2023
■侵食する緑
++++
今年も鳥居家の敷地で行われるバーベキューにお呼ばれしたので、例によって前日から買い出しに忙しくしていた。やっぱりまとめ買いが出来た方が圧倒的に楽なんだよな。今年もそれなりに参加人数があるということなので、カートいっぱいに肉やら魚介やら、とにかくバーベキューで食べそうな物を突っ込みに突っ込んで。
「おーすすがやん。すっかり馴染んでんなァ」
「おーす奏多。来たんならこのビール持ってって浸けといて」
「へーへー」
鳥居自動車整備工場の敷地では、先代の頃からたまに地域の人が集まって寄合なんかをやってたらしい。寄合っつってもそんなに堅苦しいモンじゃなくて、それこそバーベキューとか花見とか、お盆だとか、そういうときに集まってワイワイやるって感じ。
最近ではそういうこともあまりなくなってしまっているそうだけど、バーベキューやお祭りに使っていた物を工場の物置に眠らせっぱなしなのも勿体ないし、ご近所さんには少し騒がしくしますがとお断りは入れてあるそうだ。こうしてバーベキューなんかをやっているときに通りかかる中には「懐かしいねえ」と言う人もいる。
「よっこい、しょ! あー……」
「おーおーすがやん、ムチャしたなお前」
「イケるかなと思ったけどさすがにちょっと重かった」
「徹平、お前に力仕事は期待してねえし、そういうのは奏多にやらせときゃいいんだよ」
「俺もすっごい力が弱いってワケじゃないはずなんですけど」
「俺から見りゃお前は学者だからな。力があるイメージなんかねえよ」
「ま、この現場じゃ相対的に非力よな」
「それはそれで悔しいし、トレーニングとか始めた方がいいのかな?」
トータル20キロくらいかなっていう飲み物のケースを一気に運んで腕がパンパン。運ぶこと自体は出来たけど後を引いている。真宙さんには「お前に力仕事は期待してない」と言われるし、悔しいもあるけど単純にショックだし落ち込む。相対的にって言われてもなあ。今度くるみのジムについてくかあ。
「おっ、何だあのバイクカッケー」
目で見るより先に耳でその気配を感じる。レナのとはまた違う青くてデカいバイクがやってきて、敷地内で止まる。どうやらバーベキューの参加者なのかな? 何かあのバイク、どっかで見たことあるような気もするけど、どこで見たんだっけ。
「真宙さん来たよー」
「真宙さんお邪魔します」
「おっ、来たか。うんうん、やっぱいいの乗ってんなお前」
「最近はあんまり乗らないんで維持費がちょっと重いんですけどね」
「何て言って嫁さん納得させたんだ?」
「元々趣味には相互不干渉っていうルールがあって、生活に影響し過ぎない範囲であればお互い好きにしようねってことになってるんです。むしろ趣味には積極的に使えっていうスタンスで」
「そりゃよかったな。家庭を持ってバイク手放さざるを得なくなった人の話なんかもよく聞くから、心配になっちまって」
「友達とも就職したらバイクどうするって話はよくしてました」
あの青いバイクの主は何とカズ先輩。そーいや大学で見たのかもしれない。そっか、今年はカズ先輩も鳥居家のバーベキューにお呼ばれになってるのか。きっとお姉さんの連れっていう感じなのかな。でも真宙さんとバイクの話で盛り上がってるところを見るに、単純に趣味の友達って感じにも見える。
「カズ先輩おはようございまーす」
「あっ、すがやんおはよー、久し振り」
「カズ先輩もお声がかかったんですか?」
「姉ちゃんのおまけみたいなモンだけどね」
「今日奥さんは」
「仕事だよ」
「連休とかない感じなんすか?」
「人の休みにこそ働くっていう仕事でもあるからね。まあ、俺も世間の大連休とかはあんまり関係ないタイプの仕事だし、たまたま休みで良かったよ」
「あっ、そうっすよね。ああ、奏多、こちらウチのOBのカズ先輩。定例会の偉い人でもあったミキサーのすげー人。そんでカズ先輩、これが春風の幼馴染みの奏多で、今はサキと一緒にインターフェイスの機材周りのことを担当してくれてる頭いーヤツです」
「どーもー、松居奏多っす」
「伊東一徳です。よろしくー」
「ところでカズさんて、真宙君の弱点のあのすげー美人さんとはどーゆーご関係で?」
「あのすげー美人さん」
「今後ろに乗って来てた人っすよ」
