2022(02)
■苦情と手土産
++++
昨日、仕事中に階段から足を踏み外して思いっ切りぐねった。伊東さんに病院に連れてってもらって処置をしてもらったんだけど、めちゃくちゃ痛い。バスケをやっていた伊東さんは足首の捻挫が癖になっているそうだけど、俺は根っからの文化系、このテのケガとはほぼほぼ無縁でこれまで生きて来た。
安静にしているだけなら全然出来る。普段から俺の定位置はパソコンの前だ。強いて言えば実況関係の作業をしているロフトに上るのがしばらく出来ねーかなって感じだけど、書き物だけなら下のパソコンでも大丈夫。だけど問題は食事だ。自炊らしい自炊をほとんどしないし、飯は外食メイン。今日は休みだから昼も自分でどうにかしないといけない。カズの弁当が恋しい。
幸い、家には「年末に有給取らせてもらったお礼とお詫びに」と伊東さんが例によって大量に買って来てくれた東都土産が山積みになっている。それをつまむことで何とか食い繋ぐことは出来ているけれども、明日どうするかとか、その他諸々悩みは尽きない。1人暮らしでケガや病気をすると本当に大変だ。
「ん?」
作業をしていると、インターホンが鳴った。気が付けば夜7時前。何か荷物を頼んでたかとか、USDXの誰かがアポなしで来やがったかとか考えながら、やっとのことで玄関に向かう。さすがに伊東さんは来るときには連絡を入れてくれるから今回の選択肢からは外れる。メンバーなら飯でも作ってもらおう。やがてピンポンピンポンと短くボタンが連打されて、わかってんだようるせーなと思いながらよたよたと扉を開ける。
「はい。……お?」
「階段から足を踏み外した間抜けの面を見に来た」
恐らくは仕事終わりでそのままここに来たのであろうスーツ姿の高崎に、俺はしばらく呆気に取られていた。間抜けと言われたことに気付いてちょっとカチンと来たのは2テンポほど遅れてのことだ。
「何でお前がそれを知って――……あ、伊東さんから聞いたのか?」
「宮ちゃんはこの程度のことなら他人に連絡する前に自分が世話を焼くタイプだ」
「ああ、まあ、確かに。病院にも連れてってもらったし」
「てめえ、マジで口から生まれたような奴だな」
「あ? 何だこの野郎」
「昨日、何ヶ月か振りに兄貴からメールが来て、電話が掛かって来た。どうせ診察受けながらロクでもねえ世間話でもしやがったんだろ」
そう言えば昨日伊東さんに連れて行ってもらった彼女の行きつけだという整形外科の病院は、高崎の実家だという風にはチラッと聞いていた。院長先生の親父さんとスポーツドクターの兄貴がいて、比較的遅くまで、そして日曜日でも診察をやっているので大変助かる病院であると。俺が診てもらったのは若い先生だったから兄貴の方だったんだけど、確かにいくらか世間話をした。
「人当たりのいい感じの先生だったから、ついいろいろと」
「はーっ……。ついいろいろと、じゃねえんだよ。俺が実家と距離を置いてるって話はしただろ」
「悪い。でも、本当にお前の兄貴なのかと思う程には物腰穏やかでニコニコしてるような感じの人だな」
「うちは俺とクソ爺以外はそんな感じだ」
「ほー。それじゃあお前が隔世遺伝で頑固になったような感じか」
「ンな話はいいんだよ」
「もしかして、その苦情のためにわざわざ来たのか」
「そんなようなところだ。まあ、一応見舞いはある。適当に食え」
「あ、ありがとうございます」
そう言って高崎がくれた袋の中には、それこそ適当に食える物が詰められていた。奴の兄貴が言うところによれば、コイツは本来メチャクチャ優しい奴ではあるが、それを素直に表現することが出来ないらしい。照れ屋と言うか。本人に言ったらまあぶん殴られるだろう。かつて拳で星港の街を渡り歩いたヤツの一撃は重そうだ。捻挫どころでは済まない。
「うわー! これめっちゃ気になってたヤツだ! マジで!?」
