2022(02)
■future of the stray cat
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「春風先輩、お疲れさまでした。手に汗握る戦いで、興奮しました」
「ジュン。応援ありがとうございました。準優勝でしたが、私はとても満足しています」
「何と言うか……ロボット大戦の何を知っているというわけではないんですけど、野坂先輩はさすがですね」
「はい。それは、実際に手合わせした私が一番感じました。まだまだ野坂先輩には及びませんね」
2年に一度行われる向島ロボット大戦は、野坂先輩が優勝、春風先輩は準優勝という結果に終わった。ただ、春風先輩は清々しい表情で、本当にやるだけやった結果なのだろう。こういう大会だと、優勝以外の結果は全て同じだと思う人もいるだろうし、これまでの努力は一体何だったんだと悔み、憤怒する人もいそうなものだ。だけど、春風先輩にはそれが一切ない。
MMP対決となった決勝戦は、元々配信していたそれを急遽録画することにして、実況解説を公式の邪魔にならない程度にこちらでも行っていた。僭越ながら俺が実況を、解説を遊びに来られていた圭斗先輩が急遽務めてくれて、インターフェイス的にも思わぬレジェンドゲストの登場ということでなかなか盛り上がったそうだ。
「俺は春風先輩がこのロボコンに向けて努力を重ねているのを見ていたので、決勝戦にまで行ったことは自分のことのように嬉しく思う一方で、あと少しのところで勝てなかったのが悔しいなと。春風先輩は、悔しくないんですか?」
「悔しさが全くないと言えば嘘になりますが、今は充実感の方が大きいのです。少し経って悔しさが増すようであれば、私は2年後を目指します。野島ゼミはロボット研究会や純粋な機械工学系でないゼミとしては異例とも言えるロボット大戦の強豪らしいので、過去のデータもたくさんあるのです」
「そうですか。春風先輩の前向きさに、自分がいかに後ろ向きかを思い知らされます」
「今回の大会のための努力は決して無駄ではありませんでしたから」
大会に出るに当たって、何を目標にしていたのかというところで俺は少し引っ掛かりを覚えていた。いや、春風先輩どうこうではなく自分の努力に対する考え方だ。結局は、星大を目標にしながら二浪しても入ることの出来なかった自分には何が残ったのかという話になる。春風先輩のように、努力は決して無駄ではないと言い切ることが出来ればどれだけいいか。
「春風、お疲れ」
「野坂先輩。お疲れさまです。やはり野坂先輩が一枚上手でした」
「いや、紙一重だった。もう1回やったらどうなるかわかんないぞ。そうだ、先輩方が春風とも話したいと仰ってたから、時間に余裕があるなら挨拶に行ってくれ」
「わかりました、今行きます。それではジュン、また後で」
春風先輩がOBの先輩たちに挨拶に行くと、沈黙が広がる。野坂先輩と話すことがないというわけではないんだけど、何から切り出していいやらわからないと言うのが正しい。やっぱり出来る人は何でも出来てしまうのかと。いや、野坂先輩もこの大会に向けて努力していたんだろうし、それが実を結んだというだけの話だ。
「野坂先輩、この度は優勝おめでとうございます」
「ありがとう。っつってもジュンって春風派だよな?」
「あ、いや、どちらがどうということは。同じMMPの先輩ですし」
「ジュンも情報だろ? 2年後、どうする?」
「あー……出場するかどうかですか」
「いや、情報だからってみんな興味あるワケじゃないのはわかってるけど」
「うーん。見ていて面白かったですし熱い大会であるというのはわかったんですけど、その時になってみないとわかりませんね。でも、やるとするなら努力しないと結果は出ないだろうし。そう簡単に結果を出せる世界でもないだろうなあ」
「ガチ勢もいるから優勝しようと思えばそれなりに準備はしないといけないのはそうなんだよ」
「ですよね。ちょっと、結果を出せなかった時のことを考えるとリスキーではありますね」
「エンジョイ勢として出るっていうのもあるのに。ただただ楽しくやれればいいんだよ。どうせやるなら結果を出さないとっていうのもわからないでもないんだけど」
「いやー……ちょっと。思うところがあって」