「ああ。あれは俺の姉ちゃんだよ」
「姉ちゃん!? あー……でもそう言われりゃ顔結構似てますね」
「よく言われる。――ってさっそく人様のバーベキュー荒らしてるわ」
カズ先輩が呆れたように目をやるその先では、カズ先輩のお姉さんがアルミホイルでネギをくるんで楽しそうにしている。ネギなんて買い出しになかったしもしかして自前かな? それを真宙さんが見ていて、っていう感じ。そうか、奏多はまだ真宙さんとカズ先輩のお姉さんが付き合ってるのを知らないのか。……面白そうだし黙っとこ。
「ああやってホイルでネギを焼くのってカズ先輩ん家ではよくやる感じなんすか?」
「家ではあんまやんないけど、姉ちゃんはバーベキューになるとよくやるよね。GREENsじゃ毎年ネギパーティーやってたから」
「ネギパーティーっていう字面っすよ」
「でも背中にネギ背負ってバイクに乗るってのも結構シュールじゃない?」
「確かに」
「つか見た感じ結構な量のネギ担いできたっぽいっすけど姉貴さん。あんだけの量を誰が食うんすか?」
「まあ姉ちゃんが食べるでしょ。姉ちゃんの主食は薬味だし」
「は?」
「鳥居家の皆さんにもネギの良さを布教するんだって張り切ってたよ」
「俺も巻き込まれますかねー」
「すがやん、ネギは嫌い?」
「や、特に好きでも嫌いでもないです」
「じゃあ大丈夫だ」
布教と言うより洗脳って言う方が正しいかもだけど、とカズ先輩はお姉さんに目をやる。その脇にはホイルで巻かれた無数のネギが。もし春風がネギの魅力に取りつかれでもしたら……いや、考えないでおこう。食事に使う薬味の量が増えるくらいじゃ別に何の害もないだろうし。美味しく食べられる物は多いに越したことはない。
end.
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姉ちゃんがネギをホイルで巻いてるところだけがやりたかった話。
姉ちゃんと奏多は面識あるけど、細かいところまでは話してなかったので弱点の美人止まり。
(phase4)
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今年も鳥居家の敷地で行われるバーベキューにお呼ばれしたので、例によって前日から買い出しに忙しくしていた。やっぱりまとめ買いが出来た方が圧倒的に楽なんだよな。今年もそれなりに参加人数があるということなので、カートいっぱいに肉やら魚介やら、とにかくバーベキューで食べそうな物を突っ込みに突っ込んで。
「おーすすがやん。すっかり馴染んでんなァ」
「おーす奏多。来たんならこのビール持ってって浸けといて」
「へーへー」
鳥居自動車整備工場の敷地では、先代の頃からたまに地域の人が集まって寄合なんかをやってたらしい。寄合っつってもそんなに堅苦しいモンじゃなくて、それこそバーベキューとか花見とか、お盆だとか、そういうときに集まってワイワイやるって感じ。
最近ではそういうこともあまりなくなってしまっているそうだけど、バーベキューやお祭りに使っていた物を工場の物置に眠らせっぱなしなのも勿体ないし、ご近所さんには少し騒がしくしますがとお断りは入れてあるそうだ。こうしてバーベキューなんかをやっているときに通りかかる中には「懐かしいねえ」と言う人もいる。
「よっこい、しょ! あー……」
「おーおーすがやん、ムチャしたなお前」
「イケるかなと思ったけどさすがにちょっと重かった」
「徹平、お前に力仕事は期待してねえし、そういうのは奏多にやらせときゃいいんだよ」
「俺もすっごい力が弱いってワケじゃないはずなんですけど」
「俺から見りゃお前は学者だからな。力があるイメージなんかねえよ」
「ま、この現場じゃ相対的に非力よな」
「それはそれで悔しいし、トレーニングとか始めた方がいいのかな?」
トータル20キロくらいかなっていう飲み物のケースを一気に運んで腕がパンパン。運ぶこと自体は出来たけど後を引いている。真宙さんには「お前に力仕事は期待してない」と言われるし、悔しいもあるけど単純にショックだし落ち込む。相対的にって言われてもなあ。今度くるみのジムについてくかあ。
「おっ、何だあのバイクカッケー」
