2022(02)

■クソガキのブルース

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「朝霞、来たぞ」
「ああ高崎、お疲れ」
「お前も仕事だったんだろ、お疲れさん。ん。差し入れ。冷蔵庫に入れるモンもあるから」
「おー、あざっす! そしたら、さっそく見るかあ。じゃ、あけおめかんぱーい」
「ん」

 年越しの仕事が終わり、家に帰ってしばし寝て、昼になっておはようさん。高崎が紙袋を提げてうちに遊びに来た。コイツはうちから地下鉄2、3駅くらいのところに住んでいて、実家が星港市内であるにも関わらず盆正月だろうと家には寄り付かない奴なんだとか。人にはいろいろ事情があるなと思う。
 今日これからコイツとやるのは、昨日の夜に開かれていた音楽祭のアーカイブを見ることだ。今年で3年目となるイベントは人が人を呼び、音楽が音楽を呼び、そんな調子で順調に育っているようだ。完全に個人の有志が始めたこととは言え、段取りのことなんかは普通に勉強になるし、いつかは俺も現地でその空気を直に味わってみたい。

「お前は演奏したのか?」
「俺はバーカウンターの向こうが定位置だ。さすがに仕事しながらだとキツイ」
「そっか」
「あのクソ野郎にいいように呼ばれるのも正直癪ではあるんだけど、拓馬さんが演るって言うんなら、やっぱ聞きてえだろ」
「俺はあんまりベースの良し悪しってのはわかんないんだけど、塩見さんがめちゃくちゃカッコいいことだけは知ってんだ」
「それがわかってりゃ何の問題もねえ」

 音楽ド素人の俺でもUSDXのメンバーたちがすげー上手い連中の集まりなことは何となくわかっている(今ここではバイオリンのことには触れないでおこう)。だからこそ自分もギターやるなら少しでも上手くなりたいなあと思うワケだ。壮馬やカンヂさんにもいろいろアドバイスをもらって仕事の合間にちょこちょこ練習や配信をやってどうにかこうにかしている。

「おー、ブルースプリング。リン君はやっぱジャズのイメージだなー」
「俺的にはクラシックのイメージが強いな」
「そーいや元々クラシックを独学でやってたって言ってたな」
「ブルースプリングは一言で言って変態だ」
「って言うのは?」
「技術的な意味だ」
「難しい?」
「相当に。1年目の時にその辺のことを青山さんと話したことがあるけど、酒飲んだノリと勢いで編曲してるからその辺テキトーなんだよねーっつってケラケラ笑ってやがって」

 リン君も、USDXと違ってブルースプリングは自分の書いた曲を自分で編曲しているので本当に好き勝手にしている、という風に言っていた。ブルースプリングの話題になる度に菅野かんのが「早く全員揃え!」ときゃんきゃん吠えているけど、確かにこれを見れば完全版のライブを見てみたくなる気持ちもわかる。多分リン君の本気を見られるのはこっちなんだろうな、USDXよりは。

「編曲と言えば、菅野って仕事でもプライベートでも曲書いててよくネタが尽きないなって素直に感心する」
「ネタ云々に関してはお前が言うな。まあ、太一がいろいろ書ける奴だってのは知ってるけど、やっぱ太一の好きな音やアレンジ、あとは癖だとか、そういうのが出て来るから、個人的にはアイツ以外の奴がアレンジしたバージョンの曲ってのも聞いてみたい感はあるんだけどな」
「そっか、別に菅野しかやれないワケじゃないんだなウチのメンバーって」
「まあそういうこった」

 この音楽祭にも菅野は元々菅野すがのたちと組んでいたゲーム音楽バンドのCONTINUE、そしてUSDXの4人で結成したmish-mashで参加している。その2つのバンドは曲調や雰囲気がまあまあ違うように思うんだけど、聞く人が聞けばやっぱり書いてる人間が同じだなあという風にわかってくるんだろう。

「そういやお前、壮馬にぶん投げた詞のことだけど」
「あ、それどの辺?」
「もうちょっと先だ」
「で、あの詞が何だって?」
「いや、普通に良かった。でも、ああいうのは、お前が自分でやった方が良かったんじゃねえのか。いや、お前もいろいろ書ける奴だってのは知ってるが、お前自身の経験や思いも乗った言葉だろ」
「それはそうだけど、俺のそれと壮馬のそれがたまたま重なってた結果の詞で、俺がやれば俺の言葉になるし、壮馬がやれば壮馬の言葉になる、そのように書かれたモンだからあれはああでいいんだよ」