努力に対する結果を求めてしまうのは、自分の経験からかもしれない。結果を出すための努力であって、結果が出なければそれは意味がないし、努力をするための努力ではない。結果として俺は受験勉強を始めてから去年までの時間を無駄にしているので、それを埋め合わせる以上の結果を4年間の大学生活で出さなければならない。
大学では、勉強だけ頑張るつもりだった。人間関係を広げるつもりもなく、サークルに入るつもりもなかった。だけど、この結果だ。そして俺は勉強ではないことを、幅広く始めてしまっている。絵を描くことであったり、コミュニティラジオでの活動であったり。友達もたくさん出来た。悪いことではないけれど、こんなに楽しんでしまっていいのかと思うこともある。
「――という感じで」
「努力に関して、俺が一昨年の今頃にいただいた言葉というのがあって。多分ジュンにも刺さると思うんだけど」
「はい」
「努力というのは成功の確率を上げるけれど、それを保証しない。誰かがその過程を見て評価してくれるのを期待するものでもない。いくら努力をしても上には上がいたり、天性のものを持つ他の誰かが持て囃されるなんかザラ。でも、他人に流されるだけの人生なんざゴメンだろ。少なくとも、流されないための力にはなる。……と」
「……本当に、その通りだと思います。ですが、俺は流されるままな気がします」
「この言葉をくれた方はしっかりと立っていらっしゃる方だから流されないことを良しとしたけれど、ジュンの場合は、流された方がいいことも無くはないんじゃないか? 春風から聞いたけど、FMにしうみで番組やるんだろ? 緑ヶ丘の子から熱烈に誘われたとかで」
「あ、はい。聞いていらしたんですね」
「ジュンの努力は、きっと流された先で自分であるための力になると思う」
サークルに入って、先輩や友達との関係が出来て。絵を描き始めたのは北星先輩に顔と名前を覚えてもらうのが最初のきっかけだったけど、作品出展の挿絵やうっしーに1日1枚描いたものをLINEに上げろと言われて日常になった気がする。FMにしうみのラジオにしても、琉生に誘われてやることになった。何と言うか、人の影響をよく受けるなあと我ながら笑ってしまう。
流された先で自分であるための力。これまでのどの努力がどう実を結ぶかはわからないけど、何がどこで役に立つのかわからないというのは大学に入ってから今までの期間でまあまあ目にして来たし、身をもって思い知ったことでもある(大体北星先輩の所為のような気がするけど)。もしかしたら、無理に何もかもを自分で作らなくても、偶然みたいな物に身を任せてもいいのかもしれない。
「その言葉には続きがあって。恐怖やプレッシャーで自らを縛るよりも、今の自分を立たせるものは愛や絆である方がずっと心は自由になる、と」
「野坂先輩にそう仰ったのは、今遊びにいらっしゃっているOBの先輩ですか?」
「いや、緑ヶ丘の高崎先輩という方だよ。FMにしうみで番組やるなら名前くらいは聞いたことあるだろ?」
「はい。本当に名前だけですが」
「あの方も本当に素晴らしい先輩で、男が惚れる男だったな」
「そうなんですね」
「高崎先輩は独学で星港市職員になられたそうなんだけど、そんな方が上には上がいるとかどんなアレなんだよとは」
「野坂先輩がそれを言います? 聞いてますよ、某クソデカ商社の内定があるって」
「あ、いや、他意はない! 高崎先輩はマジで凄いお方なんだ! MMPで昔の音源集めてるなら番組のひとつやふたつあるだろ、聞けばわかる! どーかこの通り!」
「そういうことにしておきます」
「ありがとうございます」
何と言うか、今の俺は誰かに流されることで恐怖やプレッシャーが少しずつ薄れてるのかな、と感じた。それらはネガティブなイメージがあるものだけど、完全に無くしてはいけないものだとも思う。だから程よくそれを保ちながら、自由な心で自分らしくあるのがこれからの課題なのかもしれない。
「野坂先輩!」
「春風。どうした?」
「先程の私たちの試合を、ジュンと圭斗先輩の実況解説で録画してくれていたみたいなんですよ!」
「ナ、ナンダッテー!?」
「もしよろしければ一緒に見ませんか?」
「見る見る!」
「インターフェイスチャンネルで配信していたので、圭斗先輩の降臨に他の大学の皆さんも大興奮だったそうですよ」
「当たり前じゃないか、圭斗先輩だぞ」
「ん、僕がどうしたのかな」
end.
