2022(02)
■Lucky Six Stars
++++
「……ふーっ…………」
ジュンが、根を詰めている。
早足でサークル室に来るや否や、しばらく失礼しますと一言、パソコンの前で作業に没頭。ヘッドホンをしているので、こちらの世界とはほぼ断絶されているだろう。どうやら、年末特番という名目で制作している映像作品の編集のようだ。
こうなると、ジュンには誰も声を掛けることが出来なくなる。周りで騒ぐわけにもいかず、サークルメンバーはどことなく声のボリュームを抑えて会話をすることになる。ジャックやうっしーすら、ジュンはどうしたと畏怖の念を抱いているように見える。
「実際には見えないんだけど、ジュンの周りに何かオーラみたいな物があるよね……」
「……邪魔したら、お、怒られそう……」
「つまりまっくろジュンジュンのモードで作業しとる的なことやんな。ひーこわっ。命が惜しいでうかうか声かけられんわ」
「素晴らしい作品にしてもらうにはいい環境でやってもらわねーと。クリエイターは大事にだぞお前ら」
「ジャック、たまにはええこと言うやん」
「たまには、は余計だ」
同期のメンバーがどういった人間であるか、この数ヶ月である程度わかってきた。ジュンは凝り性でもあるようだった。ひとつのことに、満足するまで突き詰める姿勢。勉強であったり、絵であったり。映像作品制作でも、その性質は遺憾なく発揮されている。
先に制作した作品出展の作品にしても、「番組のテーマである星や宇宙のことについて学ばないと納得のいく挿絵を描くことは出来ない」と言って春風先輩に師事を受けていた。編集にしても、0.1秒単位、1フレーム単位で拘りと、感覚を刻む。
「最近ジュンな、ロボットとか機械工学の本よく読んどるんよ授業の合間とかに」
「へえ、やっぱり情報科学部だからとか?」
「ちゃうて! 今作っとる年末特番がこないだのロボット大戦のリメイクみたいなことやでロボットの勉強しとるんやよアイツ」
「原作を知らないのにイキり散らすヤツらに爪の垢を煎じて飲ませてー」
「この間のボールペン、も……あの後で、木製ボールペンの作り方を、調べたんだろうね……会話のレベルが、正直、ちょっと、引いた……」
「こんだけ勉強熱心なんに何で星大落ちたんやろな、それも2回も」
「ちょっとうっしー!」
「ヤマ張るんが極端にヘタとか、腹痛くなるとか。何かあるんかね、不運の星回り、的なアレが」
うっしーの、歯に衣着せぬ痛烈な物言いに、パロとツッツは慌てふためく。ジュンが二浪して、結局星大に入れなかったことは、本人にとっても、コンプレックスの根元であるようだ。そして、こちらにとっても、それは腫れ物だ。扱い方が、難しいのだ。
「……ふーっ…………」
大きく息を吐き、ヘッドホンを少しずらしたジュンが顔を上げる。
「一部始終、聞こえてる」
「何や、聞こえとったんか」
「ひっ……」
「あ、あの、ジュン、怒ってる?」
「いや。俺は、やりたいことを見つけられる、こっちの星回りの方が幸運だと、今は本当にそう思ってるよ」
そう言ってヘッドホンを元の位置に戻し、また映像の世界へと戻っていった。この発言に、一番呆気に取られているのはうっしーだ。次いで、ツッツ。しかし、うっしーが呆気に取られていたのは一瞬で、次の瞬間にはジュンの肩を小突いていた。
「っ、どうしたんだうっしー」
「つかお前さ、それサークルで作っとる作品って体なんやろ? 話しかけんなオーラ強すぎなんやわ。俺らも使えっつーの。や、俺映像編集とか全然出来んから今それやれ言われても困るけど」
「急にどうしたんだよ」
「1人でやっとる気でおるんちゃうぞってコトや! お前のそれは真面目通り越して意固地や! 俺の役目はお前が社会に出て真っ先に潰される人間じゃなくすコトで今決まった! 制作スケジュールを管理して公表せえ! そんでおる奴に仕事を割り振れ! 技術が要るんなら誰かが覚える!」
