2023
■いつかはあると思ってた
++++
「ああ高木、悪いな急に」
「ううん、全然平気だよ。でもどうしたの、大事な話があるって。何か改まるような話なんかあったっけ」
「あ、いや、お前がどうこうじゃなくて、俺の事だっていう」
エイジがうちにやってきた。それ自体は別にいつものことだし、俺とエイジの間柄で今更改まって畏まるようなことはないと思ってるから、いつもよりも何だかちょっと神妙と言うか、緊張したような様子のエイジにはちょっとした違和感を覚える。話の内容がきっと態度に出るくらい大事なことなんだろうな、とは。
コーヒーを出して、せめて気持ち程度でも話の場を整える。ズズ、とそれを一口すすったエイジは「苦っ」と一言。コーヒーの濃さや甘さ、ミルクの量はいつもと全く同じ。エイジが初めてこの部屋に来たとき、俺と一緒でいいと言ったその時のままだ。俺が自分で毎日淹れている分量を間違えるはずもない。よっぽど緊張してるんだろうなあ。
「ああ、それで。話、なんだけど」
「うん」
「実は、ハナと付き合い始めて」
「えっ、そうなんだ。おめでとう」
「……何つーか、その呑気な反応がお前らしくもあるけど拍子抜けしたべ」
「もっと驚いて欲しかった?」
「いや、満点のリアクションだと思う。大袈裟すぎず、素っ気なさすぎず」
「いくらか聞きたいことはあるけど、聞いていいのかどうかから聞かなきゃいけないでしょ」
「まあ、お前は別に聞いてくれて全然いいっていう」
「そう。それじゃあ遠慮なく」
もちろん全く驚いてないワケじゃないけど、実際そう聞かされても大袈裟に驚くほどの意外性もない。だから純粋に「そうなんだ」って確かに話を聞きましたよという返事と、「おめでとう」っていう祝意だけになるんだよね。エイジとハナちゃんだったら全然ある話だし。ミドリがみんなの前でユキちゃんに告白した時はさすがに驚いたけど、あれ以上はなかなかない。
「いつから付き合ってるの?」
「3日前」
「あ~、本当に最近だねえ」
「サークルでの立場もあるからあんまり表立ってどうこう、的なことはやめとこうとは話したんだ。だから報告もお前ん家でひっそりとだけど」
「ううん、問題ないよ。でも、サークルでの立場のことを考えちゃうのは2人らしいねえ」
「ササとレナみたいにフルオープンな奴らもいるけど、俺らの性には合わんっつーか。それはそれ、これはこれで分別を付けときたいっていう」
「わかったよ。そしたら俺も黙っておけばいいんだね」
「ああ、頼む。心配もしてないけど」
「信頼されてるようで何より」
その辺りの経緯を聞くと、エイジもハナちゃんも真面目だなあと思う。だけど、2人とも真面目だからこそ波長が合ったのかもしれないね。小さな口喧嘩くらいならちょこちょこしてる2人だけど、真面目な話をするときは割って入る余地なんかないもんね。サークル関係の話の時は黙ってないで何か言えって怒られるけど。
……で、この手の話で思い出すのはササがやらかした件だよね。すがやんととりぃが付き合い始めたのをついうっかりぽろっと言っちゃったヤツ。話によればその件ですがやんにこってり絞られたらしいし、すがやんとの間に完全な強弱関係みたいな物が生まれたとはレナ談。俺にもウキウキで報告してきた様子を思い出して、反面教師にする。
「ちょっと突っ込んだトコ聞くけど、エイジはハナちゃんのどういうところがいいなって思ったの?」
「お前今それ聞くか? 飲んでる時とかじゃなくて」
「飲んでても飲んでなくてもその辺のガードは変わんないでしょ」
「まあな。まあ、強いて言えば、衛生観念の大まかな一致、っつーんかな」
「言ってることの意味が何となくわかったので俺は玄関先のバケツを見なかったことにしてお酒を買いに出かけたいんだけど」
「ああ、そうだな。言ってることの意味がわかったんならバケツの中身をとっとと外のコンテナに捨てに行くべきだっていう」
