2023

■双璧への挑戦状

++++

「高崎先輩、おはよーごぜーヤーす」
「うーす」

 指定されたカフェはインターフェイスの、つーか対策委員が会議をするときに使う定番の店。ブレンドコーヒーを買って2階の禁煙席、階段上がってすぐの席に陣取るその人に声をかければ、相手の方も自分を認識したみたいスね。如何せん向こうはインターフェイスの有名人。ちゃんと顔を合わせるのはこれが初めてとは言え、人違いじャなくて一安心。

「坂井先輩はまだスか?」
「千尋は遅れるってよ。心配しなくても向島基準なら可愛いレベルに収まるらしい」
「そースか。なら1時間くらいで済みそうスね。待ちヤすか」
「1時間は全然可愛かねえだろ」
「ウチの最終兵器を基準にすれば、こんなモンすよ」

 自分ら2年生も、ファンタジックフェスタに番組をやる側として参加することになりヤした。向島大学っつーのはインターフェイスのイベントには積極的に参加する大学スし、定例会主導のイベントで、その議長が自分たちが所属するサークルのトップなンでね、否応なしに。
 初めて対外的な公開生放送をやるッつーコトで、いつものイベントとは気持ちもちょっと違って来ヤす。去年の夏合宿でも他校の人とは班を組みヤしたけど、班の規模は6人から3人になってヤすし、番組の持ち時間や構成もありヤすけど、合宿との最たる違いは何と言ってもダブルトークすね。
 マイクに声を乗せるアナウンサーが1人ならピントーク、2人ならダブルトーク。それだけの違いなンすけど、ミキサー的にはやるコトがまァまァ増えヤす。それから、ファンフェスの番組は公開生放送なんで、現場で予期しないコトが起こる可能性もあるンすね。そういうことも考える必要がありヤす。

「班編成見て思ったンすけど、3年生アナの先輩同士でペア組むとかあるんすね。今年そーゆー班が多いナーと思って見てたンすけど」
「俺らがアナばっかの学年っつーのもあるし、お前らがミキばっかの学年っつーのが最たる理由だろうな。班編成には大人の事情もある」
「出来るだけ緑ヶ丘と向島が固まりすぎないようにした、とは圭斗先輩が言ってたスけどね。去年の例がありやすし」
「つーか去年のはちょっと極端過ぎるけどな」
「“大人の事情”スか?」
「咲良さんと麻里さんに誰が逆らえんだよっつー話だな」
「暗黙の封殺スよね」

 自分らは、去年のファンフェスには見る側として来てヤした。今でも印象深いのが高崎先輩と菜月先輩、そして伊東先輩がやっていた100分番組。班編成の時点で番組の持ち時間は60分だったそーなンすが、大人の事情やらで30分が定例会から上乗せされたそース。さらに、前の番組が10分押しで終わったっつーンで、それを埋めるために即興で乗せた10分。
 2年生ばかりで編成された3人班にそんなムチャ振り、と思われそースが、当時の定例会議長だった緑ヶ丘の城戸女史が「実戦で鍛えるいい機会だ」とこの班に時間をドカンと。ま、それでやっちまう番組のレベルが高かったンで、高崎先輩と菜月先輩は“アナウンサーの双璧”っつって呼ばれるようになったワケすね。そんな人と手合わせ出来るなんてそうそうない機会スよ。

「ところで、坂井先輩はどーゆータイプのアナさんなんスか? つか星大っつーコトは厳密にはPの可能性も」
「いや、アイツはPじゃねえ。純粋なアナだ。技術的には良くも悪くも普通だけど」
「技術的にはってトコが気になりヤすけど」
「千尋自身は星大にしちゃ大人しくねえアウトローだ」
「珍獣の類はウチで慣れてヤすんでちょぉーッとやそっと大人しくないくらいなら全然ヨユーすよ」
「はっ。珍獣か。ああ、千尋の技術的な印象も実は星大らしさとは少し外れるんだ。レベルで言えば良くも悪くも普通っつーのには違いねえんだが」
「そーなンすか?」
「ああ。星大っつーのはラジオメイン校っつってもウチや向島とは毛色が違う。主に作ってるのは取材や下調べをベースにした1時間程度の番組で、構成も収録前にきっちり練るし、編集もガッツリ加える。プロデューサーやディレクターっつーパートが機能してるのはそこだ」
「そーなんスね。でも、坂井先輩はアナさんなんスよね」
「ああ。千尋の特色は、収録番組を主とする星大らしからぬライブ対応力だ。巻きだの延ばしの対応は結構いい印象がある。あと夏合宿を見た限りでは、インフォ対応もまあまあ良かった」
「じャ、ファンフェス向きスね」
「そういうこった」
「高崎先輩は言わずと知れたインターフェイスの大スターなんで、自分今回ラク出来やすね」
「俺はミキに楽させてやるほど甘くねえぞ」

