2023
■手の内のいくつか
++++
「――で、実際問題ファンフェスの現場の雰囲気ってどんな感じなんすかね?」
「現場の雰囲気ねえ。うーん」
「ほら、テントが並んだ中でやるとか会場には南北のステージがあってーみたいな簡単な話くらいは俺も奈々さんから聞いてるんすけど、実際行ったことあるワケじゃないんで。現場の雰囲気やら音に負けない音作りの必要っつーか、そんなモンを考えたいんすよ」
「えっとねえ、ちょっと待ってね」
そう言ってハナさんは紙の上にザカザカと線を引き始めた。ファンタジックフェスタの会場の見取り図だという。さすが、定例会でもそれなりのポストにある人だけあって情報はきちんとしている。公園の敷地がどう使われて、ステージはどこで、自分たちはどういう位置にあって、というのがよくわかる。
この間サークルに入ったばっかりで、そろそろ4ヶ月目くらいか。その間に1年先からいた連中にも負けない技術を付けるための英才教育っつーのが俺と春風に対して行われて来た。このファンフェスに向けたインターフェイスの番組制作会にも参加した。で、学内ではお知らせ番組をちょこちょこと。
向島の新メンバーは実戦デビューにゃ早いと言われようが、ラジオをメインにやってない大学の連中よりは短い間とは言え結構濃い~感じに経験を積んできたつもりだ。それでなくても俺はまあまあスペックが高い。聞いたことをちゃーんと復習して練習すりゃこんなモンよ。
ファンフェスの班が決まってまず奈々さんから言われたのが、「番組に関しては心配してないけど、松兄がおハナを怒らせないかだけが不安」とのことだった。聞くと、ハナさんはあんまりフザケ倒した態度の奴がNGなんだと。じゃ何で同じ班にしたって感じだけども、その辺は定例会の流れ上ってヤツだ。
「インターフェイスのブースは大体この辺。配置で言えば南ステージ寄り。南ステージは毎年ファンフェス公式がスケジュールを立ててるステージで、MCも音響もプロだし音もちゃんと管理されてるって印象かな。うん、今年もそうだね」
「へえ。北は違うんすか?」
「北は有志が企画したりしてやってるステージで、時間によって出来にも音にもバラツキがあるんだよ。しょぼんな時間帯とぶつかったらもーうアレだよ。しょぼんだよ」
「じゃ安定してそうな南寄りの方が、ミキサーとしては助かる感じっすね」
「どちらかと言えばそうだね。でもハナあんまりミキサーの気持ちでそういうこと考えたことないから絶対とは言えないのが申し訳ないけど」
「やあやあ、十分っす」
そもそもハナさんがフザケ倒した奴を警戒するようになったきっかけというのが、去年やらかしたウチのアレなんだとか。夏合宿でアレとペアになったハナさんはそりゃァもうエラい目に遭ったそうで。そりゃハナさんの対応が正しいわな。俺も状況を見て話すことくらいは出来る。ハナさん相手には年相応の態度で。
「うーん。話せば話すほど、松兄がどうして定例会ではああなのかわからなくてしょぼんだよ。定例会でもこうならサキだって怒らないのに」
「サキちーはともかく、ハナさんの事情はガチ過ぎますからね。そりゃァ俺だって、ずっとああでもないんすよ。人と状況と、空気くらいは見てやってますよ。ところでハナさん」
「なに?」
「俺ら年代の2コ差って、デカいじゃないすか。ハナさんが1年だった時の3年の人って、結構オトナっしょ? 人によっては軽々しく話しかけることすら憚られる」
「うん」
「個人的な事情と言え2年遅れて、2コ下の連中の中に飛び込んだ上で仲間を作るには、ワケありな雰囲気をいかに消すかっつーか、案外大したことねーぞコイツ、的な奴でいる方が楽なんすよ」
一匹狼でいることも出来たけど、学校みたいな狭いコミュニティにいる以上、誰かしら味方を作っといた方が生きやすい。それが得意な性格で良かったとは心の底から思ってる。
「俺ら年代の2年はデカい。どんだけ取り繕っても2年分の経験で得た知見は消せないんで。同学年の奴らと比較すると達観しちまうことも少なくない」
「ハナの周りそういう子あんまりいないから考えたこともなかったよ」
「それもそれでフツーなんす。でも、今年のウチの1年にも二浪して2年遅れた奴がいるんすよ。歳だけで言ったらハナさんらとタメっす。でもそいつは俺と違ってカッチリしてるんで、年がタメだろうが年下だろうが先輩相手には丁寧語でちゃんとしてるんすよ」
「真面目な子だね」
