2023
■Crowning the Empress
++++
「おはよう」
「おはよー圭斗。あ、刷り上がったんだなビラ」
「裁断まで含めてもちろんバッチリだよ。それじゃあ改めて、これが菜月作今年のMMP新歓に使うビラ300枚です」
ズドンと机に下ろされた紙の束。曰くそれはこの3日間の戦争期間中に配るサークル勧誘用のビラだとのこと。いつの間に菜月先輩がそれを作っていたのかもわからず、3年生(と言うか圭斗先輩と菜月先輩)が水面下で準備を進めていたんだなというのが見て取れる。
これに盛り上がるのが俺たち2年だ。3年生の後ろには「ゲッティング☆ガールプロジェクト」とデカデカ書かれたホワイトボード。新入生の勧誘はこの名前通りの目標が掲げられている。来たれ女子というあからさまな作戦はともかく、自分たちの後輩を引っ張り込む期間だけに、自然と気合いが入る。
「それでは野郎共、各種ビラと学内に掲示されてる5枚のポスターを製作していただいた菜月様に最敬礼するぞ」
ははあ、と菜月先輩にひれ伏す圭斗先輩というのも初めて見るだけに、圭斗先輩はよっぽどこういう作業が苦手なのかなと察するにも時間はさほど要らなかった。そして、2年に4人いる男連中も同様だけに、菜月先輩への最敬礼は当然のこと。
と言うかそれは去年の大学祭の様子を見ていればわかることだ。大学祭で使うブースの看板であったり、タイムテーブルといったものをまとめて“装飾”と呼ぶのだけど、その装飾をまるっと1人で全部作っていたのが菜月先輩だ。如何せん菜月先輩が出来過ぎるんだ。
「圭斗を上から目線で見れるのは実に気分がいいな」
「この分野に関しては完全に敵わないからね」
「菜月先輩、ビラも数パターン作ったんですか」
「当然だ。如何せん「ゲッティング☆ガールプロジェクト」だろ。女子ウケを狙うにしても受ける側の好みという物もあるからな」
「さすが過ぎます」
「菜月、原本はどうする?」
「ファイルにでも挟んどいてくれ。来年は資料として使えるだろ」
数種類あるビラの原本は圭斗先輩の手によってファイルに挟まれた。それをさっそく広げて見ると、パッと見でいろんなデザインがあるのがわかる。それこそポップでファンシーな女子ウケを狙った物だったり、シンプルでわかりやすい物であったり。他にはスタイリッシュ路線などなど。まるでパソコンで作ったんじゃないかと思うほどだけど、手書きなんだ。
先輩方の会話から拾った情報によれば、いくつも案を出したはよかったけど、自分の一存ではやはり決めきれなかった菜月先輩が圭斗先輩に相談したところ、全部刷ればいいとの鶴の一声によって現在に至っているとのこと。全部やっていいなら全部やるぞ、と本当にやってしまうのも装飾の神たる所以なのか…!
「でも本当に凝ってますね」
「ひたすらネットでデザイン系のサイトを漁ったりお菓子のパッケージを見ながらパターンを参考にしたり、フォントもフリーフォントをダウンロード出来るサイトを見ながらレタリングしてたからな」
「そこまでしたんですか!?」
「それくらいなら少しやれば出来るだろ」
「出来る人員が揃っていればこの手の作業を一挙に菜月先輩が担うことにはなっていないかと」
「それもそうだ。と言うかお前は情報系と言ってもメディア分野も齧ってるんだからデザインなんかパソコンでパパッと組めないのか」
「ええと、そういった類の授業は学年が上がらないと履修に入って来ないので」
「相変わらずプログラム以外の理解が足りない奴だな」
デザイン云々は本当に個々人の資質の部分も大きいと思うんだ。もちろん勉強の必要もあるだろうけど、物を言うのはやっぱりセンスのような気がする。確かにネットを見てパロディやインスパイアだのという言葉を盾に、悪く言えばパクることは出来るけど、そこにオリジナリティを持たせようとすると、技術が必要だろう。
それこそ菜月先輩ならパソコンやスマホのアプリでササッとデザインを組んで印刷くらいなら出来てしまいそうだけど、何故敢えて手書きで作成したのかを聞くと「うちの字ならフリーハンドでもそれらしいフォントに見せることが出来る」というこれまた木偶の俺たちには(いい意味で)意味がわからない理由だったのだからこれ以上の口は出せない。
「2年生、ビラだけで驚くな。ポスターはもう貼ってあるから、探してでも見ろ。あれは菜月様の渾身の作品だ」
「圭斗先輩がそこまで言うからには相当な物なんでしょうねえ」
「やァー、楽しみスわァー。ちなみに、どこに掲示してあるンすか?」
「購買の前、食堂の返却口横、あー、えっと、とにかく人目につくような場所に貼ったね」
「結局、あとの3ヵ所はどこなんですかねえ」
「装飾関係だからッっつっていー加減さもここまで来るとアレすわ」
「そこまで突飛な場所には貼ってないし普通に日常生活を送ってりゃ5枚とも見つかるから掲示板を見つけたら探せ。5枚が5枚全部デザインが違うから探すのは大変かもしれないけどね」
