2022(02)
■メビウスの帯の切断
++++
「それでは、今月の定例会議を開会致します」
インターフェイスの定例会が開かれている花栄のオフィスビル内6階中会議室。青女のエマ先輩が議長として取り仕切る会議の様子は初めて見るけど俺はとても緊張している。向島大学からはカノン先輩と奏多先輩、それとツッツが代表として出てるんだけど、今月は俺も来いと呼び出されていた。その理由は、奴がFMにしうみにカチコんできた時のことの事情聴取だ。
「各大学の活動報告の前に、サキさんより緊急の報告がございますので皆さまご拝聴くださいませ」
「はい。今日皆さんにお知らせしておきたいのは、インターフェイスならびに向島大学のOBを自称する男が俺たちの活動の現場に乗り込んできて荒らして来るという事象が発生しているということです。事の発端は――」
向島大学のサークル室にアイツが来たというだけのことなら内輪の問題として済ませられるけど、FMにしうみにまで乗り込んで来やがったことで問題を止めておくことが出来なくなった感はある。しばらくは静かだったそうなのに、どうして今になって暴れ始めたのかは全く以って謎だし、正直目障りで仕方ないからとっとと消えて欲しいと思っている。
野坂先輩に相談すると、少しの日数を空けた後に「あの人が執着しているのはジュンだと思うけど、能力を妬んでるだけだから無視でいい」と返答があった。野坂先輩からゼミのOBでもあるダイさんに、ダイさんから村井さんという先輩へ、そしてさらに村井さんから圭斗先輩へと話が伝わって、より具体的でわかりやすい対処法が回って来たような感じだ(さすが同期、とは圭斗先輩に対する野坂先輩の発作)。
「――という感じです。FMにしうみでは当該人物を出禁にすることで対処していますが、その他インターフェイスの活動の現場や向島大学といった現実に接触が可能な場所や、動画チャンネルやSNSなど誹謗中傷の行われる可能性のある場所の対応をどうするか。ということを今日はみんなで考えたいなと思っています」
「ありがとうございます。カノンさんと奏多さんに、向島大学として把握している現状や対応策などがお有りでしたら発言をお願いしたいのですけれど」
「そーおっすねー……。正直、対処法なんかはぜーんぜんわかんねーっす。現役時代がカブってるワケじゃないからどんな人かも正直わかんねーし。飽きてくれるのを待つしか具体的な対策がなくって」
「ウチの1年がやられたときに殿が圧をかけてくれたし、その効果が続いてんのを願ってる状態だわな。それじゃダメなのは俺らもよーくわかってるんで、正直みんなの知恵を貸して欲しい」
カノン先輩と奏多先輩がこんな風に言うってことは多分本当にどうしたらいいのかがわからないんだろう。少しでも勝ち目が見えているなら強気であったり飄々とした言葉が出ているはずだ。
「インターフェイスの定例会ってここ?」
「どちら様ですの?」
「おーっとぉ、エマは下がっといてくれ。どうやらお出ましのようだぜ。コイツは俺らの担当だ」
「何しに来たんすか、三井サン」
「今のインターフェイスがどんどんおかしな方向に行っちゃってるから、様子を見に来たんだよ。やっぱり僕が正してあげないと」
「テメーの古い価値観でしか物事を測れない奴が何か言ってんなァ? ……すがやん、中村さんを呼んで来てくれ。俺たちが時間を稼ぐ」
「わかった」
「まずは内輪で話しましょーや」
定例会の議場にまで奴が現れて、どこにでも湧いてきやがるな、と怒りと呆れを合わせたような感情が湧いて来る。とりあえずカノン先輩と奏多先輩が相手をしているような感じだけど、堂々巡りで帰る様子はない。今日定例会が開かれていることをどこで聞いてきたんだと思いつつ、野坂先輩の言うことが正しければ奴の狙いは俺なんだろう。
