2022(02)
■伝説の先輩
++++
FMにしうみで今度の1月から始まる番組のタイトルが「にしうみ★よる9時キャンパス」と決定し、毎週火曜夜9時から1時間の生放送だと公にも発表された。新番組の登竜門は「ベティの部屋」に番宣ゲストとして出演すること。これが決まるといよいよ自分たちの番組が始まるのだという実感が湧きつつある。
コミュニティラジオの番組とは言え、インターネットを通じていつ、どこにいても聞くことが出来る。本当に地域だけに発信していた頃とは聴取層なんかも微妙に違って来ているとかいないとか。あくまで西海市のラジオ番組だからそれを大きく崩すことはしないけれど、内輪になり過ぎることも控えないとね、という風に確認はしていた。
「お疲れさま……」
「お疲れさまでーす!」
改めて局内を回って当日までの流れなどを確認していると、星大の大学院生で局のアルバイト職員である福井さんに声を掛けられる。この人もまた静かで落ち着いたタイプの人だけど、サキ先輩曰くめちゃくちゃ厳しくて負けず嫌いなんだそうだ。もちろん本人のディレクター・ミキサーとしての腕はかなり立つとのこと。
「佐崎君」
「はい」
「9時キャンのメンバーは、BJとの面識は…?」
「俺以外ないと思います」
「今、BJが局に来ている……。良ければ、挨拶でも……」
「ああ、それはぜひこちらからお願いしたいです」
「なら、そのように話して来る……」
福井さんが部屋の外に出てしばらくすると、男の人を伴って戻って来た。黒い短髪で、ワイルドかつ端正な顔立ちの人だ。サキ先輩が、お久し振りですと挨拶をするのに続いて、あとのメンバーもその人にぺこりと挨拶をする。
「……こちら、去年番組をやっていた――」
「緑ヶ丘大学MBCCのOB、高崎だ。新年からインターフェイスのメンバーで学生番組を始めんだってな」
その名前に、かねがね噂を聞いていた俺たちは一瞬ざわめく。この人が伝説の。サキ先輩は同じ緑ヶ丘大学で在学年も1年と4年でギリギリ重なっていたので面識があるようだ。
「はい。毎週火曜9時からの1時間番組です」
「どういうメンツでやるんだ? 大樹、軽く紹介してくれ」
「2年生は俺と、アナウンサーが青敬の雨竜と」
「青敬の清田雨竜っす!」
「青敬? また意外なトコから出て来たな」
「面白そうなんでやってみたかったんす!」
「まあ、いいんじゃねえか」
「ミキサーが青女のまつりです」
「清瀬まつりでーす」
「で、1年生が2人ともアナウンサーで、こっちがウチの琉生で、そっちの大きな子が向島のジュンです」
「万谷琉生でーす」
「向島の鷹来純平です」
ふむ、と俺たちを見る高崎先輩の眼差しにとても緊張する。先日、野坂先輩から「高崎先輩の番組もカノンの集めた中にあるはず」と聞いていたので少し探して聞いてみた。それはもう圧倒的と言うのが相応しい上手さで以って“アナウンサーの双璧”と呼ばれていたのだと分かる。サキ先輩がそれぞれをこういう子で……と紹介してくれているのを聞く立ち姿にも、圧を感じるのだ。
「俺たちがやるのはあくまでラジオなんですけど、映像やSNS、ブログなど……あらゆるツールを使っていろんな人に発信していくのもテーマになってます」
「なるほどな。俺が去年やってた番組もブログを使ってたし、いろんなメディアをクロスさせるのはよくある手法だな」
「高崎せんぱーい。このジュンくんが、すっごく絵が上手なんですよー。インターフェイスの動画チャンネルにも作品が上がっててー」
「ああ、そうだそうだ! こないだのロボット動画、ウチでもすっげー盛り上がったぞ! 北星が「俺が育てた」的な感じでドヤ顔してんのがすげームカつくのなんの」
「そういやインターフェイスの動画チャンネルがあるとかないとかって話だったな」
「いや、って言うか琉生、俺の絵のことはいいんだって」
「えー? ジュンくん9時キャンメンバーの秘密兵器なんだからー、知っといてもらった方がよくなーい?」
「大樹、それ今見れるか」
「出しますよ」
