2022(02)
■石畳の道を行く
++++
「ねえとりぃ、見たよ!」
「ええと、どうしたんですかくるみ。おはようございます」
「おはよー!」
各大学のテストが終わり、対策委員は技術交換会、そして春の番組制作会に向けてまた精力的に動き始めていました。会議のためにいつものコーヒーチェーンのいつもの場所に向かうと、くるみの第一声がこれでした。
「すがやんからとりぃが作ったバレンタインのケーキの断面の写真が送られて来たんだよ! サンセバスチャンかわいい! って言うかあれを作ったのがすごーい!」
「そう言えばケーキを切った時に、くるみが好きそうなケーキだと言っていました」
「実際あたしのためにあるようなケーキだもん」
くるみは趣味でコンビニスイーツの断面動画を撮影して、ブログにスイーツレビューと一緒に掲載しています。スイーツの断面には目が無く、バレンタインに向けて販売されたありとあらゆるスイーツも切って切って切りまくって、その分食べに食べていたそうです。食べた分を使うことにも忙しかったとのこと。ジム通いついでに大学の図書館で勉強もしているようです。
私がバレンタインで徹平くんに渡したチョコレートケーキは、一見シンプルな物ですが、切ってみるとチェック柄になっているというものです。層の綺麗なオペラやガトーインビジブルという物と、どれを作るかで悩みましたが、驚きが大きいのはこれかなと思ってサンセバスチャンを選びました。
「とりぃって料理あんまり得意じゃないみたいなこと言ってなかったっけ?」
「はい。料理は殿に教えてもらって昨日今日始めたようなもので、実際あまり得意ではありません」
「でもこれが出来ちゃうとか、センスがあるのかなあ」
「いえ、先生が良かったんです」
「まさかこれを殿が!?」
「あ、いえ。殿は料理の師匠ではありますが、お菓子作りの師匠はまた別にいるのです」
最初は殿にも相談したのですが、お菓子作りはあまりやったことがないので力になれず申し訳ないと謝られてしまったのです。秋に作ってくれたスイートポテトも初めてに近い挑戦だったそうです。殿にはまた今度料理を教えてもらう約束を取り付けたのですが、やっぱり無理して手作りに挑戦する必要はないのかなと思っていたところに救世主が現れたのです。
「くるみは緑ヶ丘ですから、伊東先輩のことはご存知ですよね」
「あーっ、カズ先輩!?」
「そうです。私のお菓子作りの師匠なのです」
「えっ、って言うかどーやって知り合ったの!?」
「ええと、私の兄と伊東先輩のお姉さんが、その、親交がありまして。その縁で一度ご自宅で食事をごちそうになったのです」
「えーすごっ、羨ましい! カズ先輩料理めっちゃ上手なんだよ!」
「はい、どれもこれも本当に美味しくてついうっかり食べ過ぎてしまいました。そこでお菓子作りの話を聞いて、相談させてもらったのです」
「絶対間違いない師匠じゃん!」
バレンタインは一徳さんにとってもお菓子を作るいい口実なので、せっかくだし一緒に作ろうと誘われたのです。私はそれに二つ返事で師事を仰ぎました。いざ現地に行ってみると美弥子さんも交えての料理教室の様相。奥様の慧梨夏さんがたまに味見と称して台所を覗きに来られていたのが可愛らしかったなあと(慧梨夏さんは私以上に料理が苦手なんだそうです……)。
美弥子さんは兄さんと知り合ってからまだ日が浅いこともあり、兄さんの好みの味などを私に相談しながら調理されていました。私は徹平くん好みの……この場合は彼のよく言う「ミルクレープの層を重ねる時間のロマン」的なケーキのラインナップの中からどれにしようと悩む時間が一番長かったかもしれません。そのことは事前に一徳さんに相談してあって、いくつか候補を出してもらっていたのですが。
「徹平くんは手先が器用ですし、あまり不格好な物は渡せないという緊張感は凄まじかったです」
「すがやんは確かに器用! でもとりぃからの手作りケーキなんてどんな見た目でも絶対喜ぶ人なのに。ほら、そのケーキが出来上がるまでの時間や過程に想いを馳せる人じゃん。しかもそれが自分のためなんだから。あーあ、いいなーすがやんはー」
くるみのように、実際に仲のいい友人がそう言うのですから、徹平くんという人はそういう人なんだと思います。結果はどうあれ、過程を見て評価するタイプでもありそうです。ですが、開いた時の驚きをより演出するためにはパッと見が整っていることも大事だと思ったのです。そもそもが贈り物なので、綺麗であるに越したことはありません。
「とりぃ、ホワイトデーが楽しみだね! すがやんのことだし、もしかしたらお菓子作りに挑戦しちゃうかも!」
「それはどうでしょうか。ところでくるみはバレンタインには誰かにチョコをあげたりしたのですか?」
