2022(02)
■外野の孫請け
++++
「よーう圭斗、お疲れーい」
「お疲れさまです」
「いやあ、わざわざ星港まで出て来てもらって」
「本当ですよ。僕が今、祥静だということを忘れてもらっては困りますよ」
「いや、星鉄で30分もかかんねーだろ知ってんだぞ俺実家西形だし」
僕は現在、祥静市というところにある自動車部品メーカーにプログラマーとして勤めていて、会社の寮として借り上げているアパートで暮らしている。祥静市は星港や豊葦から程よい距離のところにあって、ベッドタウンとしても機能していることもあって結構暮らしやすい町だ。難なら学生の時に住んでいた山の中より暮らしやすいことこの上ない。
今日は村井のおじちゃんから新年会でもやるべと呼び出され、星鉄で星港へ。星港市内へも電車1本で行き来できるのが便利だし、急行や特急に乗れば所要時間は20分から30分。豊葦にいたときのことを思えば革命的だ。僕は自分の車もあるので電車に乗るのはたまにだけど、酒が入るであろうときは始めから電車に乗るようにしている。
「それじゃーかんぱーい!」
「お疲れさまです」
その辺の飲み屋に入って適当に生中で乾杯を。この人とは大体こんな感じだ。月1くらいでこんな風に飲みながら世間話をしたりしょうもない下世話な話をしたりする。ここにごく稀にお麻里様が加わったりすると、下世話に拍車がかかるのだ。
「あ~…! 着ぐるみの後のビールがうめ~…!」
「またレオンちゃんの中の人をやってたんですか」
「冬はまだいいけど夏はマジで地獄よ。何で印刷会社のイベント部門で着ぐるみに入ることがあると思うよ。それで今度は山浪と藍沢に出張なんだよ」
「着ぐるみの中の人として出張というのもいいやら悪いやらですね」
「ホントに」
村井のおじちゃんは結構いい印刷会社に就職して、その会社の中のイベント部門で企画やら営業やら、とにかくバタバタと走り回っているらしい。で、最近よくやっている仕事が着ぐるみの中に入ること。レオンちゃんというライオンをモチーフにしたキャラクターは、僕も見たことのある有名企業のマスコットキャラクターだ。
「圭斗お前最近どんな感じ?」
「僕は前回の近況報告からさほど変化はありませんね」
「あっそう。彼女とは?」
「別れました」
「いやー、こういう話が聞けるようになるとお前の本気よなあ。一時マジで大人しかったろ」
「大学の3、4年の頃ですかね、僕比で大人しかったのは。まあ、環境が変わればこんなものです。村井さんはどうなんです?」
「ないねー何も。悲しいくらいなんもねー」
「ドンマイ」
「てへぺろじゃねーのよ顔が笑ってんだよ」
「おじちゃんは着ぐるみの中から好みの女性をハントするくらいでちょうどいいと思いますよ」
「俺を何だと思ってんだよそこまで下衆じゃねーよ」
「もちろん冗談で言ってるに決まってるじゃないですかあ~、真摯なおじちゃんがまさかねえ~」
「ホントだよ」
社会人になって世知辛い話が増えるかと思いきや、おじちゃんとの話はこれまでしていたようなしょうもない話の割合がそこまで減らないということに気付いたのは最近のことだ。まあ、そういう人がいてもいいかなとは思うので、こうしてたまに呼び出されるのにも割と素直に応じているのだけど。
「そーだ圭斗知ってる? 俺もダイさんに聞いたんだけどさ、何か最近三井が暴れてるらしーね」
「暴れてるとは?」
「抜き打ちチェックと称してMMPのサークル室に乱入して作品作ってた1年らにイキリ散らしたとか、FMにしうみに凸して出禁食らったとか」
「本当に暇な男ですね。ダイさんはその話をどこから入手されたんです?」
「被害者サイドの話はゼミ室に遊びに行ったときに野坂から聞いたんだって。あと、インターフェイスの堕落っぷりを憂いだ三井からも呼び出されて愚痴られたって」
「ダイさんも大変なポジションにいますねえ。僕はもう外野ですけど。ここまで執着するときの三井は何か徹底的に叩き潰したい物があるか、惚れた女の子がいるかのどちらかだと思いますが、どっちのパターンですかね」
「前者じゃねーかなと思うよ。ジュンて子がラジオをないがしろにして映像作品なんて作るしチャラチャラしたFMにしうみの番組に参加してる上に態度が悪くて気に入らないって言ってたらしい」
「で、僕が性根を叩き直してあげないと、ですか? 例の如く」
「俺学祭行けなかったから知らないんだけど、お前菜月と学祭行ってんだろ? その子知ってる?」
「ええ。落ち着いた佇まいの礼儀正しいいい子ですよ。インターフェイスチャンネルにある彼の作った映像作品は凄い技術力だと。ロボコンの試合を一緒に実況解説をしましたけど、臨機応変に対応するアナウンサーとしての力もありましたし」