「そう。いろんな奴がいるんす。俺はその辺緩くてちゃんとしてないけど、歳だけは今の4年とタメだから、学年の上では先輩だろうとフツーに絡みに行けて、より多くの人と繋がる力になる。それが俺の強みっすね」
「でもそれとサキを怒らすのとは関係なくない?」
「サキちーみたいな奴には、態度だけ取り繕うより能力と成果で認めさせる方が抜群にキくんすよ。まずは資格の圧っす。次はコードで畳みかける、と。ま、半年もすりゃサキちーも少しはデレてくれるでしょう」
「なるほど」
俺の手の内を少し明かすと、ハナさんはいろんな人がいるんだねと考え込み始めた。この人は根が真面目なんだろう。このまま行くといろんな人がいるから下手に何でも言うことは出来ないという結論にたどり着きそうだ。それは俺の意図した事じゃない。
「とは言えねハナさん。いくら俺が緩くてフザケ倒した野郎に見えてもちゃんとするときはするんで、このファンフェスに関しては安心してもらって」
「番組に関しては奈々からもらった番組の音源を聞いた時点で納得してるから大丈夫だよ。心配してたのはこの人と本当にペアを組むのかってこと。ハナイライラして頭の血管切れるかもって思ってたけど、この分なら問題なさそうかな」
「それはそれは。命が繋がって良かったっす」
「ホントにだよ。定例会でも融通が利かないって言われるけど、ちゃんとしときたいんだよ」
まあ正直定例会の3年の人らはまず議長がふわふわしてるからハナさんみたいな人が必要なのには違いない。あの人らを見てるとウチの奈々さんがいかにガヤ……いや、ムードメーカーとして場を盛り上げてるのかがよーくわかる。
「んあー…! 真面目な話し合いって疲れるー!」
「ハナさんでもそんなコト言うんすね」
「ハナだってたまにはふにゃふにゃしたいよ。しょぼーん」
end.
++++
萌香の乱を経てワケわからん奴を警戒するようになったハナちゃんと、ワケわからん奴代表の奏多。この組み合わせも嫌いじゃない
奈々がガヤっぽいのは安心と信頼の向島ブランドだ
(phase3)
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「――で、実際問題ファンフェスの現場の雰囲気ってどんな感じなんすかね?」
「現場の雰囲気ねえ。うーん」
「ほら、テントが並んだ中でやるとか会場には南北のステージがあってーみたいな簡単な話くらいは俺も奈々さんから聞いてるんすけど、実際行ったことあるワケじゃないんで。現場の雰囲気やら音に負けない音作りの必要っつーか、そんなモンを考えたいんすよ」
「えっとねえ、ちょっと待ってね」
そう言ってハナさんは紙の上にザカザカと線を引き始めた。ファンタジックフェスタの会場の見取り図だという。さすが、定例会でもそれなりのポストにある人だけあって情報はきちんとしている。公園の敷地がどう使われて、ステージはどこで、自分たちはどういう位置にあって、というのがよくわかる。
この間サークルに入ったばっかりで、そろそろ4ヶ月目くらいか。その間に1年先からいた連中にも負けない技術を付けるための英才教育っつーのが俺と春風に対して行われて来た。このファンフェスに向けたインターフェイスの番組制作会にも参加した。で、学内ではお知らせ番組をちょこちょこと。
向島の新メンバーは実戦デビューにゃ早いと言われようが、ラジオをメインにやってない大学の連中よりは短い間とは言え結構濃い~感じに経験を積んできたつもりだ。それでなくても俺はまあまあスペックが高い。聞いたことをちゃーんと復習して練習すりゃこんなモンよ。
ファンフェスの班が決まってまず奈々さんから言われたのが、「番組に関しては心配してないけど、松兄がおハナを怒らせないかだけが不安」とのことだった。聞くと、ハナさんはあんまりフザケ倒した態度の奴がNGなんだと。じゃ何で同じ班にしたって感じだけども、その辺は定例会の流れ上ってヤツだ。
「インターフェイスのブースは大体この辺。配置で言えば南ステージ寄り。南ステージは毎年ファンフェス公式がスケジュールを立ててるステージで、MCも音響もプロだし音もちゃんと管理されてるって印象かな。うん、今年もそうだね」
「へえ。北は違うんすか?」
「北は有志が企画したりしてやってるステージで、時間によって出来にも音にもバラツキがあるんだよ。しょぼんな時間帯とぶつかったらもーうアレだよ。しょぼんだよ」
