2022(02)
■コート上でのご挨拶
++++
伊東さんの車に乗り込み30分くらいが経っただろうか。どこへ向かっているのかも知らされないまま、深夜のサッカー観戦で大歓声を上げる旦那に対する軽い愚痴を受けている。騒音問題になったらどうしよ、というボヤキには相談なら乗るよと経験者の受け答えを。
「はーい着きました」
「……体育館?」
「そ。カオちゃんにはなかなか縁遠い場所でしょ」
「確かに縁はないけどまた何で」
「知らない世界を覗くことで見識を深める! ネットで調べもするけど、直接乗り込むのがうちらのやり方。でしょ?」
お願いしまーすと伊東さんは一礼。俺も真似して一礼して、頭を上げると既に先客がいるようだった。体育館に響くのは床に何かを打ち付けているような音。よく見るとそれはバスケットボールだとわかる。すると、伊東さんが提げている四角いカバンはシューズケースか?
「宮ちゃーん! 待ってたー!」
「おっ、宮ちゃん来た来た! えっ、朝霞が何でいんの!?」
「カオちゃんにバスケを軽く布教しようと思って」
「おー、いいねー」
伊東さんを迎えた先客は、拳悟と越野だ。話によれば、この2人は伊東さんと同じ高校のバスケ部だったそうで、今でも社会人サークルのような感じでバスケをやっているとのこと。つか越野は暇さえあればプールにいる大石のことを言えないじゃねーかと思ったのはここだけの話だ。
軽く会話を交わしながら、伊東さんはシューズケースからクツと黒い筒みたいな……これはサポーターか? それを取り出して動く準備をしている。黒い物は足首用のサポーターだと教えてもらった。クセになった古傷があるのでこれをしないと不安なんだそうだ。
「薫クンもやる?」
「あ、いや、俺は出来ない」
「そーお?」
「結構な運動音痴だから出来る人らに囲まれてんのが怖くて仕方ない」
「そーいやお前マイクラの戦闘もヘッタクソだもんなー」
「事実だけに反論は致しません」
「あっはっは。でも、見てるだけでも十分楽しいと思うよ。今3人だけど、迫力だとか、熱気だとか、そういう物は感じてもらえると思う」
「巷はサッカーサッカーだけど、ここで敢えて普段通りにバスケってのがアレだよな。代わり映えしねーのがいいやら悪いやら」
「あーもーサッカーの話は今はなし! 家でも外でもサッカーサッカーでうちもうおなかいっぱい」
「そーいや宮ちゃん、カズは一緒に来なかったの? 次の試合まで日なかったっけ?」
「カズは自国だけ良ければオッケーじゃなくて、全部の試合を見るのに忙しいから」
「安定だなー」
「それなのに弁当はちゃんと作ってるとかヤバいな」
「常備菜を詰めるだけにしてるからあとはご飯炊くだけなんだよ」
「それでもすげーよ」
「よし! じゃあやろっか!」
「おーし拳悟、挨拶代わりに一発魅せたれ!」
魅せたれと一声、越野がリング近くに高く上げたボールを、拳悟がそのまま空中で取ってぶち込む。知識としてはあるぞ。これがダンク、アリウープってヤツか。他に人がいないから、リングやバックボードが軋む音がよく聞こえる。余韻が凄い。
「よーし!」
「ナイスパス」
「拳悟とこっしー相変わらず息ピッタリ! どう? カオちゃん。すごいっしょ」
「挨拶って言うにはド派手過ぎやしねーか。いや、すげーけどさ」
「これっくらいがちょうどいいっしょ? 何事も最初のインパクトが大事だよ」
「おーい、宮ちゃんも挨拶ー。やっちゃってー」
「はぁいはい」
またまた越野からピッと伊東さんにパスが渡ると、そのままシュートモーションに入っている。ウソだろ。伊東さんはセンターラインくらいの場所に立ってる俺の隣にいるんだ。さすがの俺でも知っている。スリーポイントラインはあの半円だろ、全然離れて――。
「はい、これがうちの挨拶」
描かれた大きな放物線と、沈黙。その後にパツンとネットだけが揺れる音が厭に強調されて聞こえた。シュートが決まった後、ボールが床に弾んでも現実離れしたまま心が戻ってこない。
「どう? 薫クン。宮ちゃん凄いっしょ」
「時間が止まった。マジで鳥肌が立ってる」
「よね。それを知ってるから俺も越野もジッとしてたってワケ。この音を聞かせたくってさ」
「男女合わせても一番のシューターだったからな、宮ちゃんは!」
「え、こんなトコから届くモン?」
「俺はムリ」
「届きはするけど当たり前のよーにはなかなか決めらんねーのよ」
「うちも大学の時のサークルで揉まれたからね」
「言って越野って外から射抜くタイプじゃないじゃん」
「まーな」
「あ、そうだ。拳悟と伊東さんの挨拶はもらったけどお前の挨拶はまだだぞ。お前は何が出来るんだ?」
