2023

■お茶と先輩とシフト

++++

 あっ、タイマーがピピピって鳴った。そしたら牛乳を入れたこっちのカップにお茶を……これくらいかな? うーん、紅茶の後から牛乳を入れる方が何となく量の調節がしやすいような気がするけど、林原さんのこだわりでは絶対に牛乳が先なんだよね。ミルクティーの淹れ方の派閥で、ミルクインファーストっていうんだって。

 大学に入学してすぐに学内の情報センターでアルバイトを始めた。家の近くのお店とかでバイトを探そうかなって思ってたけど、大学の中でアルバイトが出来て時給1000円っていうのがいいなって思って。こういうのはガッと行ってぴゃっと決めないとずるずる行きそうだったから、これだーって思った時にバイトの応募をしたよね。
 面接は正直物凄~く怖かった。あの時のことは思い出すだけでも背筋がぞわぞわーってしちゃう。サークルでもアルバイトの話になって、情報センターに決めましたーって言ったら先輩たちがえーって驚いてたよね。どうやら情報センターって結構怖い場所だっていう認識だったみたくって。……それも何となくわかっちゃうけど。

「一旦休憩に入る」
「あっはい、わかりましたー。林原さん、紅茶淹れときました」
「ではもらおう」

 3年生の林原さんは主に自習室業務を担当している先輩で、自習室内のトラブルなんかをサクッと解決しちゃう凄い人だ。センターの利用規約なんかもほとんど頭に入ってて、それに沿ってキチンとした仕事をしてるっていう印象。だけどあまりに毅然とし過ぎてて逆にトラブルを引き起こすこともあるって話だ。

「えっと、今日のお茶はどうですかー?」
「まあいいだろう」
「はー、よかったぁー」
「ったくよォー、テメーの茶ぐらいテメーで淹れろってんだ。川北もご丁寧にタイマーなんか使わなくたって、テキトーでいンだよそんなの」
「アンタが最初にコーヒーを淹れさせたのが川北が茶酌みをするようになったきっかけだろう」
「シラネ。川北ー、余ったお湯でコーヒー淹れてくれー」
「はーいただいまー」
「ドブのようなコーヒーを食らわせてやれ」
「あンだァ?」

 そしてバイトリーダーの春山さんは受付業務を主に担当していて、バイトの面接を担当してくれた先輩でもある。春山さんと林原さんの掛け合いに慣れるまでは一触即発だ~ってビクビクしてたけど、最近では少しずつこの人たちはこういう空気感の人たちなんだなってわかって来た。知ってても怖い時は怖いから、慣れてない人たちからすれば本当に怖いんだろうなって。
 先輩たちの目付きがそれぞれ凄く怖いんだよね。春山さんの目付きは重くて圧があるって感じで、目元のクマが迫力をさらにババーンって増してる。林原さんの目付きはとにかく鋭くて冷たく突き刺すって感じ。如何せんそんな感じだから、童顔って言われがちな俺は愛想の面で先輩たちからすっごく期待されてるみたいだ。

「はーい、春山さんのコーヒーも入りましたー」
「おっ、サンキュー」
「しかし、川北は半月以上経っても逃げていないところを見ると、これはセンターに定着したという判断でいいだろうか」
「いーんじゃね? つか、私がこれ以上ないほど可愛いがってるんだ。逃げる理由なんてないよなー」
「どうせロクでもない可愛がり方をしているに決まっている」
「ンだとテメー! じゃテメーはどーなんだ! 1年の世話してんのか、あァ!?」
「業務指導などはオレ比で至って丁寧に行っているが」
「お前比とかいう史上最高にアテにならねー単語持ち出すんじゃねーよ。どーだ川北、このクソリンにイジメられてないかー?」
「何を言う。川北、この人からセクハラの被害に遭っているなら言うんだぞ」
「どっちも今のところ大丈夫ですー」

 サークルの方で聞いた話では、去年テル先輩がセンターでアルバイトをしようと面接に行ったら、徹夜明けで受付業務をやってた春山さん(と思しき人)の目付きが怖すぎて面接を受ける前に逃げ帰ってしまったということがあったんだって。サークルの先輩たちはテル先輩が怯えすぎでもあるよーって笑ってたけど、テル先輩は本当に怖いんだってって熱弁してて。
 その出来事があったから、センターの方でも先輩たちは来てくれた1年生……この場合は俺が逃げないように親切丁寧に扱って可愛がってくれているらしい。確かにそこまで怖い目にはまだ遭ってないし、仕事の指導なんかはむしろきっちりやってもらっているので今のところ逃げなきゃいけないようなことにはなってない。面接の時がやっぱり一番怖かったなあ。

「そーだ川北」
「はい、何ですか?」
「ゴールデンウィークに入ったら帰省するし、受付は頼んだ」
「えーっ!? 春山さんいないんですかー!? えっ、どーしよ、まだ1人で受付だなんてそんな、緊張しますよーっ!」
「あ~、ナニナニ、連休に入ったらセンターの利用者なんかガクッと減るし、独り立ちにはむしろちょうどいい時期だ。っつーコトだからリン、ちゃんと川北の面倒見ろよ」
「屯屯おかきホタテ味で手を打とう」
「何言ってやがる、オメーの仕事だろーが何取引しようとしてやがる」
「チッ、しけているな」
「マジな閑散期に入ったら1人シフトなんてことも出て来るけど、さすがにお前にそれはまだ早いし、お前とリンのシフトを被せてあるから安心しろ」
「林原さんお願いしますー、地元の美味しい物は手元にないんでお茶を淹れるくらいしか出来ないんですけどー」
「オレは何だと思われている」
「金か食い物でしか動かねー奴だろ」


end.


++++

怖い先輩たちにわーひゃー言ってる1年生の図。お茶酌みやってるのが見たかっただけ
怖いスタッフのことを思い出してガクブルしてるテルの話も見てみたい気がする

(phase1)

.
22/98ページ