を2日間に渡ってやるんだけど、B棟2階の奥は製品の数がとにかく多くて物も細かいから、整理しておかないと何が何だか。
「よし、やろう」
40度超えは当たり前。そんな数字を今更恐れないぞ。気合いを入れて、覚悟を決めたとき。この区画の真ん中辺りの階段に人の気配がした。この階段はB棟で一番奥側にあって、使う人は結構限定されてる。俺とか、越野とか。あとは……。
「塩見さん。どうしたんですか?」
「ちょっとB棟の空き状況を見に来たんだ。近々ロジが持ってる製品をこっちに移したいとか言って来やがって、物的にお前の担当になりそうだからな」
「あー、そうなんですか。グッズ系の細かいものですか?」
「いや、アパレルだな。具体的には俺が普段着てるパーカーみたいなモンだ」
「それがどれくらい」
「入組10が初回5000っつってたな」
「あー……多少なら対応出来ますけど、そうなるとダウンに響きそうですねー」
「ダウンなんか1階に任せときゃいいんだよ。そういうことだから、こっち側のこの空き地、しばらく空けといてくれ。入庫は俺も手伝うし」
「わかりました」
「俺はしばらく奥で頭脳労働するけど、石ころだと思ってくれ」
「はーい」
塩見さんは40度超えも当たり前になるB棟の2階でよく「頭脳労働」と称していろいろ考え事をしているみたいだ。その考え事は、会社に運び込まれてくる製品をどう整理するかや、今みたいに他の会社から移動になってくる製品の扱いについてが主。
夏のB棟2階は人が来ないとはよく言われるけど、実は夏じゃなくてもそこまで人が来ない場所ではあるんだ。冬は冬でストーブもないし、風が動かない分あったかいけど快適な場所ではないから。だから人の目を気にしないで考え事をする分にはいい場所なのかもしれない。
俺はそんな塩見さんを本当に石ころ……もとい、空気のように扱いながら自分がやろうとしていた整頓の仕事にかかる。たまに返品入庫で入れる場所を間違ってたりしていろいろ混ざってたりもする。細かいものは10ずつの束にしておくと、出荷の時にもちょっと楽になる。
「ふー」
とは言え奥にずっといると暑くて仕方ない。塩見さんはずっと籠もっているけど俺は時々広い場所に出て休憩を挟みながら。棚がないっていうだけで風が抜けるような気がするんだよね。特に吹き抜けの側では下からの風が時々ふわ~って。落ちないようにしないと。
「大石くーん」
「はーい。ああ、長岡君。どうしたの?」
「そっちに塩見さんているー?」
「いるよー」
「だ、そうでーす」
長岡君と一緒にこっちに来たのはパートさんだ。パートの北村さんは今いるパートさんの中では歴が長くて、下手な若手社員よりもよっぽど仕事をわかっている。結構穏やかな性格なのかな。怒ることもあるけど柔らかい怒り方と言うか。
「塩見さーん」
「どうした千景」
「北村さんですー」
「え?」
「塩見君、ちょっと頼んでいい? 次の返品再生、新倉庫の奥の方に紛れ込んでるって話で。畠山さんが適当に突っ込んだとかで」
「わかりました、今行きます。その再生品の管理番号とかって――」
塩見さんと北村さんが一緒に新倉庫の方に向かっていく後ろ姿を長岡君と見守る。何気に塩見さんも社内でどこにいるかわからない人ではあるんだよなあ。新倉庫で作業をしてるか、ここで頭脳労働をしてるか。仕事が片付いてれば帰ってる可能性すらあるし。
「何かさ、こんなこと言ったら怒られそうだけど、塩見さんて「塩見君」て感じじゃないよなーって」
「社員の人は先輩なら大体オミって呼んでるし、俺たちみたいな後輩は大体塩見さんって呼んでるもんね」
「ベテランのパートさんとかから見たら塩見さんも息子くらいの年代になるんだなーって思ったら、めちゃくちゃ仕事出来る先輩だけど若手っちゃ若手なんだよなー、多分」
「塩見さんは今よりもっと若い頃からアルバイトをしてるから歴自体は10年以上になるって話だよ」
「キャリアヤベーじゃん! 歳の割に仕事出来るワケだよ!」
塩見さんの細かい経歴は謎だけど、家庭の事情で高校を中退してから向西倉庫でアルバイトを始めて2年か3年くらい働いた頃に社員登用、現在に至ってるって話だ。高校は辞めたけど働きながら高卒認定は取ったそうだし、学歴としては高卒と同じ扱いになっているとか。
入社当時の塩見さんを叩き上げで育てたのが宮本主任で、塩見さんは今でも大きな案件であったり新しいことを始める前には宮本主任に相談をしてから大枠を考え始めているそうだ。上長であるという以上の信頼みたいなものがあるんだと思う。師匠、的な?
