2022(02)

■カントリーロード

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「それじゃあお疲れさま~、かんぱ~い」
「お疲れ」
「いやー、朝霞クンと外で飲むってすっごい新鮮だね」
「ホントにな。でもまあ、たまにはいいだろ」

 山口とは会うこと自体がまあまあ久し振りで、就職する前に話していたように生活リズムの違いという物があるんだなあと実感している。ただ、会わない時間が俺たちの関係を後ずさりさせることはなく、むしろ俺の知らない世界の話を聞かせてもらえることが心地良いと思っている。
 今日は梯子酒を前提に、花栄駅の近くにある飲み屋街に来ている。レトロ感だとかノスタルジックだとか、そんな物が新しいとかカワイイだとか、そんな風に捉えられてしばし。小さな飲み屋の集合体であるこの空間のコンセプトもそれらしく、ごちゃごちゃした中に作られた世界観だ。

「山口、すぐ座れそうだしここに入るか」
「そうだね、餃子にる~び~、乙でしょ」
「戸田かよ」

 とりあえず最初は軽く餃子でも食うかと入った店で通された席が狭苦しい店のさらに奥の角。それ自体はいいけど、俺と山口の間にある暗黙の座り位置に素直に落ち着くと、俺の左腕の自由がほとんどなくなっていたんだ。

「せっま」
「ああ、朝霞クンには不便な席だね。不都合があったら何でも言って」

 そう言って山口は自然に俺に箸と小皿を差し出してくれる。何を食べようか、なんてメニューを広げながら。飲む物はもちろんビールと決めている。適当な餃子とビールを注文すると、すぐにビールが出てきた。最初の一杯を、すぐに飲む。

「あー……うめー」
「そう言えば朝霞クン仕事終わりだもんね、お疲れさまです。でも忙しいんじゃないの?」
「相方に事情を説明したら「絶対にカオちゃんのこと定時で送り出すからね!」っつって俺より仕事捌いてくれた」
「後日お土産話が必須なヤツでしょ~」
「いいんだよ、土産話ひとつで良質な創作物が上がってくるんだ。WIN-WINでしかない」
「ホント、頼もし過ぎる相方サンだねえ」
「そう言うお前も繁忙期だろ」
「繁忙期って言ってもそこまで大騒ぎする程ではないかな」
「何だよ既にその貫禄」
「そりゃある程度は「あー今日は働いたー…!」ってなる日は増えるけど、まあ。って感じ?」

 山口も伊東さんとはカズの嫁として面識があって、俺のやらかし(記憶にはない)だったり、サッカーの解説なりで何度か話をしているそうだ。初対面のときに自己紹介をしたら「カズのヒーローの!?」と驚かれた時にはさすがにちょっと恥ずかしかったらしいが。
 しかし繁忙期に対する山口の度胸の据わり方だ。いくら学生の頃から居酒屋でバイトをしていてある程度は慣れていたとしても、店の規模も違えば雇用形態も違う。それだけで十分働き方も変わるだろうに。頭と要領のどちらもいい上に器用っていうのは正直ズルだ。

「そういや全然話変わるけどさ」
「うん」
「この間美味いジビエ焼肉の店ってのを教えてもらって高崎と一緒に行ってきたんだよ」
「へー! どうだった? って言うか高崎クンと? 意外だね」
「夏のやらかし以来ちょこちょこ飯行ってんだ」
「あ~、玄でのアレ以来ね~。アレは高崎クン怒ってたっしょ?」
「昔からアイツを知ってる人には「よく命があったな」って言われた。そんで肉奢って、それからだな」
「へ~。それで、ジビエ肉はどうだった?」
「肉焼きながらさ、野球中継見上げて飲む酒が最高に美味かったしあの空間や時間が凄く良かった。ちなみに肉なら俺は鹿が好きかな。焼いてもすっげーやらかいし、ユッケが美味いんだこれが」
「サメとかクジラなら食べたことがあるんだけど、山の獣を食べたことってあんまりないんだよね。朝霞クン今度一緒に行こうよ」
「ああ、行こうぜ。でも結構いい値段するから予算多めに見とけよ。5000円とか6000円は一瞬で吹っ飛ぶから」
「オッケー了解」
「そんで高崎に野球教えてもらいながら、代表選手がどこのチームのどんな選手かも知らないなりにヒットが出れば手を叩いて喜んで、みたいなことをやってた」
「高崎クンて野球詳しいんだね」
「本人曰くガチガチに見てるワケじゃないけどある程度出来るし見るのも嫌いじゃないらしい。サッカーよりは野球派だとも」
「緑ヶ丘と言えばサッカーだと思ってたよ」
「お前それは主にカズの所為だろ」
「まあね~。言っちゃえば俺も共犯だし」
「そういやそうじゃねーか」
「今日もやってたよね野球」
「あ、そうなのか」
「明日決勝だって」
「お前は野球わかる奴なのか? サッカーのイメージが強すぎるから考えたこともなかったけど」
「最低限だね。玄のお客さんだとか、雄平さんに教えてもらって~って感じで」
「そういや越谷さんてバリバリ野球の人だったな。そんな話全然したことなかったけど」
「高崎クンに野球教えてもらった今なら少しは話せるかもね。明日でも連絡入れてみたら? 野球見てましたかーって」
「もうちょっと早く思い出せてたら光洋行って飲みながら教えてもらってたな」

