2022(02)

■simple to understand

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「ああ、野坂先輩。来てもらってありがとうございます」
「ロボット大戦の動画にバシバシ感想が届いてるんだって?」
「はい。なので、野坂先輩にもぜひお届けしたいなと思い」
「ありがとう。それなら聞かせてもらおうか」

 ジュンから「大学に来ている時でいいのでお話する機会を」と言われていたのでゼミ室に立ち寄る。4年のこの時期ともなれば卒業研究も終わって論文提出も済み、あとはもうわずかに履修している一般教養がどうしたというレベルなので大学に来ることもまあまあ少なくなっていた。とは言えこの春には就職なのでプログラム勘を落とさぬよう勉強はしている。無能の大卒とは呼ばれたくない。
 この間MMPの年末特番として作っていたロボット大戦の映像作品も公に公開され、他大学さんからの感想がジュンの元に届いたそうだ。今回の作品は、大学祭の時に生配信していたロボット大戦の試合が何故アーカイブに残らないのだという声を受けて制作されたもの。なかなかに熱烈な(主に緑ヶ丘からの)感想もあるようだ。

「まず緑ヶ丘からはレナ先輩からの熱い長文の感想です。読み上げるのも長いので目を通していただければ」

 で、斜め読みしますよね。熱いにも熱いにも。

「レナの感想が完全にオタクのそれなんだよなあ。いや、言っていることは第三者目線で見れば全く以って同意なのだけども」
「学祭の時の配信が何故アーカイブに残らないんだと一番熱く訴えて来たのもレナ先輩でしたからね。サキ先輩や琉生からは顔を合わせる度にその話で詰められて大変でした」
「レナ以外からの感想は?」
「あっはい。ええと、星大さんからは千颯先輩からの物を中心とした熱めの感想をいただきました。主にアニメーションについてですが。あと、青敬さんからは、技術的な面を突っついてやろうと思ってたけど展開が熱くて内容に夢中になってたと」
「ほー。映像分野の雄と言える青敬にそこまで言わせたのは本当に凄いな」
「北星先輩にはMMPの内輪用の動画も送ったんですけど、そっちの方が好きだと言われました」

 俺たちの時はインターフェイスで映像作品を実際に作るということはなかったけど、今年は動画チャンネルが立ち上がったこともあって割と精力的にやっていたようだ。ただ、やっぱり活動柄青敬や桜貝の土俵である感が否めなかったところに現れたジュンだ。向島と言えばラジオ系大学の代表というイメージだろうから、まさか向島がこんなことをやってくるとは、という驚きが大きかったようだ。

「それから、高崎先輩からも感想をいただいていて」
「高崎先輩だって!? あの!?」
「はい。FMにしうみでお会いしたのが最初で、あと、つばめ会の忘年会に誘われて出てたんですけど、そこでもご一緒する機会があって。それから、年が明けてからは一緒に苔テラリウムを見に行きまして」
「ツッコミどころが多すぎて意味がわからないのだが。最初のはわかる。で、つばめ会だ?」
「自称OB襲来の件で俺があの人にブチ切れたのが星ヶ丘まで伝わってしまったらしく。それで呼ばれました」
「あー。まあ、ジュンが三井先輩に歯向かったのは、つばめの気に入りそうな言動ではある。あと、苔テラリウム?」
「局でお話しした時に、作業の合間にパロがくれた苔テラリウムを眺めているという話をしたんです。どうも高崎先輩も苔に興味を持っていたようで。教えて欲しいと言われたので、自分も実地の学習がてら一緒にお店へ」

 詳しく聞いてもツッコミどころしかないが、縁が巡り巡って高崎先輩に繋がったのは貴重なことには違いない。高崎先輩に今回の映像作品を見てもらったのは最初のラジオ局での挨拶の時だったそうだ。高崎先輩はまず最初に、映像をいつから作り始めて、絵はいつから描き始めたのかということを訊ねたのだという。

「どちらも夏から始めたと言ったら、やるじゃねえかと。それに、相当勉強して相当練習しないとこれだけの物は出来ないとも仰ってくれて。初めて内輪以外の人からそんな風に言ってもらえて、素直に嬉しかったです」
「しかも高崎先輩からだもんな。俺とか、現役時代がカブってる人間は、高崎先輩から褒められると本当にめちゃくちゃ嬉しくて、次も頑張ろうって素直に思えたんだよ」
「はい。俺も「お前はこんなモンじゃねえ、まだやれんだろ」って言われて、ああ、まだまだ出来るんだって思いました」
「それっていうのは、高崎先輩はこっちの話を聞いてくれる人だし、その結果に至るまでの過程を見てくれる人なんだ。基本的にはめちゃくちゃ厳しいけど、根拠のある厳しさと言うか。1人1人の性格や技術までしっかり見た上での言葉だったりするから」
「……はい。局では飛ばし飛ばしで簡単に見てもらっただけだったんですけど、多分後で全部見てもらったんですよね。まさか本当に全部見てもらえるとも思わなかったし、その上で直接感想をもらえるとも思わなかったので。映像を見ただけで、絵や映像だけじゃなくて題材……今回の場合はロボットや機械、人体の構造についても勉強したんだろって気付いてもらって」