「ええー……ポスターも手書きなんですよね? それも全部デザインが違うとか菜月先輩はどこまでやったんですか」
「野坂、俺たちの菜月様を侮ってもらっては困るね」
「いや、侮るだなんてとんでもない」
ええ、侮るだなんてとんでもない。すべては圭斗先輩も含めたサークルの男どもが無能故。そして菜月先輩が神過ぎるが故。圭斗先輩が言うには、学内に5枚掲示されたポスターは人通りの多い場所にあるから油断すると他の団体の物が上に貼られる可能性も高いとのこと。そういった物を見つけ次第上に貼り直すのが俺たちの仕事だ。
「全ては春風の似合うぽわぽわして可愛い癒される女子を迎え入れるためだ。そのための労力ならひとつも惜しくないぞ。いいか、ポスターは常に最上部が原則だ。すべては女子のため!」
「春風の似合うぽわぽわして可愛い癒される女子なんかこの大学にいるとは到底思えませんが」
「ノサカ」
「ちょっ、目がガチ過ぎます」
「それを探すのが仕事だ」
「そんな刺すような目で言われてもですね。そもそもが向島大学という大学の男女比率は男の方が高いんですから、菜月先輩の欲する意味のわからない物より目と心の保養になるイケメンの方が圧倒的に見つかる可能性が高いんですよ。現にここにも圭斗先輩というお美しい先輩がいるじゃないですか」
もちろん一般受けはするだろう圭斗の顔も使って女子を釣る作戦は立ててある、と菜月先輩は言うんだ。すべては男ばかりのこのサークルがムサい故。俺は正直女子には興味ないし、目と心の保養になるイケメンが来てくれた方が100倍嬉しいんだけど、菜月先輩には喜んでもらいたいし、何を取るかだなあ。
「それじゃあ、戦場へ赴こうか」
end.
++++
10年前の話の再構築。フェーズ2や3をやって菜月さんロスに陥った結果。
10年経つと人物のキャラや口調、行動などがまあまあ変わるので現代版にアレンジ。
話が話だけに圭斗さんがいい加減だけどまあこれくらいがちょうどいいかもね。
(rebuild2013/※奥村菜月の戴冠)
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「おはよう」
「おはよー圭斗。あ、刷り上がったんだなビラ」
「裁断まで含めてもちろんバッチリだよ。それじゃあ改めて、これが菜月作今年のMMP新歓に使うビラ300枚です」
ズドンと机に下ろされた紙の束。曰くそれはこの3日間の戦争期間中に配るサークル勧誘用のビラだとのこと。いつの間に菜月先輩がそれを作っていたのかもわからず、3年生(と言うか圭斗先輩と菜月先輩)が水面下で準備を進めていたんだなというのが見て取れる。
これに盛り上がるのが俺たち2年だ。3年生の後ろには「ゲッティング☆ガールプロジェクト」とデカデカ書かれたホワイトボード。新入生の勧誘はこの名前通りの目標が掲げられている。来たれ女子というあからさまな作戦はともかく、自分たちの後輩を引っ張り込む期間だけに、自然と気合いが入る。
「それでは野郎共、各種ビラと学内に掲示されてる5枚のポスターを製作していただいた菜月様に最敬礼するぞ」
ははあ、と菜月先輩にひれ伏す圭斗先輩というのも初めて見るだけに、圭斗先輩はよっぽどこういう作業が苦手なのかなと察するにも時間はさほど要らなかった。そして、2年に4人いる男連中も同様だけに、菜月先輩への最敬礼は当然のこと。
と言うかそれは去年の大学祭の様子を見ていればわかることだ。大学祭で使うブースの看板であったり、タイムテーブルといったものをまとめて“装飾”と呼ぶのだけど、その装飾をまるっと1人で全部作っていたのが菜月先輩だ。如何せん菜月先輩が出来過ぎるんだ。
「圭斗を上から目線で見れるのは実に気分がいいな」
「この分野に関しては完全に敵わないからね」
「菜月先輩、ビラも数パターン作ったんですか」
「当然だ。如何せん「ゲッティング☆ガールプロジェクト」だろ。女子ウケを狙うにしても受ける側の好みという物もあるからな」
「さすが過ぎます」
「菜月、原本はどうする?」
「ファイルにでも挟んどいてくれ。来年は資料として使えるだろ」
数種類あるビラの原本は圭斗先輩の手によってファイルに挟まれた。それをさっそく広げて見ると、パッと見でいろんなデザインがあるのがわかる。それこそポップでファンシーな女子ウケを狙った物だったり、シンプルでわかりやすい物であったり。他にはスタイリッシュ路線などなど。まるでパソコンで作ったんじゃないかと思うほどだけど、手書きなんだ。
先輩方の会話から拾った情報によれば、いくつも案を出したはよかったけど、自分の一存ではやはり決めきれなかった菜月先輩が圭斗先輩に相談したところ、全部刷ればいいとの鶴の一声によって現在に至っているとのこと。全部やっていいなら全部やるぞ、と本当にやってしまうのも装飾の神たる所以なのか…!