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大体北星の所為。まあそうかもね。琉生に気にいられたのもあのキャラクターからだし。
高崎語録は缶蹴りの回。
(phase3)
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「春風先輩、お疲れさまでした。手に汗握る戦いで、興奮しました」
「ジュン。応援ありがとうございました。準優勝でしたが、私はとても満足しています」
「何と言うか……ロボット大戦の何を知っているというわけではないんですけど、野坂先輩はさすがですね」
「はい。それは、実際に手合わせした私が一番感じました。まだまだ野坂先輩には及びませんね」
2年に一度行われる向島ロボット大戦は、野坂先輩が優勝、春風先輩は準優勝という結果に終わった。ただ、春風先輩は清々しい表情で、本当にやるだけやった結果なのだろう。こういう大会だと、優勝以外の結果は全て同じだと思う人もいるだろうし、これまでの努力は一体何だったんだと悔み、憤怒する人もいそうなものだ。だけど、春風先輩にはそれが一切ない。
MMP対決となった決勝戦は、元々配信していたそれを急遽録画することにして、実況解説を公式の邪魔にならない程度にこちらでも行っていた。僭越ながら俺が実況を、解説を遊びに来られていた圭斗先輩が急遽務めてくれて、インターフェイス的にも思わぬレジェンドゲストの登場ということでなかなか盛り上がったそうだ。
「俺は春風先輩がこのロボコンに向けて努力を重ねているのを見ていたので、決勝戦にまで行ったことは自分のことのように嬉しく思う一方で、あと少しのところで勝てなかったのが悔しいなと。春風先輩は、悔しくないんですか?」
「悔しさが全くないと言えば嘘になりますが、今は充実感の方が大きいのです。少し経って悔しさが増すようであれば、私は2年後を目指します。野島ゼミはロボット研究会や純粋な機械工学系でないゼミとしては異例とも言えるロボット大戦の強豪らしいので、過去のデータもたくさんあるのです」
「そうですか。春風先輩の前向きさに、自分がいかに後ろ向きかを思い知らされます」
「今回の大会のための努力は決して無駄ではありませんでしたから」
大会に出るに当たって、何を目標にしていたのかというところで俺は少し引っ掛かりを覚えていた。いや、春風先輩どうこうではなく自分の努力に対する考え方だ。結局は、星大を目標にしながら二浪しても入ることの出来なかった自分には何が残ったのかという話になる。春風先輩のように、努力は決して無駄ではないと言い切ることが出来ればどれだけいいか。
「春風、お疲れ」
「野坂先輩。お疲れさまです。やはり野坂先輩が一枚上手でした」
「いや、紙一重だった。もう1回やったらどうなるかわかんないぞ。そうだ、先輩方が春風とも話したいと仰ってたから、時間に余裕があるなら挨拶に行ってくれ」
「わかりました、今行きます。それではジュン、また後で」
春風先輩がOBの先輩たちに挨拶に行くと、沈黙が広がる。野坂先輩と話すことがないというわけではないんだけど、何から切り出していいやらわからないと言うのが正しい。やっぱり出来る人は何でも出来てしまうのかと。いや、野坂先輩もこの大会に向けて努力していたんだろうし、それが実を結んだというだけの話だ。
「野坂先輩、この度は優勝おめでとうございます」
「ありがとう。っつってもジュンって春風派だよな?」
「あ、いや、どちらがどうということは。同じMMPの先輩ですし」
「ジュンも情報だろ? 2年後、どうする?」
「あー……出場するかどうかですか」
「いや、情報だからってみんな興味あるワケじゃないのはわかってるけど」
「うーん。見ていて面白かったですし熱い大会であるというのはわかったんですけど、その時になってみないとわかりませんね。でも、やるとするなら努力しないと結果は出ないだろうし。そう簡単に結果を出せる世界でもないだろうなあ」
「ガチ勢もいるから優勝しようと思えばそれなりに準備はしないといけないのはそうなんだよ」
「ですよね。ちょっと、結果を出せなかった時のことを考えるとリスキーではありますね」
「エンジョイ勢として出るっていうのもあるのに。ただただ楽しくやれればいいんだよ。どうせやるなら結果を出さないとっていうのもわからないでもないんだけど」
「いやー……ちょっと。思うところがあって」