衛生観念と言われてしまえば、エイジとはほぼほぼ真逆の俺はアイタタタ、と自らの生活を反省することしか出来ない。反省はしても生活を改めることは出来ないんだろうけど。周りのみんなからは潔癖症って言われることも多いエイジは、とにかく綺麗好きなんだ、過度なまでに。俺は俺の部屋に入り浸ってる時点で潔癖症ではないって思ってるからね。
そう言えばハナちゃんも結構な綺麗好きだし、いつ行っても部屋がきれいで台所とかの水回りもしっかり管理されてるって言ってたっけ。同じ1人暮らしでこうまで違うかって比較されることも多々。俺の部屋で家事をやるようになって、エイジはその大変さを知ったそうだし、ちゃんとやれてるハナちゃんの凄さに気付いたんだって。
「まあ、この量を捨てるのもなかなか手間だしね?」
「ここまで溜めるから手間になるんだっていう。1本出たら洗って出掛ける時に放り込むだけでいいっていう」
「それが出来ればこうはならなくない?」
「今見ててやるからとっとと瓶だの缶だのを洗え」
「あー……完全に余計な事を振ったなあ」
「そうだな。バケツのことを言い出したのはお前だっていう。まあ、それが終わったら酒買いに出るのはやぶさかじゃないべ」
「あ、ホント?」
「せっかくだしハナに教えてもらったつまみのレシピ、披露してやる」
「絶対美味しいじゃん。あ、そしたら焼酎とかがあった方がいい感じ?」
「ビールにも合うし何でもいいべ。あ、ウィスキーはどうか知らねーけど。ほら、とっとと洗い場行け」
「えー」
「えーじゃねえっていう」
「……彼女かあ。いつかは欲しいなと思っても生活を改めないと厳しいよね?」
「まあそうだな」
「じゃあいいや」
「堕落を取りやがった」
end.
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衛生観念の大まかな一致ということを言い始めると大体こういう話になる
(phase3)
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「ああ高木、悪いな急に」
「ううん、全然平気だよ。でもどうしたの、大事な話があるって。何か改まるような話なんかあったっけ」
「あ、いや、お前がどうこうじゃなくて、俺の事だっていう」
エイジがうちにやってきた。それ自体は別にいつものことだし、俺とエイジの間柄で今更改まって畏まるようなことはないと思ってるから、いつもよりも何だかちょっと神妙と言うか、緊張したような様子のエイジにはちょっとした違和感を覚える。話の内容がきっと態度に出るくらい大事なことなんだろうな、とは。
コーヒーを出して、せめて気持ち程度でも話の場を整える。ズズ、とそれを一口すすったエイジは「苦っ」と一言。コーヒーの濃さや甘さ、ミルクの量はいつもと全く同じ。エイジが初めてこの部屋に来たとき、俺と一緒でいいと言ったその時のままだ。俺が自分で毎日淹れている分量を間違えるはずもない。よっぽど緊張してるんだろうなあ。
「ああ、それで。話、なんだけど」
「うん」
「実は、ハナと付き合い始めて」
「えっ、そうなんだ。おめでとう」
「……何つーか、その呑気な反応がお前らしくもあるけど拍子抜けしたべ」
「もっと驚いて欲しかった?」
「いや、満点のリアクションだと思う。大袈裟すぎず、素っ気なさすぎず」
「いくらか聞きたいことはあるけど、聞いていいのかどうかから聞かなきゃいけないでしょ」
「まあ、お前は別に聞いてくれて全然いいっていう」
「そう。それじゃあ遠慮なく」
もちろん全く驚いてないワケじゃないけど、実際そう聞かされても大袈裟に驚くほどの意外性もない。だから純粋に「そうなんだ」って確かに話を聞きましたよという返事と、「おめでとう」っていう祝意だけになるんだよね。エイジとハナちゃんだったら全然ある話だし。ミドリがみんなの前でユキちゃんに告白した時はさすがに驚いたけど、あれ以上はなかなかない。
