2023

■稀代の便利屋

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「あーっづー……」

 今日も今日とて蒸し暑い。事務所暮らしが長くなるとちょっと現場に出るだけでしんどいし、一瞬で汗が噴き出て不快指数がとんでもない。汗かいて乾いての繰り返しだから汗臭くなりがちだし。何つーか、現場にいるならずっといる、事務所の仕事ならずっと事務所、みたいにどっちかだけなら体も付いてきやすいんだろうけどなー。
 向西倉庫に入社して3ヶ月が経った。少しずつこなす仕事の量も増えて来たように思うし、少しずつそれらをやれるようにもなって来ていると思いたい。どうやら俺は今年の新入社員の中では結構特殊な働き方をしているようで、半分現場、半分事務所というのがまさにそれ。二刀流と言えば聞こえはいいけど現状中途半端って言う方が正しい。
 5月の連休明けから塩見さんの助手として新倉庫の仕事の研修を受けたついでに現場仕事もある程度仕込まれた。事務所の仕事は圭佑君の師事を受けてこちらもある程度。とか何とかやってる間に気付けば俺は便利屋として事務の先輩やパートさんから認識されていたらしく、何でもかんでもアイツに言っておけばいい、みたいな感じで雑務に追われることもしばしば。
 今も事務の先輩から大石に資料を渡してくれと頼まれて、アイツがいるであろうB棟2階に向かっているというワケだ。大石は基本的にずっと現場にいるし、事務所にはメシの時くらいしか下りてこない。だから用事があるなら放送で呼び出すか、アイツのいる方に行く奴に言伝を頼むのが楽なんだよな。頼まれる方はたまったモンじゃないが。

「越野君今どっち行くー?」
「B棟2階っすねー」
「じゃA棟に寄ってこのケース置いて来てくれる? 台の上にでも」
「了解っすー」
「スイマセーン、ハンコお願いしまーす」
「越野君ハンコもよろしくー」
「えっちょっとハタケさん! はーい、ハンコっすねー」

 ……とまあ、歩いてるヤツは好き勝手に使っていいと思ってるような人もいたりする。まあ、ハタケさんはそれなりに忙しい人だし手が離せないんならまあちょっとくらいはいいかなって思うけど、忙しい割にサボってる割合もまあまあ高いからよくわかんねーんだよなあの人。とりあえず荷受でハンコを押して、そっちのケースをA棟2階にっと。
 いや、もしかしなくても今持って来た荷物は整理しとけってことだよな、これ。ったくしょーがねーなー。えーっと、こういうのは確か、検査小屋の前にこうやって積んどけば、あとで宮本主任が処理してくれるんだっけか。製品の検査もあるらしいんだけど、それに関係する仕事はまだ教えてもらってないからこのケースはこれ以上触らない方がいいだろう。

「あー、2階だるっ」

 2階に上がると暑さの質が1段階上がるような気がする。噎せ返るような熱気が直に襲って来て、息が詰まるっつーか胸が押し潰されるっつーか。大石が事務所になかなか来ないのも、一度涼しいところに行くと戻って来たくなくなるかららしい。夏には人が近付かないB棟2階で大石が死んでないかの確認は適宜入れるよう塩見さんからは言われている。

「あ、越野君。ハタケさん見なかった?」
「下で見たよ。リフト乗り回してたけど」
「そっか、ありがとう」
「ああ長岡、お前どっち行く?」
「あっちに戻るよ」
「じゃあこれ。ハタケさんから台の上に置いといてくれって頼まれたんだけど、お前に頼んでいいか」
「わかったよ」
「ああそうだ。ついでに。大石ってB棟にいる?」
「リフトを引いてるような音はしてるから、いると思うよ」
「サンキュー」

 同期の長岡は現場に配属されて、コイツはハタケさんの助手的なポジションでA棟2階の仕事を担当している。A棟2階はウチの会社でも特に扱っている品が多いところで、出荷作業の時もてんてこ舞いになるところだ。大石が担当しているのはB棟2階で、ここはとにかく細かい物が多い上に、製品知識も問われるところだ。
 長岡からの情報通り、B棟には人の気配がある。電気が付いているし、作業をしてるなっていうちょっとした散らかり方。それから、デカい冷風機が3台、ゴーと音を立てながら動いている。会社の端に位置するこの区画はとにかく熱の籠もる場所で、40度超えは当たり前。湿度もバカみたいに高いから人があまり寄り付かないとされている。

