2022
■別にそれで構わないけど
++++
「……マーシー、少し、いい…?」
「あっ、はい。何でしょうか」
「春風と、少し話がしたい……」
「春風ですか? わかりました。対策委員なのであまり時間は取れないとは思いますが、俺が何とかしてみます」
「ありがとう……」
夏合宿3日目。モニター会は駆け足で残り5班分の番組が進められている。インターフェイスでやるのか? やらないのか? というところにあるコミュニティラジオ局での番組に関して、件のラジオ局から何人かの方がモニター会を見に来ている。
その中にいらっしゃったのが、FMにしうみでバイトをしている福井先輩だ。大学院生となった今ではいつ突発的に忙しくなるかわからないのでその仕事をサキに引き継いだそうだけど、それでも定期的に働いていて、勘は鈍るどころかさらに研ぎ澄まされているらしい。
そんな福井先輩が春風に用事だなんて、全く以ってよくわからない。だけどその間に誰がいるのかを考えたら、きっと菜月先輩なんだろうなあという想像には難くない。福井先輩は菜月先輩の親友でいらっしゃるから、春風の話を聞いた可能性もゼロではない。
「春風悪い、一瞬時間いいか?」
「野坂先輩。お疲れさまです。ええと、どのようなご用件ですか?」
「福井先輩が春風と話をしたいとのことで」
「ええ!? FMにしうみの方、ですよね?」
「FMにしうみの人ではあるけど俺からすれば星大の先輩っていうイメージの方が強いかなあ。まあ、対策委員も忙しいしあまり穴は開けられないだろ。さっさと行こう」
「そうですね」
「カノン悪い、一瞬春風借りてく」
「了解っすー」
今年の対策委員は頭数も多いし、よっぽどシノとかじゃなきゃコイツじゃなきゃダメだっていう仕事もそうそうないだろう。……と思いたい。過去の役職を振りかざして今年の現場をかき乱す老害になりたくないものではある。
「福井先輩、春風を連れてきました」
「鳥居春風です」
「……確かに、話に聞いた雰囲気の子……。私は、星大大学院生の福井美奈……FMにしうみで、ディレクターのバイトをしている……」
「福井先輩、俺は席を外した方がいいですか?」
「いていい……」
「ではそのように」
「時間がない……主題に移る……」
「はい」
「これを……」
「この包みは何ですか?」
「向島では、卒業したOBが持っている、過去の番組が収録されたディスクを集めている……という話……」
「本当に集めているのですね……」
「……知らなかった…?」
「福井先輩、それはおそらくカノンという春風の同期が個人的に進めている計画で、話が春風にまで回っていない可能性があります」
「……そう。でも、私は“春風に渡すように”と言われているから、春風にこれを渡す……」
過去の番組が収録されたディスクをカノンが集めているという話は、俺もこの間ミキサーテストの件で奴と話した時に初めて聞いた。奈々にも話を通していないようだし、カノンの独断に奏多が巻き込まれてるんだろうとは思っていたけどやっぱり春風も知らなかったか。
聞けば、春風はその話を噂レベルでは聞いていたけどまさか本当にそんなことをしているとは思いも寄らなかったそうだ。それはそうとして、福井先輩が春風に手渡した小包の中身だ。
「あの、福井先輩。この中身は何でしょうか?」
「菜月が持っている、過去の番組のディスク……。1年生の頃の夏合宿から、昼放送、大学祭、スキー場、2年生のファンタジックフェスタ……などなど……」
「ナ、ナンダッテー!?」
「……そう。マーシーにとっては、これ以上ない、お宝だと思う……」
「ええ。難でしたら俺が持っている物以外は決して外には出ないと思っていました! それを何故福井先輩が」
「モニター会に行くなら、春風にこれを渡して欲しい。そう、菜月から頼まれている……」
「私に」
「そう。渡すに当たって、条件が……」
そうだよな。菜月先輩が何の条件もなしにそんな物を渡すはずがないんだよな。
「条件とは何でしょうか」
「まず、決してサークルのパソコンなど、不特定多数の人が聞けるところに保管しないこと。ファイル化した音源についても同様に」
「サークルに寄贈されるのではなく、あくまで私個人にということなのですか?」
「そう……」
