2023

■労力を割きたい仕事

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「みんなおはよー」
「おはようございまーす」
「ゲンゴロー、今日はレオから逃げてないです?」
「ゴローさん、部の仕事後回しにしてんなら先にやってから来てくださいよ」
「今日は大丈夫です!」

 星ヶ丘大学放送部の部長として何とかやってるんだけど、どうにもこうにも書類仕事だけは未だに好きになれなくて、レオに投げっぱなし。レオがあんまり大変そうにしてるからか、マリンと彩人が完全にレオの味方で俺に厳しくなっちゃってる。
 放送部の部長は常に現場の最前線を走り回っていて、それを追いかける監査は重労働だ。……みたいなことを言われてるのは何となく聞いたことがあるけど、俺としてはそんな、どこにいるのかわからなくなる程には走り回ってないつもりだよね。
 今回もマリンと彩人から疑いの目は掛けられたけど、今日は班長会議が終わって班に合流してるから、レオの用事ももう済ませてある。俺もレオに対しては申し訳なく思ってるけど、ど~うしても! 書類だけは好きになれないんだよね。

「班長会議の話からしていい?」
「お願いするですよ」
「今度、再来週の水曜日に放送部内の簡易技術講習会が開かれることになりました。初めての試みになるんだけど、インターフェイスの初心者講習会の星ヶ丘版、ステージ版だと思ってもらえばいいかな」
「へー、そんなことをやるんすね。でも何で急に?」
「ウチの放送部では部全体で統一された技術の話、みたいなのが無くないですか、あるんなら教えてくださいって話が俺のところに来たんだよ。確かに同じ部なのに班ごとでしか技術の継承がされないのは勿体ないし、部全体のレベルの底上げになるかなと思って」
「インターフェイスの初心者講習会的な感じだったら、講習も3年生の人らがやるような感じっすか?」
「ミキサーとディレクターはそれぞれ俺とレオがやるよ」
「ゴローさんのミキサー講習!? 受けた過ぎます!」
「所沢さんのディレクターの極意か……。気になる」

 深青からの訴えを前向きに考えた結果、やっぱり簡易講習会みたいなことはやった方がいいよね、という結論に至った。夏の丸の池ステージを前に、改めてステージや、それをやるための技術と向き合ってもらえるかな、とも思ったから。
 ただ、ミキサーとディレクターはすんなり講師候補みたいな人が上がったと言うか、自分たちでやればいいかってなったんだけど、プロデューサーとアナウンサーはどうしようかって、そこが少し難航した。今いる人に腕がないわけじゃないけど、講師を頼んだら断られちゃって。

「プロデューサーの講習は一応マリンにお願いしてるんだけど、まだ返事待ちだね」
「人の返事を聞く前に日程を確定させるとか、退路を完全に塞ぎに来てるですよ。いいですよ、やるですよ」
「ありがとう!」
「プロデューサーとは何たるか……改めて復習しないとですよ」

 マリンに講習を頼んだとき、自分はまだまだ半人前だから人に教えるだなんてとんでもない、と断られたんだよね。そこを何とか何とか押しに押しに押して説得して、返事を聞く前に日付を決めなきゃいけない事情になったから説得をさらに加速させて、やっといい返事がもらえた。
 でもやっぱり今のウチの部で正統派のプロデューサーと言えばマリンだし、俺はマリンが1年の頃からプロデューサーというパートやその仕事に真摯に向き合ってきてることも知ってるから、どうしてもやってもらいたかったんだ。

「アナウンサー講習は誰がやるです? 星野は断ったそうです」
「ああ、それなんだけどね。結構無理を言ってお願いして、部のOBの水鈴さんと、その補佐を山口先輩がやってくれることになりました!」
「えーっ!? 水鈴さんて、水鈴ちゃんですかっ!? 水鈴ちゃんなんですかゴローさんっ!」
「あ、うん、そうだよ。夕方の情報番組とかに出てる、あの岡島水鈴さんだよ」
「えーっ!? アナウンサーやってて良かったぁっ…! 私は水鈴ちゃんに憧れて放送部に入って、アナウンサーになって…! 夢じゃないよね!? 彩人ほっぺたつねって!」
「え、マジでやんの?」
「いいから!」
「じゃあ」
「痛い! 現実だ! ゴローさんは神部長です!」

 現役でアナウンサー講習が出来そうな人がいなくなった時に、どうしようかな~っと悩みに悩んで出てきた顔が山口先輩だったんだよね。で、山口先輩に相談したら、水鈴さんを紹介してくれたんだよね。話をさせてもらって、講師も快諾してもらって。水面下でやってました。

「でもゲンゴロー、どうやって水鈴さんを説得したです? さすがに現役のタレントさんは事務所との兼ね合いもあるです」
「事務所とは関係ない全くのプライベートでやってもらうことになってて、部のステージが良くなるんならって快く協力してもらえることになったんだよ」
「書類仕事以外は超有能な部長です」
「ホントっすね」
「マリンがやっぱりダメですってなったときに備えて歴代のPさんに話を聞くだけ聞いてまとめたりもしてたし、ステージに関する仕事だったらいくらでもやれるんだよ」
「ゲンゴロー、今何か聞き捨てならないことを言ったですよ。歴代のプロデューサーに話を聞いた? 誰に、どんな話を聞いたです」
「内容はプロデューサーとしてどんな風に仕事をしてたかとか、仕事をする上で気を付けること、技術的な話やアイディアはどこから来るか、とか? 聞いたのは柳井部長に朝霞先輩、宇部さん、鎌ヶ谷先輩、菅野さんにも話を聞けたかな。あと、水鈴さんが萩さんにも話を聞いてくれて」
「柳井とか朝霞とか要らないのも混ざってるですけど宇部さんと萩さんの資料もあるですか! 寄越すですよ! 宇部さんの弟子である私はそれに目を通す義務があるです!」
「その資料は俺も見たいっす」
「あーあーあー、後で見せるから! 今はまだ班長会議の報告!」

 この件で話を聞けた先輩たちはみんな「放送部が純粋にステージをやれる場になりつつあるようで良かった」って言ってたんだよね。これまでがどれだけ異様な環境だったのかなってことがよく分かるんだ。朝霞班のミキサーとしてその中にいた自分が部長としてこうして走り回ってるっていうのも、先輩たちにとっては思うことがあったみたくって。

「とにかくそういうことだから、みんなステージに向けて張り切ってもらって」
「張り切るどころじゃないですよ! バリバリです!」
「私も講習をまとめるですよ。だから資料早よ」
「うん、それはもうちょっと待って」


end.


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書類仕事以外は有能な部長のお仕事。朝霞班という看板はある学年以上にはとても象徴的に映る現部長。

(phase3)

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