「生憎俺は派手な名刺は持ち合わせてねーし、この人数じゃちょっと出しにくいんだよ」
「越野はガードだからボールをキープしてパスを回すのが主な仕事なんだけど、それだけじゃなくて自分がコート上をとにかく走って動いてスペースを作ってフリーの人を作ってくれるんだよね。あわよくば自分が決めてくることも出来るし。背の割に中にガンガン走り込んでくるんだもん」
「うるせー、身長がどうした」
「いや、バスケって身長が大事なんじゃないのか」
「身長は確かに大事だけど、身長がなくたって出来ることはたくさんある! っしゃ行くぞ拳悟!」
「何往復?」
「5でも10でも来いや!」
「よし、行こう!」
パスを素早く往復させながらコートの向こうまで走ってシュート。そしてすぐさま同じようにして戻ってくる。つかすげースピード。なるほど、塩見さんを感心させた越野の体力はこうやって作られてたんだな。
「つかすげー運動量。やっぱバスケって激しいスポーツだな」
「そうねー。走る、跳ぶ、投げるが全部あるし確かに激しいね」
「あんなに激しくてこんなにスピード感があるのに、時間が止まるような感覚もあるってすげーよな」
「知らない感覚をぞわっぞわ撫でられてるっしょ」
「ぞわっぞわ来てる。やっぱ実際に見るって大事だな」
「カオちゃんもちょっとボールに触ってみる? 触るだけ。何も求めないから」
「じゃあ、ちょっとだけ触ってみようかな」
おお。これがバスケットボール。
「ボールは必ず手の平を前に向けて受けること。手のケガ、多いのは突き指かな。物書きにとって致命傷だから」
「了解しました」
「まあ、もしケガしても高崎クンの実家に連れてったげるから安心してもらって」
「高崎の実家?」
「知らなかった? 高崎クンの実家、整形外科の病院なんだよ。うちのかかりつけだし信頼出来るいい病院なんですよこれが」
end.
++++
時事。
いちえりちゃん夫婦は相変わらず個人プレーで好き勝手やってる。お互いののスケジュールの関係上年始までこんな調子。
Pさんと体育館とか全く正反対と言うか縁のない物だけど、それを引きずって来られる慧梨夏つよい
(phase3)
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伊東さんの車に乗り込み30分くらいが経っただろうか。どこへ向かっているのかも知らされないまま、深夜のサッカー観戦で大歓声を上げる旦那に対する軽い愚痴を受けている。騒音問題になったらどうしよ、というボヤキには相談なら乗るよと経験者の受け答えを。
「はーい着きました」
「……体育館?」
「そ。カオちゃんにはなかなか縁遠い場所でしょ」
「確かに縁はないけどまた何で」
「知らない世界を覗くことで見識を深める! ネットで調べもするけど、直接乗り込むのがうちらのやり方。でしょ?」
お願いしまーすと伊東さんは一礼。俺も真似して一礼して、頭を上げると既に先客がいるようだった。体育館に響くのは床に何かを打ち付けているような音。よく見るとそれはバスケットボールだとわかる。すると、伊東さんが提げている四角いカバンはシューズケースか?
「宮ちゃーん! 待ってたー!」
「おっ、宮ちゃん来た来た! えっ、朝霞が何でいんの!?」
「カオちゃんにバスケを軽く布教しようと思って」
「おー、いいねー」
伊東さんを迎えた先客は、拳悟と越野だ。話によれば、この2人は伊東さんと同じ高校のバスケ部だったそうで、今でも社会人サークルのような感じでバスケをやっているとのこと。つか越野は暇さえあればプールにいる大石のことを言えないじゃねーかと思ったのはここだけの話だ。
軽く会話を交わしながら、伊東さんはシューズケースからクツと黒い筒みたいな……これはサポーターか? それを取り出して動く準備をしている。黒い物は足首用のサポーターだと教えてもらった。クセになった古傷があるのでこれをしないと不安なんだそうだ。
「薫クンもやる?」
「あ、いや、俺は出来ない」
「そーお?」
「結構な運動音痴だから出来る人らに囲まれてんのが怖くて仕方ない」
「そーいやお前マイクラの戦闘もヘッタクソだもんなー」
「事実だけに反論は致しません」
「あっはっは。でも、見てるだけでも十分楽しいと思うよ。今3人だけど、迫力だとか、熱気だとか、そういう物は感じてもらえると思う」
「巷はサッカーサッカーだけど、ここで敢えて普段通りにバスケってのがアレだよな。代わり映えしねーのがいいやら悪いやら」
「あーもーサッカーの話は今はなし! 家でも外でもサッカーサッカーでうちもうおなかいっぱい」
