2023
■自由の象徴
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「そうだ朝霞、お前も話には聞いてるだろ?」
「何の話だ?」
「ほら、放送部で部内講習会をやるとかっていう話だ」
「ああ、その話な。菅野、お前も聞いてたのか」
この間、源が俺に連絡を入れて来た。何事かと思ったら、放送部で星ヶ丘版、ステージ版の初心者講習会をやりたいが、プロデューサーの講師候補からまだいい返事がもらえていないので最悪の事態を想定して自分が話を出来るようにプロデューサーとは何たるかを教えてほしいという申し出だった。
そんなようなことでアナウンサー講習を水鈴さんに、その補佐を山口に頼んだということも聞いた。これまでに例を見ないかなり本格的な講習会になるのだなと、話を聞いてただただ感心したものだ。部長としての源はまあまあ暴れ馬だという話は聞いていたけど、その噂はいい意味で本当のようなのだな、と。
「まさかそんな要件で連絡が来るなんて思わないから本当に驚いたけど」
「まあ、そうだよな。例えば俺だったら、彩人が個人的に連絡を寄こして来る、くらいなら全然想定出来るんだ。だけどまさか源が、部全体の行事のために俺に、っていうのはなかなか想像し難い」
「朝霞班は班員同士が結構密な関係だと思ってたけど、個人的な連絡はあまりしないのか?」
「いや、そういうことでもないんだ。例えば源だったら、いつ、どこで舞台があるから一緒に行こう、みたいな話はしてたし。そういうプライベートなことじゃなくて、そもそも俺は放送部全体、っていう規模の話とは縁遠いだろ」
「まあ。それは否定しない」
どうして今年になってそんな講習会をやろうと思ったのかという話も聞いた。ステージに関する部で共通の技術を教えて欲しいという部員からの意見を吸い上げて、それで部全体のステージが良くなるのであれば是非やってみようと思ったそうだ。俺が言うのも難だけど、俺たちがいた頃とは比べ物にならないくらい健全になっている。
「こうして走り回っているのが源君だというのが何とも」
「何か問題でもあったか?」
「語弊が生じたなら謝る。少なくとも、俺はいい意味での感慨を覚えてるんだ」
「感慨か」
「現役生はあまり気にしないだろうけど、やっぱり、俺から見れば彼は“流刑地”と呼ばれた朝霞班のミキサーだ。その彼が部長として、最前線に立って放送部のステージを良くしようと走り回っているんだ。誰であろうと、ステージのことだけを考えられる環境が出来つつあるんだなって」
「仮に朝霞班がどんな班であったとしても、アイツ自身に敵はいなかったからな」
そもそも3年が1年の頃の班の名前なんか、憶えていたり、知っている奴の方が少ないくらいだろう。それでなくても朝霞班は俺がヤバいだのキチガイだのと言われていたくらいで、源なんかは人畜無害なミキサーだという評価だったはずだ。班の看板にこだわったり囚われるのはきっと今春卒業の代以前の昔話になるのだろう。
「ほら、一応俺も3年の中頃からは独自に放送部の異常性を調べたりもしてたし、今の部の話を聞くと喜ばしいと言うか」
「そう言えば、宇部の右腕として働いてたんだったな」
「そんな大層な物じゃないけど。ああ、そうだ。彼は宇部にも話を聞いたそうだし、水鈴さんつてに萩さんからもプロデューサー指南を受けたそうだ」
「萩さんに!? 何と言うか、時々とんでもないことをしでかすな、アイツは」
「今村からも聞いたけど、ステージに関しては超有能な部長らしいからな。ステージ一辺倒なのは、誰かさんの影響を多大に受けてるんじゃないか?」
「誰かさん? まさか俺のことじゃないだろうな」
「お前以外に誰がいるんだ。ステージに直接関係しない書類仕事は監査にぶん投げて、自分は機材管理やステージ関係の仕事や練習をするのに最前線で走り回ってるって。どう考えてもお前の影響だろ」
「俺はそこまで極端だった覚えはないぞ…?」
「いやいや、十分極端だったし、谷本君によればお前は彼の創造神で、今の彼を形作るに至り欠かせない人間だっていうじゃないか」
「いや!? どんな話になってんだ!? って言うかお前いつの間に彩人とそんな話してんだよ」