 時折昔話も交えながら、基本的には近況と今のことを話すのがいい。思い出話を否定する気はないけど、せめて振り返るなら手の届く範囲にしておきたい。見るのは基本的に今と先。高崎もそういう考え方をする奴で、話す時間のベクトルが似通っているからこその楽しさはある。
 そんなことを話していると、餃子が出てくる。この空間が梯子前提だからだろうか、一般的な餃子よりは小さいような気はするが、俺の一口にはちょうどいい。2種類の味をシェアしながら、改めてビールを煽る。やっぱこれだ。

「はい朝霞クン味噌ダレ」
「サンキュ。で、お前の近況は?」
「いや~、何だかんだ仕事ばっかりかもね」
「つか大丈夫かよ、ちゃんと休めてんのか」
「たまに髪イジりに行った時に拳悟クンといろいろ話して、知らない世界の話を互いに補充し合って~、的な?」
「ああ、2人とも職業柄いろんな人と交わるもんな」
「そうそう。だから拳悟クンと話をすればちょっと世の中の近況も知れるんだけど、俺的にはその辺朝霞クンほど尖った人もいないと思ってるから、話をするならやっぱり朝霞クンが一番だね」
「何がだよ」
「だって仕事しながらインターネットでも活動して? 実際にリアルでもいろんな土地を飛び回ってるでしょ? フットワークの軽さって言うのかな、俺にはないものだから」
「うーん、軽いのかな。俺的にはもう普通になってるけど」
「野球教えてもらうために光洋行こうかなって発想になるのは十分軽いよ」

 確かに社会人になると自由な時間は少なくなるからエリアを越えての旅行は学生のうちにしておけとは諸先輩から言われていた。だけど俺は実況の活動でもそうだし仕事の上でも今の方がひょいひょいとエリアの境を越えまくっている。
 土地が変われば文化も違うし、美味いモンや楽しい場所もいろいろある。星港のデカいショップに行けば全国の土産物は集まるけど、現地に行かなければわからない事は山程。それを全身で感じた上で俺の作る何かしらに叩き込み、土産話として目の前の相手を楽しませる、それだけだ。

「フットワークの軽さと言えばさ、俺、スキマ時間に料理の研究もやってるじゃん」
「うんうん」
「世界とかご当地の食品ショップとかを覗くでしょ? 前~に議長サンから送ってもらった緑風の醤油? アレが置いてないかな~と思うんだけど、どこにもないんだよね」
「通販もないって大石が言ってたな。そんでわざわざそれを買いに緑風まで行ったっつってたぞ」
「そう、そういうフットワークね。あー、もうちょっと休み欲しい。ホントそれだけ」
「自分で見聞きして歩きたいんであれば確かに必要だな。あとは、全国各地に友達を作ることかな。こっちのいいものと向こうのいいものを交換するっていう手法が一応ある」
「あー、議長サンに取引持ちかけてみよっかなー?」

 山口も、将来の夢である「自分の店を持つ」に向けての修行や研究に明け暮れているようだ。山口の場合は調味料もそうだろうけど、全国各地の美味い酒にも興味があるだろうから、やっぱり1泊以上は見ておきたいんだろうな、出かけるとすれば。距離が長くなればもっとか。

「よし山口、次行くぞ」
「何食べる?」
「ウインナーかな。クラフトビールと」
「いいね。てか朝霞クン最近の飲食の嗜好、ちょっと高崎クンの影響受けてる?」
「アイツがまた美味いモンを知ってんだよ。飲みに限らず星港を歩くならアイツとだな。ガチな地元だから細い路地にも平気で入ってくだろ。そういうところにいい店があったりする」
「朝霞クン、一応俺も生粋の星港市民なんだけどな~」
「はいはい、俺と街歩きがしたけりゃシフト言っとけ。ある程度なら合わせてやるから」


end.


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最近混ざり物のない純粋な洋朝をやってないことを思い出したのでやる。
フェーズ1の洋朝を見れば見るほど今の洋朝って丸いな~と認識させられる。

(phase3)

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