2022(02)
■歴史と人と、裏、表
++++
「ああ、ジュン。来てくれてありがとう」
「いえ。何の用事ですか? 野坂先輩」
野坂先輩に呼び出されるままゼミ室に行くと、まずはお土産、と小さな袋を手渡してくれる。野坂先輩から呼び出される用事に心当たりがないだけに、何か悪いことをしただろうかと気が気でない。
「少し緑風に行ってたんだ」
「緑風ですか」
「平日だろうと好き勝手にどこでも行けるなんて今のうちだし」
「そうですよね。でも、どうして緑風なんですか?」
「緑風には菜月先輩がいらっしゃるんだ。少し時間を取ってもらって、積もる話を」
「そうなんですね」
2年生の頃に圭斗先輩に連れて行ってもらってから、この時期の緑風旅行は恒例行事のようになっているそうだ。俺はあまりそっちの方には行ったことがないから何が面白いとかはよくわからないけど、学生のうちにいろいろな場所に足を運んで見聞を広めたいなと話を聞いて思う。
「それで、勝手ながら先日までの件の一連の流れと事の顛末を菜月先輩に報告させてもらった」
「……菜月先輩は、何と」
「現役の頃から見ていれば、ああいった行動に至るのも何ら不思議ではないし驚きはない。アイツが行き過ぎているとは自分も思うし考え方は合わないけど、じゃあアイツの全部が悪ですとか現役時代の活動の全てが悪くて実力も言う程ではないかと言えばそうではない。……と」
「予見出来た事件、ということですか」
「いろいろな人が持っている情報を組み合わせてやっと、というレベルだろ。あの人を知らないならほぼほぼ無理だ」
確か定例会の現場では、アイツはプロ志向時代の2代上の先輩に心酔していて、インターフェイスの向かう方向性が変わったことを憂慮していたと。確かに時代の変わり目だったら、いろんな人がいるのは仕方のないことだと言えなくはない、かもしれない。
ただ、その割にMMPで現在表に立ってメディアの仕事をしているのはダイさんと馬場さんという2人だけで、他の人は一般の仕事をしている。サークルがプロ志向だった時代で、将来はラジオで食べていくんだと一言で言っても、簡単にはなれないのは想像に難くない。
「中村さんが言ってたんだよな、6代目と7代目の間が転換期だったって」
「野坂先輩はその時のことをご存知ですか?」
「その現場を生では見てないけど、6代目の先輩の事はギリギリ知ってる。俺らが1年の時の4年だったから」
「どんな人たちだったんですか? 人柄だとか、技術だとか」
「そもそもがMMPらしい悪ふざけをよくする人たちだったというのは前提にあるんだけど、女性の先輩方が凄く保守的で、男性の先輩方の方が柔軟な立ち振る舞いだった印象がある。それで、これは俺も聞いた話でしかないんだけど、元々7代目の先輩というのが6人いたらしいんだよ」
「すごい、俺たちと一緒ですね。凄い大所帯の学年じゃないですか」
「だけど、最終的に残ったのは村井さんと麻里さんの2人だけ。楽しくラジオをやれると思っていた4人が練習の厳しさと保守的な先輩からの嫌味でサークルを離れていったそうなんだ。それで、村井さんと麻里さんが先輩たちにもっと楽しい雰囲気でやりたいんだと直談判した。っていう話らしい」
当時のインターフェイスと言えばラジオの活動が主で、先頭を走るのが向島と緑ヶ丘だという風に言われていた。その一角である向島でそういうムードになるとその空気はインターフェイス全体へと波及して、現在の雰囲気になっていったそうなんだ。
厳しさの中にも楽しさを見出すことが出来ていたのがそれまでの代で、厳しいだけでは楽しくないからラジオは諦めようと思ったのが7代目。という風に見ることは出来る。ただ、代ごとにサークルのカラーは全然変わるそうだし、見てもいない自分がどうこうは言えない。
「でも、その話を聞くと保守とかリベラルとかじゃなくて、言っては難ですけどその女性の先輩の嫌味が全ての始まりだったのでは?」
「圭斗先輩もあの人たちとは合わないと仰っていらしたし、付き合う人を選ぶタイプであったことには違いないとは思う。まあでも、空気の変わるきっかけはそんな訴えからだったそうだよ」
「サークルに歴史ありですね」
「ホントにな」
そこで思うのが、今いるメンバーは果たして昔の厳しい空気のままだったらこの場にいたのかな、ということだ。俺自身は多分いないと思う。今の自由で楽しい、それでいて練習もちゃんとやる空気だからこそたどり着けた境地や気持ち、得られた技術がある。
「それで、菜月先輩のお言葉にまで戻るんですけど、アイツの「現役時代の活動の全てが悪くて実力も言う程ではないかと言えばそうではない」という部分が気になります。俺から見ると相当な巨悪なんですけど」
「ああ……まあ、俺も結構酷い目に遭ってるし、俺から見ても6割7割かは黒いんだけど、菜月先輩の仰ることもまあわからないではないかな、と理解を示せはするんだ。そもそも機材王国と呼ばれたMMPに、ミキサーならともかくエース級アナウンサーが生まれることも稀だったそうだし」