「今ってインターフェイスの議長が青女で委員長が星ヶ丘とかなんでしょ? その時点でまずおかしいと思わない?」
「テメー黙って聞いてりゃ」
「彩人。相手しちゃダメだよ」
「サキ君」
「ああいうのはこっちが冷静さを欠いた時に揚げ足を取ってくるから。あと、あの人は星ヶ丘相手にも前科があるらしいよ」
「あークソマジぶん殴りてー」
「先輩たち、俺が出ます。奴の狙いは俺でしょう」
「ジュン」
「その節はどうも」
「本当に、どこにでも出て来るねえ」
「そのセリフ、そのままお返しします。俺が定例会に呼び出されたのは先日アンタがFMにしうみにカチコんできた件の聞き込みのためなんでね。でもまあ、説明する手間が省けたというものです。コイツのやり口はこうですよと、皆さんにお見せすることが出来ますからね」
奴の狙いが俺で、一番叩き潰したいと思っているなら俺が出ることで奴の頭にはそれなりに血が上るだろう。それに動じずこっちがやり過ごすことで、きっとすがやん先輩がフィネスタの人を連れて来てくれるはず。
「ホント態度悪いよねー。何でみんなこんな子の言うことを真に受けんの? そもそもMMPにいながら映像作ったりチャラチャラした低レベルのラジオに混ざってさあ。そもそも学生のレベルがそんな物だと思わせた元凶が問題なんだよ。今の子は知らないだろうけどさあ」
「都合が悪くなるとそうやって他人の所為にしますよね。何でしたっけ、高崎先輩が悪いんでしたっけ?」
「それを知ってるなら尚更自分のやってることの低俗さを反省して欲しいんだけどね。そもそも定例会の三役にウチが入ってないのもおかしいでしょ。インターフェイスはラジオをやる団体なのに」
奴はつらつらと昔話を始めた。プロ志向だったとされる今から4年前のこと、それから時代がどう流れて今に至ったか。奴の語る話は信用するに値しないけど、奴の話の概要は、ラジオの活動がインターフェイスの肝で、ステージや映像をやる人間はお遊びでラジオの活動に出て来ていると。そして、そういった人たちがのさばるまでにラジオの活動のレベルを緩くしたのは緑ヶ丘大学であると。
向島大学の先輩たちは本当に立派で、プロのラジオパーソナリティーも出ている。自分もそれくらいはやれる実力の持ち主だから皆自分の言うことに従っていれば上手くなるはずなのに、誰も自分の言うことを聞かずに現状のレベルで満足してしまっている、と。挙句パソコンなどを使い始め、活動の本質を見失っている。それを正せるのは自分だけなのだ、と。
「僕ほどインターフェイスのことを考えている人はいないよ、なのに逆らうとかおかしいよね」
「お黙りなさい」
「エマ先輩」
「青女の下品な子に物を言われる筋合いはないよ」
「あら、貴方様に品性がお分かりになられますの? それより。わたくしがこの、向島インターフェイス放送委員会の議長、黒姫恵麻と申します。場を代表して、貴方様とお話しさせていただきますわ。ご用件をお申し付けくださいませ」
「これまでの話でわからない? これだから青女は。上面だけ取り繕っても中身が無いのが丸わかりなんだよ」
「貴方様ははっきりしていらして、大層自信がおありでいらっしゃいますのね。世渡りにも長けていらっしゃるようですし。ですけれど、インターフェイス全体に関わるお話ならわたくしを通していただかないと」
「サキ、エマ語翻訳して」
「後でね」