「北村さんくらい長くいるパートさんだと塩見さんが入社した頃から知ってると思うし、なおさら塩見君っていう感じになるんだろうね」
「俺パートさんまだそこまでガツガツに絡んでないから誰がどんな人とかよくわかってないんだよ。顔と名前はさすがに一致するけど」
「社員として現場で働いてると確かにそこまでしっかり絡む機会って少ないよね」
「どうしよう、俺とかA棟のアホ新卒だと思われてないかな?」
「さすがにそんな風には思われてないと思うよ。なんなら長岡君は働き者だって澤井さんが言ってたよ」
「え、マジで?」
「うん。畠山さんは事務所でマンガ読んでるのに長岡君は働いてて偉いねーって」
「ちょっと、聞かなかったことにしとくわ今の」
「あ、何かごめん」
「ううん。ハタケさん相手だったらあることだからね。あれでも悪い人じゃないし、ずる賢さとか効率みたいなモンは俺も真似してかなきゃとは思ってるんだよ。うん。3年目くらいまでにはハタケさんを牽制出来る強かさを身につける。それが俺の目標だな」
長岡君が強かさを身につけてしまうと、B棟の空きスペースを巡る土地の使用権の交渉が難しくなりそうだし、俺もその辺で引かない強さを身につけないとな。同じ2階で作業する者同士、仲間ではあるけど自分を最優先にしなきゃいけないこともある。
「3年かー……うーん。塩見さんに心配をかけない。うん、これだ」
「大石君のトーンがいつになく重いんだけど」
「バイトの頃から塩見さんにはどれだけ心配と迷惑をかけてるか。難ならこの夏だって俺がここで死んでないか越野が見回りとか声掛けを頼まれてるとかで」
「でも越野君て結構ガーガー言うときは言うし、彼に怒られたら大石君もさすがにちょっと言うこと聞こう、って感じになるっしょ?」
「そうなんだよね。だからスポーツドリンクを入れれる水筒を買ったりして、作業環境の改善はちょっとだけ進めたんだよ」
「あー、B棟冷蔵庫ないもんね」
「さ! 作業の続きやろう。ちなみに長岡君、今何してる? あと今日これからの予定は?」
「あ、えーと、月末の出荷に向けて補充作業がめちゃくちゃ忙しいなーあーいそがしー、ハタケさんにも頼んで新倉庫からたくさん取ってこないとなー大石君奥での作業がんばってー」
……と言って長岡君は逃げてしまったけど、この時期A棟では在庫補充作業が忙しくなるのも本当だから、今日のところはそういうことにしておこう。さ、俺も自分の作業の続きをしよう。
end.
++++
強かさを身につけたい長岡君と、真の意味で独り立ちをしたいちーちゃん。こっしーは……便利屋を極める?