「そ、そこはうっしーが覚える、んじゃなくて…?」
「俺は作画が狂ってないかを見たる」
「あっそれ俺もやる」
うっしーの言いたいことを意訳すれば、恐らくは「お前には仲間がいる」とか「1人で抱え込むな」というようなことだろう。俺たちがここに集まったのは、偶然だ。だが、共に過ごす時間の過程で、結果として、友に、仲間になっている。
「はい、そんでここまでの進捗は」
「えっと、今さっき、野坂先輩と春風先輩の試合を撮影してきて、そのデータを取り込んだんだ」
「おっ、マジか! どっち勝った?」
「熱い試合だったから、興奮冷めやらぬうちに編集しきろうと思ったんだよ。みんなには、出来た映像で結果を知ってもらいたくて。ジャックもうっしーもネタバレには厳しいだろ? これは黙ってやった方がいいかなーと」
「えーと、つまりは俺たちに対するジュンなりの気遣いだったと? ネタバレ防止の」
「アホか! はーっ……気遣いはどーも。でもちょっとちゃうんやわ」
「あー、えっと、そしたら、考えてる演出のアイディアについて聞いてもらっていい? 普段からアニメ見てる2人の意見を参考にしたい」
「おっ、とうとう俺らの出番か~?」
「どしたどした、何をやりたいんだよジュン~」
ネタバレ防止の意図と、今は1秒でも惜しいという想いから鬼気迫る勢いの編集だったようだ。根を詰めていたのは本当だが、こちらが思っていたよりも重苦しい感じではなかったようで、一安心。パロとツッツも、緊張が取れた表情をしている。
「えっと、僕たちにも何か出来るかな?」
「そしたら、ミキサー陣には後で音のバランスを見て欲しいかな。あと、ツッツ」
「うん」
「俺が描いたロボットの絵だとか、解説に間違いがないか見て欲しい。これが今までに集めた資料だから、それに沿ってもらえれば大丈夫だとは思う」
「分厚いね……これだけの、勉強を…?」
「ロボットの勉強をしたいと言ったらいい資料をたくさんもらえてしまって、気が付いたらこんなことに」
「ジュン。何かあれば、すぐ言え。出来る限り、力になる」
「ありがとう。正直、殿はいてくれるだけで安心する。それで技術まで身につけられたらいよいよ俺の出る幕が無くなるよ」
「そう言われると、何か覚えなければという気になるな」
「あ、いや、語弊があった。殿に技術的なことを期待してないとかじゃなくて、精神面で支えてもらってます的なことを言いたかった」
「そうか」
「強いて頼みたいこと、我が儘があるとすれば」
「何だ」
「この間の干し芋がすごく美味しかったんで、また食べたいです。作業のお供に凄くいいんだよ」
「では、明日にでも持って来よう」
「ありがとうございます」
ジュンは真面目を通り越して意固地。うっしーが言ったことも強ち間違いではなさそうだ。星大に拘っていたのもその結果なのかもしれんが、これはあくまで他人の憶測だ。やりたいことを見つけられる、この道が幸運の星回り。本当にそう思えるようになったのなら、良かった。
「おはようございます」
「とりぃ先輩おはようございまーす」
「ジュン、あんまり慌ただしくゼミ室を飛び出していったものですから驚きましたよ」
「すみません。一刻も早く編集をしたかったんです」
「さっきからずーっと編集の虫っすわ! 話しかけんなオーラ全開のまっくろジュンジュンでー」
「ええと……戦いが終わってからまだそんなに経っていないはずですが、もう編集を…? ジュン、学部棟からここまでは徒歩ですよね?」
「徒歩と言うか、走りましたね。時間が惜しかったので」
「は!? お前全然息切れとるよーな感じじゃなかったやん! 山道やぞ!? 心肺機能バケモンか!?」
「元々体育会系だから、ある程度の体力は」
「はえー。根性据わっとるワケやなー」
「ジュン。気持ちが逸るときこそ、一呼吸置くといい」
「殿の言う通りです。急いては事を仕損じるとも言いますよ」
「はい。もう少ししたら、小休止を挟みます」
end.