「そーいや宮ちゃん、カズは一緒に来なかったの? 次の試合まで日なかったっけ?」
「カズは自国だけ良ければオッケーじゃなくて、全部の試合を見るのに忙しいから」
「安定だなー」
「それなのに弁当はちゃんと作ってるとかヤバいな」
「常備菜を詰めるだけにしてるからあとはご飯炊くだけなんだよ」
「それでもすげーよ」
「よし! じゃあやろっか!」
「おーし拳悟、挨拶代わりに一発魅せたれ!」
魅せたれと一声、越野がリング近くに高く上げたボールを、拳悟がそのまま空中で取ってぶち込む。知識としてはあるぞ。これがダンク、アリウープってヤツか。他に人がいないから、リングやバックボードが軋む音がよく聞こえる。余韻が凄い。
「よーし!」
「ナイスパス」
「拳悟とこっしー相変わらず息ピッタリ! どう? カオちゃん。すごいっしょ」
「挨拶って言うにはド派手過ぎやしねーか。いや、すげーけどさ」
「これっくらいがちょうどいいっしょ? 何事も最初のインパクトが大事だよ」
「おーい、宮ちゃんも挨拶ー。やっちゃってー」
「はぁいはい」
またまた越野からピッと伊東さんにパスが渡ると、そのままシュートモーションに入っている。ウソだろ。伊東さんはセンターラインくらいの場所に立ってる俺の隣にいるんだ。さすがの俺でも知っている。スリーポイントラインはあの半円だろ、全然離れて――。
「はい、これがうちの挨拶」
描かれた大きな放物線と、沈黙。その後にパツンとネットだけが揺れる音が厭に強調されて聞こえた。シュートが決まった後、ボールが床に弾んでも現実離れしたまま心が戻ってこない。
「どう? 薫クン。宮ちゃん凄いっしょ」
「時間が止まった。マジで鳥肌が立ってる」
「よね。それを知ってるから俺も越野もジッとしてたってワケ。この音を聞かせたくってさ」
「男女合わせても一番のシューターだったからな、宮ちゃんは!」
「え、こんなトコから届くモン?」
「俺はムリ」
「届きはするけど当たり前のよーにはなかなか決めらんねーのよ」
「うちも大学の時のサークルで揉まれたからね」
「言って越野って外から射抜くタイプじゃないじゃん」
「まーな」
「あ、そうだ。拳悟と伊東さんの挨拶はもらったけどお前の挨拶はまだだぞ。お前は何が出来るんだ?」
「生憎俺は派手な名刺は持ち合わせてねーし、この人数じゃちょっと出しにくいんだよ」
「越野はガードだからボールをキープしてパスを回すのが主な仕事なんだけど、それだけじゃなくて自分がコート上をとにかく走って動いてスペースを作ってフリーの人を作ってくれるんだよね。あわよくば自分が決めてくることも出来るし。背の割に中にガンガン走り込んでくるんだもん」
「うるせー、身長がどうした」
「いや、バスケって身長が大事なんじゃないのか」
「身長は確かに大事だけど、身長がなくたって出来ることはたくさんある! っしゃ行くぞ拳悟!」
「何往復?」
「5でも10でも来いや!」
「よし、行こう!」
パスを素早く往復させながらコートの向こうまで走ってシュート。そしてすぐさま同じようにして戻ってくる。つかすげースピード。なるほど、塩見さんを感心させた越野の体力はこうやって作られてたんだな。
「つかすげー運動量。やっぱバスケって激しいスポーツだな」
「そうねー。走る、跳ぶ、投げるが全部あるし確かに激しいね」
「あんなに激しくてこんなにスピード感があるのに、時間が止まるような感覚もあるってすげーよな」
「知らない感覚をぞわっぞわ撫でられてるっしょ」
「ぞわっぞわ来てる。やっぱ実際に見るって大事だな」
「カオちゃんもちょっとボールに触ってみる? 触るだけ。何も求めないから」
「じゃあ、ちょっとだけ触ってみようかな」
おお。これがバスケットボール。
「ボールは必ず手の平を前に向けて受けること。手のケガ、多いのは突き指かな。物書きにとって致命傷だから」
「了解しました」
「まあ、もしケガしても高崎クンの実家に連れてったげるから安心してもらって」
「高崎の実家?」
「知らなかった? 高崎クンの実家、整形外科の病院なんだよ。うちのかかりつけだし信頼出来るいい病院なんですよこれが」
end.
++++
時事。
いちえりちゃん夫婦は相変わらず個人プレーで好き勝手やってる。お互いののスケジュールの関係上年始までこんな調子。
Pさんと体育館とか全く正反対と言うか縁のない物だけど、それを引きずって来られる慧梨夏つよい
(phase3)
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