2022(02)

■独特の口説き文句

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「はーっ、帰ってきましたね」
「タカちゃんの部屋に来るのもすっごい久し振り」
「ですよね。でも、俺の部屋なのに難ですけど、こっちの方がしっくり来ます」

 2泊3日のゼミ合宿が終わって、星港の部屋に戻ってきた。その中で果林先輩と付き合うことになって、だからと言って急に何が変わったわけではないけど、こうして一緒にいられていることがただただ嬉しい。これまで当たり前にやってたことって実は凄い贅沢なことだったんだなって。
 大学祭くらいの頃から俺が勝手に果林先輩への感情を拗らせて気後れしてて。それで何となく先輩と顔を合わせにくくなって結果的に避けるような感じになっていた。それから大体3ヶ月くらいが経ったのかな。先輩への気持ちが恋愛感情だと気付くのにも物凄く時間がかかった。如何せん未知の事柄だから。

「でも、驚いたのはやっぱりササの大号泣だよ。タカちゃんが慕われてるのは知ってたけど、まさかあそこまでとは」
「まあ、あの子はいろいろ事情も複雑なので」
「去年タカちゃんが言ってた意味がやっとわかった気がする。シノの方が周りが見えてるし実はしっかりしてるねあの2人」
「シノはシノで成長してますからね」

 俺が果林先輩を無意識に避けている間の異変を感じ取っていたササは、密かに俺のことを物凄く心配してくれていたらしい。それで事の顛末を聞いた瞬間大号泣。胸を貸していた俺はどうすればいいか本当に困ったし、その場にいた果林先輩もシノもどうしたものやらといった表情をしていたように思う。
 ただ、ササの言っていたことはしっかりと当たっていたのでその辺りはさすがの経験値かもしれない。この3ヶ月の間、先輩と接する時間が凄く短くて、これまでは当たり前のように一緒に過ごしていたクリスマスも誕生日も侘びしかったし、何事にも潤いみたいな物がなかったのは事実だ。特に食事の面においては。

「でも、これでエイジにもいい報告が出来ます」
「エージとも話してたの?」
「いえ、話してないですよ。でもエイジは空気が読めるのである程度は察してるかと。部屋に先輩が来てる痕跡もずっと無かったですし」
「それもそっか。ってかエージは相変わらずこの部屋の水回りを管理してるんだ」
「そうですね。俺にばっかり構っててハナちゃんは何も言わないのって訊いたことはあるんですけど、逆に俺の食生活のしょぼんさを何とかしろって言われてるみたいですね」
「あれっ、そこでおハナが出てくんの?」
「あ、先輩知りませんでしたっけ。エイジとハナちゃん、結構前から付き合ってて」
「えっそーなの!? いつから!?」
「えーっと、夏頃ですかね。7月とか8月とか、確かそのくらいだったと思います。一応サークル内での立場のこともあるんでみんなには言ってませんでしたし、今は隠してないですけど特に表立って言うことはしてないので。俺は付き合うことになった時に報告を受けたんですけど」
「へー、そーなんだ」

 実はそうなんだよね。元々帰りの方角が一緒で、ハナちゃんの車にエイジが乗って行くこともまあまああって。それで一緒にご飯を食べたりハナちゃんの部屋で宅飲みをする機会が増える内に~って感じだったみたい。あとは、衛生観念に対する価値観の(大まかな)一致だとか。
 エイジにとってはいつ行っても綺麗なハナちゃんの部屋は感動的な環境だったそうだし、水回りにしてもちゃんと管理されている。そういうのがこの子はいいなって思うポイントにもなってたって。なーんにもやらずに荒れ放題になる俺の部屋とは比べ物にならないよね。

「あの2人ってどういう過ごし方してるとか聞いてる?」
「宅飲みが多いですよ、言ってハナちゃんなので」
「ですよねー」
「2人でおつまみを作って、ゆっくり飲んで、飲んだ物は寝る前にしっかり片付けて、っていう」
「よし! タカちゃん、対抗しよう」
「た、対抗? ですか?」
「やっぱ宅飲みと言えばごはんでしょうよ。ごはんと言えば? そう、アタシ。タカちゃん何食べたい? お姉さんが腕を振るいますよ」
「そうですねえ……」

 考え始めてすぐひらめいた物がある。果林先輩とここの台所と言えばというメニューだ。

「ぐりとぐらのカステラホットケーキがいいです」
「食事はシノの部屋でしてきたもんね。デザートにちょうどだ」
「それを抜きにしても、果林先輩の作る料理の代表だなって思ってて」
「確かに何回か作ってるけど、そこまでになってたんだ」
「おいしい物を食べるときには、お金も材料もケチっちゃダメだし焦ってもダメ。前にそう先輩が言ってましたけど、1人だとおいしい物でも食べた感がないんですよね、それこそセミナーハウスのフランス料理ばりに」
「あはは、確かにあれは満足感皆無だわ」
「正直、先輩がいないと食事とか割とどうでもいいやって思いますし、毎食カロリーメイトかベースブレッドで終わりでいいくらいで」
「それは良くない」
「何より、あれは蓋の中がどうなってるのかわくわくしながら先輩と過ごす時間が贅沢なんです。前に先輩言ってましたよね、一緒にご飯食べてて楽しければ、その人とは上手くやれるって。俺は先輩との食事が一番楽しいです」
「タカちゃん、それは最高の誉め言葉で口説き文句だわ。どこでそういうのを覚えたのかな。でも、アタシもタカちゃんのお箸持つ手が一番大好き。焼き魚食べるのが上手なところもね」
「ありがとうございます」

 口説き文句のつもりはなかったけど、結果としていい感情を伝えることが出来ているならまあ良かったのかな。

「そうだ、合宿に行く前に消費期限の短い物は全部エイジが片付けたので、卵だとか牛乳みたいな物はないんです」
「じゃ買いに行かなきゃね。まだスーパーやってるっけ?」
「はい。まだ間に合いますね」
「あと薄力粉と無塩バターか。まあこの部屋にそんな物はないよね?」
「ないですねー」
「じゃ買わなきゃですねー」


end.


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拗らせてる間のことはほとんどやってないので時間がスキップした感が強いタカりんのお話。過去の時間軸でやってるから……
冷蔵庫の管理はさすがエイジとしか言いようがない。最早公認なんよ

(phase3)

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