 この返しはイメージ通りスね。高崎先輩が言う“楽”と自分の言う“ラク”の意味が違うことはわかっているつもりではあるんスけど。言っても、自分も普段MMPでラクをさせてもらったことはないンでね。えェ、この1年でしっかりと鍛えられヤしたとも。その結果、自分の持ち味となるテキトーさ、良く言えば柔軟性のあるミキシングが磨かれたワケす。

「一応、高崎先輩がどーゆーアナさんなのかっつーのは菜月先輩から事前に聞いてるンで、ある程度知ってるんスよ。そもそもが有名人スしね」
「なら話は早いな。ダブルトークはともかく、ピントークん時は容赦しねえから覚悟しとけよ」
「時に高崎先輩」
「あ?」
「緑ヶ丘にはいヤせんよね? 3分の持ち時間のトークを1分半で返してきたり、予定にない大声で突如音を割ってくるようなアナウンサーは。番組収録直前に構成やトークテーマをこっちに聞いて来たり、挙句収録中に「ボクトイレ行って来るからテキトーに繋いどいて」っつって離席するようなアナウンサーなんかァ~、緑ヶ丘にいるはずないスよねェ~」
「ンなコトやってたらぶっ飛ばすに決まってんだろ。まず有り得ねえ」
「それが有り得るのがウチなンす。奇想天外なアナウンサー相手に綿密なキューシートなんざ意味ありヤせん。線だけ引く程度でちょーどなンす。毎回毎秒が駆け引きスわ」
「っつーコトは、お前も生で十分やれるっつーコトだな」
「じャなきゃ、高崎先輩の班に2年ミキサーが単独でぶち込まれてないスよ。ま、言って自分をこんな風にしたアナウンサーの一角が定例会議長サマなンでね。チカラを評価してもらったっつーコトッしょ。逆キュー対応に番組構成の変更、トークテーマの提供などなど、もちろんフツーの番組もお任せくだせェ。自分から見りゃ、高崎先輩は圧倒的な上手さ以外は常識の範囲内にいる十二分にラクなアナさんス」
「ある程度は菜月から聞いてたけど律、お前いい性格してんな」
「やァー、高崎先輩からお褒めの言葉をいただけるなンて。今のは向島に持ち帰って菜月先輩にも自慢しときヤす」

 この大スター相手にどれだけ自分の技術が通用するのか、試してみたくはありヤすよね。やっぱり、自分の我をある程度通してくれて、番組構成に対する意見をくれる方が圧倒的にラクなんスよねェー。高崎先輩はどんだけ自分がラクさせてくれるアナウンサーなのかってのを知らな過ぎスよ。

「ま、お前が向島の環境で存分に鍛えられてるのはわかったが、俺の班でやる以上はキューシートの中身はちゃんとしてもらうぞ」
「番組の構成さえ事前に話し合えればちゃんとしヤすよ」
「さ、そろそろ千尋も来る頃だな」
「やァー、どーゆー人なのか楽しみスねェー」
「それこそ向島での経験が生きる、とだけ言っておく」


end.


++++

当時はりっちゃんの口調がまあまあ違いヤした。
ヒロに比べれば圭斗さんはまだマシなんだろうけど、それでも緑ヶ丘基準では非常識。
りっちゃん的には基本構成崩しのTKGスタイルも事前に話し合われてる時点でラクだったのね

(rebuild2013/※双璧への挑戦状)


.
20/98ページ