「菜月先輩は過去の音源を人に聞かれることを極端に嫌うお方だというのは最初にサンプルの番組を渡したときにも話したよな。事実、あの後俺はこれ以上ないほど怒られた」
「不特定多数の人に聞かせたくないということは、これを聞くときは私が自分でファイル化しなければならないということになるのですね」
「菜月は、どうしても自分でファイル化出来ないのなら、マーシーに頼んでやってもらって、という風に言っている……」
「野坂先輩、お願いしてもいいですか?」
「もちろん。喜んでやらせてもらうに決まってるじゃないか」
都合よく解釈していいのか? 菜月先輩は、自分の過去の音源を俺が手元に置いていいと仰っている。俺に頼むということは、俺の手元にも音声ファイル化されたものが残るということを分からないはずがない。まさか、俺の知らない新規の音源が今から増えるだなんて夢にも思わなかった。
「一応、それだとマーシーの手元にもファイル化した物が残るけど、とは菜月に聞いた……」
「菜月先輩は何と?」
「今更だ、と」
「ご尤もです…!」
「多分、菜月は、アナウンサーとしての春風の行く末を、少し気にしている……。やりたいことが明確にあるのなら、自分の番組を糸口くらいにしてもらえればいい……。そんなことを、言っていた……」
「本当にありがとうございます…!」
「昔の物だし、技術は拙いけれども、とも……」
「いえ、自分以外の人がどういったことを考えて、話していたのかを聞くだけでも自分がどうあるべきか考える上で参考になります」
「ただ、マーシーが言ったように、菜月は自分の番組を外に出すことを嫌う……。あくまで、春風が個人的に使うことだけを許可している……」
「わかりました。私のマシンの上だけに留めておきます」
昨日のモニター会で春風の番組を聞いて、ほんのかすかにだけど菜月先輩の雰囲気があるなとは思っていた。卒コンで菜月先輩を心の北極星として、と言っていたのは強ち大袈裟な話でもなかったのかなと。きっと福井先輩もそれを感じたからこそ、菜月先輩から託された物を春風に渡したのだろう。
「ディスクの話は、これで終わり……」
「ありがとうございました」
「福井先輩、俺からも心よりお礼を申し上げます」
「……春風には、追伸もある……」
「追伸、ですか?」
「向島で行われる行事、のこと…? ロボコンに、出ると……」
「はい! 大学祭と同時開催される向島ロボット大戦ですね!」
「ロボコンに出るなら、マーシーと決勝で戦ってくれ、という風に伝え聞いている……。本当にこれで、菜月からの言付けは、終わり……」
「ありがとうございます! 頑張ります! あの、菜月先輩によろしく伝えていただいてよろしいですか?」
「わかった……伝えておく……」
都合よく解釈していいか? 菜月先輩は、ロボット大戦で俺に決勝へ進めと激励してくれている。そんなの、俺が頑張らないわけないじゃないか。
「私は、これで……。時間を取らせて、ごめん……」
「いえ、ありがとうございました!」
「ありがとうございました」
「あの、野坂先輩」
「どうした?」
「このディスクなんですけど、ファイル化していただいた後も、野坂先輩に預かっていてもらっていいですか?」
「春風にって言われた物だろ」
「そうですけど、私はこれを再生することが出来ませんし、持ち腐れますから。ファイルをいただければ十分です。菜月先輩が絶大なる信頼を寄せたミキサーの野坂先輩にこそ、持っていてもらいたいのです」
「そうか。それじゃあ、責任を持って預からせていただきます」
「はい。お願いします」
改めて件の包みを受け取ると、実際の重さ以上に重みが凄まじい。同じ大きさの現金を持つより緊張する。いや、そんな大金持ったことないんだけど。カノンの見切り発車がなければこれが俺の手元に来ることはなかったんだろうな。感謝はするけどまず奈々に話を通せとは何度でも言う。
「野坂先輩、それでは私も失礼します。そろそろ対策委員の方に戻らないと」
「あ、そうだ。お疲れー」
とりあえず、帰ったら古い順にファイル化だな。いや、新しい順か? どうしたモンかな~考えるだけで楽しみだぜ! ……はっ、スキー場と言えば圭斗先輩と一緒の班でいらしたと伝説になっている…!? 聞きた過ぎる~!
end.
