2023

■最終手段で超リターン

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「……カズ、これは完っ全に出来上がってますね」
「完っ全に出来上がってんな。しまったー、やっぱ俺じゃボーダーがわかんねーわ」

 うちで晩ご飯を食べながらお酒を飲んでたカオちゃんが完全に出来上がりました。そこまで強くないっていうのは聞いてたんだけど、精々たまにレイ君がやってる飲酒配信くらいの微笑ましい感じだと思ってたじゃん。全然あんなモンじゃなかったですよよね。これにはカズもお手上げ状態。自分と同じくらい弱いとは知ってたみたいなんだけどね。
 何か実はカズとカオちゃんは友達だったみたくて、カズもカオちゃんがほっとくとどれだけ食べないか知ってるから、お弁当のサブスクサービスっていうのを始めたんだよね。お弁当が1食400円として、1ヶ月8000円でどうですかって言ってたんだけど、カオちゃんがそれじゃ労力に見合わないと言って1万円を払ってくれることになった。でもそれだとうちらは貰いすぎになるから、それじゃあ差額分で晩ご飯食べに来てってことになったんだよね。

「伊東さぁん! いーこと思いついたから聞ーて!」
「はぁいはい、今行きますよー」
「慧梨夏、ちょっと最終手段を使おうと思う。上手いコト行くかは五分五分だけど」
「某天才サマの言葉を思い出してカズ」
「ハイリスクハイリターンだな」
「やっちゃって」
「了解です」

 どうやらカオちゃんは酔っぱらうと同じ話を何度でも繰り返しながら絡んでくるタイプみたいだ。今後のお仕事で生きそうなアイディアの話は3巡目。酔ってても仕事の話になるってどれだけ仕事人間なんだろうね。相棒としては頼もしいんだけどさ。
 うちがカオちゃんに捕まっている間、カズが“最終手段”なる手を打ってくれてるみたい。成功確率は半々くらいだから、もしダメだったら夜通しカオちゃんの話を聞くことになるのかなー。どうせ聞くなら夏の戦争を生き抜くためのアイディアが降りそうな話がいいんだけど。

「カ~ズ~、お水ちょうだ~い。あと今何時?」
「10時前だな」
「明日が休みで良かった…!」
「俺は明日普通に仕事なんだよな」
「最悪の事態になったときは任せて」
「そのときは頼んます」

 カズは起きていられてあと1時間くらいかなあ、とか何とか作戦会議をしていると、インターホンが鳴った。こんな時間から誰が来るんだろうと思ったけど、カズがホッとしたような顔をしてるから、もしかして“最終手段”が成功したような感じ!?

「こんばんは~」
「あっ、よっぺ! ごめんね急に連絡して。慧梨夏、俺たちの希望が来てくれたぞ!」
「え、あ、こんばんは」
「えっと、よっぺと慧梨夏って初対面だっけ?」
「そうだね~。話にはたまに聞いてたけど~、会うのは初めてだね~。あっ、俺は伊東クンの友達の山口洋平っていいま~す」
「ご丁寧にどうも。妻の慧梨夏です。……山口洋平…? あっ!? もしかして、カズのヒーローのよっぺさん!?」
「え~と伊東クン、大体想像つくけど俺のことをどんな風に話してたのかな~?」
「大体思ってる通りです」

 向島サッカー界は山口兄弟を抜きにしては語れないし、弟の航平が注目されがちだけど俺はやっぱ兄の洋平を強く推していきたい、的な話は高校の頃から聞いてたんだけど、熱量の違いからうっすらとしか頭には残らなかったよね。カズのヒーローだってことは覚えてるんだけどね。

「で、そのカズのヒーローのよっぺさんが何でうちに?」
「カオルの扱いならよっぺに任せれば大体どうにかなる!」
「便利屋みたいな感じで呼ばれたね~。たまたま休みだったから来れてるけど、仕事してたらどうしてたの?」
「潰れるまで待つしかなかったよね」
「ま、来たからには回収させて貰いますよ。朝霞ク~ン、わかる~? 俺だよ~」
「あえ~? らんか既視感あるツラしてんなぁ」
「痛い痛い。わかっててひっぱたいてない? 声も聞いたことあるでしょ?」
「ん~、知ってゆ~、気がすゆ~」
「気がするのね」