「この間ストリートピアノで会って、その後少し話をしたんだ」
俺の与り知らぬところで源に何らかの影響を与えていたのかもしれないが、それでもステージに対してそこまで極端な行動を取っているのをお前の影響だと言われてしまえば、首を傾げざるを得ない。俺がやってたのはテスト前の時間を有効に使うために3年前期の授業をレポートオンリーにしてたくらいで、そこまでおかしいことだとは思っていない。
何と言うか、部のステージを良くするためというその一点で現役時代にほとんど関わりがなかったはずの菅野や宇部に話を聞きに行けてしまう度胸も凄いし、さらに萩さんにまで縁が繋がってしまうだなんて。アナウンサー講師補佐ということになっている山口は萩さんとこの件について何か話しているだろうか。源は底が知れない奴だ。
「何でも、旧態依然とした制度の改革なんかは彼の手で結構進んだらしいし、今はインターフェイスに対する部としての態度も軟化してるらしい。まあ、部長が彼だからそれも当然かもしれないけど」
「だけど、急すぎる改革は少なからず軋轢や遺恨を生まないか?」
「現状、彼が手を付けたところは「どうして今までこれを見直してこなかった」っていう箇所だけらしい。彼が行き過ぎだと思えば、監査が止めるだろう」
「部長殺しの力を持つ、唯一の役職か」
「そう呼ばれていたのも俺たちの代か、精々その次までだろ」
「そうだな。ま、今となっては俺もただのOBだ。アイツがどこまでやるか、見届けさせてもらおうかな」
件の講習会が終わった頃に、飲みながら山口と話そうと思う。源の様子はどうだったかとか、いろいろ気になることはある。本当に、源が俺たちが現役の頃の部長だったらどれだけよかったか。……という件は確か前にやったな。
end.
++++
部活の現役時代はあまり表立った交流がなかったのはここのプロデューサーたちも。
妨害云々はあったけど実はかなり自由気ままにステージのことだけやってたのは朝霞P。
(phase3)
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「そうだ朝霞、お前も話には聞いてるだろ?」
「何の話だ?」
「ほら、放送部で部内講習会をやるとかっていう話だ」
「ああ、その話な。菅野、お前も聞いてたのか」
この間、源が俺に連絡を入れて来た。何事かと思ったら、放送部で星ヶ丘版、ステージ版の初心者講習会をやりたいが、プロデューサーの講師候補からまだいい返事がもらえていないので最悪の事態を想定して自分が話を出来るようにプロデューサーとは何たるかを教えてほしいという申し出だった。
そんなようなことでアナウンサー講習を水鈴さんに、その補佐を山口に頼んだということも聞いた。これまでに例を見ないかなり本格的な講習会になるのだなと、話を聞いてただただ感心したものだ。部長としての源はまあまあ暴れ馬だという話は聞いていたけど、その噂はいい意味で本当のようなのだな、と。
「まさかそんな要件で連絡が来るなんて思わないから本当に驚いたけど」
「まあ、そうだよな。例えば俺だったら、彩人が個人的に連絡を寄こして来る、くらいなら全然想定出来るんだ。だけどまさか源が、部全体の行事のために俺に、っていうのはなかなか想像し難い」
「朝霞班は班員同士が結構密な関係だと思ってたけど、個人的な連絡はあまりしないのか?」
「いや、そういうことでもないんだ。例えば源だったら、いつ、どこで舞台があるから一緒に行こう、みたいな話はしてたし。そういうプライベートなことじゃなくて、そもそも俺は放送部全体、っていう規模の話とは縁遠いだろ」
「まあ。それは否定しない」
どうして今年になってそんな講習会をやろうと思ったのかという話も聞いた。ステージに関する部で共通の技術を教えて欲しいという部員からの意見を吸い上げて、それで部全体のステージが良くなるのであれば是非やってみようと思ったそうだ。俺が言うのも難だけど、俺たちがいた頃とは比べ物にならないくらい健全になっている。
「こうして走り回っているのが源君だというのが何とも」
「何か問題でもあったか?」