「え、そうだったんですか? 菜月先輩はアナウンサーの双璧と呼ばれていたそうじゃないですか」
「菜月先輩が突然変異なんだよ。ミキサーのいなかった第8代が稀な代で、その中で菜月先輩の実力と存在感が際だっていたからウチはインターフェイスで勝負出来てたと言うことが出来るな。圭斗先輩と三井先輩は、下手ではないけど特別上手くはない、言ってしまえば並の人たちだったかな」
圭斗先輩に対する崇拝が過ぎる野坂先輩でもそう仰るということは、圭斗先輩のアナウンサーとしての技術に関してはまあ、そういうことなんだろう。ミキサーとして出すアナウンサーに対する評価に嘘偽りはないと言ったところだろうか。あと、圭斗先輩は放送の技術じゃなくて政治力がヤバい人だとは聞いた。
「ただ、圭斗先輩は番組に参加する人数が増えれば増えるほどMCとしての力を発揮される方ではあったし、三井先輩はあれで一応ナレーションは当時のアナウンサーで一番雰囲気があったしそれらしかったんだ」
「誰しも得手不得手があるということですか」
「そういうことかな。そこで、菜月先輩からジュンが聞くべきだと言われたのはブラケイトの音源だな。ファイルは用意してるから」
「はあ。そういうことなら」
「番組を聞く前に菜月先輩からの一言。相手の人格と作品を切り離して客観的な評価や分析が出来るようになれば、ジュンは見たもの聞いたものを吸収して学べる奴だしまた一皮剥ける。……とのことだ」
「何と言うか、大学祭で少し話しただけにも関わらず、菜月先輩にそこまで仰っていただけるなんて恐縮でしかありませんね。わかりました。その点に気をつけて聞いてみたいと思います」
菜月先輩からの一言はこの番組に限らず、他のどんな物に対しても言うことが出来るなあと思う。ラジオだけじゃなくてこれからの人生にも役立ちそうな格言とか金言だ。
「ああ、ちなみにだけどジュン」
「はい」
「番組の内容自体は当時のMMPの日常で、至って普通だからな。今の常識で考えるな、いいな」
「ええと……何が出てくるのかはわかりませんけど、覚悟はしました」
「春風とジュンにはこういう前置きをしないと俺たちが怒られそうだからな」
end.
++++
焼き芋実況番組、伝説のブラケイトがこんなところにまで引っ張られるとは
三井の乱が一旦解決した風に見えて、ただ悪い奴に勝ちました、となるのも菜月さんは良くないと思ったのかしら
(phase3)
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「ああ、ジュン。来てくれてありがとう」
「いえ。何の用事ですか? 野坂先輩」
野坂先輩に呼び出されるままゼミ室に行くと、まずはお土産、と小さな袋を手渡してくれる。野坂先輩から呼び出される用事に心当たりがないだけに、何か悪いことをしただろうかと気が気でない。
「少し緑風に行ってたんだ」
「緑風ですか」
「平日だろうと好き勝手にどこでも行けるなんて今のうちだし」
「そうですよね。でも、どうして緑風なんですか?」
「緑風には菜月先輩がいらっしゃるんだ。少し時間を取ってもらって、積もる話を」
「そうなんですね」
2年生の頃に圭斗先輩に連れて行ってもらってから、この時期の緑風旅行は恒例行事のようになっているそうだ。俺はあまりそっちの方には行ったことがないから何が面白いとかはよくわからないけど、学生のうちにいろいろな場所に足を運んで見聞を広めたいなと話を聞いて思う。
「それで、勝手ながら先日までの件の一連の流れと事の顛末を菜月先輩に報告させてもらった」
「……菜月先輩は、何と」
「現役の頃から見ていれば、ああいった行動に至るのも何ら不思議ではないし驚きはない。アイツが行き過ぎているとは自分も思うし考え方は合わないけど、じゃあアイツの全部が悪ですとか現役時代の活動の全てが悪くて実力も言う程ではないかと言えばそうではない。……と」
「予見出来た事件、ということですか」
「いろいろな人が持っている情報を組み合わせてやっと、というレベルだろ。あの人を知らないならほぼほぼ無理だ」
確か定例会の現場では、アイツはプロ志向時代の2代上の先輩に心酔していて、インターフェイスの向かう方向性が変わったことを憂慮していたと。確かに時代の変わり目だったら、いろんな人がいるのは仕方のないことだと言えなくはない、かもしれない。
ただ、その割にMMPで現在表に立ってメディアの仕事をしているのはダイさんと馬場さんという2人だけで、他の人は一般の仕事をしている。サークルがプロ志向だった時代で、将来はラジオで食べていくんだと一言で言っても、簡単にはなれないのは想像に難くない。
「中村さんが言ってたんだよな、6代目と7代目の間が転換期だったって」
「野坂先輩はその時のことをご存知ですか?」
「その現場を生では見てないけど、6代目の先輩の事はギリギリ知ってる。俺らが1年の時の4年だったから」
「どんな人たちだったんですか? 人柄だとか、技術だとか」