同期たちの中でもガーガー言う人という印象が付いてきたこっしーであった
(phase3)
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相変わらずデジタル時計の室温と湿度は恐ろしい数字を突きつけてくるけど、この時期だからこそB棟の奥でやっておかなきゃいけない仕事がある。お盆が過ぎると意識するのは棚卸。そこに向けて、数えるものは数える、まとめるものはまとめておかなくちゃいけない。
うちの会社の場合、棚卸は年に2回行われる。出荷を止めて、倉庫内にある物をぜーんぶ数えてデータと現物の数が合うかを確認する作業を2日間に渡ってやるんだけど、B棟2階の奥は製品の数がとにかく多くて物も細かいから、整理しておかないと何が何だか。
「よし、やろう」
40度超えは当たり前。そんな数字を今更恐れないぞ。気合いを入れて、覚悟を決めたとき。この区画の真ん中辺りの階段に人の気配がした。この階段はB棟で一番奥側にあって、使う人は結構限定されてる。俺とか、越野とか。あとは……。
「塩見さん。どうしたんですか?」
「ちょっとB棟の空き状況を見に来たんだ。近々ロジが持ってる製品をこっちに移したいとか言って来やがって、物的にお前の担当になりそうだからな」
「あー、そうなんですか。グッズ系の細かいものですか?」
「いや、アパレルだな。具体的には俺が普段着てるパーカーみたいなモンだ」
「それがどれくらい」
「入組10が初回5000っつってたな」
「あー……多少なら対応出来ますけど、そうなるとダウンに響きそうですねー」
「ダウンなんか1階に任せときゃいいんだよ。そういうことだから、こっち側のこの空き地、しばらく空けといてくれ。入庫は俺も手伝うし」
「わかりました」
「俺はしばらく奥で頭脳労働するけど、石ころだと思ってくれ」
「はーい」
塩見さんは40度超えも当たり前になるB棟の2階でよく「頭脳労働」と称していろいろ考え事をしているみたいだ。その考え事は、会社に運び込まれてくる製品をどう整理するかや、今みたいに他の会社から移動になってくる製品の扱いについてが主。
夏のB棟2階は人が来ないとはよく言われるけど、実は夏じゃなくてもそこまで人が来ない場所ではあるんだ。冬は冬でストーブもないし、風が動かない分あったかいけど快適な場所ではないから。だから人の目を気にしないで考え事をする分にはいい場所なのかもしれない。
俺はそんな塩見さんを本当に石ころ……もとい、空気のように扱いながら自分がやろうとしていた整頓の仕事にかかる。たまに返品入庫で入れる場所を間違ってたりしていろいろ混ざってたりもする。細かいものは10ずつの束にしておくと、出荷の時にもちょっと楽になる。
「ふー」
とは言え奥にずっといると暑くて仕方ない。塩見さんはずっと籠もっているけど俺は時々広い場所に出て休憩を挟みながら。棚がないっていうだけで風が抜けるような気がするんだよね。特に吹き抜けの側では下からの風が時々ふわ~って。落ちないようにしないと。
「大石くーん」
「はーい。ああ、長岡君。どうしたの?」
「そっちに塩見さんているー?」
「いるよー」
「だ、そうでーす」
長岡君と一緒にこっちに来たのはパートさんだ。パートの北村さんは今いるパートさんの中では歴が長くて、下手な若手社員よりもよっぽど仕事をわかっている。結構穏やかな性格なのかな。怒ることもあるけど柔らかい怒り方と言うか。
「塩見さーん」
「どうした千景」
「北村さんですー」
「え?」
「塩見君、ちょっと頼んでいい? 次の返品再生、新倉庫の奥の方に紛れ込んでるって話で。畠山さんが適当に突っ込んだとかで」
「わかりました、今行きます。その再生品の管理番号とかって――」
塩見さんと北村さんが一緒に新倉庫の方に向かっていく後ろ姿を長岡君と見守る。何気に塩見さんも社内でどこにいるかわからない人ではあるんだよなあ。新倉庫で作業をしてるか、ここで頭脳労働をしてるか。仕事が片付いてれば帰ってる可能性すらあるし。
「何かさ、こんなこと言ったら怒られそうだけど、塩見さんて「塩見君」て感じじゃないよなーって」
「社員の人は先輩なら大体オミって呼んでるし、俺たちみたいな後輩は大体塩見さんって呼んでるもんね」
「ベテランのパートさんとかから見たら塩見さんも息子くらいの年代になるんだなーって思ったら、めちゃくちゃ仕事出来る先輩だけど若手っちゃ若手なんだよなー、多分」
「塩見さんは今よりもっと若い頃からアルバイトをしてるから歴自体は10年以上になるって話だよ」
「キャリアヤベーじゃん! 歳の割に仕事出来るワケだよ!」
塩見さんの細かい経歴は謎だけど、家庭の事情で高校を中退してから向西倉庫でアルバイトを始めて2年か3年くらい働いた頃に社員登用、現在に至ってるって話だ。高校は辞めたけど働きながら高卒認定は取ったそうだし、学歴としては高卒と同じ扱いになっているとか。
入社当時の塩見さんを叩き上げで育てたのが宮本主任で、塩見さんは今でも大きな案件であったり新しいことを始める前には宮本主任に相談をしてから大枠を考え始めているそうだ。上長であるという以上の信頼みたいなものがあるんだと思う。師匠、的な?
