2022(02)

■脇道の厄介事

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「これ以上は堂々巡りなので、これまで名前を出してきた方々よりそちらの方が上であるとされる根拠を示してもらえますか。ああ、あとは自分たちが客観的に聞き比べることの出来るような音源などを用意していただかないことには」

 FMにしうみで学生番組が始まって、少し。局に変な人が来た。ジュンと福井さんにはその人に心当たりがあるようで、軽蔑してるような、スッとした冷たい目をしているなあとわかる。細身で背の高いその人は、番組を聞いたのか聞いていないのか、的外れな罵声じみた演説を俺たちに一方的に浴びせて来る。その対象は俺たちだけではなく、インターフェイスにいた先輩たちも含まれていた。
 ラジオの現場に青敬の人間が遊びで出て来るなとか、青女の人間は下品で男目当てなんだからまともに相手をするなとか。雨竜とまつりはそう言われて黙っていられる性格ではないけど、ここでジュンが前に出た。こいつは所詮口だけで、その言葉にも根拠はありませんよと。それで俺たちは、こいつが前にジュンの言っていた向島の自称OBだと気付いた。
 向島のサークル室に行った時にやり合ったことを覚えていたのか、その男はジュンを煽る。だけどジュンはその煽りに動じることなく淡々と相手をする。表情ひとつ変えずに本当に淡々と向こうの言葉を斬っていく様を見ていると、この間悔しそうに拳を震わせていた人と本当に同じ人なのかとも思う。何か変わるきっかけでもあったのかな。

「あれからそちらの関わっている音源を探しましたけど、サークル室にはほとんど残っていないのでどれだけの実力なのかがわからないんですよね。書記ノートを見ても昼放送をやっていたという記録すらほとんどありませんし」
「まあ、僕は忙しかったし、昼放送はペアを組んでいたミキサーがディスクを管理してるから」
「ああ。そう言えば、最近1枚ディスクを入手したんでした。そちらが3年生の時の夏合宿でしたかね、ペアを組んでいたミキサーを叱責した声が乗った番組は。それでそのミキサーに心的外傷を与えたんですよね。そうやって圧を加えることで俺たちを支配しようとしているんですか? それから、他人に対して男目当てだの何だのと軽々しく言えるのは、自分がそうだったからですよね。緑ヶ丘の先輩に始まりインターフェイスの何人に振られたか。挙句女性問題を起こして星ヶ丘でステージ本番直前のプロデューサーを邪魔したという話も聞きましたし。対策委員の会議の妨害もしていたそうですね。他人の迷惑を顧みない言動は以前からなのだなあと」
「あまり適当なこと言わないでくれる? ウソを吹き込まれてるんだよ」
「まあ、正直過去の話はいいんですけど。今の俺たちがアンタにどうこう言われる筋合いはない。二度と俺たちの目の前に現れてくれるな」

 二度と俺たちの目の前に現れてくれるな、と言ったジュンの声からは本気さが窺える。俺たちというのは9時キャンメンバーであり、向島の同期たちであり。俺は一応FMにしうみのアルバイトだからこの状況を何とかしないといけないんだけど、どうしようかな。社員さんを呼んで来たらいいのかな。

「……佐崎君」
「福井さん」
「これ以上は、局の上の人が対応する……」
「FMにしうみ編成部長の東野です。局へのご意見があるとのことでしたら、こちらで伺います」

 東野さんが穏やかな、それでいて刺すような笑みでそいつに言うと、そいつはもう大丈夫ですと言って足早に去っていった。

「うーん、逃げられたねえ。まあ、特徴は覚えたし出禁だよ」
「やったー! アタシが釘バット振り回さなくていいってことですね!」
「あはは、キヨちゃんの釘バットは痛そうだ」
「ジュン、もしかしてアイツがこないだ言ってた向島の自称OBとかいうクソ野郎か!?」
「そうです。まさか局にまで来るとは思いませんでした」
「つーか青敬がラジオの現場に来るなって言うんなら向島が映像作んなって話になるぞー!」
「だとすると俺はもう映像作品からは手を引くことになりますね」
「ンなコトになったら北星が暴れるし俺もライバルがいなくなって悔しいぞ! つかガッコの名前だけで決めつけんなっつーの!」
「あーむかつくー。私は自分が好きな服を着てるだけなのに。何が男受けだー」
「……琉生、気にすることはない……。彼はそういう脳しかない……」
「セックスのことしか考えてないんだー」
「……正直、そういう印象は、ある……」
「福井さん、ジュンが言ってたあの人の逸話? みたいなことは本当なんですか? 夏合宿でミキサーにトラウマを与えたとか、星ヶ丘で女性問題を起こしたとか」
「それは、本当……。UHBCでは、彼の告白を断った結果逆恨みされる女子が多く出て、彼とは極力関わるなと言われていた……。星ヶ丘で付き纏われていた女の子は、私の友人……。あと、星大の学内の学習施設で女の子の出待ちを、2週間、くらい…? 友人がその施設でバイトしていて、彼の取説を求めて来た……」

