2013
■起こせよ文明の風
++++
「最近は本当に暑くて参るね」
「本当ですね。空梅雨もいいところです」
向島エリアも梅雨入りしたと発表されてもうしばらく経つ。その割に雨の量なんかは記録的に少なくて、まるで梅雨をすっ飛ばして真夏に突入してしまったかのような錯覚さえ抱く。
講義で使うことの多い情報知能センターの空調の都合で長袖を着ている野坂にしても、さすがにサークル室ではその袖を捲ってA5サイズのホワイトボードをうちわ代わりに。
「圭斗先輩」
「ん、どうした?」
「扇風機という文明の利器がありますよねこの部屋には」
扇風機レベルでも文明の利器になってしまうこの環境だ。そう言われてみれば、この暑いのに扇風機を解禁していなかったということがどうかしている。
「そう言えば、仕舞ってあったはずだけど表に出てるね。誰かが出してくれたのかな」
「先週の土曜日に菜月先輩が扇風機の掃除をされたそうです」
「土曜日? もしかしなくても、例によってお前は菜月さんを待たせたのか。異様にキレイになってるってことは、それだけの時間遅れたんだな」
「お恥ずかしながら」
扇風機の羽やカバーには埃一つついていない。オフシーズンになってそれを仕舞うときも、埃よけのカバーなんかはつけないにも関わらずだ。よくよく見れば床にも埃が落ちていない。
菜月さんの暇潰しは、扇風機を掃除したついでのサークル室の掃除にまで及んだのかもしれない。扇風機の掃除をしたことは言われなければわからなかった。
「でも、扇風機を掃除したのはいいけど菜月さん本人は大学に来てるのか?」
「授業に出席しているかはともかく、サークルには来られると思います」
「雨が降らないなら降らないで、暑いから外に出たくないとか汗かいて前髪が決まらないから外に出たくないとか日焼けしたくないから外に出たくないとか日差しが強くて目が辛いから外に出たくないとか平気で言うだろアイツ」
「想像には難くありません」
とりあえず、空いているコンセントを探して久方ぶりに電気を通す。いつからあるんだよってくらいに見た目がレトロな扇風機だ。いきなり強で運転しようものならぶっ飛んでしまうかもしれない。
弱運転で、首振りをオンに。ホワイトボードでひたすら風を送っていた野坂の手も止まる。素晴らしい。これは文明の利器だ。窓を全て開け放っていたにも関わらず存在しなかった風の動線がここに生み出されている。
するとどうだ、その風に誘われたかのように彼女が現れる。額には汗が滲み、前髪が束になって貼り付いている。講義棟からは徒歩15分、アップダウンのある長い道を歩いてきたのだから、当然と言えば当然だろう。
「おはよー」
「おはようございます」
「圭斗、お前はここまで車で来れるんだから暑くないだろ。前髪乾かしたいからどいてくれ」
言うが早いか彼女は扇風機の前に陣取り、首振り機能もオフにする。風の強さも強になる。彼女にとっては扇風機がドライヤー代わりなのだ。まさかそのために徹底的な掃除を? まさかね。
「よし、完璧」
「見事なストレートだね。ところで菜月さん、扇風機を掃除してくれたそうだけど」
「ああ、別に。土曜日ヒマだったから」
「野坂を待つのに?」
「以外に何がある」
「申し訳ございません」
「お前のその形式だけの謝罪は見飽きたって何度言えばわかるんだ」
首振り機能が再びオンになって風の量も弱に戻った扇風機は、ガタガタ唸りながら風を送っている。いつガタがきてもおかしくない老体だ。菜月さんには是非とも前髪の水分を粗方取ってから風を浴びていただきたいものだ。
「この部屋の扇風機の本来の役割は、むさ苦しい男臭い空気を外に出すことだろ」
「かたじけない」
「はっ……それは気付きませんでした…!」
「ただでさえ夏は暑くて茹だるのに、少しくらいさわやかに迎えたっていいだろう」
end.