「じゃ安定してそうな南寄りの方が、ミキサーとしては助かる感じっすね」
「どちらかと言えばそうだね。でもハナあんまりミキサーの気持ちでそういうこと考えたことないから絶対とは言えないのが申し訳ないけど」
「やあやあ、十分っす」
そもそもハナさんがフザケ倒した奴を警戒するようになったきっかけというのが、去年やらかしたウチのアレなんだとか。夏合宿でアレとペアになったハナさんはそりゃァもうエラい目に遭ったそうで。そりゃハナさんの対応が正しいわな。俺も状況を見て話すことくらいは出来る。ハナさん相手には年相応の態度で。
「うーん。話せば話すほど、松兄がどうして定例会ではああなのかわからなくてしょぼんだよ。定例会でもこうならサキだって怒らないのに」
「サキちーはともかく、ハナさんの事情はガチ過ぎますからね。そりゃァ俺だって、ずっとああでもないんすよ。人と状況と、空気くらいは見てやってますよ。ところでハナさん」
「なに?」
「俺ら年代の2コ差って、デカいじゃないすか。ハナさんが1年だった時の3年の人って、結構オトナっしょ? 人によっては軽々しく話しかけることすら憚られる」
「うん」
「個人的な事情と言え2年遅れて、2コ下の連中の中に飛び込んだ上で仲間を作るには、ワケありな雰囲気をいかに消すかっつーか、案外大したことねーぞコイツ、的な奴でいる方が楽なんすよ」
一匹狼でいることも出来たけど、学校みたいな狭いコミュニティにいる以上、誰かしら味方を作っといた方が生きやすい。それが得意な性格で良かったとは心の底から思ってる。
「俺ら年代の2年はデカい。どんだけ取り繕っても2年分の経験で得た知見は消せないんで。同学年の奴らと比較すると達観しちまうことも少なくない」
「ハナの周りそういう子あんまりいないから考えたこともなかったよ」
「それもそれでフツーなんす。でも、今年のウチの1年にも二浪して2年遅れた奴がいるんすよ。歳だけで言ったらハナさんらとタメっす。でもそいつは俺と違ってカッチリしてるんで、年がタメだろうが年下だろうが先輩相手には丁寧語でちゃんとしてるんすよ」
「真面目な子だね」
「そう。いろんな奴がいるんす。俺はその辺緩くてちゃんとしてないけど、歳だけは今の4年とタメだから、学年の上では先輩だろうとフツーに絡みに行けて、より多くの人と繋がる力になる。それが俺の強みっすね」
「でもそれとサキを怒らすのとは関係なくない?」
「サキちーみたいな奴には、態度だけ取り繕うより能力と成果で認めさせる方が抜群にキくんすよ。まずは資格の圧っす。次はコードで畳みかける、と。ま、半年もすりゃサキちーも少しはデレてくれるでしょう」
「なるほど」
俺の手の内を少し明かすと、ハナさんはいろんな人がいるんだねと考え込み始めた。この人は根が真面目なんだろう。このまま行くといろんな人がいるから下手に何でも言うことは出来ないという結論にたどり着きそうだ。それは俺の意図した事じゃない。
「とは言えねハナさん。いくら俺が緩くてフザケ倒した野郎に見えてもちゃんとするときはするんで、このファンフェスに関しては安心してもらって」
「番組に関しては奈々からもらった番組の音源を聞いた時点で納得してるから大丈夫だよ。心配してたのはこの人と本当にペアを組むのかってこと。ハナイライラして頭の血管切れるかもって思ってたけど、この分なら問題なさそうかな」
「それはそれは。命が繋がって良かったっす」
「ホントにだよ。定例会でも融通が利かないって言われるけど、ちゃんとしときたいんだよ」
まあ正直定例会の3年の人らはまず議長がふわふわしてるからハナさんみたいな人が必要なのには違いない。あの人らを見てるとウチの奈々さんがいかにガヤ……いや、ムードメーカーとして場を盛り上げてるのかがよーくわかる。
「んあー…! 真面目な話し合いって疲れるー!」
「ハナさんでもそんなコト言うんすね」
「ハナだってたまにはふにゃふにゃしたいよ。しょぼーん」
end.
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萌香の乱を経てワケわからん奴を警戒するようになったハナちゃんと、ワケわからん奴代表の奏多。この組み合わせも嫌いじゃない
奈々がガヤっぽいのは安心と信頼の向島ブランドだ
(phase3)
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