「つーか中身がねーのはアンタなんだよな。今の昔話を要約すると、楽しくサークル活動をしましょうって方向に持ってったアンタの1コ上の世代と、インターフェイスに実力を轟かせてた高崎サンが嫌いで、後輩は年下だし俺の言うこと聞けよ、そいつらぎゃふんと言わせようぜってだけのことだろ? テメーに力がねーから周りを使って自分を多数派にしようとした。けどその目論見は失敗。さらにインターフェイスは新しい時代に入ってステージや映像の活動が台頭した上、ジュンみたいな才能まで出て来た。自分より注目を浴びてる奴は許せねー、コイツは潰すしかねーな。ってのが今のアンタだろ」
「ああ……局での話もこれで辻褄が合うね。奏多、ナイス仮説」
「だろ? サキちーもっと褒めてくれていいぜ」
「お茶1本てトコだね」
「そいつはありがてー。言っとくけどな、今のMMPはアンタがいた頃よりちゃぁーんと練習してんぜ、楽しさと両立した上でな」
奏多先輩の仮説が正しいとすれば、私利私欲と言うか私怨でそこまで出来てしまうのかと呆れてしまう。つばめ会で聞いた話や局で福井さんから聞いた話、野坂先輩の話も線で結び付いて来る。
俺は流されて流されてここまで来た。絵を描いたり映像を作ることにしても、ラジオ局での番組に参加し始めたことも。だけど、こんな奴にそれを壊されたくないという気持ちが日々強くなっている。もちろん、MMPのメンバーが傷付けられたことも絶対に許せない。
「奏多! 中村さん連れて来たぞ!」
「おっ、ナイスタイミングすがやん!」
「助けを呼んだつもりだったんだろうけど、残念だったね。中村さんは第5代のOBなんですから僕の味方ですよね!」
「三井、お前勘違いしてるだろ。俺の仕事はフィネスタの社員として向島インターフェイス放送委員会の学生のサポートをすること。今、俺が為すべき仕事は学生に害を為すお前を排除することだ」
「嘘ですよね?」
「定例会はインターフェイス内の、現役で活動する人間であれば見学出来るが、お前は部外者だ。お前の理想はプライベートで会うことがあれば聞いてやる。ただ、賛同はしかねる。ここ最近お前が起こした事案についての報告は受けたけど、非常に悪質だ。こっちの部屋に来てもらおうか」
中村さんというフィネスタの社員さんが奴を別室に連行し、中会議室の張り詰めた空気は静寂に包まれた。結局どうすればいいのかがわからずに、みんな様子見をしているような感じ。1年生の間には結構動揺が広がっているけど、ツッツのおどおど具合は逆にいつも通りで、ツッツはあまり動じてないんだなと少し安心した。
「さて皆さま? 話を戻してもよろしくて?」
「はーい。ウチのアレがお騒がせしました~」
「えっと、何の話してたっけ」
「あの方の処遇に関しては中村さんが決めてくださるでしょう。わたくしたちはその報告を待ちましょう。ひとまず、いつも通りに各大学ごとの活動報告から始めたいのですけれど、その前に……ジュンさん?」
「はい」
「先日の忘年会でも話は伺いましたし、まつりからも聞いていますわ。そして今先程までのことを見てわたくし、思いましたの。貴方は周りの人を守りたい思いが強いあまりに、苦しみを共有せず、独りであのような者と戦うことを選んでしまうのですわ。ですけれど、貴方が同じ大学のご友人やラジオ局で共に番組を作る仲間たちを守りたい、そして傷付いて欲しくないという気持ちは、全く同じものを仲間たちが貴方に対して抱いているんですの。そうではなくて? ツッツさん」
「あ、はい……。そうです」
「責めるつもりはございませんの。ですけれど、貴方が思うより、皆さま戦えましてよ? もちろん、戦う必要などないのが一番ですけれど。わたくしがまつりやツッツさんの立場でしたら、守られるだけなど嫌ですわ。対等な立場でありたくてよ。学年や年齢、これまでの経歴など関係ありませんの」
「すみません」
「わたくしも向島インターフェイス放送委員会の定例会議長として、そしてつばめ会の同志・友人として貴方と共にありますわ。決して独りではありませんのよ。ねえ、サキさま」