 よっぺさんに甘え倒してるカオちゃんの可愛いこと可愛いこと。相手がよっぺさんだってわかってるから左手がちょっと暴力的になってるのも良き。うちにお仕事のアイディアを話してた時より声も甘くなってるし、実は右手がよっぺさんの服の裾を握ってるのが見えてないうちじゃないです。
 うん、これは……完っ全に! ヤってますわ!
 明日が休みでよかった! このままよっぺさんにカオちゃんを回収して貰ったらうちはパソコンの前に直行ですよ! でも出来るだけこの現場は引き延ばしてもろて! やっぱこの人オイシイんだわ! ひゃっほう! 夏の原稿が捗る~! カズには悪いけど早速原稿集中モードに入らせてもらいますわよ~!

「伊東クン、この家お茶ってある? 出来れば緑茶がいいんだけど」
「緑茶か~、どうだったかな? 紅茶ならあるんだけど」
「あっカズ! こないだアヤちゃんが持ってきてくれた紙袋の中にあるはず!」
「えーっと、アヤさんの紙袋っと。あ、これか。よっぺー、これでいい?」
「ナ~イス。しかも山羽のお茶! いいね~。あと、お湯沸かしてくれる?」
「了解」

 よっぺさんの話によれば、カオちゃんはいつもシメにじゃこたまごかけごはんを食べて、ぬるめの緑茶を飲んでおしまいにするそう。今ここでごはんは作れないけど、お茶を飲めば帰るモードに持っていけないかな、という感じ。熟知している!

「あんなぁ、メシが美味いんだよ」
「伊東クンの?」
「れも~、飲んら感はらいから~、飲み直しな~」
「まだ飲むの~?」
「たりめーらぁ」
「それじゃあお通しは何にしましょうか」
「キャベツかな~、キュウリかな~」
「家に卵ある?」
「らい」
「じゃあ買って帰ろうね~」
「つか、夜だろぉ、らんれいるんだよお前ー」
「今日はお休みだよ~」
「あえ? そうらっけ? まーいーやぁ。今日はもう行くなよー」
「わかったよ~」
「んー、背中がお前ら~、安心すう~」
「それは光栄です」

 ここまでガッツンガッツンに絡むんですかこの人! って言うか学生の頃に付き合ってた彼女とはスキンシップがほとんどないし恋愛にそれが必要だと思わない、的なこと言ってませんでした!? これはよっぺさんで満たされてる説あるんじゃないです? 今もニッコニコのバックハグよ。ほっぺた背中にすりすりしてるのがアカンですわ。

「よっぺ、お茶入ったよ。ぬるめって、こんなもん?」
「えーっと。ん~、もうちょっとかな。でもありがとね。朝霞クン、お茶だよ~」
「ん~。あっづい!」
「あ~、ゴメンね熱かったね~」
「そーいやぁ、昔は親が口移しで熱い物を冷ましてたっていうけどー、今は良くないって言われてんなー」
「親の虫歯菌が子供に移るからみたいだね~」
「そもそもろこまで冷めるんらー? 実地でもって試すべきらな。山口ぃ、やってみ?」
「ん~、朝霞クン、ここは伊東クンのお家で、新婚夫婦の愛の巣~。それは朝霞クン家で飲み直すときに覚えてたらね? とりあえず今は普通に飲んじゃって」
「ん。あちっ」

 新婚夫婦にお構いなく実際に試してもらって構わないんですけどねうち個人の感情としては。いやあしかし全くもう! けしからんですよ! もっとやりなさい!

「慧梨夏、煩悩がダダ漏れだぞ」
「高崎クンに絡むカズとはまた別の良さがあるねカオちゃんには」
「記憶が残ってたら絶望でしかないぞ……」
「てか今回ローリスク超リターンじゃん」
「お前的にはな」
「あっそうだカズ、無事にカオちゃん回収されたら熱いうちに原稿書くんでしばらくよろしくお願いします」


end.


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夕飯食べに来たPさんがやらかしたことがある、という話から。夜のやまよは捕まりにくいはずだが。
泥酔したPさんはそれはもう人にべったべたなんだけども、多分本人的に人はある程度選んでる。でも菜月さんと違って記憶は残らないタイプ。
後日謎に慧梨夏がPさんにご飯とか奢ってると良いなと思いました。ワケがわからんままプリンとか食べてるんだ

(phase3)

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