2022
■秘めた属性
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課題のための音源探しをしながら、社会学部第1スタジオ奥の小部屋で行われている面談の様子を窺っている。この面談というのは来年から始まる演習で佐藤ゼミを希望する1年生が受けに来るもの。1つのゼミに対して最大の枠は25人までと学部で決まっているらしいんだけど、佐藤ゼミは毎年結構な倍率になっている。
それというのも毎日昼休みにやっているラジオが見栄えするっていうのも多少あるんだろうね。センタービルのど真ん中に構えられたガラス張りのラジオブースは傍目から見ている分には凄い施設だなと思う。実際中に入ってみても高い機材がいつの間にか増えてたりするし、凄いなあとは思うんだけど。
「高木君、今の子はどうだった?」
「成績がいいという他に何がある子なのかがわかりませんでしたね。ラジオがやりたい風でもなさそうでしたし」
「彼のエントリーシートは君のエントリーシート並に面白くなさそうだね」
「これといった趣味のアピールがあるでもなく、何かしら機材を扱えるアピールがあるでもなく」
「成績は悪くないから保留にはしておくけど、面白い子が来れば落ちる候補にはなるだろうね」
「成績が良くても落とされる時代になってきたとか、本当に恐ろしいですね」
「面談の内容やエントリーシート如何では成績を度外視して採用する例があるということは君が一番知ってるでしょうに」
「そうなんですけどね?」
如何せん佐藤ゼミというのは見栄えがする人気ゼミであるらしいので、毎年競争倍率は2から3倍になる。その中で誰を採用していくのかというのがその年を占う最重要事項であるとかないとか。MBCCのミキサーを優先して採用するというのはラジオブースを維持する上で大事なことなので、実質無競争当選ではあるけれど。
これまでの傾向で言えばオタク趣味の人や成績優秀者の他にはゼミにあまりいないタイプの人が興味を持たれるのかもしれない。ゴリゴリの体育会系である鵠さんだとか。今の2年生だと動画投稿者としてそれなりに数字を出している来須さんなんかがこの枠にあるのかな? 成績や技能を度外視にした“興味”の要素での採用枠はいくつかありそうだ。
「失礼します」
「どうぞ」
鉄のドアがゴンゴンとノックされ、次の面談の子が入って来た……と思ったらやって来たのはMBCCの一団だ。とは言え俺はあくまで空気を装うだけなので、MBCCの子が来ても特段反応はしないようにする。面談の内容を見てフォローが必要そうなら後で補足すればいいだけのことだし、面談は彼らが自分たちでやるべきことだからね。
「座んなさい。それじゃあそっちの子から、名前は?」
「一ノ瀬凛斗です」
「一ノ瀬……はい。次。君は?」
「百崎中っす」
「百崎。はい。それじゃあ、君」
「千村毬生です」
「千村、毬生君ね。はい。君たちはどういう友達なのかな?」
「MBCCの同期です」
「ああ、君たちが今年の子ね。ミキサーは?」
「はい」
「ええと? 百崎君と、千村君ね。一ノ瀬君はアナウンサーと」
「そうっす」
「MBCCのミキサーは例外って聞いてるかもしれないけど、一応佐藤ゼミは採用に当たって成績のボーダーを設けてます。手元の端末で君たちの春学期の成績を見てるんだけど、千村君」
「はっ、はい」
「君ぃ、いいねえ~。ちょっと待って? はあ~、ほうほう! 君はもう採用だよ! 社会学部の1年生全体で見ても上から数えた方が圧倒的に早い上にミキサーなんでしょ? いやあ~、やっと来てくれたねえ!」
今のは明らかにちむりー本人じゃなくて俺に言ってるんだろうなあというのはわかるけど、まあそうなるだろうなあとはわかっていたので予想通り過ぎる反応だなあというそれに尽きる。ただ、ちむりーのミキサーとしての技能はまだもうちょっと平々凡々の域を抜けないので俺とシノの肩身はまだ守られるはずだ。いや、ちむりーを育てなきゃいけないのはそうなんだけども。
「百崎君、君は得意科目と苦手科目の差が激しすぎるねえ」
「得意苦手っつーか、やる気の差っすかね?」
「ああそう、ムラっ気が強いのね?」
「あーそう、それっす! ムラっ気!」
「君は何か特筆すべき趣味だとか特技だとか、そういうのはある? いくらミキサーでも成績がこうだとねえ」