「うん。そうだね」
「エマ先輩、皆さんも、ありがとうございます」
活動報告の前に中村さんが会議室に入って来て、今後FMにしうみの番組やインターフェイスの活動には干渉しない旨の誓約書を書かせたと報告があった。それから、ネットでデマを流したり誹謗中傷をしたらちゃんと然るべき対処をするし警察と裁判所に怯えることになるぞ、とも念押ししてくれたそうだ。
「MMPの活動についてはあれでも一応OBだから制限はかけなかったけど、もし今後も殴り込んで来るようなら言って。その時は俺もOBの1人としてどうにかするよ」
「ありがとうございます」
「カノンは俺の連絡先知ってるっしょ?」
「そうっすね。こないだもらったっす」
「じゃMMPの対処もそういうことで。あー……みんなごめんね。元を辿ればウチの内部問題が、ここまでデカくなっちゃって。今年のFMにしうみやMMPだけじゃなくて、一昨年の対策委員や夏合宿のこともこの事案の一連の流れだろうし」
「中村さんて第5代のOBなんすよね。アレと在学年カブってるんすか? えっと、8、7……」
「いや、つか俺5代じゃなくて3代目よ。5代はダイの代。まあでも、アイツの拗れの原因なんかもちょっとわかった」
「それで、誓約書の効果でこの度の問題は解決って言っていいんすか?」
「インターフェイスの活動への干渉は出来ないことになってるから、今後は目に見える妨害はしてこないんじゃないかな」
「だと良いのですけれど」
「で、またウチに殴り込んで来た場合には」
「俺が黙らせます」
「ジュン~、お前、さっきのエマの話聞いてたか? なあかっすー、ツッツ」
「ほんそれ!」
「……ジュンが独りで頑張り過ぎると、主に、殿と、うっしーが心配するから……。俺も、ジャックも、パロもいるよ」
「最悪の場合、春風に腕尽くでぶっ飛ばしてもらうのが早い」
「いやいやいや、奏多お前春風に何させようとしてんだよ!」
「おっと危ない、すがやんの前だった」
「じゃ、この件の報告は以上。会議終わったら教えて」
「わかりましたー。一旦お疲れっしたー」
「それでは、会議に戻りますわよ」
中村さんの言うように、元はと言えば向島大学MMPの内部問題。それが時間を掛けて引き摺られて、捻じれに捻じれてここまで大きくなった。今年だけじゃなくて、これまでアイツに引き起こされたことも、元を辿れば。元を潰したわけじゃない。そして意見の違うものを弾くのは簡単だ。だけど話の出来ない状態なら仕方がないと割り切るしかない。
俺がFMにしうみで番組をやっていたり、映像作品を制作していれば今後も同じようなことが起こり得る。だけど俺はやっぱりそれを潰されたくない。野坂先輩は、MMPというサークル名は必ずしもラジオの活動だけを指して付いているのではないと言っていた。その言葉を信じて俺は俺なりのメディアというものを、仲間たちと突き詰めていきたい。
「各校の報告は以上になります。続いて、対策委員の活動報告をお願いしてよろしいかしら、カノンさん」
「はい、そしたら対策委員っす! 対策委員は春休みに入ったら技術交換会と春の番組制作会に向けて動いて行きます。で、今度各校の対策委員から連絡があると思うんすけど、技術交換会で何かいい感じに講師っぽいことが出来る人を選んどいてもらいたいっす! 例えばウチだったらラジオのこととか、今だったらジュンがどうやって絵を描いて映像作ってるかとか?」
「へー。……って、今ナチュラルに俺の名前が出ましたが!?」
「あ、そーゆーコトだからその日空けといて! そんで春の番組制作会はファンフェスに向けて――」
「え、ちょっとカノン先輩!?」
「ジュンさんごめんあそばせ、ご静粛にお願いしますわよ」
「あ、はい、すみません」
end.