 福井さんはまつりと琉生に、女だという理由で彼に付き纏われる可能性があるからしばらくは気を付けるようにと忠告した。目が合った女子に惚れて勘違いで自分の女面をするのだという。それを聞いた俺は呆れて何も言えなかったし、ジュンは底抜けのクソ野郎だな、と吐き捨てる(ジュンが実はまあまあ口が悪いことは最近分かって来た)。そして福井さんはジュンにもこう忠告した。敵であると認定されると彼はしつこい、と。

「そうやって目の敵にされているのがBJ……。知っていると思うけれど、BJは彼を相手にしない……それが余計に気に入らない……。向島では、プロ志向で技術至上主義の彼と、リベラル志向で雰囲気を重視するトニーとは交わることがなかった……。結果、トニーに対しては、見下すような感じだった……。もちろん、口ほどの技術もないのに方々で問題を起こす人と、技術は人並みだけど政治的手腕に長けた定例会議長とでは、インターフェイスでの人望や影響力は雲泥の差ではある……」
「ええと、トニーさんと言うと、圭斗先輩のDJネーム、でしたっけ」
「……そう」
「圭斗先輩はケイトくんという形で現役時代を知らない俺たちにもサークルを見守る神として親しまれてますし、2年生の先輩にすら存在を知られていない人とは比べ物にはなりませんよ」
「そう言えば、ジュンはあの人の情報をどこから入手したの」
「年末に呼ばれたつばめ会でいろいろと聞きました。夏合宿の番組も、戸田さんからいただきました。公共の場でラジオやるなら放送事故の実例があるからこれ聴いて反面教師にしなって」
「……彼女なら、納得……」
「あと、今は結構落ち着いてたね。この間、あの人がサークル室に来たって話してくれたときにはちょっと荒れてる感じがあったけど。何か、心境の変化があったの」
「野坂先輩の話と高崎先輩の立ち振る舞いを参考に、自分なりに戦い方を組みました。あくまで淡々と、真正面から物事の根拠を突きつけながら理路整然と相手の逃げ道を塞いでやろうと」

 自分だけならともかく、周りの人がボロクソに言われているのはやっぱり黙って見ていられないとジュンは言った。高崎先輩のようにあれを完全に無視出来るほど確固たる自分もまだないし、技術もこれから。だからあくまで平静を装って、あくまでも平坦に、淡々と向こうにとって都合の悪い事実を畳みかけて叩き潰すことにした、と。もちろん突き付ける事柄に対する裏取りも忘れずに。

「こわっ。ジュンは敵に回したくないね」
「……佐崎君も、似たようなタイプに見える……」
「まあ、まつり・雨竜タイプよりは、ジュンのタイプに近いですけど」
「サキ先輩は友達をちゃんと叱れる優しい人だーってすがやん先輩が言ってますけど、叱るじゃなくてー、怒るとどーなるんですかー?」
「あんまり怒らないからわかんないな」
「えー。定例会でー、松兄にいつもブチ切れてるって聞いてますよー」
「必要以上にその名前を出さないでくれる。顔も思い出したくない」
「サキ先輩が怒ったー」
「あの、一応、奏多先輩もああ見えてウチでは最年長者として、しっかり兄貴分をやってくれてるので……」
「それはもちろんわかってるけど、その上で合う合わないはあるでしょ」
「あ、はい。出過ぎたことを言いました。黙ります」
「少なくとも、俺がどれだけ怒っても、まっくろジュンジュンより怖いことはないから安心してもらって」

 今はとりあえず平和になったけれど、敵認定されるとしつこいという福井さんの言葉が本当だとするならまだもう少し面倒なことは続くと思っていた方がいいのかもしれない。用心するだけして、何もなければそれでオッケーだし。俺は局のアルバイトスタッフでもあるから、みんなよりはそういうところでも気を付けていた方が良さそうだ。考えることを無駄に増やされて、面倒だ。

「福井さん。改めてアイツの取説をもらっていいですか。今後の対策を考えます」
「……少し小腹が空いたから、プチメゾンで、どう?」
「わかりました。よろしくお願いします」


end.


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ジュンは実はまあまあ口が悪い。たまにポロッと出る感じがある
北星はインターフェイス関係の話になると普段からどれだけ「ジュンがね~」みたいなことを言ってるんだろうか
フェーズ1の頃は散々言われていたけど対三井サンで真正面からやり合うのは結構な悪手。

(phase3)

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