「お前がロクに自炊しねえ奴だとは聞いてたからな」
「完全栄養食は助かる~! しかもパンだからそのまま食えるしお前神だな! コンビニとかで見てても高けーなーと思って手が出なかったんだよ!」
袋の中には完全栄養食のパンが5つと500mlの水が4本、ベビーチーズ、サラダチキン、ゆで卵、袋のサラダなどなどその場でパッと食えるような物がメインだ。俺の部屋には台所だけじゃなくて手元にも1ドア冷蔵庫を置いている。すぐ手の届く範囲にあるので冷やす必要のある物はこの場でどんどん詰めて行く。
「今回食って気に入るようなら定期配送を使うのも手だぞ。単品で買うよりいくらか安いし買いに行く手間がねえ。昼は伊東の弁当があるからともかく、その他はガタガタなんだろ」
「うーん、考えてみるかなあ」
「つーかお前、ケガの程度はまあまあ重いって聞いてるけど、その足で仕事すんのか」
「一応テレワークも出来るから出来る範囲の仕事は家からやって、出歩く分野の仕事は伊東さんに頼んで、分担って感じ」
「ああ、二人一組だとそういう仕事の仕方が出来んのか」
「幸い明日も休みだし、明後日からどうなるかなって感じ」
「ふーん。ま、精々上手いことやってくれ」
これも入れとくぞ、と奴は冷蔵庫に何かを詰めて、邪魔したな、と帰っていく。簡単には立てない俺はせめて手を振ってその背を見送る。今回は結構なお見舞いをもらってしまったし、また今度飯にでも誘ってこの恩を返すか。うん。……“苦情”と言う割には手土産が丁重過ぎんだよな。俺の需要と好みにもバッチリハマってるし。飲み物が水なのも、痛み止めの飲み薬が処方されてるから絶妙にありがたい。
「おっ、固いプリンだ」
end.
++++
Pさん運動苦手だし咄嗟の受け身とかも苦手そうだなと思いました
ステージのプロデューサー時代のものぐさで買った1ドア冷蔵庫が思わぬところで役立つ。
(phase3)
.
++++
昨日、仕事中に階段から足を踏み外して思いっ切りぐねった。伊東さんに病院に連れてってもらって処置をしてもらったんだけど、めちゃくちゃ痛い。バスケをやっていた伊東さんは足首の捻挫が癖になっているそうだけど、俺は根っからの文化系、このテのケガとはほぼほぼ無縁でこれまで生きて来た。
安静にしているだけなら全然出来る。普段から俺の定位置はパソコンの前だ。強いて言えば実況関係の作業をしているロフトに上るのがしばらく出来ねーかなって感じだけど、書き物だけなら下のパソコンでも大丈夫。だけど問題は食事だ。自炊らしい自炊をほとんどしないし、飯は外食メイン。今日は休みだから昼も自分でどうにかしないといけない。カズの弁当が恋しい。
幸い、家には「年末に有給取らせてもらったお礼とお詫びに」と伊東さんが例によって大量に買って来てくれた東都土産が山積みになっている。それをつまむことで何とか食い繋ぐことは出来ているけれども、明日どうするかとか、その他諸々悩みは尽きない。1人暮らしでケガや病気をすると本当に大変だ。
「ん?」
作業をしていると、インターホンが鳴った。気が付けば夜7時前。何か荷物を頼んでたかとか、USDXの誰かがアポなしで来やがったかとか考えながら、やっとのことで玄関に向かう。さすがに伊東さんは来るときには連絡を入れてくれるから今回の選択肢からは外れる。メンバーなら飯でも作ってもらおう。やがてピンポンピンポンと短くボタンが連打されて、わかってんだようるせーなと思いながらよたよたと扉を開ける。
「はい。……お?」
「階段から足を踏み外した間抜けの面を見に来た」
恐らくは仕事終わりでそのままここに来たのであろうスーツ姿の高崎に、俺はしばらく呆気に取られていた。間抜けと言われたことに気付いてちょっとカチンと来たのは2テンポほど遅れてのことだ。
