2023

■due to low pressure

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 向島エリアが梅雨入りしたらしい。台風なんかも発生し始めてるし、じめ~っとしていや~な感じの空気になってるなあと思う。湿度が高くて何が嫌って、洗濯物が乾かないってのと食べ物がすぐにダメになるところだ。そういうことに1人暮らしを始めて気付く。
 雨が降っていると、サークルに行くのもちょっと億劫になるんだろうなと思う。他人事みたいに思うのは、俺には車があるから。だから歩くのは駐車場まででいいけど、徒歩のみんなは学部棟から徒歩15分の道のりを歩いて来ることを考えると、やっぱり車っていいよなあ。

「ようジャック」
「兄貴! どーしたんすかこんなトコに」
「これからサークル行くんだろ?」
「そっすね」
「悪りーけど、車に乗せてくんねーか」
「いっすよ」
「サンキュ」

 授業が終わって、未だにアナログ手法でやってる掲示板を確認しに行くと松兄がいた。兄貴は情報科学部だったはずだけど、わざわざ環境の掲示板前にいたってことは俺を待ってたのかな? 要件は今聞いた通り。サークル棟まで車で。これから雨が降ってるとこういうことも増えて来るのかな。

「兄貴傘持ってないんすか?」
「いや、傘はある」
「じゃー単純に徒歩がめんどくさかったんすか?」
「そういうことにしといてくれ」

 春風にバレたらぶっ飛ばされるだろうな、と兄貴は苦笑いする。とりぃ先輩はサークルの中ではきっちりしてる方の性格だし、それを抜きにしても松兄には厳しい。雨の中、徒歩で山道を上るのがめんどくさくて後輩の車に乗って来た、という構図は確かに先輩が後輩に集ってるようにも見えるのかもしれない。

「この車、普通車としては小さめだろ、1年5人で乗ると狭くね?」
「狭いっすね。Lサイズ以上が2人いるとやっぱちょっと」
「お前的に誰が何サイズなんだ?」
「まあ殿はLLっすよね」
「そうだな。3Lでもいいくらいだぜ」
「で、ジュンがLでツッツがM、パロはSっすね」
「まあそんな感じか」
「兄貴はLっす。で、カノン先輩はM」
「あー妥当だな」

 そんなことを話しているとすぐにサークル棟に着いてしまう。徒歩だと15分だけど、車だと本当にすぐだ。サークル室の鍵はもう開いているみたくて、鍵の貸し出し帳簿にはトリイと書かれていた。とりぃ先輩がもう来てるのか。あれっ。って言うか、兄貴ととりぃ先輩て同じ学部学科で履修もほぼほぼカブってるって言ってなかったっけ。
 俺のイメージでは、理系は本当にしばらくは学部固有だとか学科固有の講義で履修がギチギチになってて、同じ授業を受けてる人は本当にずっと同じ動きをする、っていう感じだ。だから同じ学科のはずの先輩たちがバラバラにサークル室に来てるっていうのにちょっと違和感が。いや、俺を待ってる兄貴に呆れてとりぃ先輩は先に歩いてたパターンのヤツか。

「おはざいまーす」
「おざーす」
「奏多、無事にジャックを捕まえられたのね」
「あれっ。とりぃ先輩、兄貴が俺の車に乗って来たの知ってたんすか?」
「お昼過ぎに、天気が悪くなりそうだったから。奏多にはしんどいんじゃないかなと思っていたのです」
「バレてたのかよ」
「わかるわよ」
「兄貴を怒らないんすか?」
「私のイメージがどんな風になっているのか少しわかりました。反省しないといけませんね」
「いやいやいや、変な意味はなかったっす!」

 兄貴が車の中で俺を都合よく使ってるってニュアンスを醸してたから、そんな風に後輩を使ったって知れたら確かにとりぃ先輩は怒りそうだなって思ったけど。どうもとりぃ先輩の様子を見てるとそんな風でもなさそうだ。って言うかむしろ兄貴の心配をしてるみたいだ。

「えーと、兄貴、雨の中歩くのがめんどくさかっただけじゃなかったんすか?」
「奏多は気圧が下がったり極端に気温が下がると脚の手術痕に響くことがあるそうなのです。それでたまに歩くのが億劫になるそうで」
「言うなよ春風」
「別にどうということでもないでしょう。気象病という言葉もメジャーになって来てるし、頭が痛くなったり眩暈がする人と何が違うのよ」
「お前、デリカシーっつー単語を覚えた方がいいぜ」
「あなたにだけは言われたくないけどね」
「何つーか、兄貴の弱点らしい弱点を初めて見つけたっす」
「お? 何だ? 弱みだ?」
「だって兄貴っていつも完璧で余裕って感じじゃないすか。弱点なんかないと思ってたっす」
「まー俺はスペック高い方だからな」
「はーっ……どうして自分でそんなことを言えるのよ。あなたが出来る人なのは本当にしても、もう少し謙虚になったらどう?」
「謙虚になり過ぎてもただの嫌味になるんだよ」

 その辺りは人の性格なのかもしれないけど、兄貴は自信がある人で、とりぃ先輩は謙虚な人だと言うのは見たまんまのイメージ通りだ。でも、とりぃ先輩も欠点らしい欠点っていうのはほとんど見えないんだよなあ。兄貴の弱点を掴んだからと言って俺が太刀打ちできるはずもなく、きっとこれからもたまにこうして車で一緒にサークル室に来るくらいなんだろうな。

「そういうことだからジャック、このことは他言無用で頼む」
「任せてくださいっす! 兄貴の秘密はしーっかりと! 守らせてもらうっす!」
「でも、雨が降ると確かにこの道を来るのは億劫なのよね」
「絶対靴濡れるだろ。靴ン中で濡れた靴下の感触はこの世の気持ち悪いランキング上位にくる」
「あー! 分かり過ぎるー! うっかり水たまり踏んだ時のヤツー!」
「坂の上から流れて来る水の激しいこと」
「な。春風、お前車いつ買ってもらうんだよ」
「3年生になるまでにはという風には言ってもらってるけど、まさか私を利用する気じゃないでしょうね」
「ついでだよついで。つかお前を利用とか、真宙君にバレた日には棺桶行きだ。表立っては言わねーよ」


end.


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努力しているところや弱みを極力見せたくないタイプの奏多の弱点の話
真宙君にビビってるのも実際はポーズだったりするし、気圧の他の弱点はもっと深いところにありそう

(phase3)

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