2023

■前世の記憶と紙の束

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「あれっ、彩人」
「あ、ゴローさん。お疲れっす」
「部室に用事なんてどうしたの? プロデューサー修行?」
「はい、修行っす。ゴローさんが積みに積みに積んでくれた課題の山を倒しに」
「ああ~」

 年度が替わるちょっと前くらいに、ゴローさんからドドンと寄越された紙の束。ペーパーレス化が進む前のオフィスのイメージでよくある感じのああいう束だ。曰く、朝霞さんが卒業するまでに書いた台本だというそれを、部のフォーマットに沿って書き直すという課題が出されていた。
 翻訳作業を経てわかったことがある。朝霞さんはステージの台本を書くにも自分なりの効率を求めたのか、台本のフォーマットを独自に進化させていったようだ。それは部で統一された規格とはまあまあかけ離れていて、これじゃそこらの奴は読めねーよな、と。
 今はファンフェスに向けて日々キーボードの練習と、インターフェイスのラジオをやるに当たってのミキサーの練習をやっている。でもちょっとした時間を見つけてこの作業もやっておかないと、何しろ量が膨大すぎていつ終わるかもわからない。つかあの人どんだけ書いてたんだ。

「今はどの辺まで来た?」
「越谷班の夏まで来ました」
「って言うと、朝霞先輩が2年生の頃か。まだまだ駆け出しだねえ」
「ホントに。つか不可の本が多すぎて。内容も何でこれで不採用になるんだよっつーレベルな気がするんすけど」
「流刑地って呼ばれてた頃はステージの台本を提出しても下げられたりするのはザラって話だったからねえ。1つのステージに対して5つ6つは弾を用意するのが普通だったんだって」
「1つのステージで5つ6つ!?」
「戦時中の検閲みたいな感じで、幹部のお気に召さない部分があればこう、バツンと」
「マジかよ。幹部が横暴なだけじゃねーか」
「朝霞班になってからは宇部さんが話の通じる人だから結構すんなり通してくれてたみたいだけど、それでも趣味でたくさん書いてたみたいだし、頑張ってね」
「ホント、マジでヤバい作業量っすねあの人」

 戸田さんからたまに話を聞く脳筋のこっしーこと越谷さんという人は、幹部に反抗して流刑地送りになったという話だ。幹部に反抗した奴が班長だと台本を通すにも一苦労だったんだとか。ゴローさんもそれを聞いた話でしか知らないみたいだけど、それがちょっと前までの放送部では当たり前だったんだ。
 そんな事情もあって、1本出したからおしまいですではなく、検閲に通らなかった時のことも踏まえて大量に本を用意しておく必要があったらしい。川口班や越谷班時代の台本が異様に多い理由はそれだ。朝霞班時代の本は台本の息抜きに書いた台本もまあまああるとか。

「彩人はゴールデンウィーク、実家に帰ったりは?」
「あ、こないだ一瞬だけ帰りました」
「そっか、一瞬か」
「ファンフェスの練習もあるんでそうそうゆっくりもしてられないっす。所詮山羽なんですぐっすよ。そんで久々に高校に遊びに行ったんすよ」
「彩人って確か朝霞先輩と同じ高校って言ってたよね」
「そうっす、山羽南っていう。で、文芸部の部室に入って、懐かしいなーっつって見てたんすよ。何が出てきたと思います?」
「え、何だろう。そもそも文芸部って何するところなの?」
「小説を書いたり読んだりっていう部活っすね。俺は読み専だったんすけど、書いてる人もちょこちょこ。で、何が出てきたかっつったら、朝霞さんが高校の頃に書いた短編小説の束っす。さすがにステージの台本ほどの量ではないんすけど、まあまあな束で」
「えー! 朝霞先輩、ホントに変わらないなあ! 読んでみた?」
「もちろん。フツーに面白かったっす。高校の頃から書いた人のことは知らずに読んではいたんすけどね」

