2022(02)

■決断の時はいつ来る

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 冬の間に体が鈍るのは避けたいと思って、秋学期が一時中断するのと同時に春風からバランスボールを借りていた。正月休みが明けるから、借りていたそれを返しに鳥居家へ。バランスボールはフィットネス道具に分類されるし工場のプレハブの方だろうとそっちに行くと、工場内の待合室がちょっと賑やかな様子。祝日で一応休みのはずなんだけどな。

「こんちわーす。真宙君今大丈夫っすか?」
「おっ、奏多。何か用事か?」
「春風からバランスボール借りてたんすよ。で、返しに来たんす。こっちで良かったっすか?」
「ああ。預かっとく。わざわざありがとな」

 待合室には真宙君と、ゴールデンウィークのバーベキューにも来てたサキちーの知り合いのすげー男前の人、それから目鼻立ちがはっきりした結構な美人。正直結構な迫力がある。真宙君は作業着を着てるけど、この人は仕事が休みでも趣味で自分の車やバイクを弄ってるような人だから実質私服みたいなモンだ。

「お客さん来てるんすよね? それじゃあ俺はこれで」
「ちょっと待て奏多」
「まだ何かあんすか?」
「せっかく来たんだからこれを見てけ」
「何すかこれ。あァ~? 春風の写真じゃないすか。俺に見せても大した反応しねーってアンタならわかってるっしょ。ああ、成人式……今ってハタチの集いとかそーゆー名前になったんでしたっけ? そっか、そーいやそーゆー時期だな」
「てめえはホントつまんねえ野郎だな」
「春風が振袖を着てたところで猫に小判、豚に真珠、馬子にも衣裳っすよ。所詮春風は春風じゃないすか」

 真宙君が広げていたのは記念に撮影したのであろう春風の写真だ。青い……と言うよりは濃紺の振袖を着ている。つーかお客さんにまで春風の写真を見せてたとか。まあ、この人たちと春風の間柄を知らないから俺がどうこう言えたことでもねーんだけど、よくやるなあと、俺としては思っちまうワケで。

「真宙の前で春風をそんな風に言えるとか、すげえ度胸だな」
「ま、一応幼馴染みで春風のお目付け役なんでね。厳密には春風に悪い虫がつかねーよーにクソ兄貴に見張らされてたっつー方が正しいっすけど。このドシスコン兄貴がどんだけ兄バカをかまそうが俺にはちーっとも響かねーんですよ」
「奏多の名前は何度か聞いたことはあったけど、話すのは初めてだな」
「そっすね。真宙君から聞いてるような感じっすか?」
「真宙からも聞いてるし、春風と大樹からも話はいくらか」
「春風はともかく大樹って誰だっけ。……。あ!? サキちー!? いや、つか初対面でアレっすけどアンタ何者なんすか」
「奏多てめえ、拓馬さんにどんな口利いてんだぶっ飛ばすぞ」
「真宙」
「うっ」

 マジで怖い時の真宙君を、一声だけで抑え込むとかマジで何者だこの人。只者じゃねーことだけは確かだけど。つかそんな人と知り合いとかサキちーも謎だ。で、そんな件を見てケラケラ笑っているこの激烈な美人も肝が据わってんなーと思うワケだ。まあ、一緒にいるからには知り合いなんだろうし、やっぱ結構な筋の人なんだろうか。

「俺は塩見拓馬っつーんだ。昔から車をちょこちょこ真宙に見てもらってんだ」
「あ、そーなんすね。真宙君との関係は今ので大体分かったっすけど、えっと、サキちーとはどういったご関係で?」
「行きつけのバーでたまに会うんだ。俺も西海だからよ。共通の趣味もあるし、歳の離れたダチみてえなモンだな」
「はえー」
「真宙、スマホ鳴ってんぞ」
「春風からか!? ふぇー!? あ~!?」
「ホント、忙しい人だな」
「昔っから真宙に振り回されてんだろ。大変だな」
「ホントこの兄妹、俺がいねーとてんでダメなんで面倒見てやんなきゃいけねーんですよ」

 拓馬さんは拓馬さんで真宙君のシスコンの発作にも慣れっこなのか、スマホの画面に向けての百面相にもそれといった驚きを見せない。まあ、こんだけ真宙君の顔が崩れてんなら春風からの連絡で間違いないだろう。