++++
ジュンは星大に行くことを目標にはしてたけど、星大に行って何をするかまでは考えていなかったのかもしれない
サークル室に緊張が走るとパロとツッツは基本的におろおろするような感じになるんだなあ
(phase3)
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++++
「……ふーっ…………」
ジュンが、根を詰めている。
早足でサークル室に来るや否や、しばらく失礼しますと一言、パソコンの前で作業に没頭。ヘッドホンをしているので、こちらの世界とはほぼ断絶されているだろう。どうやら、年末特番という名目で制作している映像作品の編集のようだ。
こうなると、ジュンには誰も声を掛けることが出来なくなる。周りで騒ぐわけにもいかず、サークルメンバーはどことなく声のボリュームを抑えて会話をすることになる。ジャックやうっしーすら、ジュンはどうしたと畏怖の念を抱いているように見える。
「実際には見えないんだけど、ジュンの周りに何かオーラみたいな物があるよね……」
「……邪魔したら、お、怒られそう……」
「つまりまっくろジュンジュンのモードで作業しとる的なことやんな。ひーこわっ。命が惜しいでうかうか声かけられんわ」
「素晴らしい作品にしてもらうにはいい環境でやってもらわねーと。クリエイターは大事にだぞお前ら」
「ジャック、たまにはええこと言うやん」
「たまには、は余計だ」
同期のメンバーがどういった人間であるか、この数ヶ月である程度わかってきた。ジュンは凝り性でもあるようだった。ひとつのことに、満足するまで突き詰める姿勢。勉強であったり、絵であったり。映像作品制作でも、その性質は遺憾なく発揮されている。
先に制作した作品出展の作品にしても、「番組のテーマである星や宇宙のことについて学ばないと納得のいく挿絵を描くことは出来ない」と言って春風先輩に師事を受けていた。編集にしても、0.1秒単位、1フレーム単位で拘りと、感覚を刻む。
「最近ジュンな、ロボットとか機械工学の本よく読んどるんよ授業の合間とかに」
「へえ、やっぱり情報科学部だからとか?」
「ちゃうて! 今作っとる年末特番がこないだのロボット大戦のリメイクみたいなことやでロボットの勉強しとるんやよアイツ」
「原作を知らないのにイキり散らすヤツらに爪の垢を煎じて飲ませてー」
「この間のボールペン、も……あの後で、木製ボールペンの作り方を、調べたんだろうね……会話のレベルが、正直、ちょっと、引いた……」
「こんだけ勉強熱心なんに何で星大落ちたんやろな、それも2回も」
「ちょっとうっしー!」
「ヤマ張るんが極端にヘタとか、腹痛くなるとか。何かあるんかね、不運の星回り、的なアレが」
うっしーの、歯に衣着せぬ痛烈な物言いに、パロとツッツは慌てふためく。ジュンが二浪して、結局星大に入れなかったことは、本人にとっても、コンプレックスの根元であるようだ。そして、こちらにとっても、それは腫れ物だ。扱い方が、難しいのだ。
「……ふーっ…………」
大きく息を吐き、ヘッドホンを少しずらしたジュンが顔を上げる。
「一部始終、聞こえてる」
「何や、聞こえとったんか」
「ひっ……」
「あ、あの、ジュン、怒ってる?」
「いや。俺は、やりたいことを見つけられる、こっちの星回りの方が幸運だと、今は本当にそう思ってるよ」
そう言ってヘッドホンを元の位置に戻し、また映像の世界へと戻っていった。この発言に、一番呆気に取られているのはうっしーだ。次いで、ツッツ。しかし、うっしーが呆気に取られていたのは一瞬で、次の瞬間にはジュンの肩を小突いていた。
「っ、どうしたんだうっしー」
「つかお前さ、それサークルで作っとる作品って体なんやろ? 話しかけんなオーラ強すぎなんやわ。俺らも使えっつーの。や、俺映像編集とか全然出来んから今それやれ言われても困るけど」
「急にどうしたんだよ」
「1人でやっとる気でおるんちゃうぞってコトや! お前のそれは真面目通り越して意固地や! 俺の役目はお前が社会に出て真っ先に潰される人間じゃなくすコトで今決まった! 制作スケジュールを管理して公表せえ! そんでおる奴に仕事を割り振れ! 技術が要るんなら誰かが覚える!」
「そ、そこはうっしーが覚える、んじゃなくて…?」