++++
あんまり男臭いとね、むわっとしちゃうからね! 菜月さんなりの夏準備。
前髪が張り付いてしまうと彼女の機嫌に関わるので乾かしてもらったほうがMMPとしては平和でオッケー。
そっか、MMPのサークル室って男臭いんだなあ。
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「最近は本当に暑くて参るね」
「本当ですね。空梅雨もいいところです」
向島エリアも梅雨入りしたと発表されてもうしばらく経つ。その割に雨の量なんかは記録的に少なくて、まるで梅雨をすっ飛ばして真夏に突入してしまったかのような錯覚さえ抱く。
講義で使うことの多い情報知能センターの空調の都合で長袖を着ている野坂にしても、さすがにサークル室ではその袖を捲ってA5サイズのホワイトボードをうちわ代わりに。
「圭斗先輩」
「ん、どうした?」
「扇風機という文明の利器がありますよねこの部屋には」
扇風機レベルでも文明の利器になってしまうこの環境だ。そう言われてみれば、この暑いのに扇風機を解禁していなかったということがどうかしている。
「そう言えば、仕舞ってあったはずだけど表に出てるね。誰かが出してくれたのかな」
「先週の土曜日に菜月先輩が扇風機の掃除をされたそうです」
「土曜日? もしかしなくても、例によってお前は菜月さんを待たせたのか。異様にキレイになってるってことは、それだけの時間遅れたんだな」
「お恥ずかしながら」
扇風機の羽やカバーには埃一つついていない。オフシーズンになってそれを仕舞うときも、埃よけのカバーなんかはつけないにも関わらずだ。よくよく見れば床にも埃が落ちていない。
菜月さんの暇潰しは、扇風機を掃除したついでのサークル室の掃除にまで及んだのかもしれない。扇風機の掃除をしたことは言われなければわからなかった。
「でも、扇風機を掃除したのはいいけど菜月さん本人は大学に来てるのか?」
「授業に出席しているかはともかく、サークルには来られると思います」
「雨が降らないなら降らないで、暑いから外に出たくないとか汗かいて前髪が決まらないから外に出たくないとか日焼けしたくないから外に出たくないとか日差しが強くて目が辛いから外に出たくないとか平気で言うだろアイツ」
「想像には難くありません」
とりあえず、空いているコンセントを探して久方ぶりに電気を通す。いつからあるんだよってくらいに見た目がレトロな扇風機だ。いきなり強で運転しようものならぶっ飛んでしまうかもしれない。
弱運転で、首振りをオンに。ホワイトボードでひたすら風を送っていた野坂の手も止まる。素晴らしい。これは文明の利器だ。窓を全て開け放っていたにも関わらず存在しなかった風の動線がここに生み出されている。
するとどうだ、その風に誘われたかのように彼女が現れる。額には汗が滲み、前髪が束になって貼り付いている。講義棟からは徒歩15分、アップダウンのある長い道を歩いてきたのだから、当然と言えば当然だろう。
「おはよー」
「おはようございます」
「圭斗、お前はここまで車で来れるんだから暑くないだろ。前髪乾かしたいからどいてくれ」
言うが早いか彼女は扇風機の前に陣取り、首振り機能もオフにする。風の強さも強になる。彼女にとっては扇風機がドライヤー代わりなのだ。まさかそのために徹底的な掃除を? まさかね。
「よし、完璧」
「見事なストレートだね。ところで菜月さん、扇風機を掃除してくれたそうだけど」
「ああ、別に。土曜日ヒマだったから」
「野坂を待つのに?」
「以外に何がある」
「申し訳ございません」
「お前のその形式だけの謝罪は見飽きたって何度言えばわかるんだ」
首振り機能が再びオンになって風の量も弱に戻った扇風機は、ガタガタ唸りながら風を送っている。いつガタがきてもおかしくない老体だ。菜月さんには是非とも前髪の水分を粗方取ってから風を浴びていただきたいものだ。
「この部屋の扇風機の本来の役割は、むさ苦しい男臭い空気を外に出すことだろ」
「かたじけない」
「はっ……それは気付きませんでした…!」
「ただでさえ夏は暑くて茹だるのに、少しくらいさわやかに迎えたっていいだろう」
end.
++++
あんまり男臭いとね、むわっとしちゃうからね! 菜月さんなりの夏準備。
前髪が張り付いてしまうと彼女の機嫌に関わるので乾かしてもらったほうがMMPとしては平和でオッケー。
そっか、MMPのサークル室って男臭いんだなあ。
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