目で見るより先に耳でその気配を感じる。レナのとはまた違う青くてデカいバイクがやってきて、敷地内で止まる。どうやらバーベキューの参加者なのかな? 何かあのバイク、どっかで見たことあるような気もするけど、どこで見たんだっけ。
「真宙さん来たよー」
「真宙さんお邪魔します」
「おっ、来たか。うんうん、やっぱいいの乗ってんなお前」
「最近はあんまり乗らないんで維持費がちょっと重いんですけどね」
「何て言って嫁さん納得させたんだ?」
「元々趣味には相互不干渉っていうルールがあって、生活に影響し過ぎない範囲であればお互い好きにしようねってことになってるんです。むしろ趣味には積極的に使えっていうスタンスで」
「そりゃよかったな。家庭を持ってバイク手放さざるを得なくなった人の話なんかもよく聞くから、心配になっちまって」
「友達とも就職したらバイクどうするって話はよくしてました」
あの青いバイクの主は何とカズ先輩。そーいや大学で見たのかもしれない。そっか、今年はカズ先輩も鳥居家のバーベキューにお呼ばれになってるのか。きっとお姉さんの連れっていう感じなのかな。でも真宙さんとバイクの話で盛り上がってるところを見るに、単純に趣味の友達って感じにも見える。
「カズ先輩おはようございまーす」
「あっ、すがやんおはよー、久し振り」
「カズ先輩もお声がかかったんですか?」
「姉ちゃんのおまけみたいなモンだけどね」
「今日奥さんは」
「仕事だよ」
「連休とかない感じなんすか?」
「人の休みにこそ働くっていう仕事でもあるからね。まあ、俺も世間の大連休とかはあんまり関係ないタイプの仕事だし、たまたま休みで良かったよ」
「あっ、そうっすよね。ああ、奏多、こちらウチのOBのカズ先輩。定例会の偉い人でもあったミキサーのすげー人。そんでカズ先輩、これが春風の幼馴染みの奏多で、今はサキと一緒にインターフェイスの機材周りのことを担当してくれてる頭いーヤツです」
「どーもー、松居奏多っす」
「伊東一徳です。よろしくー」
「ところでカズさんて、真宙君の弱点のあのすげー美人さんとはどーゆーご関係で?」
「あのすげー美人さん」
「今後ろに乗って来てた人っすよ」
「ああ。あれは俺の姉ちゃんだよ」
「姉ちゃん!? あー……でもそう言われりゃ顔結構似てますね」
「よく言われる。――ってさっそく人様のバーベキュー荒らしてるわ」
カズ先輩が呆れたように目をやるその先では、カズ先輩のお姉さんがアルミホイルでネギをくるんで楽しそうにしている。ネギなんて買い出しになかったしもしかして自前かな? それを真宙さんが見ていて、っていう感じ。そうか、奏多はまだ真宙さんとカズ先輩のお姉さんが付き合ってるのを知らないのか。……面白そうだし黙っとこ。
「ああやってホイルでネギを焼くのってカズ先輩ん家ではよくやる感じなんすか?」
「家ではあんまやんないけど、姉ちゃんはバーベキューになるとよくやるよね。GREENsじゃ毎年ネギパーティーやってたから」
「ネギパーティーっていう字面っすよ」
「でも背中にネギ背負ってバイクに乗るってのも結構シュールじゃない?」
「確かに」
「つか見た感じ結構な量のネギ担いできたっぽいっすけど姉貴さん。あんだけの量を誰が食うんすか?」
「まあ姉ちゃんが食べるでしょ。姉ちゃんの主食は薬味だし」
「は?」
「鳥居家の皆さんにもネギの良さを布教するんだって張り切ってたよ」
「俺も巻き込まれますかねー」
「すがやん、ネギは嫌い?」
「や、特に好きでも嫌いでもないです」
「じゃあ大丈夫だ」
布教と言うより洗脳って言う方が正しいかもだけど、とカズ先輩はお姉さんに目をやる。その脇にはホイルで巻かれた無数のネギが。もし春風がネギの魅力に取りつかれでもしたら……いや、考えないでおこう。食事に使う薬味の量が増えるくらいじゃ別に何の害もないだろうし。美味しく食べられる物は多いに越したことはない。
end.
++++
姉ちゃんがネギをホイルで巻いてるところだけがやりたかった話。
姉ちゃんと奏多は面識あるけど、細かいところまでは話してなかったので弱点の美人止まり。
(phase4)
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