「じゃ例によって妬んでんのか。ったくアイツは進歩がねーな」
状況や場所が変わっても、三井という男の性質が変わらないので結局辿り着くところはいつも同じ。話を聞くだけあーはいはいそうですか、という感じで何も実りが無い。アイツに執着されているジュンには気の毒だけど、歳が下であるというだけの理由でもアイツは上から押さえつけて難癖を付けようとするので正直どうしようもない。
ジュンは刻一刻と変わるインターフェイスの時流に見事に乗って映像作品を作り、その分野での技術も身に付けつつある。そしてコミュニティラジオの番組に参加してラジオの活動にも身を置いている。周りには同期であるとかコミュニティで一緒に活動するメンバーであるとか、仲間が常にいる。その充実っぷりが三井には気に入らないのだろう。
奴は変わる空気に対応する柔軟性を持ち合わせていなかったし、新しい活動を始める積極性もない。ただそこにあるだけで外部の人間が自分を発掘して評価されると信じて疑っていなかった。だから技術を磨くことなど全くしていなかったし、横柄な態度で周りからは人がどんどん離れて行った。良くも悪くも変わらないとは言われていたけど、悪い意味合いが9割9分だ。
「まあ、僕は余程アイツと会うことはないでしょうし、現役の子たちには頑張ってもらってですよ」
「ま、お前はそーゆー奴よな」
「三井が異常なんですよ。ダイさんが今でも現役の子たちと関わりがあるのはラジオやDJの仕事をしていて講師としても信頼と実績があるからで、お前は関係ねーだろと」
「実際そうね。ダイさんも大変だなーとは思うけど」
「まあ、ダイさんの愚痴相手としてこれからもいろいろ受けてあげてくださいよ。これはおじちゃんにしか出来ない仕事ですよ」
「孫請けが何か言ってっぞ」
「孫請けですか」
「俺はダイさんの下請けだから」
「年度が替わって状況が許せばおじちゃんの孫を作ります」
「お前が孫を作るとか、リアルな子作りにしか聞こえんのよ」
end.
++++
時々無性にやりたくなる圭斗さんと村井おじちゃんのあーやらこーやら
三井の乱はまだまだ終わりを見せないけれど、OBたちに言わせればいつまでそこにいるのという話でもある。
(phase3)
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「よーう圭斗、お疲れーい」
「お疲れさまです」
「いやあ、わざわざ星港まで出て来てもらって」
「本当ですよ。僕が今、祥静だということを忘れてもらっては困りますよ」
「いや、星鉄で30分もかかんねーだろ知ってんだぞ俺実家西形だし」
僕は現在、祥静市というところにある自動車部品メーカーにプログラマーとして勤めていて、会社の寮として借り上げているアパートで暮らしている。祥静市は星港や豊葦から程よい距離のところにあって、ベッドタウンとしても機能していることもあって結構暮らしやすい町だ。難なら学生の時に住んでいた山の中より暮らしやすいことこの上ない。
今日は村井のおじちゃんから新年会でもやるべと呼び出され、星鉄で星港へ。星港市内へも電車1本で行き来できるのが便利だし、急行や特急に乗れば所要時間は20分から30分。豊葦にいたときのことを思えば革命的だ。僕は自分の車もあるので電車に乗るのはたまにだけど、酒が入るであろうときは始めから電車に乗るようにしている。
「それじゃーかんぱーい!」
「お疲れさまです」
その辺の飲み屋に入って適当に生中で乾杯を。この人とは大体こんな感じだ。月1くらいでこんな風に飲みながら世間話をしたりしょうもない下世話な話をしたりする。ここにごく稀にお麻里様が加わったりすると、下世話に拍車がかかるのだ。
「あ~…! 着ぐるみの後のビールがうめ~…!」
「またレオンちゃんの中の人をやってたんですか」
「冬はまだいいけど夏はマジで地獄よ。何で印刷会社のイベント部門で着ぐるみに入ることがあると思うよ。それで今度は山浪と藍沢に出張なんだよ」
「着ぐるみの中の人として出張というのもいいやら悪いやらですね」
「ホントに」
村井のおじちゃんは結構いい印刷会社に就職して、その会社の中のイベント部門で企画やら営業やら、とにかくバタバタと走り回っているらしい。で、最近よくやっている仕事が着ぐるみの中に入ること。レオンちゃんというライオンをモチーフにしたキャラクターは、僕も見たことのある有名企業のマスコットキャラクターだ。
「圭斗お前最近どんな感じ?」
「僕は前回の近況報告からさほど変化はありませんね」
「あっそう。彼女とは?」
「別れました」
「いやー、こういう話が聞けるようになるとお前の本気よなあ。一時マジで大人しかったろ」