「いつから付き合ってるの?」
「3日前」
「あ~、本当に最近だねえ」
「サークルでの立場もあるからあんまり表立ってどうこう、的なことはやめとこうとは話したんだ。だから報告もお前ん家でひっそりとだけど」
「ううん、問題ないよ。でも、サークルでの立場のことを考えちゃうのは2人らしいねえ」
「ササとレナみたいにフルオープンな奴らもいるけど、俺らの性には合わんっつーか。それはそれ、これはこれで分別を付けときたいっていう」
「わかったよ。そしたら俺も黙っておけばいいんだね」
「ああ、頼む。心配もしてないけど」
「信頼されてるようで何より」
その辺りの経緯を聞くと、エイジもハナちゃんも真面目だなあと思う。だけど、2人とも真面目だからこそ波長が合ったのかもしれないね。小さな口喧嘩くらいならちょこちょこしてる2人だけど、真面目な話をするときは割って入る余地なんかないもんね。サークル関係の話の時は黙ってないで何か言えって怒られるけど。
……で、この手の話で思い出すのはササがやらかした件だよね。すがやんととりぃが付き合い始めたのをついうっかりぽろっと言っちゃったヤツ。話によればその件ですがやんにこってり絞られたらしいし、すがやんとの間に完全な強弱関係みたいな物が生まれたとはレナ談。俺にもウキウキで報告してきた様子を思い出して、反面教師にする。
「ちょっと突っ込んだトコ聞くけど、エイジはハナちゃんのどういうところがいいなって思ったの?」
「お前今それ聞くか? 飲んでる時とかじゃなくて」
「飲んでても飲んでなくてもその辺のガードは変わんないでしょ」
「まあな。まあ、強いて言えば、衛生観念の大まかな一致、っつーんかな」
「言ってることの意味が何となくわかったので俺は玄関先のバケツを見なかったことにしてお酒を買いに出かけたいんだけど」
「ああ、そうだな。言ってることの意味がわかったんならバケツの中身をとっとと外のコンテナに捨てに行くべきだっていう」
衛生観念と言われてしまえば、エイジとはほぼほぼ真逆の俺はアイタタタ、と自らの生活を反省することしか出来ない。反省はしても生活を改めることは出来ないんだろうけど。周りのみんなからは潔癖症って言われることも多いエイジは、とにかく綺麗好きなんだ、過度なまでに。俺は俺の部屋に入り浸ってる時点で潔癖症ではないって思ってるからね。
そう言えばハナちゃんも結構な綺麗好きだし、いつ行っても部屋がきれいで台所とかの水回りもしっかり管理されてるって言ってたっけ。同じ1人暮らしでこうまで違うかって比較されることも多々。俺の部屋で家事をやるようになって、エイジはその大変さを知ったそうだし、ちゃんとやれてるハナちゃんの凄さに気付いたんだって。
「まあ、この量を捨てるのもなかなか手間だしね?」
「ここまで溜めるから手間になるんだっていう。1本出たら洗って出掛ける時に放り込むだけでいいっていう」
「それが出来ればこうはならなくない?」
「今見ててやるからとっとと瓶だの缶だのを洗え」
「あー……完全に余計な事を振ったなあ」
「そうだな。バケツのことを言い出したのはお前だっていう。まあ、それが終わったら酒買いに出るのはやぶさかじゃないべ」
「あ、ホント?」
「せっかくだしハナに教えてもらったつまみのレシピ、披露してやる」
「絶対美味しいじゃん。あ、そしたら焼酎とかがあった方がいい感じ?」
「ビールにも合うし何でもいいべ。あ、ウィスキーはどうか知らねーけど。ほら、とっとと洗い場行け」
「えー」
「えーじゃねえっていう」
「……彼女かあ。いつかは欲しいなと思っても生活を改めないと厳しいよね?」
「まあそうだな」
「じゃあいいや」
「堕落を取りやがった」
end.
++++
衛生観念の大まかな一致ということを言い始めると大体こういう話になる
(phase3)
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