 壮馬にぶん投げた詞を簡単に要約する。いろんな人と出会って縁が繋がって、そこで得た経験はタメになってるし自分も少しは大人になってるかなあと思うけど、あなたの前ではただのガキ、後輩に戻っちまうなあ。……という感じだ。俺は仕事や実況関係でいろいろ出歩いて、縁も繋がって来てるけど、光洋に遊びに行ったらまあただのクソガキになっちまって。

「俺だったら越谷さんだし、壮馬だったらお前。どんだけ大人になって世知辛い話をするようになっても、顔を見るだけで無条件でクソガキになっちまう相手ってのがいるんだよ、少なからず。で、どんだけ忙しくて何をどう忘れて、思い出せなくても、心の片隅ではそれを求めてんだ」
「……俺で言うところの拓馬さんか」
「そんなようなこと。俺なら山口、お前なら拳悟。親友とはちょっと違う人ってのがいるなと思って」
「お前の言葉の表現ってのが結構好きだと前々から思ってたんだけど、無意識に影響受けてる作家とか、そういうのはいんのか」
「あー、どうだろう。濫読派だからいろいろごっちゃになってるかも。書いてる中で指摘されたことはなかったと思うけど」
「そういやお前も本を出してるっつってたな」
「伊東さんに勧誘されて始めた同人活動の一環ですが、一応」
「仕事始めまでにちょっと読ませてもらおうか。在庫はまだあるか?」
「今は新刊の2冊があるかな」
「いくらだ?」
「2冊で1400円になります」
「じゃあ、これで」
「確かにいただきました。つーかお前も本を読む奴なんだな」
「趣味ってほどじゃねえんだが、たまに読みたくなる時がある。学生の頃は宮ちゃんに漫画でも小説でも適当な本を借りて読んでたんだ」
「へー。まあ、お前もラジオやってたり、論文はすげー良かったっていうんならある程度インプットはしてたんだろうなあ」

 やっぱりコイツには卒論を書いている時点で話をしたかったとは思うけど、部活を引退してから、難なら大学を卒業してから付き合いが深くなってきて、今は今で面白い奴だなと思う。ダチとしての付き合いは、よっぽどやらかさなければまだ続きそうだ。雑に奴の領域を侵さなければ大体のことは許されそうな雰囲気はあるが。

「そういやお前、実家に戻れるだけの連休みたいなのはねえのか」
「戻れないこともないけど実況の撮影もあるし、俺が戻ると弟がいい顔しねーからさ」
「お前、弟がいるのか」
「ああ。男3人兄弟で、俺は真ん中。弟とは仲悪いけどな」
「何で仲悪くなったとかは」
「知らねーけど、俺が中高で文化祭とかイベント運営の楽しさに目覚めて成績がちょっと落ちて来たくらいの頃からかな。アイツは学業至上主義みたいな奴だから、遊びにかまけてるクソ野郎がっつって俺を蔑んできてよ。就職したらしたで、仕事まで遊びのことかっつってまーたケンカ売って来やがる。親や兄貴は俺のやってることに理解のある人だから、それが納得いかないんだろ。あー、思い出すだけで腹立って来た。何が低能な文系だふざけんな。ほら、俺って売られたケンカをスルー出来ない性質だし」
「その弟自身は今何やってんだ」
「知らね。学歴は国内なら東都大卒か西京大卒じゃないと価値が無いっつって浪人中だったはずだけど、そっから何をするのかっつービジョンのない奴がそこでの学問に何の目的があって何の価値を見出してんだよっつー話だ。有能な理系サマは世の中に出てから何をしたいんだか。……あ、悪い、こんな話して」
「いや。まあ、何だ。可能性のひとつでしかないが、弟はお前にコンプレックスを抱いてんじゃねえか」
「コンプレックス?」
「早々に好きなことややりたいことを見つけて、それに対して好意的な人がたくさんいて。でもって努力と才能で周りからの視線と評価を集めて。自分がそれを見つけられないことの焦りがあったり、自分が正しいことの証明がしたかったりすんだろ。だが、お前に勝てそうなところがまだ学歴しか見出せてないのかもな。だから大学の名前にこだわる。あと、いい大学に入れば周りも認めてくれるだろうし」
「うーん、そんなモンなのか?」
「あくまで可能性の話だ」
「――にしちゃやけにリアリティがあると言うか、具体的過ぎると言うか」
「俺が実家に寄り付かないのも、双子の兄貴へのコンプレックスを呑み込みきれてないからだ。兄弟仲を拗らせてる弟には一定の理解がある」
「そうだったのか」