「おい、どうした真宙。春風からか」
「はっ。すみません拓馬さん。春風からっす。式が終わってそのままくみちゃんに挨拶してくるっつー連絡っした」
「くみちゃんっつーと、お前の恩師で春風の彼氏のお袋さんだったか」
「そうっす」
「なんつーか、振袖のまま彼氏の実家で親に挨拶とか、結婚前のあーだこーだみたいっすね」
「結婚!? 奏多お前なんつーことを言いやがる」
「声が震えてんだよな~」
「ミヤ、そういやお前の弟もう結婚してんだろ」
「そうですねー。アタシの弟今23ですけど、大学4年の時に結婚してもう1年ちょっと経ちましたよ。真宙さんの妹ちゃんの話を聞いてると、これはありますねー」
「いや、あるって、何が」
「わかってるクセにぃ」
「いやいやいや、いくら何でも付き合って1年そこらで結婚は早過ぎる!」
「……真宙、ミヤは何も今すぐ結婚するとは言ってねえぞ」
「アイツらの馴れ初め的に全くない話じゃねーですけどね」
「奏多てめえ!」
「ちょっ何で俺だけ!」

 結婚のもしも話だけでこうならマジで結婚するって話になったらどーなるんだ。春風がすがやんと付き合い始めたっていう報告をしたときもすげー怖かったっつーのに。春風の奴、まーた俺に真宙君を説得しろとか言ってこねーよな。仮にマジで結婚するとなったらその報告は自分でやってもらわねーと。つか、それっくらいも出来ねーで結婚とか口に出すのは早えーんだ。

「でも、付き合って1年くらいだったらケンカとかもしてるだろうし、本当にいろいろ見えて来る頃合いじゃないですか?」
「ケンカなあ。1回そんなような話を聞いて、話の内容次第では徹平をぶん殴ってやろうかと思ったら全然俺の出る幕がなくてよ」
「あ、春風とすがやんのケンカっつったらあれっすよね? 『謎がより多いのは宇宙か古代文明か』っていう。あれはモメましたよねー。外野からすると知るかそんなモンって感じっすけど」
「車とか機械の話なら口を挟めるし俺もそこまでバカじゃねーつもりだけど、天文学だの考古学だの、そういう専門的な学問になるとからっきしで」
「えー、ほのぼのしたケンカー。ほっこりするー」
「ほっこり…?」
「つーか本人たちで解決すべきところに兄貴がしゃしゃり出るな。そもそもがケンカっつーより討論じゃねえか」
「結局そのほっこりケンカはどうなったんですか?」
「くみちゃんが「科学館で深海の特別展示やってるから見に行って来たら」って、行って帰って来たら互いの学問のヒントになるところがあったのか、またよく分かんねー難しい話しながら楽しそうにしてた」
「つーか真宙君、すがやん以外のどこの馬の骨が春風の相手を出来ると思います?」
「まあ、それは確かにそうではあるけども。と言うか、別れろとは一言も言ってねえ。結婚はまだ早いって言ってるだけだ」

 この感じだと親パス云々を抜きにして、すがやん自身も真宙君には認められつつあんのか。春風は春風で天文学の話が出来るのを楽しそうにしてるけど、すがやんもすがやんで考古学の話を春風が聞いてくれて楽しそうにしてる、的な話はサキちーから聞いてんだ。コミュ力なんかは圧倒的に違う2人だけど、学問が絡むと結局似た者同士ってことか。

「ったく、一通り用事は済んだんで俺帰りますよ」
「いやちょっと待て奏多」
「なぁんすかまだ何かあるんすか」
「春風からのLINEで、この後徹平もうちに挨拶に来るっつってんだ。お前も立ち会え」
「いや、俺は鳥居家の人間じゃねーんだが!?」
「ダチなんだろ、いろよ」
「ったくテメーはよ! それっくらいでビビってんじゃねーよ!」
「もっと言ってやれ奏多」
「やれやれー」
「拓馬さんホント勘弁してくださいよ。あと美弥子も煽んないでマジで」
「ははーん。拓馬さん、真宙君てこの姐さんに弱い感じっすか?」
「さあ。どうだろうな」
「真宙君、今度こそ俺帰るし。ちゃんとすがやんの挨拶受けてやってくださいよ」


end.


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バドミントンは一段落したので体が鈍りやすくなっている奏多。多分日頃から結構気を付けている。
塩見さんと姉ちゃんは冬には毎年例のすき焼きをやってるんだと思う。ちーちゃんやこっしーも一緒に。
すがやんと春風のケンカを掻き回すのはサキと奏多にやって欲しかった感もあるけど、やんママが最強なんよ

(phase3)

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