2023

■break in the rainy season

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「やっと晴れだー!」
「それでは、今日は外に出て発声練習をやりましょうか」

 これまでのMMPでは、雨が降っているからという理由で発声練習をやらなくなるということもあったそうですが、今年はきちんと発声練習を継続出来ているように思います。普段は外に出てやっている発声練習ですが、雨が降ると3階のロビーに場所を移します。
 サークル棟の3階は、かつては宿泊棟としての機能を持っていたそうです。ですが今ではこの施設に泊まる人はおらず、人の行き来もないフロアになっているとのこと。私も天文部の頃に作業の都合上一度だけ上がったことがありましたが、独特の不気味さがあるのです。

「へー、基本はこんな感じでやっとるんすねー」
「外の方が季節を感じられていいなあ」

 初心者講習会の後に、1年生のうっしーこと牛山翔太くん、そして2年生のいろはこと音無爾黎くんという2人が新たにサークルに加入してくれました。2人がやってきてからはこんな季節ですし雨続きで、屋内での発声練習しか出来ていませんでした。
 屋内でも屋外でもやること自体は変わらないのですが、音の聞こえ方などは多少変わりますし、外だと開放感があって声を出していても気持ちいいなと思います。以前徹平くんが留学に来ていた時にこれを「森林セラピーみたい」と言っていたそうなのですが、言い得て妙だと思います。

「では、ストレッチから始めますよ」
「とりぃよろしくーッ」
「はい。お願いします」

 発声練習にストレッチを取り入れたのは、春休みの頃です。私と奏多が基礎的な練習を始めたタイミングです。希くんは良いと思ったことは積極的に試行し、やってみて良ければ本格採用することに躊躇がありません。これも元々バドミントンサークルでやっていた物です。
 二人一組で体を伸ばし、ほぐしていくのですが、ペアは基本的に身長や体格の近い人同士で組みます。私だと本来体格が近いのはパロになりますが、さすがに女子同士で組んだ方が、というパターンもあります。私が本当にパロと組んでしまうと奈々先輩があぶれますし。

「あーっ…! のびる~…!」
「じゃあ次俺なー」
「あーっ! 重い重い重い!」
「あーっ!」
「希くん!? いろはも、大丈夫ですか!?」

 背中で相手を持ち上げて背筋を伸ばす、というストレッチは相手の重みが直に乗るので油断すると崩れてしまいます。今も、希くんの重みに耐えきれなかったいろはの膝がカクンと行ってしまいました。2人とも怪我がなかったようで何よりです。

「ごめんカノン。いやー、俺、こんなに体力なかったかなー?」
「俺もバド辞めたし太ってたかもなー。そういや最近体重計乗ってねーわ」
「体力っつーか体幹の問題じゃね? さすがにかっすーが重すぎるっつーことはねーだろ」
「これを機にちょっと鍛えようと思う。体を動かすことで新たな視点が」
「急に張り切っても続かねーって」
「今もさ、そこのアスファルトの上を蟻の行列が横切ってて、もっと近くで見たいなー、命の営みだなーって思ってたら膝がね」
「いや、よそ見すんなよ。体幹だの体重だのの前にぜってーそれじゃねーか」

 いろはは俳句・短歌同好会からサークルを移ってきた人で、私たちによく季語のことや美しい言葉を教えてくれます。それから、こんな風に目に入ってきた物に対する感性は独特で、とても刺激的です。私は蟻の行列になど全く気付いていませんでしたし。

「ほら、このストレッチで人の背中の上で空を見上げるのも新鮮だけど、地面を見ることもそうそうないからさ。殿ー、今そこ飛行機雲のびてるでしょー!? いいよねー! ジュン、そのままキープしてあげてー! 殿ー、空見てー!」
「――っていろはお前鬼か!?」
「そのような物だと思って全く気にしていなかったのですが、いつも殿を真顔で持ち上げていますよね、ジュンは」
「こんな細いのになー。無理してる感もねーしジュンって実はすげーのか?」

 いろはに言われたように、殿を背中で持ち上げたままジュンはその姿勢をキープしています。殿はMMPで一番の体格で、身長は190センチを優に超えるガッチリ系です。ジュンも上背こそ180センチ以上ありますが、細身なので殿との体格差は大きく見えます。大丈夫なのでしょうか。

「はーい、もういいよー。殿、良かったっしょ?」
「……それより。ジュン、大丈夫か」
「ああ。全然平気」
「殿、お前確かタッパは194っつってたな。体重はどんだけだ? 大体でいい」
「90キロです」
「ジュン、お前は? 身長と体重」
「186センチの、67キロです」
「お前、実はスポーツか何かやってたか? 文化系としちゃちょっとパワーが尋常じゃねーな?」
「中高は運動部でした。バスケと、陸上を」
「……と言うか、ジュンは私と体重があまり変わらないのですね。身長の割にと言いますか」
「女性の場合はあまり痩せすぎていても良くないですし」
「男性でも痩せすぎの人にはそれなりのリスクはありますよ」

 ここだけの話、私は最近体重が気になっているのです。徹平くんと会うと食べる流れになりがちで。体型を維持するのが難しくなってきているなと痛感しています。今は梅雨時で星を見るのも難しいですし、こんな時こそ工場のプレハブに籠もってトレーニング三昧するべきでしょうか。

「……あの、奈々先輩、私、きっと重いですよね?」
「平気平気ッ! それよりうちちんちくりんだし実はとりぃの背筋伸びてないよねッ!?」
「いえ! そんなことは……いえ、はい、その……ええと……地面から足を浮かせなければならないということはないので……はい。……ええ」
「やっぱりッ!」
「まーぶっちゃけ身長で言えば奈々さんと合う人はいねーからな~。春風は本来パロとかすがやんとやるくらいがちょうどだし」
「うう……うちがちんちくりんなばっかりに……」
「違いますよ。春風が女としてはデカいんす。アンタは普通よりちょっとだけ小さいくらいっすよ」
「そうですよ奈々先輩。特段平均から外れているわけではありませんし、悲観することはありませんよ」
「奈々さん! 地面に目が近い方が足元をよーく見られてお得なこともありますよ! 今だったらその辺を蛙が歩いてます! ほらかわいい!」
「夏になったら?」
「セミファイナルを避けられる!」
「あの、いろは、セミファイナルというのは?」
「死んだかな? っていう蝉が急にジジジッて動いてビックリするヤツ」
「あー、あれなー! 確かにめっちゃビックリする」
「いや、いろはの理論は励ましになるのか…?」
「……俺は、一理あると、思います」
「うわっ、殿!? まさかお前が理解すんのか」
「花や野菜の世話をしたり、様子をじっくり観察するには、視点が近い方がいい」
「うんうん、そうだよね。僕もわかるなあ」

 隣の芝は、と言いますがこれは本当にそうですね。奈々先輩と殿では40センチ程の身長差がありますが、これだけ違えば見える世界も全く違いそうです。殿は普段、アルバイトの時などには急な曲げ延ばしや屈みなどで腰を痛めないよう気をつけているそうです。

「よーし、今日はこのまま外でトークテーマを探そう!」
「いいねッ! 面白そうッ!」
「鳥ちゃん鳥ちゃん、このままじゃストレッチで終わるかも」
「はっ…! いけません! 本題は発声練習です! 奈々先輩、いろは! トークテーマ探しは後にしてください!」


end.


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去年モブ的に出てきたいろはを本格的に動かした結果、どちゃくそな脱線性質。逆にMMPらしい。
ジャックとかうっしーはそのうち組体操とか始めるかもしれない。扇とか。3人いれば出来るし。

(phase3)

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