ええ~……まさか今見るんですか? なんて聞けるはずもなかった。MMPの年末特番として作ったロボット大戦の映像作品は30分ほどあるのでさすがに全部しっかりとは見られないようだけど、物凄く緊張する。それと言うのも、サークルの年末特番だから見るのはまず内輪になるわけだ。精々インターフェイスの人までだろうと思っていた。高崎先輩はOBとは言え今は外部の人だから、そういう目が、とても。
「絵の部分は全部自分で描いたのか」
「ロボットの部分は軽くトレースもしましたけど、基本的には自分が1枚ずつ全部描いてアニメーションにしました」
「映像編集はいつから始めた」
「今年の夏です」
「絵は。独学か」
「独学です。絵もまとまった練習を始めたのは夏からです」
「それでこの出来か。やるじゃねえか」
「ありがとうございます」
「絵とか、映像編集は楽しくてやってんだな」
「そうですね。だんだん楽しくなってきてます」
「それが一番だ。何にせよ、相当勉強して相当練習しねえとこれだけのモンは出来ねえ。新しいこと……それも、組織の中でそれを始めるのにも勇気が要るしな。帰ったら倍速とスキップなしで見とくわ。お前の努力の成果だ、ちゃんと見ねえと礼に欠ける」
「……ありがとうございます」
無意識に、声が震えていた。大学祭の時に野坂先輩からもらった高崎先輩からだという言葉に、この間サークル室にやって来た変な奴のこと、他にもいろいろな物が混ざってごっちゃになって、それがよくわからない感情になって、わーって。
「ジュン?」
「すみません、ちょっと情緒が」
「向島にはたまにいるんだよな、情緒がバグりやすい奴が」
「サークルメンバーはよく俺の絵であったり、映像作品を褒めてくれるんですけど、内輪じゃないですか。初対面の高崎先輩が、こんな風に見てくれて。この間、ウチのサークルに来てこの作品やサークルメンバーだけじゃなくて、9時キャンメンバーや高崎先輩の人格まで否定するようなことを吐き捨ててった奴がいたんですけど、奴の言うことなんか真に受けなくていいんだって…!」
「ジュン、向島で何かあったの」
「自称OBの三井とかいう奴が、抜き打ちチェック? とかでこの作品の編集作業をしてるところにやってきたんです。それで暴言を吐いたりサークルの備品を壊したりして。みんな動転したりショックを受けたりしたんですけど、同期の中でも年長者の俺がしっかりしてないとって。でも、結局頭に血が上って、ダメでした。殿が間に入ってくれてなかったらぶん殴ってました」
「大変だったね」
「殴れば良かったってそんな奴!」
「だめだめー。ジュンくんの大事な右手はそんなことに使えませーん」
「次そいつが来たら言って! アタシが釘バットの刑に処すから!」
「はーっ……。純平、奴は過去の威光に縛られた亡霊みてえなモンだから相手にすんな」
「高崎先輩は奴の事を知ってるんですか」
「一応タメだからな。自分上げとセットで他人下げしか出来ねえ奴だし、現段階でもお前の方がしっかりとラジオや作品制作に向き合えてる。奴から何を言われたかは知らねえが、お前は胸を張れ。俺はお前の何を知ってるワケじゃねえが、お前はこんなモンじゃねえ。まだやれんだろ」
「はい」
高崎先輩から「まだやれんだろ」と言われると、不思議と背中を押されたような気持ちになる。俺もこの人の何を知っているワケじゃないけど、野坂先輩の言った方の人物像の方が正しいんだろうなと思う。現役時代を知る人なら、男が惚れる男であると言われる所以となるエピソードなんかもあるのだろう。
「ああ、それと一点。クソ真面目かつ仲間思いなのはいいが、お前みたいな奴はそれで自分がおざなりになりがちだ。黙々と作業をしてると内に内に入り込んで病みやすくなるから、適度に気分転換した方がいいぞ」
「はい、わかりました。ありがとうございます」
「向島にはたまにいるんだ、真面目でネガティブ故に病みやすい奴が」
「ジュンと息抜きって、縁遠そうな単語だね」
「え、そうですか? 殿が差し入れてくれた干し芋を食べたり、パロがくれた苔テラリウムを眺めたりして癒しは得てますよ」
「苔テラリウムか。いいな、俺も興味あったんだ。良かったら教えてくれるか」
「えっと、専門的に詳しいメンバーが同期にいるので、一通り勉強してからでいいですか!?」
「一応言っておくが、勉強は簡単にでいいぞ」
end.