「北村さんくらい長くいるパートさんだと塩見さんが入社した頃から知ってると思うし、なおさら塩見君っていう感じになるんだろうね」
「俺パートさんまだそこまでガツガツに絡んでないから誰がどんな人とかよくわかってないんだよ。顔と名前はさすがに一致するけど」
「社員として現場で働いてると確かにそこまでしっかり絡む機会って少ないよね」
「どうしよう、俺とかA棟のアホ新卒だと思われてないかな?」
「さすがにそんな風には思われてないと思うよ。なんなら長岡君は働き者だって澤井さんが言ってたよ」
「え、マジで?」
「うん。畠山さんは事務所でマンガ読んでるのに長岡君は働いてて偉いねーって」
「ちょっと、聞かなかったことにしとくわ今の」
「あ、何かごめん」
「ううん。ハタケさん相手だったらあることだからね。あれでも悪い人じゃないし、ずる賢さとか効率みたいなモンは俺も真似してかなきゃとは思ってるんだよ。うん。3年目くらいまでにはハタケさんを牽制出来る強かさを身につける。それが俺の目標だな」
長岡君が強かさを身につけてしまうと、B棟の空きスペースを巡る土地の使用権の交渉が難しくなりそうだし、俺もその辺で引かない強さを身につけないとな。同じ2階で作業する者同士、仲間ではあるけど自分を最優先にしなきゃいけないこともある。
「3年かー……うーん。塩見さんに心配をかけない。うん、これだ」
「大石君のトーンがいつになく重いんだけど」
「バイトの頃から塩見さんにはどれだけ心配と迷惑をかけてるか。難ならこの夏だって俺がここで死んでないか越野が見回りとか声掛けを頼まれてるとかで」
「でも越野君て結構ガーガー言うときは言うし、彼に怒られたら大石君もさすがにちょっと言うこと聞こう、って感じになるっしょ?」
「そうなんだよね。だからスポーツドリンクを入れれる水筒を買ったりして、作業環境の改善はちょっとだけ進めたんだよ」
「あー、B棟冷蔵庫ないもんね」
「さ! 作業の続きやろう。ちなみに長岡君、今何してる? あと今日これからの予定は?」
「あ、えーと、月末の出荷に向けて補充作業がめちゃくちゃ忙しいなーあーいそがしー、ハタケさんにも頼んで新倉庫からたくさん取ってこないとなー大石君奥での作業がんばってー」
……と言って長岡君は逃げてしまったけど、この時期A棟では在庫補充作業が忙しくなるのも本当だから、今日のところはそういうことにしておこう。さ、俺も自分の作業の続きをしよう。
end.
++++
強かさを身につけたい長岡君と、真の意味で独り立ちをしたいちーちゃん。こっしーは……便利屋を極める?
同期たちの中でもガーガー言う人という印象が付いてきたこっしーであった
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