「でも本当に凝ってますね」
「ひたすらネットでデザイン系のサイトを漁ったりお菓子のパッケージを見ながらパターンを参考にしたり、フォントもフリーフォントをダウンロード出来るサイトを見ながらレタリングしてたからな」
「そこまでしたんですか!?」
「それくらいなら少しやれば出来るだろ」
「出来る人員が揃っていればこの手の作業を一挙に菜月先輩が担うことにはなっていないかと」
「それもそうだ。と言うかお前は情報系と言ってもメディア分野も齧ってるんだからデザインなんかパソコンでパパッと組めないのか」
「ええと、そういった類の授業は学年が上がらないと履修に入って来ないので」
「相変わらずプログラム以外の理解が足りない奴だな」
デザイン云々は本当に個々人の資質の部分も大きいと思うんだ。もちろん勉強の必要もあるだろうけど、物を言うのはやっぱりセンスのような気がする。確かにネットを見てパロディやインスパイアだのという言葉を盾に、悪く言えばパクることは出来るけど、そこにオリジナリティを持たせようとすると、技術が必要だろう。
それこそ菜月先輩ならパソコンやスマホのアプリでササッとデザインを組んで印刷くらいなら出来てしまいそうだけど、何故敢えて手書きで作成したのかを聞くと「うちの字ならフリーハンドでもそれらしいフォントに見せることが出来る」というこれまた木偶の俺たちには(いい意味で)意味がわからない理由だったのだからこれ以上の口は出せない。
「2年生、ビラだけで驚くな。ポスターはもう貼ってあるから、探してでも見ろ。あれは菜月様の渾身の作品だ」
「圭斗先輩がそこまで言うからには相当な物なんでしょうねえ」
「やァー、楽しみスわァー。ちなみに、どこに掲示してあるンすか?」
「購買の前、食堂の返却口横、あー、えっと、とにかく人目につくような場所に貼ったね」
「結局、あとの3ヵ所はどこなんですかねえ」
「装飾関係だからッっつっていー加減さもここまで来るとアレすわ」
「そこまで突飛な場所には貼ってないし普通に日常生活を送ってりゃ5枚とも見つかるから掲示板を見つけたら探せ。5枚が5枚全部デザインが違うから探すのは大変かもしれないけどね」
「ええー……ポスターも手書きなんですよね? それも全部デザインが違うとか菜月先輩はどこまでやったんですか」
「野坂、俺たちの菜月様を侮ってもらっては困るね」
「いや、侮るだなんてとんでもない」
ええ、侮るだなんてとんでもない。すべては圭斗先輩も含めたサークルの男どもが無能故。そして菜月先輩が神過ぎるが故。圭斗先輩が言うには、学内に5枚掲示されたポスターは人通りの多い場所にあるから油断すると他の団体の物が上に貼られる可能性も高いとのこと。そういった物を見つけ次第上に貼り直すのが俺たちの仕事だ。
「全ては春風の似合うぽわぽわして可愛い癒される女子を迎え入れるためだ。そのための労力ならひとつも惜しくないぞ。いいか、ポスターは常に最上部が原則だ。すべては女子のため!」
「春風の似合うぽわぽわして可愛い癒される女子なんかこの大学にいるとは到底思えませんが」
「ノサカ」
「ちょっ、目がガチ過ぎます」
「それを探すのが仕事だ」
「そんな刺すような目で言われてもですね。そもそもが向島大学という大学の男女比率は男の方が高いんですから、菜月先輩の欲する意味のわからない物より目と心の保養になるイケメンの方が圧倒的に見つかる可能性が高いんですよ。現にここにも圭斗先輩というお美しい先輩がいるじゃないですか」
もちろん一般受けはするだろう圭斗の顔も使って女子を釣る作戦は立ててある、と菜月先輩は言うんだ。すべては男ばかりのこのサークルがムサい故。俺は正直女子には興味ないし、目と心の保養になるイケメンが来てくれた方が100倍嬉しいんだけど、菜月先輩には喜んでもらいたいし、何を取るかだなあ。
「それじゃあ、戦場へ赴こうか」
end.
++++
10年前の話の再構築。フェーズ2や3をやって菜月さんロスに陥った結果。
10年経つと人物のキャラや口調、行動などがまあまあ変わるので現代版にアレンジ。
話が話だけに圭斗さんがいい加減だけどまあこれくらいがちょうどいいかもね。
(rebuild2013/※奥村菜月の戴冠)
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