「語弊が生じたなら謝る。少なくとも、俺はいい意味での感慨を覚えてるんだ」
「感慨か」
「現役生はあまり気にしないだろうけど、やっぱり、俺から見れば彼は“流刑地”と呼ばれた朝霞班のミキサーだ。その彼が部長として、最前線に立って放送部のステージを良くしようと走り回っているんだ。誰であろうと、ステージのことだけを考えられる環境が出来つつあるんだなって」
「仮に朝霞班がどんな班であったとしても、アイツ自身に敵はいなかったからな」
そもそも3年が1年の頃の班の名前なんか、憶えていたり、知っている奴の方が少ないくらいだろう。それでなくても朝霞班は俺がヤバいだのキチガイだのと言われていたくらいで、源なんかは人畜無害なミキサーだという評価だったはずだ。班の看板にこだわったり囚われるのはきっと今春卒業の代以前の昔話になるのだろう。
「ほら、一応俺も3年の中頃からは独自に放送部の異常性を調べたりもしてたし、今の部の話を聞くと喜ばしいと言うか」
「そう言えば、宇部の右腕として働いてたんだったな」
「そんな大層な物じゃないけど。ああ、そうだ。彼は宇部にも話を聞いたそうだし、水鈴さんつてに萩さんからもプロデューサー指南を受けたそうだ」
「萩さんに!? 何と言うか、時々とんでもないことをしでかすな、アイツは」
「今村からも聞いたけど、ステージに関しては超有能な部長らしいからな。ステージ一辺倒なのは、誰かさんの影響を多大に受けてるんじゃないか?」
「誰かさん? まさか俺のことじゃないだろうな」
「お前以外に誰がいるんだ。ステージに直接関係しない書類仕事は監査にぶん投げて、自分は機材管理やステージ関係の仕事や練習をするのに最前線で走り回ってるって。どう考えてもお前の影響だろ」
「俺はそこまで極端だった覚えはないぞ…?」
「いやいや、十分極端だったし、谷本君によればお前は彼の創造神で、今の彼を形作るに至り欠かせない人間だっていうじゃないか」
「いや!? どんな話になってんだ!? って言うかお前いつの間に彩人とそんな話してんだよ」
「この間ストリートピアノで会って、その後少し話をしたんだ」
俺の与り知らぬところで源に何らかの影響を与えていたのかもしれないが、それでもステージに対してそこまで極端な行動を取っているのをお前の影響だと言われてしまえば、首を傾げざるを得ない。俺がやってたのはテスト前の時間を有効に使うために3年前期の授業をレポートオンリーにしてたくらいで、そこまでおかしいことだとは思っていない。
何と言うか、部のステージを良くするためというその一点で現役時代にほとんど関わりがなかったはずの菅野や宇部に話を聞きに行けてしまう度胸も凄いし、さらに萩さんにまで縁が繋がってしまうだなんて。アナウンサー講師補佐ということになっている山口は萩さんとこの件について何か話しているだろうか。源は底が知れない奴だ。
「何でも、旧態依然とした制度の改革なんかは彼の手で結構進んだらしいし、今はインターフェイスに対する部としての態度も軟化してるらしい。まあ、部長が彼だからそれも当然かもしれないけど」
「だけど、急すぎる改革は少なからず軋轢や遺恨を生まないか?」
「現状、彼が手を付けたところは「どうして今までこれを見直してこなかった」っていう箇所だけらしい。彼が行き過ぎだと思えば、監査が止めるだろう」
「部長殺しの力を持つ、唯一の役職か」
「そう呼ばれていたのも俺たちの代か、精々その次までだろ」
「そうだな。ま、今となっては俺もただのOBだ。アイツがどこまでやるか、見届けさせてもらおうかな」
件の講習会が終わった頃に、飲みながら山口と話そうと思う。源の様子はどうだったかとか、いろいろ気になることはある。本当に、源が俺たちが現役の頃の部長だったらどれだけよかったか。……という件は確か前にやったな。
end.
++++
部活の現役時代はあまり表立った交流がなかったのはここのプロデューサーたちも。
妨害云々はあったけど実はかなり自由気ままにステージのことだけやってたのは朝霞P。
(phase3)
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