「自分は家が占い稼業なんで、一応占星術の心得があります。まだ見習いっすけどね」
「占い」
「読む星自体はどの占い師も同じっすし、科学的にパパーッと計算されたそれでどうお客さんをその気にさせるかっつー話術とか語彙? そーゆーのを磨いた上で“売れる”占い師になりたいなーとは。メディアに露出してる占い師ってまあまあ語彙が尖ってるじゃないすか」
「でもMBCCではミキサーなんだねえ」
「それもよく言われるんすけど、単純に機材に興味があるんで。仮に将来占い系配信者とかになったとしても、ここで基礎を学んどけばとっかかりやすいっすからね」
「君はなかなか成績だけでは測れない強かさがありそうだねえ」
占星術の歴史的背景もなぞる程度に勉強してるんで昔の政治・宗教的な視点からもあーだこーだと中がアピールをするのを先生は感心しながら聞いているようだ。占いと社会、メディアとしてのあーだこーだという話が盛り上がっているらしく。これは中も問題なく採用の流れかな。ここまでの流れは大方予想通りで、問題は凛斗だ。
「えー、一ノ瀬君。君は何か趣味や特技は」
「休みの日はお茶と自転車のローテーションって感じですね」
「お茶ね。カフェ巡りみたいなこと?」
「茶道ですね」
「ほう! なるほどね」
「へ~。凛斗、お茶をやってたの~?」
「初耳だぜ」
「まあ、言う状況にもなかったし」
「教室とかに通ってるのかな?」
「流派ごとのルールであんまガチガチに固めないカジュアルなお茶を楽しめる茶会ってのがあって、そういうところでやったりとか、自分の家の和室でささっとやったりとか」
「へえ、そうなのね。自転車は、散歩の延長みたいなことかな」
「まあそんな感じですね。着物だとか和菓子を買いに出たりとか、自然の中を走ったりとか気分で変えてます」
「君、着物を着るのね」
「カジュアルにですけどね。結構楽なんですよね」
「なかなかいいじゃない。大学にも着て来ればいいのに。まあ、君の成績は普通だけど、広く外に向けて喋る技術のある子は必要だからねえ。君たち3人は採用ということで」
凛斗の趣味に関しては俺も初耳だったし意外だなって思ったけど、それよりも先生の言ったことだ。アナウンサーの重要性みたいなことをやっとわかってくれたのかなって。ミキサーだけじゃラジオにはならないからねえ。でも、とりあえず俺がどうこう言わないでも3人ともが採用になったみたくて良かった。何だ、凛斗にもいいアピールポイントがあったんじゃない。
そして佐藤ゼミ固有エントリーシートの説明がされ、左上の通し番号は消さないようにといういつもの注意もされつつ。3人の物には先生直々に赤で丸が打たれた。採用の印だ。これがあると、後でゼミ生がこのエントリーシートを見ながら選抜するときも、既に採用が決定している子という目で見ることになる。
「失礼しましたー」
「はい、お疲れさま。……高木君」
「はい」
「今の子たちは君の後輩でしょう。何か補足情報は?」
「今の面談で十分だと思いますよ。難なら凛斗の趣味の話は俺も初耳でしたし」
「彼らの現段階での技術はどうなの。ラジオをやる上での」
「凛斗はまあまあやってますね。中もセンスがいいのでゼミでもやれそうだと思います」
「千村君は」
「ミキサーとしてはちょっと弱いかなとは。実際にゼミに入るまでには極力伸ばしておきます」
「頼むよ。でも、彼女には成績というこれ以上ない武器があるからね。実際、先に来た成績が少しいいだけの子じゃ彼女には太刀打ちできないからねえ」
「確か体育以外全部Sでしたよね」
「Sと一言で言っても満点に近いSかAに近いSかで厳密には違うんだよ。私の端末ではその辺りの詳細までわかるんだよ」
「そうなんですね」
「成績だけで言えば彼女は去年の佐々木君より優秀だからね。わずかな差ではあるんだけど」
「うーん。俺には縁のない世界の話ですね」
「全く。後輩が優秀なのに先輩がこうだと示しがつかないんだよ」
完全に予想通り過ぎて、先生風に言えば何も響きませんよねー。俺は俺だし。実技特化で生きていくって決めてるから今更だよなあ。と言うか、入った時点で俺の勝ちみたいなところはあるし。先生も何だかんだ言いながら今更俺に成績は求めてないでしょう。さ、いい作品にするための素材を探さないとなー。
end.