++++
急速な変革が推し進められたときに生じたしこりがずっと持ち越されて来て、ついにここまで来てしまった
定例会議長エマ。人々への呼称としてのさま付けは封印中。多分みんな戸惑ったから。さん付けはエマなりの妥協案。
師匠がかのPさんで戸田班育ちの彩人。久々に短気の一面が出たような気がする。この人も気は短い。
エマ語訳:テメーは無礼だし威張ってるし、ズルい奴だな
(phase3)
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++++
「それでは、今月の定例会議を開会致します」
インターフェイスの定例会が開かれている花栄のオフィスビル内6階中会議室。青女のエマ先輩が議長として取り仕切る会議の様子は初めて見るけど俺はとても緊張している。向島大学からはカノン先輩と奏多先輩、それとツッツが代表として出てるんだけど、今月は俺も来いと呼び出されていた。その理由は、奴がFMにしうみにカチコんできた時のことの事情聴取だ。
「各大学の活動報告の前に、サキさんより緊急の報告がございますので皆さまご拝聴くださいませ」
「はい。今日皆さんにお知らせしておきたいのは、インターフェイスならびに向島大学のOBを自称する男が俺たちの活動の現場に乗り込んできて荒らして来るという事象が発生しているということです。事の発端は――」
向島大学のサークル室にアイツが来たというだけのことなら内輪の問題として済ませられるけど、FMにしうみにまで乗り込んで来やがったことで問題を止めておくことが出来なくなった感はある。しばらくは静かだったそうなのに、どうして今になって暴れ始めたのかは全く以って謎だし、正直目障りで仕方ないからとっとと消えて欲しいと思っている。
野坂先輩に相談すると、少しの日数を空けた後に「あの人が執着しているのはジュンだと思うけど、能力を妬んでるだけだから無視でいい」と返答があった。野坂先輩からゼミのOBでもあるダイさんに、ダイさんから村井さんという先輩へ、そしてさらに村井さんから圭斗先輩へと話が伝わって、より具体的でわかりやすい対処法が回って来たような感じだ(さすが同期、とは圭斗先輩に対する野坂先輩の発作)。
「――という感じです。FMにしうみでは当該人物を出禁にすることで対処していますが、その他インターフェイスの活動の現場や向島大学といった現実に接触が可能な場所や、動画チャンネルやSNSなど誹謗中傷の行われる可能性のある場所の対応をどうするか。ということを今日はみんなで考えたいなと思っています」
「ありがとうございます。カノンさんと奏多さんに、向島大学として把握している現状や対応策などがお有りでしたら発言をお願いしたいのですけれど」
「そーおっすねー……。正直、対処法なんかはぜーんぜんわかんねーっす。現役時代がカブってるワケじゃないからどんな人かも正直わかんねーし。飽きてくれるのを待つしか具体的な対策がなくって」
「ウチの1年がやられたときに殿が圧をかけてくれたし、その効果が続いてんのを願ってる状態だわな。それじゃダメなのは俺らもよーくわかってるんで、正直みんなの知恵を貸して欲しい」
カノン先輩と奏多先輩がこんな風に言うってことは多分本当にどうしたらいいのかがわからないんだろう。少しでも勝ち目が見えているなら強気であったり飄々とした言葉が出ているはずだ。
「インターフェイスの定例会ってここ?」
「どちら様ですの?」
「おーっとぉ、エマは下がっといてくれ。どうやらお出ましのようだぜ。コイツは俺らの担当だ」
「何しに来たんすか、三井サン」
「今のインターフェイスがどんどんおかしな方向に行っちゃってるから、様子を見に来たんだよ。やっぱり僕が正してあげないと」
「テメーの古い価値観でしか物事を測れない奴が何か言ってんなァ? ……すがやん、中村さんを呼んで来てくれ。俺たちが時間を稼ぐ」
「わかった」
「まずは内輪で話しましょーや」