 高崎は事あるごとに双子の兄貴と比べられることに嫌気が差して、荒れた中学時代を送っていたそうだ。成績も自分の方がいいしスポーツも出来る。ただ、好意的に見られていたのは兄貴の方だった。兄貴と決定的に違ったのは性格。温和で人当たりのいい兄貴に対して頑固で捻くれた弟。良い子の兄と悪い弟の構図が出来上がっていた。
 兄貴を好きになった女が振られた腹いせに顔が同じ弟に体の関係を迫り、そんなことが何回かあってからは貞操観念もバカみたいになってしまったらしい。酒と煙草を覚えたのもその頃で、星港の街でケンカになることもザラ。そんな中、1対多数の圧倒的劣勢の状況に陥ったときに助けてくれたのが当時星港の街を統べていた塩見さんで、塩見さんとはその頃からの付き合いになるのだという。

「え、塩見さんにそんな経歴があったのか」
「お前が結構前に拓馬さんの前で星港の伝説のヤンキーの話をしてた時にはマジで冷や冷やしてたんだぞ、このクソバカ野郎何を言い出すんだって」
「あー、お前の立場からすれば確かに俺はクソバカ野郎と言われても仕方ないな」
「拓馬さんの服が当時から白なのもヤバいポイントで、あの人はどんだけやっても返り血ひとつ浴びねえし、そもそもが殴り合いにもさせずに場を収めちまうからな」
「殴り合いにもさせないってのが強者の風格か」
「どんな奴でも、仮に罠でもまずは会って話を聞くってのが拓馬さんのポリシーで、それは俺も影響を受けてる。まずは話を聞くことからだ」

 緑ヶ丘の後輩たちが口を揃えて「高崎は話を聞いてくれる人だから」と言っていたけど、それはこういう経験からだったんだなと理解する。聞いてくれる相手には自分も話したくなるし、そうやって対話を重ねることで信頼関係を築いているのだろう。そうなると、塩見さんはどういった経験からそのポリシーを持つに至ったのかが気になって来る。

「あ、壮馬だ」
「……ったく。こっちに来る暇なんかないくらい本業の予定を詰めろっつーのに」
「前に話した感じだと、まあまあ忙しいけど結構頑張って時間作ってるって感じだったぞ。お前がいるから行かなくちゃって言って」
「朝霞、あのクソ犬に会うことがあったら言っとけ」

 お前はさっさとトリプルメソッドを俺がライブに足を運びたくなるバンドにしろ。他人の詞に曲付けて満足してる間は絶対に行かねえからな。
 まあ、こう聞くとクソ捻くれてはいるけど、高崎は何だかんだ壮馬の本業を応援してるんだろう。だからこそ壮馬自身の言葉と音にこだわっている。うーん、俺から詞を渡してる年末の音楽祭に関してはともかく、他に関しては俺もちょっとホイホイ書き過ぎかな。少し反省をば。

「高崎、ミカン食うか?」
「食う」
「お茶は?」
「飲む」
「お前と緑茶ってあんまりイメージにないな」
「学生の頃はゼミの教授とよくお茶会やってたんだぞ。飯野が地元のお茶っ葉を用意して、俺がお茶菓子を用意して」
「あーそっか、シンがいたか。やっぱお茶は舟松園だよな」
「それは知らねえけど」
「何にせよ、冬はこたつにお茶とミカンが最強だよな」
「俺的にはアイスも不可欠だ」
「あー、それもいいな。ああ、それで差し入れてくれたのか」
「寒い中外に出たくねえからな。必要になりそうなものは一通り用意してある」
「さすが、賢い」


end.


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そういや兄弟仲拗らせてる点も共通項だったなと思い出した高崎とPさん。
朝霞弟の現状がちょっと前までのジュンで、そこから脱したら兄貴の方に寄ってしまったのでジュンはジュンで極端な子である

(phase3)

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