++++
棒読み。
この手の話になると時たま辛辣で現実的なTKG節が炸裂するなあと思う
思いがけず凛斗の趣味が降って湧いたので今後はそれも生かしていきたい
(phase3)
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課題のための音源探しをしながら、社会学部第1スタジオ奥の小部屋で行われている面談の様子を窺っている。この面談というのは来年から始まる演習で佐藤ゼミを希望する1年生が受けに来るもの。1つのゼミに対して最大の枠は25人までと学部で決まっているらしいんだけど、佐藤ゼミは毎年結構な倍率になっている。
それというのも毎日昼休みにやっているラジオが見栄えするっていうのも多少あるんだろうね。センタービルのど真ん中に構えられたガラス張りのラジオブースは傍目から見ている分には凄い施設だなと思う。実際中に入ってみても高い機材がいつの間にか増えてたりするし、凄いなあとは思うんだけど。
「高木君、今の子はどうだった?」
「成績がいいという他に何がある子なのかがわかりませんでしたね。ラジオがやりたい風でもなさそうでしたし」
「彼のエントリーシートは君のエントリーシート並に面白くなさそうだね」
「これといった趣味のアピールがあるでもなく、何かしら機材を扱えるアピールがあるでもなく」
「成績は悪くないから保留にはしておくけど、面白い子が来れば落ちる候補にはなるだろうね」
「成績が良くても落とされる時代になってきたとか、本当に恐ろしいですね」
「面談の内容やエントリーシート如何では成績を度外視して採用する例があるということは君が一番知ってるでしょうに」
「そうなんですけどね?」
如何せん佐藤ゼミというのは見栄えがする人気ゼミであるらしいので、毎年競争倍率は2から3倍になる。その中で誰を採用していくのかというのがその年を占う最重要事項であるとかないとか。MBCCのミキサーを優先して採用するというのはラジオブースを維持する上で大事なことなので、実質無競争当選ではあるけれど。
これまでの傾向で言えばオタク趣味の人や成績優秀者の他にはゼミにあまりいないタイプの人が興味を持たれるのかもしれない。ゴリゴリの体育会系である鵠さんだとか。今の2年生だと動画投稿者としてそれなりに数字を出している来須さんなんかがこの枠にあるのかな? 成績や技能を度外視にした“興味”の要素での採用枠はいくつかありそうだ。
「失礼します」
「どうぞ」
鉄のドアがゴンゴンとノックされ、次の面談の子が入って来た……と思ったらやって来たのはMBCCの一団だ。とは言え俺はあくまで空気を装うだけなので、MBCCの子が来ても特段反応はしないようにする。面談の内容を見てフォローが必要そうなら後で補足すればいいだけのことだし、面談は彼らが自分たちでやるべきことだからね。
「座んなさい。それじゃあそっちの子から、名前は?」
「一ノ瀬凛斗です」
「一ノ瀬……はい。次。君は?」
「百崎中っす」
「百崎。はい。それじゃあ、君」
「千村毬生です」
「千村、毬生君ね。はい。君たちはどういう友達なのかな?」
「MBCCの同期です」
「ああ、君たちが今年の子ね。ミキサーは?」
「はい」
「ええと? 百崎君と、千村君ね。一ノ瀬君はアナウンサーと」
「そうっす」
「MBCCのミキサーは例外って聞いてるかもしれないけど、一応佐藤ゼミは採用に当たって成績のボーダーを設けてます。手元の端末で君たちの春学期の成績を見てるんだけど、千村君」
「はっ、はい」
「君ぃ、いいねえ~。ちょっと待って? はあ~、ほうほう! 君はもう採用だよ! 社会学部の1年生全体で見ても上から数えた方が圧倒的に早い上にミキサーなんでしょ? いやあ~、やっと来てくれたねえ!」
今のは明らかにちむりー本人じゃなくて俺に言ってるんだろうなあというのはわかるけど、まあそうなるだろうなあとはわかっていたので予想通り過ぎる反応だなあというそれに尽きる。ただ、ちむりーのミキサーとしての技能はまだもうちょっと平々凡々の域を抜けないので俺とシノの肩身はまだ守られるはずだ。いや、ちむりーを育てなきゃいけないのはそうなんだけども。
「百崎君、君は得意科目と苦手科目の差が激しすぎるねえ」
「得意苦手っつーか、やる気の差っすかね?」
「ああそう、ムラっ気が強いのね?」
「あーそう、それっす! ムラっ気!」
「君は何か特筆すべき趣味だとか特技だとか、そういうのはある? いくらミキサーでも成績がこうだとねえ」