「俺は作画が狂ってないかを見たる」
「あっそれ俺もやる」
うっしーの言いたいことを意訳すれば、恐らくは「お前には仲間がいる」とか「1人で抱え込むな」というようなことだろう。俺たちがここに集まったのは、偶然だ。だが、共に過ごす時間の過程で、結果として、友に、仲間になっている。
「はい、そんでここまでの進捗は」
「えっと、今さっき、野坂先輩と春風先輩の試合を撮影してきて、そのデータを取り込んだんだ」
「おっ、マジか! どっち勝った?」
「熱い試合だったから、興奮冷めやらぬうちに編集しきろうと思ったんだよ。みんなには、出来た映像で結果を知ってもらいたくて。ジャックもうっしーもネタバレには厳しいだろ? これは黙ってやった方がいいかなーと」
「えーと、つまりは俺たちに対するジュンなりの気遣いだったと? ネタバレ防止の」
「アホか! はーっ……気遣いはどーも。でもちょっとちゃうんやわ」
「あー、えっと、そしたら、考えてる演出のアイディアについて聞いてもらっていい? 普段からアニメ見てる2人の意見を参考にしたい」
「おっ、とうとう俺らの出番か~?」
「どしたどした、何をやりたいんだよジュン~」
ネタバレ防止の意図と、今は1秒でも惜しいという想いから鬼気迫る勢いの編集だったようだ。根を詰めていたのは本当だが、こちらが思っていたよりも重苦しい感じではなかったようで、一安心。パロとツッツも、緊張が取れた表情をしている。
「えっと、僕たちにも何か出来るかな?」
「そしたら、ミキサー陣には後で音のバランスを見て欲しいかな。あと、ツッツ」
「うん」
「俺が描いたロボットの絵だとか、解説に間違いがないか見て欲しい。これが今までに集めた資料だから、それに沿ってもらえれば大丈夫だとは思う」
「分厚いね……これだけの、勉強を…?」
「ロボットの勉強をしたいと言ったらいい資料をたくさんもらえてしまって、気が付いたらこんなことに」
「ジュン。何かあれば、すぐ言え。出来る限り、力になる」
「ありがとう。正直、殿はいてくれるだけで安心する。それで技術まで身につけられたらいよいよ俺の出る幕が無くなるよ」
「そう言われると、何か覚えなければという気になるな」
「あ、いや、語弊があった。殿に技術的なことを期待してないとかじゃなくて、精神面で支えてもらってます的なことを言いたかった」
「そうか」
「強いて頼みたいこと、我が儘があるとすれば」
「何だ」
「この間の干し芋がすごく美味しかったんで、また食べたいです。作業のお供に凄くいいんだよ」
「では、明日にでも持って来よう」
「ありがとうございます」
ジュンは真面目を通り越して意固地。うっしーが言ったことも強ち間違いではなさそうだ。星大に拘っていたのもその結果なのかもしれんが、これはあくまで他人の憶測だ。やりたいことを見つけられる、この道が幸運の星回り。本当にそう思えるようになったのなら、良かった。
「おはようございます」
「とりぃ先輩おはようございまーす」
「ジュン、あんまり慌ただしくゼミ室を飛び出していったものですから驚きましたよ」
「すみません。一刻も早く編集をしたかったんです」
「さっきからずーっと編集の虫っすわ! 話しかけんなオーラ全開のまっくろジュンジュンでー」
「ええと……戦いが終わってからまだそんなに経っていないはずですが、もう編集を…? ジュン、学部棟からここまでは徒歩ですよね?」
「徒歩と言うか、走りましたね。時間が惜しかったので」
「は!? お前全然息切れとるよーな感じじゃなかったやん! 山道やぞ!? 心肺機能バケモンか!?」
「元々体育会系だから、ある程度の体力は」
「はえー。根性据わっとるワケやなー」
「ジュン。気持ちが逸るときこそ、一呼吸置くといい」
「殿の言う通りです。急いては事を仕損じるとも言いますよ」
「はい。もう少ししたら、小休止を挟みます」
end.
++++
ジュンは星大に行くことを目標にはしてたけど、星大に行って何をするかまでは考えていなかったのかもしれない
サークル室に緊張が走るとパロとツッツは基本的におろおろするような感じになるんだなあ
(phase3)
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