2023

■ジ・エンターテイナー

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「あ。リク、ちょっとあれ見てっていい?」

 そう言って彩人が指差したのは広場にポツンと置かれたピアノだ。これは通りがかりの人が自由に弾くことが出来るもので、所謂ストリートピアノというヤツ。お互い何だかんだバタバタしていて久々にゆっくりとした時間が取れたので、たまには外に行くかと出歩いたらこんな物が設置されていたとは。
 今は制服姿の中学生か高校生くらいの女子が演奏していて、ちょっと習い事でやってるくらいの腕前かなと察する。楽器なんかほとんど触ったことのない俺からすればそれでも十分凄いなとは思うけど。そのピアノの周りを友達が囲んでいて、笑いながら楽しそうに演奏している様子は微笑ましい。

「彩人はああいうストリートピアノは弾かないのか?」
「たまに弾くよ。家以外の練習場所がそもそも丸の池公園だし、外で弾くこと自体は結構好き」
「次にこのピアノが空いたら弾いて欲しいな」
「わかったよ。ストリートピアノは久し振りだし、何弾こっかなー」

 ――とか何とか話していると都合よくピアノが空いた。彩人は俺に荷物を預けてイスに腰掛けると、高さを合わせている。ポロンポロンと簡単に音を鳴らすだけでも普段から弾いているというのがわかる。それでなくても彩人は見栄えする外見なので、何が始まるんだと聴衆が増えているような気がする。
 演奏が始まると、さらに立ち止まる人があからさまに増えた。曲自体は全然知らない曲だけど、単純にカッコいい。こういう曲を出しているバンドがいますと言われれば信じるレベルだ。と言うか彩人がそのバンドをやっていて、バンドのプロモーションとかライブ前の空き時間にちょっとゲリラライブをやってますと言われても、そうなんだなって感心する人は多そうだ。

「おーい、何か聞いたことある曲だと思ったら俺の曲じゃね?」
「ホントだ、懐かしいな。菅野班の誰かかな」
「いやいや、ウチの班のヤツで俺の曲をこれだけ弾けるのは俺だけだっつーの。鍵盤じゃねーならともかく」
「ほう、これはお前が作った曲か」
「つかよく見なくてもあのアタマ彩人じゃね? おいスガ、ちょっと俺乱入して来るわ」
「え。カン、本当にやる気か?」
「俺の曲を一番カッコよく出来るのは誰か? 俺! 荷物持っとけ!」
「あっ、ちょっとカン! はーっ……」
「諦めろ。奴の習性なのだろう」

 斜め後ろの方で聞こえて来た声の主と思しき小柄な男の人は、演奏をしている彩人の右側に陣取って右手を差し込むと、鍵盤の上で目にも止まらぬ速さで音を重ね始めた。まさかの乱入に彩人も一瞬驚いたようだったけど、会釈をしてるってことはこの人は知り合いか。そして彩人も少し左側にずれ、2人での演奏が始まる。
 流れるように次の曲の演奏が始まり、オーディエンスも手拍子などをして乗っている。2人が完全に空気を持って行ってしまった。もちろん弾いている曲は全然知らない曲だけど、そんなことは全然関係なく凄い物は凄い。周りでは、この演奏の動画を撮っているような人も見受けられる。
 今弾いている曲が終わり、右側の人が連れと思しき人におーいと声を掛けている。溜め息と共に髪の長い方の人がピアノへと近付き、彩人と入れ替わる形で左側に陣取った。お役御免となった彩人が俺の方に戻ってくると、まだ興奮しているような様子だ。新たに始まった2人の演奏もまた物凄い。

「リク、荷物サンキュ」
「凄かったよ。ただただ凄かった。圧巻だよ」
「いやー楽しかったー」
「途中で入って来た人は知ってる人?」
「ああ、部活の先輩。こないだ卒業してった人だけど」
「あ、そうなんだ。それで弾いてる曲も知ってる感じだったんだ」
「俺が弾いてたのはあの人が作曲した曲で、こないだのファンフェスステージの時にも弾いてたからそれで手に馴染んでたんだよ」
「2曲目は?」
「あれは青敬のMV撮影の時に作ってもらったオリジナル曲」
「あったなそんなことも。と言うか本当に凄い先輩がいるんだな」
「ステージで演奏してた曲は全部自分で書いたオリジナル曲って言うんだから凄いよな。こないだのファンフェスであの班の先輩にこれまでの楽譜もらったけど、マジで凄い。朝霞さんは朝霞さんで書く量がえぐいけど、菅野さんは菅野さんでえぐい。つかもう1人の人もすげー上手いわ。さすが菅野さんの友達だぜ」

 星ヶ丘ではひとつのステージを作るのに台本を書いたり曲を書いたりするそうだけど、その度にいろいろな物が生まれてると言うし、エネルギーが凄いなと思う。去年の夏に丸の池ステージというものを見に行ったけど、あの1時間とかそれくらいに懸ける熱と言うか何と言うか。その一瞬のために創作や道具の準備、練習なんかもするんだから。

「谷本君」
「あ。菅野さんご無沙汰してます」
「カンがごめんね」
「いえいえ、すげー楽しかったっす」
「ところで、最初に弾いてたのって菅野班時代にカンが書いた曲だったと思うけど、あの曲をどこで?」
「この間のファンフェスで部でステージをやったんすけど、そこで今村さんの班にぶち込まれたんで、せっかくなら菅野さんの書いた曲の楽譜見してくださいっつってもらったっす」
「ああ、今村か。そっか、アイツももう3年か。と言うか、部でファンフェスのステージに出たんだ?」
「そうっすね。ウチのゴローさんが今部長なんすけど、あの人もなかなかの暴れ馬で。要約すると「学祭から夏までのスパンが長すぎる! その間にステージを捻じ込めー」っつってやる流れになったとかで。俺はインターフェイスのラジオでも出てたんで結構ひーこら言ってたんすけど楽しかったっす」
「朝霞が聞いたら別の意味で暴動を起こしそうだな……」
「あー……噂には聞いてるっす、ファンフェスのラジオとステージを両立しようとして謹慎食らった結果ブチ切れて壁殴って拳割った件については」
「まあ、俺たちが現役の時とは比較にならないくらい健全な部になってるようで良かったよ」

 スガノさんと呼ばれた恐らくは同じ部活の先輩であろう人と彩人の話を聞いていると、本当に星ヶ丘の放送部というのは壮絶なところだったんだなというのが分かる。彩人が先輩の女に襲われたのも、腐り切った部の体制が生んだ事件だったそうだし。と言うか、ゲンゴロー先輩はインターフェイスじゃのんびりした感じの人だなって印象だけど、部だと暴れ馬部長なのか。人は見かけによらない。

「それじゃあ谷本君、また」
「じゃーな!」
「お疲れっしたー」
「……彩人、さっきの話だけど」
「さっきの話?」
「朝霞さんってやっぱりブチ切れると手が出る人なんだな」
「お前は身をもって知ってるはずだろ」
「あれは重い拳だった」


end.


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と言うか例によってこの3人にハブられているPさんであった。忙しいのかナチュラルに声がかからないのか
彩人とストリートピアノの話についてはいつかやりたいことだったのでやれてよかったけどわちゃわちゃ
元々6月くらいを想定した話だから時間軸とか内容とかが微妙に7月っぽくない

(phase3)

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