2023

■準備の環境

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「――って言うか、それってファンフェスの打ち合わせだよね?」
「だべな」
「そっすね」
「ここって俺の部屋だよね?」
「お前はそんな細かいこと気にする奴じゃねーだろっていう」
「うん、まあ、それ自体は別にいいんだけど、一瞬「あれっ?」て思っただけだね」

 机を挟んで向き合うのはエージさん。やっていることはインターフェイスで出るファンフェスのラジオの打ち合わせ。そしてその場所は高木さんの部屋だ。家主が一瞬この打ち合わせに違和感を覚えたらしかったけど、その違和感が過ぎ去るのも早くて助かった。ありがたく打ち合わせを続けさせてもらうことに。
 今年のファンフェスはとにかく忙しい。部活の方でもステージで出ることに決まっている。これはゴローさんたっての希望で、やりたい人は出てねーっていう声かけには即「出ます!」っつって返事したよな。インターフェイスの行事も楽しいけど、俺が放送部に入ったのはやっぱステージのためだから。
 とは言えインターフェイスのラジオで手を抜くことはあり得ない。普段がプロデューサーだし今年はステージに出るからミキサーの練習は出来ませんでしたーとかクソダサいことを言えるはずもない。練習もするし打ち合わせもガッツリガツガツやらないと、特にミキサーの技術的な所では追いつけない。
 で、ピントークでペアを組むことになった班長のエージさんと「打ち合わせはいつにしましょうねー」って話し合ってたら、エージさんはどーせ高木さんの部屋に入り浸ってるしいつでも出来るって返って来て。じゃあ高木さん家でやりたいっす俺もミキサーのこととか聞きたいんでっつって現在に至る。

「つか、去年の夏合宿でも高木さん家で打ち合わせやったじゃないすか」
「そうだね」
「だからなんすかね? やたら落ち着くんすよ」
「エイジはともかく彩人が来るって聞いて慌てて掃除したからね」
「多少汚いくらい全然気にしないっすよ。朝霞さん家ほどヤバい部屋もそうそうないっすし」
「いや、お前はここの本当のヤバさを知らんだけだべ」

 エージさんの話によれば、高木さんの部屋はとにかく水回りがヤバいらしい。部屋の方も洗濯物がとっ散らかってたりすることもあるらしいけど、主に台所がヤバいと。そう聞くと確かに朝霞さんの部屋とはヤバさの種類が違うんだなと分かる。あの人の部屋のヤバさは主に居住スペースで、本やらDVDやらで足の踏み場がなかった。台所は自炊頻度の低さで逆にキレイだ。

「そう言えば彩人、ミキサーの練習はどうするの?」
「一応大学でもゴローさんに教わってちょこちょこやったり、班打ち合わせん時にシノに教えてもらうような感じっすね」
「そっか。練習出来る環境があって良かったよ」
「今は班で自前の機材があるっていう。勝手に使える機材の有無はデカいべ」
「確かそれってウチから出た機材だよね」
「あ、そうっすね。緑ヶ丘から一式譲ってもらったとは戸田さんから聞きました」
「佐藤ゼミのお下がりだべ」
「そうだね」

 高木さんが1年の頃に聞いたウチの放送部の話として、機材を使う時には細かな申請をしなければならないという物があったそうだ。いつ、誰が、何の目的で何分使います、みたいなことをいちいち申請して幹部にハンコをもらう必要があったとかナントカ。それは別にどこの班でも共通のシステムだったらしいので、とにかくめんどくせーんだなと。
 特に“流刑地”と呼ばれた朝霞班は部内での扱いも悪かったから、書類を出したところで認められるかどうかも五分。いや、先輩らから聞いた流刑地云々の話がガチなら五分もあればいい方だろう。そーゆーのがめんどくせーっつって戸田さんは緑ヶ丘から出たラジオの機材一式を引き取って自前で持ち始めたんだそうだ。今となって思えば戸田さんマジナイスでした。

「今もそういう手続きって取らなきゃいけないの?」
「さすがに今は変わりましたね。とは言え何かトラブルがあったら困るんで、一応機材を使う時と使い終わった時に記録だけしてくれっつって機材の脇に小っちゃい帳面が置いてあって、そこに名前と時間を書くっていう感じになりました」
「サークル室の鍵借りる時みたいな感じだな」
「そうだね」
「まさにそんな感じっすね。ゴローさんはその辺の改革がマジで早いっす。朝霞班時代に理不尽な扱いを受けて不利益を被った経験もありますし、本当に必要な仕組みと要らない仕組みの区別を付けるのが上手いんでしょうね」
「改革が早いのはいいけど、それで周りの人から文句とか出ないの?」
「ゴローさんがバッサリやるのは大体旧態依然としたモンだけなんで、大体みんな「何で今まで手つかずだったんだろう」って」
「へえ、ゲンゴローも案外やるべ」
「本当だね」
「ホントに、書類仕事が嫌いなことだけなんすよ、部長としての欠点ってのは」

 この間も所沢さんが何やらわーわーと怒っていたのでまたゴローさんが逃げたかやらかしたんだなと思いながらマリンさんと遠巻きにその様子を見ていた。
 話を聞くと、ゴローさんが所沢さんにファンフェスの参加要項を用意しておいてと頼んだにも関わらず監査席に近寄りもしない、と。しかもその参加要項の冊子はインターフェイスの班打ち合わせで使うとのこと。部の仕事のために使うならまだしも、インターフェイスのラジオは所沢さんには関係ないし、そもそも書類の場所くらい部長なんだから自分で把握しておけと。

「星ヶ丘でのゲンゴローってそんな感じなんだな。その監査に同情するべ」
「まあ、エイジもそういう感じになりそうだよねえ」
「誰の所為で俺が普段からわーわー言うことになってんだっていう」
「誰だろうねえ」

 高木さんとエージさんのやり取りに既視感を覚えたのは気の所為じゃない。でも、高木さんもゴローさんも、マイペースなところはありつつもいざミキサーの前に座ると腕はすげーから許しちまうんだろうなって。

「あ、エージさんシノからLINE来ました」
「何て?」
「今度緑ヶ丘でミキサー教えてもらうことになってんすけど、何かリクも招集したって」
「ササが何の用事だっていう」
「わかんねーっす」
「ミキサーとして一歩踏み込んだ練習をするときにはアナウンサーがいてくれた方がやりやすいし、それでシノが一番頼みやすかったのがササだったんじゃないかな」
「あー、そういうな。わかった」
「それでなくても彩人は去年ササと組んでるし、やりやすいでしょ」
「そっすね。それはそうっす」
「シノが人に教えるようになるとはね。現場にいるワケじゃないけど、俺も楽しみだよ」

 高木さんが緑ヶ丘とインターフェイスの機材環境の違いを図にしてくれて、さらにウチの環境も踏まえて練習するときはこういうところに気を付けるとインターフェイスの機材でも対応しやすくなるとか、屋外での音の扱いはゴローさんに聞いて逆にシノに伝えろとか、そういうポイントを教えてくれる。そうそう、こういうのを期待して俺はこの部屋にお邪魔してたんだ。

「そういや星ヶ丘のステージの準備は大丈夫なんかっていう。台本書いたりとかあるべ?」
「それがっすね、今回の俺はプロデューサーと言うよりキーボーディストなんすよ」
「はあ」


end.


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エイジにはスガカンの話をしても大丈夫。IFサッカー部で知り合ってるからな!
もっと真面目に打ち合わせをさせるはずが星ヶ丘の部内環境の話が主になってしまった

(phase3)

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