努力に対する結果を求めてしまうのは、自分の経験からかもしれない。結果を出すための努力であって、結果が出なければそれは意味がないし、努力をするための努力ではない。結果として俺は受験勉強を始めてから去年までの時間を無駄にしているので、それを埋め合わせる以上の結果を4年間の大学生活で出さなければならない。
大学では、勉強だけ頑張るつもりだった。人間関係を広げるつもりもなく、サークルに入るつもりもなかった。だけど、この結果だ。そして俺は勉強ではないことを、幅広く始めてしまっている。絵を描くことであったり、コミュニティラジオでの活動であったり。友達もたくさん出来た。悪いことではないけれど、こんなに楽しんでしまっていいのかと思うこともある。
「――という感じで」
「努力に関して、俺が一昨年の今頃にいただいた言葉というのがあって。多分ジュンにも刺さると思うんだけど」
「はい」
「努力というのは成功の確率を上げるけれど、それを保証しない。誰かがその過程を見て評価してくれるのを期待するものでもない。いくら努力をしても上には上がいたり、天性のものを持つ他の誰かが持て囃されるなんかザラ。でも、他人に流されるだけの人生なんざゴメンだろ。少なくとも、流されないための力にはなる。……と」
「……本当に、その通りだと思います。ですが、俺は流されるままな気がします」
「この言葉をくれた方はしっかりと立っていらっしゃる方だから流されないことを良しとしたけれど、ジュンの場合は、流された方がいいことも無くはないんじゃないか? 春風から聞いたけど、FMにしうみで番組やるんだろ? 緑ヶ丘の子から熱烈に誘われたとかで」
「あ、はい。聞いていらしたんですね」
「ジュンの努力は、きっと流された先で自分であるための力になると思う」
サークルに入って、先輩や友達との関係が出来て。絵を描き始めたのは北星先輩に顔と名前を覚えてもらうのが最初のきっかけだったけど、作品出展の挿絵やうっしーに1日1枚描いたものをLINEに上げろと言われて日常になった気がする。FMにしうみのラジオにしても、琉生に誘われてやることになった。何と言うか、人の影響をよく受けるなあと我ながら笑ってしまう。
流された先で自分であるための力。これまでのどの努力がどう実を結ぶかはわからないけど、何がどこで役に立つのかわからないというのは大学に入ってから今までの期間でまあまあ目にして来たし、身をもって思い知ったことでもある(大体北星先輩の所為のような気がするけど)。もしかしたら、無理に何もかもを自分で作らなくても、偶然みたいな物に身を任せてもいいのかもしれない。
「その言葉には続きがあって。恐怖やプレッシャーで自らを縛るよりも、今の自分を立たせるものは愛や絆である方がずっと心は自由になる、と」
「野坂先輩にそう仰ったのは、今遊びにいらっしゃっているOBの先輩ですか?」
「いや、緑ヶ丘の高崎先輩という方だよ。FMにしうみで番組やるなら名前くらいは聞いたことあるだろ?」
「はい。本当に名前だけですが」
「あの方も本当に素晴らしい先輩で、男が惚れる男だったな」
「そうなんですね」
「高崎先輩は独学で星港市職員になられたそうなんだけど、そんな方が上には上がいるとかどんなアレなんだよとは」
「野坂先輩がそれを言います? 聞いてますよ、某クソデカ商社の内定があるって」
「あ、いや、他意はない! 高崎先輩はマジで凄いお方なんだ! MMPで昔の音源集めてるなら番組のひとつやふたつあるだろ、聞けばわかる! どーかこの通り!」
「そういうことにしておきます」
「ありがとうございます」
何と言うか、今の俺は誰かに流されることで恐怖やプレッシャーが少しずつ薄れてるのかな、と感じた。それらはネガティブなイメージがあるものだけど、完全に無くしてはいけないものだとも思う。だから程よくそれを保ちながら、自由な心で自分らしくあるのがこれからの課題なのかもしれない。
「野坂先輩!」
「春風。どうした?」
「先程の私たちの試合を、ジュンと圭斗先輩の実況解説で録画してくれていたみたいなんですよ!」
「ナ、ナンダッテー!?」
「もしよろしければ一緒に見ませんか?」
「見る見る!」
「インターフェイスチャンネルで配信していたので、圭斗先輩の降臨に他の大学の皆さんも大興奮だったそうですよ」
「当たり前じゃないか、圭斗先輩だぞ」
「ん、僕がどうしたのかな」
end.
++++
大体北星の所為。まあそうかもね。琉生に気にいられたのもあのキャラクターからだし。
高崎語録は缶蹴りの回。
(phase3)
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