 自分はロボットや映像編集のことはよくわからないが、作品としては非常に楽しめた。けれどもインタビューパートと試合パートでどうしても録音環境の違いからか、音質やバランスに違和感があったのでその辺りは今後の課題である。使用機材や撮影場所ごとの特徴を掴み、ミキサーやパソコンで上手いことやれるようになるともっと作品として見やすくなるだろう。
 そんなようなアドバイスをいただいたそうで、サークルのミキサー陣と共有した課題とはテスト期間が過ぎてから改めて向き合っていくことにしたそうだ。俺と春風の戦いに対するコメントもあって、それを聞いたジュンには「まさか本当に見てもらったんだ」という驚きと喜びがあったそうだ。まあ、俺でも思うんだからジュンはもっと思うよなあ。

「何度か高崎先輩とご一緒させてもらって気付いたことがあるんです」
「うん」
「高崎先輩には、言葉に対する根拠という物があるように思ったんです。映像に対する感想にしても、何をどうするべきか、ということを明確に伝えてもらってますし。苔テラリウムを見に行ったときも、何故自分は緑を欲して、何故苔なのか。そして、それを得ることでどんなことを期待するかということが、シンプルな言葉で表されてたんです。言葉の字面に根拠があって、声の表現に感情が乗る。“わかりやすい”なあと思って」

 確かに字面だけでは伝わらないニュアンスは声の方に掛かっていたりするし、状況に応じた話し方というのも声の方で区別することがまああるように思う。もしかすると、双璧と呼ばれたお二方はアナウンサーとしての技術が抜けていたのも事実だけど、声の表現が特別上手い人たちだったのかもしれないと今になって仮説が浮かぶ。

「何にせよ、普通に話していても見習うことばかりなんですよね」
「わかる。1コ上の先輩方はそんな方々ばかりでだな」
「それは野坂先輩の発作ではなく?」
「ではなく。ガチで」
「あと、ここ最近のあれこれで自分のことについても気付きがありました」
「自分自身のことか。何に気付いた?」
「今まで自分は理詰めで比較的静かで落ち着いた、感情の起伏が小さめの人間だと思ってたんですけど、実際はまあまあ感情に突き動かされる激しめな一面もあるなあと。友情・努力・勝利を地で行ける熱さ、みたいな物が内にあるような気がしてきました」
「いや。比較的静かで落ち着いた云々がジュンのパーソナリティなのは変わってないと思うよ。ジュンの内に芽生えたのは多分、情熱なんじゃないのかな」
「情熱。そうかもしれませんね」

 アナウンサーとしてはもっと語彙力を鍛えないといけませんね。ジュンはそう言ってはにかんだ。そうだ、映像編集のイメージが強いから忘れかけてたけど、ジュンの本職はアナウンサーだ。どうやら今年は1月の間も15分枠の短め昼放送をやっているそうなので、そこでちょっとずつでも経験を積んでもらいたいものだ。

「うーん。野坂先輩相手だと、つい甘えていろいろ話してしまいますね。多分歳が上の先輩だからだと思うんですけど」
「俺としては一向に構わないのだけど。いやあ、一時はぶん殴るとまで言われた俺がジュンに甘えられる時代か。これは革命的だな」
「いや、そもそもあれは奏多先輩に言ったんであって野坂先輩に言ったわけじゃないですよ」
「どーだか。いやあこわいこわい」
「あっ、そう言えば野坂先輩話は変わりますけど、先輩ってオールS卒業を狙える位置にあるんですよね?」
「ここまで来たら絶対GPA4.0のまま卒業したいけど問題は卒研なんだよ」
「とか言って絶対しれっとやってるんで大丈夫ですよ」
「まっくろジュンジュンが声に乗ってんだよな~。さっそく実践しなくてもいいのだが?」


end.


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だからこそ熱が出たりすると誤魔化しが利かなくなってたのかもしれない。高崎の声について。
ついにノサカのアレが発作だと3コ下にまで言われる時代になってしまったのである

(phase3)

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