2022(02)

■趣味と生活の担当制

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「……さん」
「えーっと……トイレットペーパーの在庫があと――」
「伊東さん」
「あー、特売まで待つー?」
「伊東さん!」
「ひゃっ! びっくりしたぁー、何だカオちゃんか」
「何か凄い上の空だったけど? 新作のネタでも浮かんでた?」

 弁当を食うのもそこそこに、伊東さんは何やら考え事をしているようだった。考え事をするときには飯なんかどっかその辺に行っちまうのは俺も良く分かるけど、今は会社の休み時間で、それには制限がある。飯は食える時にちゃんと食えとは普段から俺が伊東さんから言われていることでもある。

「新作のネタだったら良かったんだけどねー、残念ながら今考えてたのは買い物リストのことですよ。生活用品の在庫がどれだけあったかな、いつ買い物に行くべきかな、とかね」
「主婦の務めってやつか」
「言って1人暮らしでも変わんないでしょ」
「1人暮らしと2人暮らしだと雲泥の差だと思うけど。でも、その辺ちゃんと話し合ってどっちが買いに行くとか決めとかないと後々大変なことになりそうだ」
「そうなのよ。でも、冷蔵庫の中身はともかく生活用品、特に消耗品なんかを買いに行くのは今はうちの仕事だからね」
「そうなんだ」
「ほら、朝霞クンは知ってるかわかんないけど、うちの旦那さん、結構なサッカーオタクじゃないですか」
「あー、はいはい、そうだな」
「で、うちらの間には「趣味には相互不干渉」のルールがあるんですよ」
「そういや何か今サッカーのデカい大会始まったんだっけ?」
「4年に1回だからね。だからしばらくはそれ中心に世界が回ってるワケです」

 カズはプロ・アマ問わず熱狂的なサッカーファンだという印象は確かにある。学生時代は山口と一緒にIFサッカー部とかいう派生サークルを結成してサッカー観戦やフットサルをやっていたそうだ。で、4年に一度のサッカーの祭典が始まったということで、サッカー中心に生活をシフトした旦那のフォローをする嫁さん、の図だ。
 こう聞くと新婚なのに嫁さんほったらかして旦那は何やってんだと言われそうな物だけど、難ならここの夫婦は同人イベントの度に嫁さんが旦那を放置して全国どこにでも飛んで行ってしまう。それが年に何回あることやら。だから4年に一度、1ヶ月程度の放置くらいなら可愛らしいレベルなんだそうだ。

「そう聞くと趣味には相互不干渉のルールって素晴らしいな」
「よく旦那さんの趣味のフィギュアを勝手に捨てる奥さんの話とかあるけど、背筋がぞわっぞわするワケです。カオちゃんどうする? 趣味のアナログゲームとか映画のサントラを奥さんに勝手に捨てられたら」
「そんな奴を嫁と言いたくないのだが」
「カズばりの器の奥さんがいたらいいねえ」
「ホントに。まあ、俺は恋愛不適合者だし、結婚なんか当分ないからその辺は」
「世の夫婦は必ずしも恋愛があっての結婚とは限らんのですよ」
「確かに。でも、そう考えたら伊東さんてめちゃくちゃいい旦那を捕まえたワケだな」
「でしょ~?」
「趣味を理解しろとは言わないんだよ。ほっといてくれさえすればいい」
「全く以ってその通り。カズのサッカーが終わったら次はうちの戦争があるからね」
「持ちつ持たれつのいい夫婦だなあ」

 カズが忙しいんだったら弁当サブスクに付いて来る晩飯の権利はしばらく行使できそうにないな。弁当こそちゃんと毎回作ってくれてるんだけど。それはそれで物凄い話ではある。忙しい中でもやるべきことはやってるからこそ嫁さんも安心してほっとけるんだろう。ただ、学生の頃までとは圧倒的に違う点、それが仕事だ。

「そういやサッカーの試合をオンタイムで見ようと思ったら、時差を考慮しなきゃいけないんだろ? カズってその辺どうしてるんだ? 録画とか?」
「基本的に試合は全部見るけど注目の試合はもちろんオンタイムで見るから、あらかじめグループリーグの予定表を見た上で仕事のシフトを完璧に調整してるよね。ここは夜10時開始だから日勤でとか、夜10時の試合と朝4時の試合をぶっ続けで見たいから夜勤明けがベストとか」
「ガチ勢怖っ」
「うちらの仕事もまあまあ時間バラバラになることあるけど、早番遅番夜勤とかの概念があるとさ、大変には大変だけどやりようによっては結構自由が利くんだなと思って」
「でも駅員とかだと街に溢れる浮かれた奴らを見て歯ぎしりする事態になることもあるんだろ」
「それはそうらしいね。ネタバレを食らうこともあるとかないとか。見る前にネタバレ食らいたくないからスマホの通知とかもめっちゃ厳しく管理してるから」
「はえー」

 スポーツには疎いから本気を出したガチ勢の話を違う生き物の生態として聞いてるんだけど、これを映画の話に置き換えると、徹底的にネタバレを避けたくなる感覚はわからないでもない。原作小説がある作品とかならともかく、完全新作・オリジナルの映画だったら前情報はあまり入れないかもしれない。

「カオちゃんはサッカー見る人?」
「あんまり自発的には見たことないけど、世の動きとしては少しくらい見ておくのもいいかもしれない。伊東さんは? サッカーは」
「勉強しようと試みたことはあるけど、結局よくわかんなかったから諦めた人」
「俺も1回勉強してみようかなあ」
「独学だと難しいよ? あとうちは先生との温度差で挫折した」
「俺には向島サッカー界の元スーパースターがいるからな。温度差に関しては、まあ、アイツがこっちに降りて来てくれるだろ」
「よっぺさん! えー、うちもよっぺさんとサッカー観戦してみたいなー」
「じゃあ話してみるか。うちでいいよな?」
「お願いしまーす。あっ、うちのことはそこら辺の石ころだと思っていただいて」


end.


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そう言えば大きな大会が始まっているなとニュースを見て知ったので。まあこうなるわよ
やまよの熱量はまあまあ高いにせよいち氏ほどじゃないので多分一緒に観戦するにしても親切。

(phase3)

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