2022(02)

■Craftsmanship and Me

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「ジュン、少しいいですか?」
「はい」
「何も言わずにこれを受け取って下さい」

 そう言って春風先輩が俺に手渡してくれたのは、革製のペンケースのようなものだ。贈り物をされるにしても本当に何の心当たりもないし、何も言わずに受け取れと言うけど何も聞かずにはいられない。色は深緑で、形はマチのある三角のような感じ。ファスナーの持ち手部分にも同じ色の皮でタグのような物が付いている。

「春風先輩、これは?」
「徹平くんに手芸の趣味があるという話は以前したかと思うのですが、少し前にレザークラフトを始めたのです」
「レザークラフト。まさかこれはすがやん先輩が?」
「はい、そうなのです。もし良ければ使ってみて使用感を教えて欲しいと」
「うーん。何か最近はそんな体で人から物をもらってばかりで少し申し訳ないですね」
「ツッツのボールペンはなかなかに凄いものでしたからね……」
「はい。あの後木製の手作りボールペンの作り方や値段を調べたら、モニター役とは言えタダで使わせてもらっているのも申し訳ないくらいでしたし」
「ボールペンの話を徹平くんにしたところ、そういうボールペンに合うペンケースを作ってみたいと言ってこれを作り始めたのです」
「一応確認ですけど、春風先輩はすがやん先輩からレザーで何か作ってもらったんですか?」
「私は車のキーケースを作ってもらいました。ですから安心してくださいね」

 そういうことでもないんだけどなあと思いつつ、きちんと春風先輩にも作品を贈っているようで一安心。帰ったら怖いもの見たさでレザークラフトのペンケースを調べてみようか……。作り方だとか工程だとか、どんな手間暇が掛けられているのかを知らずにモニターなんか出来っこない。
 ただ、俺が今使っているプラスチックのペンケースがツッツのボールペンとは釣り合わなさすぎるとは少し思っていたところだったので、これで格というものが釣り合って来るんじゃないかと思う。問題は俺自身がそれを持つのに相応しいかどうかなんだけど。相応しくなるように精進するしかないんだけども。

「ところで、ツッツのボールペンの使い勝手はどうですか?」
「普通に使いやすいですよ。程よい太さや重みが俺の手には合っているようで、今までより疲れにくくなったような気がします。このボールペンでノートを取り始めたんですけど、楽ですし、見返すにもシャーペンより文字がよく見えます。芯が折れることがないので都度ノックする必要もないですし、消しゴムを使わないので効率がいいように思います」
「へえ、そうなのですね。私も明日試しにボールペンでノートを取ってみようと思います」
「せっかくなのですがやん先輩のペンケースに移し替えてみますね」
「ええ、ぜひ」

 ツッツのボールペンと赤ボールペン、それからシャーペンは1本にしよう。消しゴムと、付箋も入ったな。うん、これだけでもう十分かな。ツッツの木製ボールペンにすがやん先輩のレザーのペンケースがしっかりと合っているように思う。持ち物ばかりが勝手に高級になっているなあ。

「おはようございます」
「ああ、殿。おはよう。パロは?」
「補講だ。春風先輩、そういうことでパロは遅れます」
「わかりました」
「ジュンは、何を」
「すがやん先輩がレザークラフトを始めたみたくて、その試作品のモニター……で、いいんですよね?」
「はい。ツッツのボールペンに似合うペンケースというのがテーマなのですよ」
「少し、見せてもらっても」
「ああうん、どうぞ」
「では、拝見します。……春風先輩、これは手縫いで?」
「はい。レザー用のミシンはもっと本格的なことをしたくなったら購入を検討するそうで、小さなものであれば手縫いでも十分だと」
「ジュン、これは相当いい物だ」
「殿はレザーに詳しいのか?」
「いや。簡単な裁縫が、出来る程度だ。だが、だからこそ、縫い方が精確であるとわかる」

 後でツッツにも見てもらうといい、と殿はペンケースを見終えて俺に返してくれる。と言うか殿も裁縫が出来るのか。ツッツもこういう手作りの物は好きそうだし、後で見てもらおう。俺にはこういう物を見ても何が何だかさっぱりわからないんだけど、少し見て縫い方がどうとかそういうことが分かるのは本当に凄い。
 最近になって本当に感じるのが、こういう場で出会った人たちから聞く話が本当に刺激的だなということ。入試対策の勉強だけをしていたんじゃ決して見聞きすることのない知識や情報がどんどん入って来るし、それこそ暮らしや生活に密接する知恵なんかもある。一方で、物にせよ知識にせよ俺は受けてばっかりで、出せる物がないんだよな。

「何かこう、みんなのスキルを見てたら本当に自分には何もないなと痛感させられます」
「ジュンは素敵な絵が描けるではありませんか。映像編集も出来ますし」
「その通りだ。ジュンの作る物は、実用的かと言えば、そうとは言えない。だが、見る者の心を動かし、豊かにする」
「そう、かな」
「ああ」
「殿の言う通りですよ。ところでジュン、ご存知ですか?」
「はい?」
「レザークラフトは文字や模様などを刻印出来るのですが、オリジナルのイラストで刻印の型を作ってくれるサービスもあるのですよ」
「えーと……もしかしますか?」
「いつか、お願いします」


end.


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すがやんはレザーの服などが好きだけど、高いので憧れて見ているだけ、と言っていた話がフェーズ2のどっかであった
春風は例のキャラクターに関するお願いのときだけ年相応に1コ下っぽくなるんでジュンは反則だと思ってそう

(phase3)

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