++++
高崎は多分ジュンみたいな子は嫌いじゃない。ムトーさん(ホンマに感覚で何でもやっちゃう天才型)とは合わないけど。
まつりの武器は釘バット。実際に釘バットを振り回しはしないけど、バットと言えば的な。
青敬でドヤ顔してる北星の様子もちょっと見てみたいし、ロボットに夢中の男の子たちの様子も見てみたい。
(phase3)
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FMにしうみで今度の1月から始まる番組のタイトルが「にしうみ★よる9時キャンパス」と決定し、毎週火曜夜9時から1時間の生放送だと公にも発表された。新番組の登竜門は「ベティの部屋」に番宣ゲストとして出演すること。これが決まるといよいよ自分たちの番組が始まるのだという実感が湧きつつある。
コミュニティラジオの番組とは言え、インターネットを通じていつ、どこにいても聞くことが出来る。本当に地域だけに発信していた頃とは聴取層なんかも微妙に違って来ているとかいないとか。あくまで西海市のラジオ番組だからそれを大きく崩すことはしないけれど、内輪になり過ぎることも控えないとね、という風に確認はしていた。
「お疲れさま……」
「お疲れさまでーす!」
改めて局内を回って当日までの流れなどを確認していると、星大の大学院生で局のアルバイト職員である福井さんに声を掛けられる。この人もまた静かで落ち着いたタイプの人だけど、サキ先輩曰くめちゃくちゃ厳しくて負けず嫌いなんだそうだ。もちろん本人のディレクター・ミキサーとしての腕はかなり立つとのこと。
「佐崎君」
「はい」
「9時キャンのメンバーは、BJとの面識は…?」
「俺以外ないと思います」
「今、BJが局に来ている……。良ければ、挨拶でも……」
「ああ、それはぜひこちらからお願いしたいです」
「なら、そのように話して来る……」
福井さんが部屋の外に出てしばらくすると、男の人を伴って戻って来た。黒い短髪で、ワイルドかつ端正な顔立ちの人だ。サキ先輩が、お久し振りですと挨拶をするのに続いて、あとのメンバーもその人にぺこりと挨拶をする。
「……こちら、去年番組をやっていた――」
「緑ヶ丘大学MBCCのOB、高崎だ。新年からインターフェイスのメンバーで学生番組を始めんだってな」
その名前に、かねがね噂を聞いていた俺たちは一瞬ざわめく。この人が伝説の。サキ先輩は同じ緑ヶ丘大学で在学年も1年と4年でギリギリ重なっていたので面識があるようだ。
「はい。毎週火曜9時からの1時間番組です」
「どういうメンツでやるんだ? 大樹、軽く紹介してくれ」
「2年生は俺と、アナウンサーが青敬の雨竜と」
「青敬の清田雨竜っす!」
「青敬? また意外なトコから出て来たな」
「面白そうなんでやってみたかったんす!」
「まあ、いいんじゃねえか」
「ミキサーが青女のまつりです」
「清瀬まつりでーす」
「で、1年生が2人ともアナウンサーで、こっちがウチの琉生で、そっちの大きな子が向島のジュンです」
「万谷琉生でーす」
「向島の鷹来純平です」
ふむ、と俺たちを見る高崎先輩の眼差しにとても緊張する。先日、野坂先輩から「高崎先輩の番組もカノンの集めた中にあるはず」と聞いていたので少し探して聞いてみた。それはもう圧倒的と言うのが相応しい上手さで以って“アナウンサーの双璧”と呼ばれていたのだと分かる。サキ先輩がそれぞれをこういう子で……と紹介してくれているのを聞く立ち姿にも、圧を感じるのだ。
「俺たちがやるのはあくまでラジオなんですけど、映像やSNS、ブログなど……あらゆるツールを使っていろんな人に発信していくのもテーマになってます」
「なるほどな。俺が去年やってた番組もブログを使ってたし、いろんなメディアをクロスさせるのはよくある手法だな」
「高崎せんぱーい。このジュンくんが、すっごく絵が上手なんですよー。インターフェイスの動画チャンネルにも作品が上がっててー」
「ああ、そうだそうだ! こないだのロボット動画、ウチでもすっげー盛り上がったぞ! 北星が「俺が育てた」的な感じでドヤ顔してんのがすげームカつくのなんの」
「そういやインターフェイスの動画チャンネルがあるとかないとかって話だったな」
「いや、って言うか琉生、俺の絵のことはいいんだって」
「えー? ジュンくん9時キャンメンバーの秘密兵器なんだからー、知っといてもらった方がよくなーい?」
「大樹、それ今見れるか」
「出しますよ」