定例会の議場にまで奴が現れて、どこにでも湧いてきやがるな、と怒りと呆れを合わせたような感情が湧いて来る。とりあえずカノン先輩と奏多先輩が相手をしているような感じだけど、堂々巡りで帰る様子はない。今日定例会が開かれていることをどこで聞いてきたんだと思いつつ、野坂先輩の言うことが正しければ奴の狙いは俺なんだろう。
「今ってインターフェイスの議長が青女で委員長が星ヶ丘とかなんでしょ? その時点でまずおかしいと思わない?」
「テメー黙って聞いてりゃ」
「彩人。相手しちゃダメだよ」
「サキ君」
「ああいうのはこっちが冷静さを欠いた時に揚げ足を取ってくるから。あと、あの人は星ヶ丘相手にも前科があるらしいよ」
「あークソマジぶん殴りてー」
「先輩たち、俺が出ます。奴の狙いは俺でしょう」
「ジュン」
「その節はどうも」
「本当に、どこにでも出て来るねえ」
「そのセリフ、そのままお返しします。俺が定例会に呼び出されたのは先日アンタがFMにしうみにカチコんできた件の聞き込みのためなんでね。でもまあ、説明する手間が省けたというものです。コイツのやり口はこうですよと、皆さんにお見せすることが出来ますからね」
奴の狙いが俺で、一番叩き潰したいと思っているなら俺が出ることで奴の頭にはそれなりに血が上るだろう。それに動じずこっちがやり過ごすことで、きっとすがやん先輩がフィネスタの人を連れて来てくれるはず。
「ホント態度悪いよねー。何でみんなこんな子の言うことを真に受けんの? そもそもMMPにいながら映像作ったりチャラチャラした低レベルのラジオに混ざってさあ。そもそも学生のレベルがそんな物だと思わせた元凶が問題なんだよ。今の子は知らないだろうけどさあ」
「都合が悪くなるとそうやって他人の所為にしますよね。何でしたっけ、高崎先輩が悪いんでしたっけ?」
「それを知ってるなら尚更自分のやってることの低俗さを反省して欲しいんだけどね。そもそも定例会の三役にウチが入ってないのもおかしいでしょ。インターフェイスはラジオをやる団体なのに」
奴はつらつらと昔話を始めた。プロ志向だったとされる今から4年前のこと、それから時代がどう流れて今に至ったか。奴の語る話は信用するに値しないけど、奴の話の概要は、ラジオの活動がインターフェイスの肝で、ステージや映像をやる人間はお遊びでラジオの活動に出て来ていると。そして、そういった人たちがのさばるまでにラジオの活動のレベルを緩くしたのは緑ヶ丘大学であると。
向島大学の先輩たちは本当に立派で、プロのラジオパーソナリティーも出ている。自分もそれくらいはやれる実力の持ち主だから皆自分の言うことに従っていれば上手くなるはずなのに、誰も自分の言うことを聞かずに現状のレベルで満足してしまっている、と。挙句パソコンなどを使い始め、活動の本質を見失っている。それを正せるのは自分だけなのだ、と。
「僕ほどインターフェイスのことを考えている人はいないよ、なのに逆らうとかおかしいよね」
「お黙りなさい」
「エマ先輩」
「青女の下品な子に物を言われる筋合いはないよ」
「あら、貴方様に品性がお分かりになられますの? それより。わたくしがこの、向島インターフェイス放送委員会の議長、黒姫恵麻と申します。場を代表して、貴方様とお話しさせていただきますわ。ご用件をお申し付けくださいませ」
「これまでの話でわからない? これだから青女は。上面だけ取り繕っても中身が無いのが丸わかりなんだよ」
「貴方様ははっきりしていらして、大層自信がおありでいらっしゃいますのね。世渡りにも長けていらっしゃるようですし。ですけれど、インターフェイス全体に関わるお話ならわたくしを通していただかないと」
「サキ、エマ語翻訳して」
「後でね」
「つーか中身がねーのはアンタなんだよな。今の昔話を要約すると、楽しくサークル活動をしましょうって方向に持ってったアンタの1コ上の世代と、インターフェイスに実力を轟かせてた高崎サンが嫌いで、後輩は年下だし俺の言うこと聞けよ、そいつらぎゃふんと言わせようぜってだけのことだろ? テメーに力がねーから周りを使って自分を多数派にしようとした。けどその目論見は失敗。さらにインターフェイスは新しい時代に入ってステージや映像の活動が台頭した上、ジュンみたいな才能まで出て来た。自分より注目を浴びてる奴は許せねー、コイツは潰すしかねーな。ってのが今のアンタだろ」