「お父さんとー、MBCCの同期5人とー」
「レナも含まれているのですね」
「むしろレナにあげたいって思ったのが最初! あのね、バレンタイン売り場見てたらレナの好きそうな大人っぽい味のチョコがあって! それで、ついでだしみんなにもあげようって思って」
「くるみからもらえるお菓子が断面に関係ないことに皆さん驚いていたのではありませんか?」
「すがやんにはちゃんとウエハースのチョコにしといたから断面に全く関係ないことはないよ!」
「徹平くんはああいった類のお菓子もしばらく眺めているんですよね……。私はすぐに食べてしまうのですが」
「スイーツの断面フェチと地層フェチは似て非なるんだけど、ちょーっとだけ話が通じちゃうからたまに話振られて困ることもある、正直」
「得てして専門的な話になりがちですからね。ええと、動画撮影でお世話になっている北星さんには何か贈り物をしたりは」
「あ」
「もしかして、ですけど」
「撮影で使ったお菓子をその場で大量に食べてたらさ、忘れるよね? もーバレンタイン終わり! 的な雰囲気になっちゃうよ」
「わからないでもありませんけど」
「今度何かあげよー! いつものお礼も兼ねて!」
北星さんとしてはくるみの力になって動画撮影をする今の関係も悪くないのかもしれませんが、如何せんくるみがこの調子なのでしばらくはこんな感じなのでしょうね。当麻さんの言っている意味が本当にわかってきました。ですが、恋愛どうこうを抜きにしても、一緒に切磋琢磨して作品を作り上げる同士としては良好な関係のようです。
「そろそろ時間になるかな? みんな来る頃かなー」
「そうですね」
「って言うか大学からだといい時間の電車無くて困るなーやっぱり」
「ですがそのおかげで会議前にこれだけお話が出来たのですから。待ち時間も悪くありませんよ」
「2人トークのロマンだね」
「それはどうかと思いますが」
end.
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「ミルクレープの層を重ねる時間のロマン」的なケーキとは言うけどさっぱりわからん
少なくともすがやんが時間に対して何かしらのロマンを感じる人であるということは言えそうだ
(phase3)
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「ねえとりぃ、見たよ!」
「ええと、どうしたんですかくるみ。おはようございます」
「おはよー!」
各大学のテストが終わり、対策委員は技術交換会、そして春の番組制作会に向けてまた精力的に動き始めていました。会議のためにいつものコーヒーチェーンのいつもの場所に向かうと、くるみの第一声がこれでした。
「すがやんからとりぃが作ったバレンタインのケーキの断面の写真が送られて来たんだよ! サンセバスチャンかわいい! って言うかあれを作ったのがすごーい!」
「そう言えばケーキを切った時に、くるみが好きそうなケーキだと言っていました」
「実際あたしのためにあるようなケーキだもん」
くるみは趣味でコンビニスイーツの断面動画を撮影して、ブログにスイーツレビューと一緒に掲載しています。スイーツの断面には目が無く、バレンタインに向けて販売されたありとあらゆるスイーツも切って切って切りまくって、その分食べに食べていたそうです。食べた分を使うことにも忙しかったとのこと。ジム通いついでに大学の図書館で勉強もしているようです。
私がバレンタインで徹平くんに渡したチョコレートケーキは、一見シンプルな物ですが、切ってみるとチェック柄になっているというものです。層の綺麗なオペラやガトーインビジブルという物と、どれを作るかで悩みましたが、驚きが大きいのはこれかなと思ってサンセバスチャンを選びました。
「とりぃって料理あんまり得意じゃないみたいなこと言ってなかったっけ?」
「はい。料理は殿に教えてもらって昨日今日始めたようなもので、実際あまり得意ではありません」
「でもこれが出来ちゃうとか、センスがあるのかなあ」
「いえ、先生が良かったんです」
「まさかこれを殿が!?」
「あ、いえ。殿は料理の師匠ではありますが、お菓子作りの師匠はまた別にいるのです」
最初は殿にも相談したのですが、お菓子作りはあまりやったことがないので力になれず申し訳ないと謝られてしまったのです。秋に作ってくれたスイートポテトも初めてに近い挑戦だったそうです。殿にはまた今度料理を教えてもらう約束を取り付けたのですが、やっぱり無理して手作りに挑戦する必要はないのかなと思っていたところに救世主が現れたのです。
「くるみは緑ヶ丘ですから、伊東先輩のことはご存知ですよね」
