2022(02)

■あの子との間柄

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 久しい名前の通知を受けて、すぐにその文面を確かめる。LINEだとそれに目を通したかどうかが発信元にもわかるけど、少なくともこのメールはそうでないことが助かったなと思う。どう言葉を返そうか、少し考えなければならないことだけは確かだったから。

 彼女――議長サン。最後に会ったのは去年11月に開いたインターフェイスの同期会。パッと見の印象は、痩せたなと思った。首回りであるとか、脚であるとか、そういった部分が。雪国育ち故の肌の白さは相変わらずだけど、前に海で見た水着姿を思うと、細くなったことでその白さが不健康に映った。
 次に、表情が硬いなということ。前は基本気を引き締めていたからか、むっつりしてる感じが基本だった。それでも甘いものの前であったり、俺がふざけていたりすれば表情が割とコロコロ変わる人だったと記憶している。だけどあの時は、表情筋の使い方を忘れたのかと思ってしまうくらいには顔に感情が乗っていなかった。強いて言えば、“困っている”と思った。
 新鮮な空気を吸いにという建て前で店の外に出た議長サンの様子を飲み会幹事の体で窺って、少し話を聞いていた。彼女は俺に対しては遠慮が全くない。主に悪い意味で。だけどその時は、悪い意味で遠慮がないからこそ他の誰にも言えない事がやっと、やっと吐き出せたんだろうね。

 診断名が書き連ねられた淡々とした文面のメールに、何と返すべきか。「お大事に」と言うのも違う気がするし、「大丈夫?」……ではないから“ああ”だった。「だから言ったでしょ」と言うのも、お互い悪い意味で遠慮を必要としないとは言え、さすがに違うような気がする。先のことを聞くのは、もっと失礼だと思った。
 例えば、これが朝霞クンだったら簡単だったんだろうし、他の当たり障りない友達でも正しく社交辞令を交わせたんだと思う。議長サンだから難しい。親友とも普通の友達とも違う、かと言ってただの知り合いまでは行かない難しい間柄の人。ボロクソに言い合いながらも何だかんだ縁が続いている。だからと言って腐れ縁ともちょっと違う。

 結局、そのメールに「未知をひとつ潰せたね」と返すと、割とすぐに「確かに」と返って来た。次の俺の返信を待たずに議長サンからのメールをもう一通受信した。内容は、仕事はそのうち辞めるけど、勤続年数が3年以上になれば一応退職金がもらえるのでその権利は得たいと思っていること。それと、体調が許せば夏のボーナスをもらったタイミングで辞める、と。
 言ってしまえば最低の精神状態でもしっかりとお金のことは考えられたことがまず偉いので、そのことは素直に褒めておきたい。外の世界を見に出ている自分がいつか玄に戻る時の参考にもなる。診断名が出たことで少しは気持ちが楽になったとも綴られていたので、その点に関しても良かったなと思う。

 議長サンのことは第一印象からして最悪だったし、一時は最も信頼出来る敵くらいに思っていた。自己分析の結果、大学2年生当時の自分が朝霞Pに対して抱いていたフラストレーションが、朝霞クンと似てる点がまあまあある議長サンに向かってたのかなと結論付けたこともあった。
 だけど、めんどくささで言えば俺っぽいところもあるなあと、たまにじっくり話す度に思うようになっていった。そして新たに気付いたのは、元々互いに嫌い合っていたのもそうだけど、相手に対する暴言はその奥にいる自分に対する物なんじゃないか、って。自分自身が嫌で嫌で仕方なくて、でもどうすることも出来なくってっていう歯痒さ?

 メールで「今話せる?」と訊ねると、「厳しい」と返って来た。忙しいとか場所の都合とかではなくて、電話というツールを使うことに対して「厳しい」と。どうやら彼女のもらった診断名にはその状況に対する不安感とか、そういう物も含まれているらしい。なので無理は言わず、一通だけ返してこのやり取りを終えることにした。


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「……もしもし。口封じですか~?」
『相変わらずふざけ倒した男だな、お前は』
「口封じのためとは言え、議長サンから電話だなんて俺、ホント感激しちゃった~。何かもう1品ごちそうしてあげればよかった~」
『はーっ……』
「あ。これは完全に呆れ倒してる溜め息だネ」
『何でこんな奴に見つかったやら。自分の脇の甘さを恥じてるところだ』
「いいジャない。おめでたいことなんだし。いや~、それにしても議長サンに彼氏ね~」
『……本当に、黙っといて欲しい。うち自身は一応、ちょっとはマシになったけど、まだ、不安定な状態には変わりないんだ』
「わかってるよ。議長サンの場合、緑風で独りだったのも良くなかったんだろうし」
『だから、こっちに来たんだ』
「親御さん心配しなかった? 仕事辞めてからは引き籠もってたんでしょ? それが急に彼氏がいるんで向島に行きますって」
『それはむしろ快く送り出してもらった。向こうのご両親にも挨拶の時にそういうことでって話は通したし』
「あれっ。議長サン、その語り口からすると~……もしかして~、ですケド~……結婚、を、前提にした、お付き合いを~?」
『結婚を前提にした同棲中だ。一応、入籍の日取りも話し合いはしてるけど』
「えーっ!? だったらそう言ってくれればホントにごちそうしたのに!」
『一般的な祝儀の相場で?』
「ホントさ~議長サンさ~、人のお財布を叩く才能はピカイチだよね~」
『それはさておき、この話はまだあの現場にいた人間しか知らないんだ。結婚式も、本当に小ぢんまりとって話し合ってるし。大々的にみんなにお知らせするというよりは、風の噂に頼る感じで行きたいと思ってるんだ。あんまり騒がれてもしんどいし』
「さっきも言ったけど、こっちにいない体の人の話はそうそう伝わんないだろうし大丈夫だよ。よっぽど議長サンがヘマをしなければの話だけど。ところで議長サン」
『何だ』
「最後にやり取りしてた時のメール、俺が何て送ったか覚えてる?」
『……さあ。忘れたな』
「覚えてる時の言い方~。でも、俺的には満足。議長サンが喜怒哀楽を取り戻したみたくて」
『それはどーも』
「あのお願いをしたのは議長サンで3人目」
『お前は圭斗タイプでもないだろうに、あんなことをちょこちょこ言ってるのか』
「あ、やっぱり覚えてるんじゃん」
『む』
「俺が今までにあのお願いをしたのは議長サンと朝霞クン。それから、大学の時に好きだった子」
『その並びの中にうちがいるっていうのが気持ち悪さを覚える。仮にも不仲の体でやってる間柄だぞ』
「まあね~。そうだ、住所教えてくれたらお祝い贈るよ。小ぢんまりした結婚式だったら俺はお呼びじゃないだろうし。披露宴とか二次会みたいなこともそこまででしょ?」
『何か悪いな』
「俺の時に返してくれればいいよ~」
『明日早いし、そろそろ』
「うん。わかった」
『くれぐれも』
「大丈夫だって。それじゃあね~」
『ん』

 夜型の俺はまだまだ起きていられる。自分の言葉を嘘にしないために、一般的なご祝儀の相場で贈り物を探し始める。カタログギフトと、保存のことなんかを考えて、美味しい焼き菓子。好みは朝霞クンと一緒で多分大丈夫。

 確かに、普通に考えれば少しクサいのかもね。「笑ってほしい」なんて頼み事は。でも、そうとしか言いようがなかったんだからしょうがないよね。


end.


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(a few phases later)
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