2023

■コミュニケーションは返事から

++++

「サキ、おっす」
「やあ。ごめん、遅くなって」
「理系だったらそんなモンじゃね? 教室遠いし」

 サキを呼び出したのは、第1学食の2階。場所自体は別にどこでも良かったんだけど、ちょっとサキには聞いておきたいことだとか、話しておきたいことがあったから。夏合宿に向けて、気になるところでもあった。

「サキ、班打ち合わせはどうだ?」
「まあ、普通じゃない」
「そうか」
「シノ、本当は俺に言いたいことがあるね」
「何でわかんだよ」
「そうか、って返事しておきながら目線が別のところに飛ぶでしょ。頭の中で何か別の情報とすり合わせてるって思うよ」
「なら話は早い。単刀直入に言えば、班のコミュニケーションが上手く回ってるかどうか、っつーのを聞きたい」

 この間、対策委員の会議の後に海月から相談を受けていた。班員がたまたま自分以外口数が少ない奴らが集まったとかで、打ち合わせ中も全く話が盛り上がらないと。対策委員の場でみんなに自分トコの奴の取説を提示してもらった方が良かったとは思うしそのように言ったけど、自分の班のこと、個人的なことで全体に迷惑はかけられないの一点張り。
 海月的には、せめて2年生がもうちょっと何かしてもらえたら、声を出してもらいたいという風に思っているらしい。俺はお前が自分でサキと千颯に言った方がいいとは言ったけど、まあ、相談を受けた手前何もしないワケにもいかないし、対策委員の議長としてはそういうちょっとしたところにも目を配らなきゃいけないんだとは思う。だからサキから攻める。

「班のコミュニケーション」
「ああ」
「くららから苦情でも出てる? あの副班長仕事しない、とか」
「仕事をしてないとは言ってなかったけど、班で打ち合わせしてても自分だけが喋ってる感じになってて他の連中が何考えてるかわからない、的なことは言ってた」
「……ああ」
「一応聞くけど、アイツの班運営に問題はないよな?」
「それは全くないね」
「ならいいんだ。まあ、問題があればお前は黙ってないよな」
「それで言葉選びに失敗してトラブルを起こしてたかもね」

 海月から聞いた話だけじゃ一方的かもしれないし、サキにも一応班の状況を聞いてみた。そしたら海月が言ってるのと大体同じだったからそれはそれでいいんだろう。海月以外全員静かで、アイツが何とか打ち合わせを回そうと必死扱いてるっつー状況だ。

「まあ、何だ。お前もちょっとずつでいいから空気を回してやってくれないか」
「……上手く出来る気がしないんだよ」
「上手くなくてもいい」
「そういうのでイメージするのって、すがやんじゃない。すがやんは定例会でもみんなの間にいて話をスムーズに回したり、俺と奏多が言い合ってたら宥めたり、そういうことをナチュラルにやるでしょ。つまりああいうことをしてくれって期待されてるんだろうけど、俺には到底」
「や、そこまでやんなくていい。つかすがやんと比べたら誰だって下手くそだって。まあ、何つーか、海月が言ってることに「うん」とか「違う」って返事をしてやるとかさ。アイツが疎外感を感じない程度でいい」

 確かに俺たちの中でコミュニケーションが上手いのはすがやんだし、そういうイメージはする。だけどいきなりハードルを上げ過ぎても足を踏み出すことが出来なくなっちまう。サキはコミュニケーションが苦手だって自覚してんなら尚更だ。
 1年の最初の頃、部屋の隅の方で黙って昔のノートを読んでたサキは俺たちにとってよくわからない奴だった。無表情だから楽しそうにも見えないし。その口を開かせたのはすがやんだったんだけど、別に喋らなくても人の話を聞くだけで楽しんでた、と聞いて俺たちはホッとした。
 海月の班で今それと同じことが起きていて、静かな連中が何を考えているのかわからなくてアイツは不安がっている。すがやんのようにやるのは無理でも、ほんの一言二言でも、アイツと班員を繋ぐ返事があれば多分それで少しは変わるはずなんだ。

「1年生もみんなよくわからないって言ってたし、まずは2年のお前が謎の奴の域を抜けてやって欲しい」
「1年生もみんなそれぞれ楽しんでるよ」
「そーなんか?」
「うん。ハリーは落ち着きがないからわかんないけど、少なくとも殿と夢子は馴染んでると思うけど」
「お前の基準と海月の基準が多分違うんだよな、その辺の」
「殿も静かな方だけど、あの子は自分が怖がられてることを前提に相手と接するから余計に控えめになるんだよ。ペアはくららだけど、一生懸命にさせてて申し訳なさそうな感じだったよ」
「そしたら、海月には殿は怖くないぞって言っとけばいい感じか」
「まあそうだね」

 この間の向島との合同バーベキューで改めて殿のデカさと顔の厳つさを確認したけど、知らない奴からすれば確かにちょっと怖いんだよな。俺はとりぃから「殿はとても心優しいのですよ」という風に聞いてるからそういう奴なんだなって思ってるけど。

「そーいや千颯ってどーゆー奴だったっけ? うるさいイメージもないけど静かな奴だっけ?」
「定例会では静かだけど、くるみが言うには仲がいい相手には結構喋るらしいよ。北星とはすっごいテンションで喋るって言ってたし」
「くるみが言うならそうなんだろうな」
「多分黙ってることも苦じゃないタイプで、必要がないから喋ってないのかなあ。それか慣れるまでに時間がかかるとか。班が静かだから空気を読んでる可能性もあるね」
「とりあえず、お前が返事から始めてやれば、千颯も声を出すようになる可能性はあるか」
「わかったよ。返事からね」
「ああ、そうだ。お前が気にしてる言葉選びに関しても、海月にはサキの言ったことで一喜一憂するなとは言っといたし」
「それは助かります」

 俺たち相手には口数が増えたサキだけど、外に出ればまだまだ静かな奴だ。定例会では奏多相手に結構な毒舌を吐いてるらしいけど、多分それは奏多が受け止められる奴だって思ってるからだろう。奏多相手の毒を海月が受けたら多分しばらく浮上しないし、やっぱ相手や空気を見てのコミュニケーションてのは必要なんだ。でも、それで臆してばかりでも良くなくて。難しい。

「て言うか、対策委員の議長直々にこんな話が出るってことは、ウチの班のことって結構大問題だったりする?」
「そうでもねーよ」
「そう」


end.


++++

去年彩人でチラッとやった話の緑ヶ丘サイド。
コミュニケーション強者と言えば浮かぶ顔はみんな大体すがやん。
今後千颯がすっごいテンションで喋るようになるメンツにはジュンも加わるんやろなあ

(phase3)

.
50/98ページ