「あーっ、カズ先輩!?」
「そうです。私のお菓子作りの師匠なのです」
「えっ、って言うかどーやって知り合ったの!?」
「ええと、私の兄と伊東先輩のお姉さんが、その、親交がありまして。その縁で一度ご自宅で食事をごちそうになったのです」
「えーすごっ、羨ましい! カズ先輩料理めっちゃ上手なんだよ!」
「はい、どれもこれも本当に美味しくてついうっかり食べ過ぎてしまいました。そこでお菓子作りの話を聞いて、相談させてもらったのです」
「絶対間違いない師匠じゃん!」
バレンタインは一徳さんにとってもお菓子を作るいい口実なので、せっかくだし一緒に作ろうと誘われたのです。私はそれに二つ返事で師事を仰ぎました。いざ現地に行ってみると美弥子さんも交えての料理教室の様相。奥様の慧梨夏さんがたまに味見と称して台所を覗きに来られていたのが可愛らしかったなあと(慧梨夏さんは私以上に料理が苦手なんだそうです……)。
美弥子さんは兄さんと知り合ってからまだ日が浅いこともあり、兄さんの好みの味などを私に相談しながら調理されていました。私は徹平くん好みの……この場合は彼のよく言う「ミルクレープの層を重ねる時間のロマン」的なケーキのラインナップの中からどれにしようと悩む時間が一番長かったかもしれません。そのことは事前に一徳さんに相談してあって、いくつか候補を出してもらっていたのですが。
「徹平くんは手先が器用ですし、あまり不格好な物は渡せないという緊張感は凄まじかったです」
「すがやんは確かに器用! でもとりぃからの手作りケーキなんてどんな見た目でも絶対喜ぶ人なのに。ほら、そのケーキが出来上がるまでの時間や過程に想いを馳せる人じゃん。しかもそれが自分のためなんだから。あーあ、いいなーすがやんはー」
くるみのように、実際に仲のいい友人がそう言うのですから、徹平くんという人はそういう人なんだと思います。結果はどうあれ、過程を見て評価するタイプでもありそうです。ですが、開いた時の驚きをより演出するためにはパッと見が整っていることも大事だと思ったのです。そもそもが贈り物なので、綺麗であるに越したことはありません。
「とりぃ、ホワイトデーが楽しみだね! すがやんのことだし、もしかしたらお菓子作りに挑戦しちゃうかも!」
「それはどうでしょうか。ところでくるみはバレンタインには誰かにチョコをあげたりしたのですか?」
「お父さんとー、MBCCの同期5人とー」
「レナも含まれているのですね」
「むしろレナにあげたいって思ったのが最初! あのね、バレンタイン売り場見てたらレナの好きそうな大人っぽい味のチョコがあって! それで、ついでだしみんなにもあげようって思って」
「くるみからもらえるお菓子が断面に関係ないことに皆さん驚いていたのではありませんか?」
「すがやんにはちゃんとウエハースのチョコにしといたから断面に全く関係ないことはないよ!」
「徹平くんはああいった類のお菓子もしばらく眺めているんですよね……。私はすぐに食べてしまうのですが」
「スイーツの断面フェチと地層フェチは似て非なるんだけど、ちょーっとだけ話が通じちゃうからたまに話振られて困ることもある、正直」
「得てして専門的な話になりがちですからね。ええと、動画撮影でお世話になっている北星さんには何か贈り物をしたりは」
「あ」
「もしかして、ですけど」
「撮影で使ったお菓子をその場で大量に食べてたらさ、忘れるよね? もーバレンタイン終わり! 的な雰囲気になっちゃうよ」
「わからないでもありませんけど」
「今度何かあげよー! いつものお礼も兼ねて!」
北星さんとしてはくるみの力になって動画撮影をする今の関係も悪くないのかもしれませんが、如何せんくるみがこの調子なのでしばらくはこんな感じなのでしょうね。当麻さんの言っている意味が本当にわかってきました。ですが、恋愛どうこうを抜きにしても、一緒に切磋琢磨して作品を作り上げる同士としては良好な関係のようです。
「そろそろ時間になるかな? みんな来る頃かなー」
「そうですね」
「って言うか大学からだといい時間の電車無くて困るなーやっぱり」
「ですがそのおかげで会議前にこれだけお話が出来たのですから。待ち時間も悪くありませんよ」
「2人トークのロマンだね」
「それはどうかと思いますが」
end.
++++
「ミルクレープの層を重ねる時間のロマン」的なケーキとは言うけどさっぱりわからん
少なくともすがやんが時間に対して何かしらのロマンを感じる人であるということは言えそうだ
(phase3)
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