「ああ……局での話もこれで辻褄が合うね。奏多、ナイス仮説」
「だろ? サキちーもっと褒めてくれていいぜ」
「お茶1本てトコだね」
「そいつはありがてー。言っとくけどな、今のMMPはアンタがいた頃よりちゃぁーんと練習してんぜ、楽しさと両立した上でな」
奏多先輩の仮説が正しいとすれば、私利私欲と言うか私怨でそこまで出来てしまうのかと呆れてしまう。つばめ会で聞いた話や局で福井さんから聞いた話、野坂先輩の話も線で結び付いて来る。
俺は流されて流されてここまで来た。絵を描いたり映像を作ることにしても、ラジオ局での番組に参加し始めたことも。だけど、こんな奴にそれを壊されたくないという気持ちが日々強くなっている。もちろん、MMPのメンバーが傷付けられたことも絶対に許せない。
「奏多! 中村さん連れて来たぞ!」
「おっ、ナイスタイミングすがやん!」
「助けを呼んだつもりだったんだろうけど、残念だったね。中村さんは第5代のOBなんですから僕の味方ですよね!」
「三井、お前勘違いしてるだろ。俺の仕事はフィネスタの社員として向島インターフェイス放送委員会の学生のサポートをすること。今、俺が為すべき仕事は学生に害を為すお前を排除することだ」
「嘘ですよね?」
「定例会はインターフェイス内の、現役で活動する人間であれば見学出来るが、お前は部外者だ。お前の理想はプライベートで会うことがあれば聞いてやる。ただ、賛同はしかねる。ここ最近お前が起こした事案についての報告は受けたけど、非常に悪質だ。こっちの部屋に来てもらおうか」
中村さんというフィネスタの社員さんが奴を別室に連行し、中会議室の張り詰めた空気は静寂に包まれた。結局どうすればいいのかがわからずに、みんな様子見をしているような感じ。1年生の間には結構動揺が広がっているけど、ツッツのおどおど具合は逆にいつも通りで、ツッツはあまり動じてないんだなと少し安心した。
「さて皆さま? 話を戻してもよろしくて?」
「はーい。ウチのアレがお騒がせしました~」
「えっと、何の話してたっけ」
「あの方の処遇に関しては中村さんが決めてくださるでしょう。わたくしたちはその報告を待ちましょう。ひとまず、いつも通りに各大学ごとの活動報告から始めたいのですけれど、その前に……ジュンさん?」
「はい」
「先日の忘年会でも話は伺いましたし、まつりからも聞いていますわ。そして今先程までのことを見てわたくし、思いましたの。貴方は周りの人を守りたい思いが強いあまりに、苦しみを共有せず、独りであのような者と戦うことを選んでしまうのですわ。ですけれど、貴方が同じ大学のご友人やラジオ局で共に番組を作る仲間たちを守りたい、そして傷付いて欲しくないという気持ちは、全く同じものを仲間たちが貴方に対して抱いているんですの。そうではなくて? ツッツさん」
「あ、はい……。そうです」
「責めるつもりはございませんの。ですけれど、貴方が思うより、皆さま戦えましてよ? もちろん、戦う必要などないのが一番ですけれど。わたくしがまつりやツッツさんの立場でしたら、守られるだけなど嫌ですわ。対等な立場でありたくてよ。学年や年齢、これまでの経歴など関係ありませんの」
「すみません」
「わたくしも向島インターフェイス放送委員会の定例会議長として、そしてつばめ会の同志・友人として貴方と共にありますわ。決して独りではありませんのよ。ねえ、サキさま」
「うん。そうだね」
「エマ先輩、皆さんも、ありがとうございます」
活動報告の前に中村さんが会議室に入って来て、今後FMにしうみの番組やインターフェイスの活動には干渉しない旨の誓約書を書かせたと報告があった。それから、ネットでデマを流したり誹謗中傷をしたらちゃんと然るべき対処をするし警察と裁判所に怯えることになるぞ、とも念押ししてくれたそうだ。
