2023

■引き金の固さ

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「相席いいかい」
「由宇。ええ、構わないわよ」
「相変わらず小難しい顔してんねえアンタは。メシの時くらいそんなの忘れりゃいーのに」
「そうしたいのは山々なのだけど、そうもいかないのよ」

 久々に大学でメシでも食うかーと食堂に入ると、宇部が眉間にシワを寄せて何やら考え事をしているようだった。食べてる最中なのに箸はピタリと止まって、意識がどっか別んトコにありますよーと言わんばかり。今に始まったことじゃないとは言え、まあ気になるわな。

「卒研かい? それともアレか、文化会のあーだこーだかい?」
「文化会のあれこれよ。いえ、厳密には放送部の問題かしら」
「放送部がクソなのは今に始まったことじゃねーだろ。また新たに問題が起きたってか?」
「あまり大きな声では言えない事案がね」
「あーそうかい。今の部長って確か柳井だったか。アンタの愛弟子がやらかしたってか」
「柳井は愛弟子と呼べるような物でもないけど、今回の事案には関係ないわ。加害者は旧日高班の高萩麗よ」
「その調子だと被害者は旧朝霞班ですとか言わないよな?」
「残念だけどその通りよ」
「おいおい、代が変わったのに何も変わってねーなあの部は」

 他の奴に言わないことを条件に今回起こったらしい事案とやらの話を聞く。一言で言うと、高萩麗が戸田班に入った1年の男子を性的に襲ったんだそうだ。それを聞いてもアイツならそれくらいやるよなあと、正直驚きはそんなに無かったよな。
 宇部は見回りの最中にその現場を押さえたらしく、被害者の保護やら部長と班長……この場合は戸田に状況を説明して今後どうするかということを話し合ったりして、今はそれから先のことをどうするかを考えているようだった。それから先というのは、文化会から先だ。

「これまで私が掴んでいた旧日高班の蛮行も十分法には触れると思うけれど、現行犯ではなかったから突き出せずにいたわ。だけど今回はまさにその場で行われていたことだから。被害者のことを抜きにすれば私はすぐにでも警察に突き出すべきだったと思うけれど、難しいのよ」
「確かになあ。これが殴られたとか金を取られたとかならラクなんだろうけど、デリケートなヤツだもんな」
「そうなのよ」
「つか今旧日高班がやってたことを掴んでたって言ったか?」
「言ったわよ」
「何をどれだけ掴んでたんだよ」
「良くて全員停学処分になる程度の情報よ。連中はいつも証拠を残すものだから記録を残すのにさほど苦労しなかったわ」
「おいおい監査サマ、とんだ右腕じゃねーか」
「私が本気であれに媚びへつらうとでも思う?」
「いんや」

 宇部が密かに日高をぶっ潰そうとしていたということは部活を引退したくらいの頃に聞いてたけど、良くて班員全員停学になるレベルの情報を握ってたんならさっさとやっとけよっつー話な。アタシなら後先考えずに行くところだけど、宇部は理性が残ったんだろうな。
 元々は幹部なんざクソ食らえっつー反体制の班にいた宇部が、急に幹部系の班に移籍してトントン拍子に出世して、死神なんて異名までもらう監査になりやがった。あそこに残ったアタシからすりゃ、やってることが意味わかんねーし裏切りやがってこの野郎としか思わないじゃん。
 だけど蓋を開けてみりゃ部長に一番忠実であるはずの監査が一番の危険人物でしたっつーオチな。ステージにしか興味ない朝霞班だとか、悪態を吐くだけの魚里班なんかとは危険度のレベルが段違いなんだよな。いつでも引き金は引けたんだ。

「で、文化会監査殿。今回の事案でま~さか、被害者保護の観点から高萩麗に対する処分はありませんとは言わないよな?」
「言わないわよ」
「その辺はちゃんとすんのな」
「私が考えているのは文化会から先。大学にどう報告するか。この場合学生課になると思うのだけどね」
「大学からの処分っつーのが出んのかい?」
「出るとは思うけれど、どの程度かまでは私もよく知らないの。調べてもそれらしい記述がなくて」
「まあ、そんな頻繁にあるようなコトでもないだろうし、調べようがないわなあ。部長はどうするって?」
「あの坊やは勢いで本当にやってしまうかもしれないとは思ったわね。例の情報の話をちらつかせたら飛びついて来たから」
「ナニ、時として勢いが必要な時もあんじゃないか?」
「それはよくわかっているわ。私に一番足りなかった物だとも自覚しているし」

 宇部がいつでも引けたはずの引き金を引かなかったのは、これだけの情報ではまだまだ決定打には至らないという考えからだったという。勝率が100%になるまでは仕掛けてはいけない。そんなことをやっているうちに時間だけが無意味に過ぎてしまったと。

「しっかしまあ、日高なあ。今から思えばなーんでアレが大学に入学出来てんのかね。人間学部ってそんなに偏差値低かったっけ」
「あなたのいる環境科学部よりはいくらか低いけれど、人間学部全員があのレベルでもないはずよ」
「つかあのレベルばっかだったら大学転覆モンだろ。いくら星ヶ丘が理系の方が賢い大学だからっつってもさ」
「入るだけならそこまで難しくないということなのでしょう」
「あーな。如何せん放送部の人間学部の連中を思い起こすと、何かなあって思っちまって」
「ステージに熱を入れすぎる余り学業が二の次になった人が2人ほどいるのよ」
「朝霞とシゲトラな」
「ただ、その2人はタイプが違うのよ。朝霞は成績はどうあれ単位自体はほとんど取ってしまっているから大学にはほとんどいないようだけど、鳴尾浜は単位の取りこぼしも多いらしくてたまに学内でも見かけるわね」
「4年にもなってまーだ授業いっぱいあんのか」
「一方で、日高は必修もまだ残しているし、先の考査ではカンニングがバレて全科目が不認定になったそうだわ」
「真っ当に4年で出れないんじゃね?」
「あんな物が社会に野放しになるなんて害悪以外の何物でもないわよ」
「ははっ、違いねーわ。ま、アタシらは就活だの卒研だのを滞りなく頑張りましょーや」
「そうね」
「あっ、アンタは院試の可能性もあんのかい?」
「実はまだ少し悩んでいるの。だからどうとでも振れるように受けるだけ受けるけれど、どうするべきかしらね」
「したいようにしな、アンタの事情なんか知ったこっちゃないんだから」
「ええ、そうね」
「あっ、魚ちゃんと宇部Pなんだ! 懐かしい組み合わせなんだ! ボクはおやつだけど相席していいんだ?」
「おっ、星羅! 来なよ」
「ええ。どうぞ」
「お邪魔するんだ! 何の話だったんだ?」
「宇部がなー、院に進学するかどーか考えてんだと。試験だけは受けるらしいけどな」
「体が動くうちにやりたいことをやるのが大事なんだ。選択肢を増やせるなら、増やす方がボクはいいと思うんだ。受験するなら応援するんだ。でもムリはダメなんだ」


end.


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多分この頃の宇部Pは萩さんもビックリの眉間になってたんじゃないかと思われる。
学部の設定がなかったうお姐の学部がここでしれっと決まる。かまひびと同じだったのね

(phase2)

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