 とにかくジャンルも何もお構いなしで書き散らかされてるから、この人の引き出しはどうなってんだって呆れとか畏怖とか、もちろんすげーなって圧倒される気持ちもぶわーっと襲ってきて。俺は部を引退するまでにどれだけの本を書けるんだろうかとか、そんなことを思ったりもした。

「朝霞さんの書いたモンだけで棚の一角を埋め尽くしてたんすけど、あの人が書いてたのはどうも小説だけじゃなかったっぽいんすよ。学園祭の漫才の台本とかポスターのラフ、放送部が自主制作したドラマの絵コンテにラジドラの脚本、それに演劇部の舞台の脚本まで出てきて、どんだけ手ぇ広げてんだって」
「演劇部の脚本!? それ、何て本だったか見てきた!? 覚えてる!?」
「あ、えーと、何だったかな。確か、英語の題で」
「“Sing Alone”じゃない!?」
「確かそんな感じの」
「えー!? えっ、……ええっ!?」
「ちょっ、ゴローさん落ち着いてくださいっす」
「ゴメンゴメン。ちょっと、興奮が。えっ、ホントに!?」
「そーいやゴローさんて高校で演劇部だったって言ってましたね」
「そうなんだよ。まさにブロック大会で山羽南高校のSing Aloneを見て、話の世界観や舞台の空気に圧倒されて、演劇って凄いと思って。ずーっと忘れられない作品でさ。演者さんはもちろん凄いよ? でも、舞台には脚本が必要じゃない。演者さんの顔は見えるけど、本を書いた人の顔は見えないし。どんな人がこの世界を生み出したんだろうって思ってて。それでさ、それと似た衝撃を朝霞班でもらったラジオドラマの台本で受けて。いるところにはいるんだなーと思ってたんだよ。そしたら!? え!?」
「2つの本を書いたのは同一人物でした、と」
「ええ!? おかしいよ! こんなことあっていいの!? 彩人わかる!? 知らず知らずのうちに俺は! この世の創造主と邂逅してたんだよ! あの本を書いた人は今の俺を成した神と言っても過言じゃないんだよ! はわわわわ……とんでもないことだよこれは」

 何かゴローさんのテンションがヤバいことになってるけど、オタク特有のヤツだから気にしないでと言われるとそーなんすねと納得するしかなかった。

「でも、一緒にステージやるならプロデューサーがゴローさんの神だって知らない方が良かったんじゃないすか? 知ってたら、ゴローさん萎縮しまくりだったと思うっすよ」
「うん、俺もそう思う」
「海月を見てくださいよ、水鈴ちゃん水鈴ちゃんて。あーゆー感じになってたかもしれないんすよね」
「でもあんまりだよ。世の中って残酷だよ。朝霞先輩も言ってくれててもよかったんじゃないかなあ」
「つかあの人現役時代、ステージ以外の記憶ぶっ飛んでたって話じゃないすか」
「そうなんだよねえ」
「俺の書いた本も、いつか誰かの心を動かせるようになりますかね。当時の朝霞さん程とはいかなくても」
「現状に満足しなければ、きっと。絶対とは言えないけど」
「そのためにも修行っすねー」
「でも、彩人はキーボードで青敬さんにモデルとして惚れられたんだから、ちょっとは達成してない?」
「ちょっと違うんすよ。キーボードの技術はともかく、弾いてる姿は俺が努力して得た物じゃないっしょ。俺が自分で生み出したモンで気持ちを揺さぶりたいんす」
「俺にはミキサーを触ることくらいしか出来ないけど、頑張ろうねえ」
「よろしくお願いします」


end.


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最近の星ヶ丘の話はゲンゴローがやらかしてレオが怒ってるパターンだったのでこれは新鮮
カナコ主演舞台でゲンゴローは衝撃を受けたということはフェーズ1から言ってたけど、その話を生み出した神は案外近くにいたヤツ

(phase3)

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