「MMPの活動についてはあれでも一応OBだから制限はかけなかったけど、もし今後も殴り込んで来るようなら言って。その時は俺もOBの1人としてどうにかするよ」
「ありがとうございます」
「カノンは俺の連絡先知ってるっしょ?」
「そうっすね。こないだもらったっす」
「じゃMMPの対処もそういうことで。あー……みんなごめんね。元を辿ればウチの内部問題が、ここまでデカくなっちゃって。今年のFMにしうみやMMPだけじゃなくて、一昨年の対策委員や夏合宿のこともこの事案の一連の流れだろうし」
「中村さんて第5代のOBなんすよね。アレと在学年カブってるんすか? えっと、8、7……」
「いや、つか俺5代じゃなくて3代目よ。5代はダイの代。まあでも、アイツの拗れの原因なんかもちょっとわかった」
「それで、誓約書の効果でこの度の問題は解決って言っていいんすか?」
「インターフェイスの活動への干渉は出来ないことになってるから、今後は目に見える妨害はしてこないんじゃないかな」
「だと良いのですけれど」
「で、またウチに殴り込んで来た場合には」
「俺が黙らせます」
「ジュン~、お前、さっきのエマの話聞いてたか? なあかっすー、ツッツ」
「ほんそれ!」
「……ジュンが独りで頑張り過ぎると、主に、殿と、うっしーが心配するから……。俺も、ジャックも、パロもいるよ」
「最悪の場合、春風に腕尽くでぶっ飛ばしてもらうのが早い」
「いやいやいや、奏多お前春風に何させようとしてんだよ!」
「おっと危ない、すがやんの前だった」
「じゃ、この件の報告は以上。会議終わったら教えて」
「わかりましたー。一旦お疲れっしたー」
「それでは、会議に戻りますわよ」
中村さんの言うように、元はと言えば向島大学MMPの内部問題。それが時間を掛けて引き摺られて、捻じれに捻じれてここまで大きくなった。今年だけじゃなくて、これまでアイツに引き起こされたことも、元を辿れば。元を潰したわけじゃない。そして意見の違うものを弾くのは簡単だ。だけど話の出来ない状態なら仕方がないと割り切るしかない。
俺がFMにしうみで番組をやっていたり、映像作品を制作していれば今後も同じようなことが起こり得る。だけど俺はやっぱりそれを潰されたくない。野坂先輩は、MMPというサークル名は必ずしもラジオの活動だけを指して付いているのではないと言っていた。その言葉を信じて俺は俺なりのメディアというものを、仲間たちと突き詰めていきたい。
「各校の報告は以上になります。続いて、対策委員の活動報告をお願いしてよろしいかしら、カノンさん」
「はい、そしたら対策委員っす! 対策委員は春休みに入ったら技術交換会と春の番組制作会に向けて動いて行きます。で、今度各校の対策委員から連絡があると思うんすけど、技術交換会で何かいい感じに講師っぽいことが出来る人を選んどいてもらいたいっす! 例えばウチだったらラジオのこととか、今だったらジュンがどうやって絵を描いて映像作ってるかとか?」
「へー。……って、今ナチュラルに俺の名前が出ましたが!?」
「あ、そーゆーコトだからその日空けといて! そんで春の番組制作会はファンフェスに向けて――」
「え、ちょっとカノン先輩!?」
「ジュンさんごめんあそばせ、ご静粛にお願いしますわよ」
「あ、はい、すみません」
end.
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急速な変革が推し進められたときに生じたしこりがずっと持ち越されて来て、ついにここまで来てしまった
定例会議長エマ。人々への呼称としてのさま付けは封印中。多分みんな戸惑ったから。さん付けはエマなりの妥協案。
師匠がかのPさんで戸田班育ちの彩人。久々に短気の一面が出たような気がする。この人も気は短い。
エマ語訳:テメーは無礼だし威張ってるし、ズルい奴だな
(phase3)
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