「そもそもがMMPらしい悪ふざけをよくする人たちだったというのは前提にあるんだけど、女性の先輩方が凄く保守的で、男性の先輩方の方が柔軟な立ち振る舞いだった印象がある。それで、これは俺も聞いた話でしかないんだけど、元々7代目の先輩というのが6人いたらしいんだよ」
「すごい、俺たちと一緒ですね。凄い大所帯の学年じゃないですか」
「だけど、最終的に残ったのは村井さんと麻里さんの2人だけ。楽しくラジオをやれると思っていた4人が練習の厳しさと保守的な先輩からの嫌味でサークルを離れていったそうなんだ。それで、村井さんと麻里さんが先輩たちにもっと楽しい雰囲気でやりたいんだと直談判した。っていう話らしい」
当時のインターフェイスと言えばラジオの活動が主で、先頭を走るのが向島と緑ヶ丘だという風に言われていた。その一角である向島でそういうムードになるとその空気はインターフェイス全体へと波及して、現在の雰囲気になっていったそうなんだ。
厳しさの中にも楽しさを見出すことが出来ていたのがそれまでの代で、厳しいだけでは楽しくないからラジオは諦めようと思ったのが7代目。という風に見ることは出来る。ただ、代ごとにサークルのカラーは全然変わるそうだし、見てもいない自分がどうこうは言えない。
「でも、その話を聞くと保守とかリベラルとかじゃなくて、言っては難ですけどその女性の先輩の嫌味が全ての始まりだったのでは?」
「圭斗先輩もあの人たちとは合わないと仰っていらしたし、付き合う人を選ぶタイプであったことには違いないとは思う。まあでも、空気の変わるきっかけはそんな訴えからだったそうだよ」
「サークルに歴史ありですね」
「ホントにな」
そこで思うのが、今いるメンバーは果たして昔の厳しい空気のままだったらこの場にいたのかな、ということだ。俺自身は多分いないと思う。今の自由で楽しい、それでいて練習もちゃんとやる空気だからこそたどり着けた境地や気持ち、得られた技術がある。
「それで、菜月先輩のお言葉にまで戻るんですけど、アイツの「現役時代の活動の全てが悪くて実力も言う程ではないかと言えばそうではない」という部分が気になります。俺から見ると相当な巨悪なんですけど」
「ああ……まあ、俺も結構酷い目に遭ってるし、俺から見ても6割7割かは黒いんだけど、菜月先輩の仰ることもまあわからないではないかな、と理解を示せはするんだ。そもそも機材王国と呼ばれたMMPに、ミキサーならともかくエース級アナウンサーが生まれることも稀だったそうだし」
「え、そうだったんですか? 菜月先輩はアナウンサーの双璧と呼ばれていたそうじゃないですか」
「菜月先輩が突然変異なんだよ。ミキサーのいなかった第8代が稀な代で、その中で菜月先輩の実力と存在感が際だっていたからウチはインターフェイスで勝負出来てたと言うことが出来るな。圭斗先輩と三井先輩は、下手ではないけど特別上手くはない、言ってしまえば並の人たちだったかな」
圭斗先輩に対する崇拝が過ぎる野坂先輩でもそう仰るということは、圭斗先輩のアナウンサーとしての技術に関してはまあ、そういうことなんだろう。ミキサーとして出すアナウンサーに対する評価に嘘偽りはないと言ったところだろうか。あと、圭斗先輩は放送の技術じゃなくて政治力がヤバい人だとは聞いた。
「ただ、圭斗先輩は番組に参加する人数が増えれば増えるほどMCとしての力を発揮される方ではあったし、三井先輩はあれで一応ナレーションは当時のアナウンサーで一番雰囲気があったしそれらしかったんだ」
「誰しも得手不得手があるということですか」
「そういうことかな。そこで、菜月先輩からジュンが聞くべきだと言われたのはブラケイトの音源だな。ファイルは用意してるから」
「はあ。そういうことなら」
「番組を聞く前に菜月先輩からの一言。相手の人格と作品を切り離して客観的な評価や分析が出来るようになれば、ジュンは見たもの聞いたものを吸収して学べる奴だしまた一皮剥ける。……とのことだ」
「何と言うか、大学祭で少し話しただけにも関わらず、菜月先輩にそこまで仰っていただけるなんて恐縮でしかありませんね。わかりました。その点に気をつけて聞いてみたいと思います」
菜月先輩からの一言はこの番組に限らず、他のどんな物に対しても言うことが出来るなあと思う。ラジオだけじゃなくてこれからの人生にも役立ちそうな格言とか金言だ。
「ああ、ちなみにだけどジュン」
「はい」
「番組の内容自体は当時のMMPの日常で、至って普通だからな。今の常識で考えるな、いいな」
「ええと……何が出てくるのかはわかりませんけど、覚悟はしました」
「春風とジュンにはこういう前置きをしないと俺たちが怒られそうだからな」
end.
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焼き芋実況番組、伝説のブラケイトがこんなところにまで引っ張られるとは
三井の乱が一旦解決した風に見えて、ただ悪い奴に勝ちました、となるのも菜月さんは良くないと思ったのかしら
(phase3)
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