「自分は家が占い稼業なんで、一応占星術の心得があります。まだ見習いっすけどね」
「占い」
「読む星自体はどの占い師も同じっすし、科学的にパパーッと計算されたそれでどうお客さんをその気にさせるかっつー話術とか語彙? そーゆーのを磨いた上で“売れる”占い師になりたいなーとは。メディアに露出してる占い師ってまあまあ語彙が尖ってるじゃないすか」
「でもMBCCではミキサーなんだねえ」
「それもよく言われるんすけど、単純に機材に興味があるんで。仮に将来占い系配信者とかになったとしても、ここで基礎を学んどけばとっかかりやすいっすからね」
「君はなかなか成績だけでは測れない強かさがありそうだねえ」
占星術の歴史的背景もなぞる程度に勉強してるんで昔の政治・宗教的な視点からもあーだこーだと中がアピールをするのを先生は感心しながら聞いているようだ。占いと社会、メディアとしてのあーだこーだという話が盛り上がっているらしく。これは中も問題なく採用の流れかな。ここまでの流れは大方予想通りで、問題は凛斗だ。
「えー、一ノ瀬君。君は何か趣味や特技は」
「休みの日はお茶と自転車のローテーションって感じですね」
「お茶ね。カフェ巡りみたいなこと?」
「茶道ですね」
「ほう! なるほどね」
「へ~。凛斗、お茶をやってたの~?」
「初耳だぜ」
「まあ、言う状況にもなかったし」
「教室とかに通ってるのかな?」
「流派ごとのルールであんまガチガチに固めないカジュアルなお茶を楽しめる茶会ってのがあって、そういうところでやったりとか、自分の家の和室でささっとやったりとか」
「へえ、そうなのね。自転車は、散歩の延長みたいなことかな」
「まあそんな感じですね。着物だとか和菓子を買いに出たりとか、自然の中を走ったりとか気分で変えてます」
「君、着物を着るのね」
「カジュアルにですけどね。結構楽なんですよね」
「なかなかいいじゃない。大学にも着て来ればいいのに。まあ、君の成績は普通だけど、広く外に向けて喋る技術のある子は必要だからねえ。君たち3人は採用ということで」
凛斗の趣味に関しては俺も初耳だったし意外だなって思ったけど、それよりも先生の言ったことだ。アナウンサーの重要性みたいなことをやっとわかってくれたのかなって。ミキサーだけじゃラジオにはならないからねえ。でも、とりあえず俺がどうこう言わないでも3人ともが採用になったみたくて良かった。何だ、凛斗にもいいアピールポイントがあったんじゃない。
そして佐藤ゼミ固有エントリーシートの説明がされ、左上の通し番号は消さないようにといういつもの注意もされつつ。3人の物には先生直々に赤で丸が打たれた。採用の印だ。これがあると、後でゼミ生がこのエントリーシートを見ながら選抜するときも、既に採用が決定している子という目で見ることになる。
「失礼しましたー」
「はい、お疲れさま。……高木君」
「はい」
「今の子たちは君の後輩でしょう。何か補足情報は?」
「今の面談で十分だと思いますよ。難なら凛斗の趣味の話は俺も初耳でしたし」
「彼らの現段階での技術はどうなの。ラジオをやる上での」
「凛斗はまあまあやってますね。中もセンスがいいのでゼミでもやれそうだと思います」
「千村君は」
「ミキサーとしてはちょっと弱いかなとは。実際にゼミに入るまでには極力伸ばしておきます」
「頼むよ。でも、彼女には成績というこれ以上ない武器があるからね。実際、先に来た成績が少しいいだけの子じゃ彼女には太刀打ちできないからねえ」
「確か体育以外全部Sでしたよね」
「Sと一言で言っても満点に近いSかAに近いSかで厳密には違うんだよ。私の端末ではその辺りの詳細までわかるんだよ」
「そうなんですね」
「成績だけで言えば彼女は去年の佐々木君より優秀だからね。わずかな差ではあるんだけど」
「うーん。俺には縁のない世界の話ですね」
「全く。後輩が優秀なのに先輩がこうだと示しがつかないんだよ」
完全に予想通り過ぎて、先生風に言えば何も響きませんよねー。俺は俺だし。実技特化で生きていくって決めてるから今更だよなあ。と言うか、入った時点で俺の勝ちみたいなところはあるし。先生も何だかんだ言いながら今更俺に成績は求めてないでしょう。さ、いい作品にするための素材を探さないとなー。
end.
++++
棒読み。
この手の話になると時たま辛辣で現実的なTKG節が炸裂するなあと思う
思いがけず凛斗の趣味が降って湧いたので今後はそれも生かしていきたい
(phase3)
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