ええ~……まさか今見るんですか? なんて聞けるはずもなかった。MMPの年末特番として作ったロボット大戦の映像作品は30分ほどあるのでさすがに全部しっかりとは見られないようだけど、物凄く緊張する。それと言うのも、サークルの年末特番だから見るのはまず内輪になるわけだ。精々インターフェイスの人までだろうと思っていた。高崎先輩はOBとは言え今は外部の人だから、そういう目が、とても。
「絵の部分は全部自分で描いたのか」
「ロボットの部分は軽くトレースもしましたけど、基本的には自分が1枚ずつ全部描いてアニメーションにしました」
「映像編集はいつから始めた」
「今年の夏です」
「絵は。独学か」
「独学です。絵もまとまった練習を始めたのは夏からです」
「それでこの出来か。やるじゃねえか」
「ありがとうございます」
「絵とか、映像編集は楽しくてやってんだな」
「そうですね。だんだん楽しくなってきてます」
「それが一番だ。何にせよ、相当勉強して相当練習しねえとこれだけのモンは出来ねえ。新しいこと……それも、組織の中でそれを始めるのにも勇気が要るしな。帰ったら倍速とスキップなしで見とくわ。お前の努力の成果だ、ちゃんと見ねえと礼に欠ける」
「……ありがとうございます」
無意識に、声が震えていた。大学祭の時に野坂先輩からもらった高崎先輩からだという言葉に、この間サークル室にやって来た変な奴のこと、他にもいろいろな物が混ざってごっちゃになって、それがよくわからない感情になって、わーって。
「ジュン?」
「すみません、ちょっと情緒が」
「向島にはたまにいるんだよな、情緒がバグりやすい奴が」
「サークルメンバーはよく俺の絵であったり、映像作品を褒めてくれるんですけど、内輪じゃないですか。初対面の高崎先輩が、こんな風に見てくれて。この間、ウチのサークルに来てこの作品やサークルメンバーだけじゃなくて、9時キャンメンバーや高崎先輩の人格まで否定するようなことを吐き捨ててった奴がいたんですけど、奴の言うことなんか真に受けなくていいんだって…!」
「ジュン、向島で何かあったの」
「自称OBの三井とかいう奴が、抜き打ちチェック? とかでこの作品の編集作業をしてるところにやってきたんです。それで暴言を吐いたりサークルの備品を壊したりして。みんな動転したりショックを受けたりしたんですけど、同期の中でも年長者の俺がしっかりしてないとって。でも、結局頭に血が上って、ダメでした。殿が間に入ってくれてなかったらぶん殴ってました」
「大変だったね」
「殴れば良かったってそんな奴!」
「だめだめー。ジュンくんの大事な右手はそんなことに使えませーん」
「次そいつが来たら言って! アタシが釘バットの刑に処すから!」
「はーっ……。純平、奴は過去の威光に縛られた亡霊みてえなモンだから相手にすんな」
「高崎先輩は奴の事を知ってるんですか」
「一応タメだからな。自分上げとセットで他人下げしか出来ねえ奴だし、現段階でもお前の方がしっかりとラジオや作品制作に向き合えてる。奴から何を言われたかは知らねえが、お前は胸を張れ。俺はお前の何を知ってるワケじゃねえが、お前はこんなモンじゃねえ。まだやれんだろ」
「はい」
高崎先輩から「まだやれんだろ」と言われると、不思議と背中を押されたような気持ちになる。俺もこの人の何を知っているワケじゃないけど、野坂先輩の言った方の人物像の方が正しいんだろうなと思う。現役時代を知る人なら、男が惚れる男であると言われる所以となるエピソードなんかもあるのだろう。
「ああ、それと一点。クソ真面目かつ仲間思いなのはいいが、お前みたいな奴はそれで自分がおざなりになりがちだ。黙々と作業をしてると内に内に入り込んで病みやすくなるから、適度に気分転換した方がいいぞ」
「はい、わかりました。ありがとうございます」
「向島にはたまにいるんだ、真面目でネガティブ故に病みやすい奴が」
「ジュンと息抜きって、縁遠そうな単語だね」
「え、そうですか? 殿が差し入れてくれた干し芋を食べたり、パロがくれた苔テラリウムを眺めたりして癒しは得てますよ」
「苔テラリウムか。いいな、俺も興味あったんだ。良かったら教えてくれるか」
「えっと、専門的に詳しいメンバーが同期にいるので、一通り勉強してからでいいですか!?」
「一応言っておくが、勉強は簡単にでいいぞ」
end.
++++
高崎は多分ジュンみたいな子は嫌いじゃない。ムトーさん(ホンマに感覚で何でもやっちゃう天才型)とは合わないけど。
まつりの武器は釘バット。実際に釘バットを振り回しはしないけど、バットと言えば的な。
青敬でドヤ顔してる北星の様子もちょっと見てみたいし、ロボットに夢中の男の子たちの様子も見てみたい。
(phase3)
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