「大学の3、4年の頃ですかね、僕比で大人しかったのは。まあ、環境が変わればこんなものです。村井さんはどうなんです?」
「ないねー何も。悲しいくらいなんもねー」
「ドンマイ」
「てへぺろじゃねーのよ顔が笑ってんだよ」
「おじちゃんは着ぐるみの中から好みの女性をハントするくらいでちょうどいいと思いますよ」
「俺を何だと思ってんだよそこまで下衆じゃねーよ」
「もちろん冗談で言ってるに決まってるじゃないですかあ~、真摯なおじちゃんがまさかねえ~」
「ホントだよ」
社会人になって世知辛い話が増えるかと思いきや、おじちゃんとの話はこれまでしていたようなしょうもない話の割合がそこまで減らないということに気付いたのは最近のことだ。まあ、そういう人がいてもいいかなとは思うので、こうしてたまに呼び出されるのにも割と素直に応じているのだけど。
「そーだ圭斗知ってる? 俺もダイさんに聞いたんだけどさ、何か最近三井が暴れてるらしーね」
「暴れてるとは?」
「抜き打ちチェックと称してMMPのサークル室に乱入して作品作ってた1年らにイキリ散らしたとか、FMにしうみに凸して出禁食らったとか」
「本当に暇な男ですね。ダイさんはその話をどこから入手されたんです?」
「被害者サイドの話はゼミ室に遊びに行ったときに野坂から聞いたんだって。あと、インターフェイスの堕落っぷりを憂いだ三井からも呼び出されて愚痴られたって」
「ダイさんも大変なポジションにいますねえ。僕はもう外野ですけど。ここまで執着するときの三井は何か徹底的に叩き潰したい物があるか、惚れた女の子がいるかのどちらかだと思いますが、どっちのパターンですかね」
「前者じゃねーかなと思うよ。ジュンて子がラジオをないがしろにして映像作品なんて作るしチャラチャラしたFMにしうみの番組に参加してる上に態度が悪くて気に入らないって言ってたらしい」
「で、僕が性根を叩き直してあげないと、ですか? 例の如く」
「俺学祭行けなかったから知らないんだけど、お前菜月と学祭行ってんだろ? その子知ってる?」
「ええ。落ち着いた佇まいの礼儀正しいいい子ですよ。インターフェイスチャンネルにある彼の作った映像作品は凄い技術力だと。ロボコンの試合を一緒に実況解説をしましたけど、臨機応変に対応するアナウンサーとしての力もありましたし」
「じゃ例によって妬んでんのか。ったくアイツは進歩がねーな」
状況や場所が変わっても、三井という男の性質が変わらないので結局辿り着くところはいつも同じ。話を聞くだけあーはいはいそうですか、という感じで何も実りが無い。アイツに執着されているジュンには気の毒だけど、歳が下であるというだけの理由でもアイツは上から押さえつけて難癖を付けようとするので正直どうしようもない。
ジュンは刻一刻と変わるインターフェイスの時流に見事に乗って映像作品を作り、その分野での技術も身に付けつつある。そしてコミュニティラジオの番組に参加してラジオの活動にも身を置いている。周りには同期であるとかコミュニティで一緒に活動するメンバーであるとか、仲間が常にいる。その充実っぷりが三井には気に入らないのだろう。
奴は変わる空気に対応する柔軟性を持ち合わせていなかったし、新しい活動を始める積極性もない。ただそこにあるだけで外部の人間が自分を発掘して評価されると信じて疑っていなかった。だから技術を磨くことなど全くしていなかったし、横柄な態度で周りからは人がどんどん離れて行った。良くも悪くも変わらないとは言われていたけど、悪い意味合いが9割9分だ。
「まあ、僕は余程アイツと会うことはないでしょうし、現役の子たちには頑張ってもらってですよ」
「ま、お前はそーゆー奴よな」
「三井が異常なんですよ。ダイさんが今でも現役の子たちと関わりがあるのはラジオやDJの仕事をしていて講師としても信頼と実績があるからで、お前は関係ねーだろと」
「実際そうね。ダイさんも大変だなーとは思うけど」
「まあ、ダイさんの愚痴相手としてこれからもいろいろ受けてあげてくださいよ。これはおじちゃんにしか出来ない仕事ですよ」
「孫請けが何か言ってっぞ」
「孫請けですか」
「俺はダイさんの下請けだから」
「年度が替わって状況が許せばおじちゃんの孫を作ります」
「お前が孫を作るとか、リアルな子作りにしか聞こえんのよ」
end.
++++
時々無性にやりたくなる圭斗さんと村井おじちゃんのあーやらこーやら
三井の乱はまだまだ終わりを見せないけれど、OBたちに言わせればいつまでそこにいるのという話でもある。
(phase3)
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