「大石ー? いるかー?」
「はーい」

 奥の方から声がしたからそっちの方を覗いてみると、窓から冷風機の水を捨てているようだった。冷風機のポリタンクは確か20リットルくらいは水が溜まる仕様になってるけど、1日に3回はこのポリタンクの水を捨てないと大変なことになるそうだ。一応水が溢れそうになると自動停止するらしいんだけど。
 如何せん湿度がバカみたいに高い場所だから、人がいなくても冷風機の電源は入れておけと言われている。それを知らずに、何だよ人がいねーのにもったいねーことしてんなと思って電源を切って注意されたこともある。湿度が高くなり過ぎると床が水浸しになるわ製品がカビるわとんでもないことになるとかで。

「山田さんから預かりモン。資料だって」
「ああ、わざわざありがとう」
「つかやっぱこっち暑いな」
「でもね、こうやって屋根に水を捨ててると、ひや~っとした風が一瞬通るんだよ」
「へえ。そういうモンか」
「この水が真水だったら浴びたいなーって思うんだけど、成分がわからないからさすがに浴びれないよねえ。何かに利用できないかなあ。ちょっともったいないよね」
「あー、使えて精々洗車とか、トイレがぶっ壊れたら流すのに使うとか、そんなモンじゃねーか?」
「あー……プール行きたい。水浴びがしたい」

 そう言って大石は逆さにしたポリタンクを振って水を出し切る。コイツにとってはこの水捨ての仕事すらも水と戯れる楽しみの時間なのだという。現場には現場の過ごし方ってのがあるんだなと感心はするけどこの季節はやっぱ事務所の方が快適だ。便利屋やるのも楽じゃない。

「越野ってさ、この暑いのによく体育館でバスケなんて出来るよね。俺だったら絶対倒れちゃうよ」
「そうは言うけど体育館はここより圧倒的に涼しいぞ。つか何でここはこんなに暑いんだって感じだ。暑いって言うか、表現する漢字が違うんだよ。気温の表現じゃなくて、熱そのもので熱い! 的な」
「言いたいことは何となくわかる。昔は屋根の上に水を流して空気を冷却してたそうなんだけど、屋根が傷んだりしてその装置を使わなくなった時に上から新しい屋根をかぶせたんだって。それで夏は熱い空気の層がこの空間をあっためて、A棟と違って風も通らないから40度なんか平気で超えちゃうようになったみたい」
「ほー、なるほど。つかお前またタイミング見て適当に休めよ。ここで倒れても誰にも発見されねーぞ」
「あはは、ありがとう。うん、さすがに反省はしてます」
「その割に事務所に下りてこねーじゃんかよ」
「下りたら上りたくなくなるからね。だからここにいてもちゃんと水分補給が出来るようにスポーツドリンクを入れてオッケーな水筒を買ったよ。ペットボトルそのままだと温くなっちゃうし」
「すげえ! 大石がちゃんと反省してる!」
「俺を何だと思ってるの」
「つか同じ2階にいる長岡ってその辺どうしてんだろ。ここ程じゃないにせよまあまあ暑いはずだけど」
「A棟にはウォーターサーバーと冷蔵庫があるから、水分補給に関しては困らないね」
「あそっか」
「長岡君は塩分タブレットも自前で持ってて、たまにこっちに差し入れに来てくれたりもするね」
「へー、そうなんだ。つか人が近寄らないって言われてる割に長岡はたまに来るんだな」
「A棟の仕事は大変だからね。息抜きなんじゃないかな」

 ――とか何とかやっているとピンポーンと放送が鳴って、越野君内線11番なんて呼び出しがかかる。へーへー呼び出されてやりますよ。何てったって俺は稀代の便利屋でごぜーやすから。

「はいもしもし。はい、はい。あー、はい。今戻ります。はーい」
「越野、別件?」
「返品再生の世話だと。つかそれ俺じゃなくてもよくね?」
「あはは……ドンマイ」
「じゃ、戻るわ。死ぬなよー」
「ありがとねー」


end.


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夏にやりたい倉庫のお話。こっしーもお仕事に慣れて仕事中に頼まれた仕事も適当にこなせるまでに成長。
サボりスペースとして意外な人気のあるちーちゃんの区画。そういう人たちの集いもいつか見たい

(phase3)

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