「何でお前がそれを知って――……あ、伊東さんから聞いたのか?」
「宮ちゃんはこの程度のことなら他人に連絡する前に自分が世話を焼くタイプだ」
「ああ、まあ、確かに。病院にも連れてってもらったし」
「てめえ、マジで口から生まれたような奴だな」
「あ? 何だこの野郎」
「昨日、何ヶ月か振りに兄貴からメールが来て、電話が掛かって来た。どうせ診察受けながらロクでもねえ世間話でもしやがったんだろ」
そう言えば昨日伊東さんに連れて行ってもらった彼女の行きつけだという整形外科の病院は、高崎の実家だという風にはチラッと聞いていた。院長先生の親父さんとスポーツドクターの兄貴がいて、比較的遅くまで、そして日曜日でも診察をやっているので大変助かる病院であると。俺が診てもらったのは若い先生だったから兄貴の方だったんだけど、確かにいくらか世間話をした。
「人当たりのいい感じの先生だったから、ついいろいろと」
「はーっ……。ついいろいろと、じゃねえんだよ。俺が実家と距離を置いてるって話はしただろ」
「悪い。でも、本当にお前の兄貴なのかと思う程には物腰穏やかでニコニコしてるような感じの人だな」
「うちは俺とクソ爺以外はそんな感じだ」
「ほー。それじゃあお前が隔世遺伝で頑固になったような感じか」
「ンな話はいいんだよ」
「もしかして、その苦情のためにわざわざ来たのか」
「そんなようなところだ。まあ、一応見舞いはある。適当に食え」
「あ、ありがとうございます」
そう言って高崎がくれた袋の中には、それこそ適当に食える物が詰められていた。奴の兄貴が言うところによれば、コイツは本来メチャクチャ優しい奴ではあるが、それを素直に表現することが出来ないらしい。照れ屋と言うか。本人に言ったらまあぶん殴られるだろう。かつて拳で星港の街を渡り歩いたヤツの一撃は重そうだ。捻挫どころでは済まない。
「うわー! これめっちゃ気になってたヤツだ! マジで!?」
「お前がロクに自炊しねえ奴だとは聞いてたからな」
「完全栄養食は助かる~! しかもパンだからそのまま食えるしお前神だな! コンビニとかで見てても高けーなーと思って手が出なかったんだよ!」
袋の中には完全栄養食のパンが5つと500mlの水が4本、ベビーチーズ、サラダチキン、ゆで卵、袋のサラダなどなどその場でパッと食えるような物がメインだ。俺の部屋には台所だけじゃなくて手元にも1ドア冷蔵庫を置いている。すぐ手の届く範囲にあるので冷やす必要のある物はこの場でどんどん詰めて行く。
「今回食って気に入るようなら定期配送を使うのも手だぞ。単品で買うよりいくらか安いし買いに行く手間がねえ。昼は伊東の弁当があるからともかく、その他はガタガタなんだろ」
「うーん、考えてみるかなあ」
「つーかお前、ケガの程度はまあまあ重いって聞いてるけど、その足で仕事すんのか」
「一応テレワークも出来るから出来る範囲の仕事は家からやって、出歩く分野の仕事は伊東さんに頼んで、分担って感じ」
「ああ、二人一組だとそういう仕事の仕方が出来んのか」
「幸い明日も休みだし、明後日からどうなるかなって感じ」
「ふーん。ま、精々上手いことやってくれ」
これも入れとくぞ、と奴は冷蔵庫に何かを詰めて、邪魔したな、と帰っていく。簡単には立てない俺はせめて手を振ってその背を見送る。今回は結構なお見舞いをもらってしまったし、また今度飯にでも誘ってこの恩を返すか。うん。……“苦情”と言う割には手土産が丁重過ぎんだよな。俺の需要と好みにもバッチリハマってるし。飲み物が水なのも、痛み止めの飲み薬が処方されてるから絶妙にありがたい。
「おっ、固いプリンだ」
end.
++++
Pさん運動苦手だし咄嗟の受け身とかも苦手そうだなと思いました
ステージのプロデューサー時代のものぐさで買った1ドア冷蔵庫が思わぬところで役立つ。
(phase3)
.