++++
ノサカの都合のいい解釈は案外間違ってもないので安定の菜月さんクオリティ。
(phase3)
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「……マーシー、少し、いい…?」
「あっ、はい。何でしょうか」
「春風と、少し話がしたい……」
「春風ですか? わかりました。対策委員なのであまり時間は取れないとは思いますが、俺が何とかしてみます」
「ありがとう……」
夏合宿3日目。モニター会は駆け足で残り5班分の番組が進められている。インターフェイスでやるのか? やらないのか? というところにあるコミュニティラジオ局での番組に関して、件のラジオ局から何人かの方がモニター会を見に来ている。
その中にいらっしゃったのが、FMにしうみでバイトをしている福井先輩だ。大学院生となった今ではいつ突発的に忙しくなるかわからないのでその仕事をサキに引き継いだそうだけど、それでも定期的に働いていて、勘は鈍るどころかさらに研ぎ澄まされているらしい。
そんな福井先輩が春風に用事だなんて、全く以ってよくわからない。だけどその間に誰がいるのかを考えたら、きっと菜月先輩なんだろうなあという想像には難くない。福井先輩は菜月先輩の親友でいらっしゃるから、春風の話を聞いた可能性もゼロではない。
「春風悪い、一瞬時間いいか?」
「野坂先輩。お疲れさまです。ええと、どのようなご用件ですか?」
「福井先輩が春風と話をしたいとのことで」
「ええ!? FMにしうみの方、ですよね?」
「FMにしうみの人ではあるけど俺からすれば星大の先輩っていうイメージの方が強いかなあ。まあ、対策委員も忙しいしあまり穴は開けられないだろ。さっさと行こう」
「そうですね」
「カノン悪い、一瞬春風借りてく」
「了解っすー」
今年の対策委員は頭数も多いし、よっぽどシノとかじゃなきゃコイツじゃなきゃダメだっていう仕事もそうそうないだろう。……と思いたい。過去の役職を振りかざして今年の現場をかき乱す老害になりたくないものではある。
「福井先輩、春風を連れてきました」
「鳥居春風です」
「……確かに、話に聞いた雰囲気の子……。私は、星大大学院生の福井美奈……FMにしうみで、ディレクターのバイトをしている……」
「福井先輩、俺は席を外した方がいいですか?」
「いていい……」
「ではそのように」
「時間がない……主題に移る……」
「はい」
「これを……」
「この包みは何ですか?」
「向島では、卒業したOBが持っている、過去の番組が収録されたディスクを集めている……という話……」
「本当に集めているのですね……」
「……知らなかった…?」
「福井先輩、それはおそらくカノンという春風の同期が個人的に進めている計画で、話が春風にまで回っていない可能性があります」
「……そう。でも、私は“春風に渡すように”と言われているから、春風にこれを渡す……」
過去の番組が収録されたディスクをカノンが集めているという話は、俺もこの間ミキサーテストの件で奴と話した時に初めて聞いた。奈々にも話を通していないようだし、カノンの独断に奏多が巻き込まれてるんだろうとは思っていたけどやっぱり春風も知らなかったか。
聞けば、春風はその話を噂レベルでは聞いていたけどまさか本当にそんなことをしているとは思いも寄らなかったそうだ。それはそうとして、福井先輩が春風に手渡した小包の中身だ。
「あの、福井先輩。この中身は何でしょうか?」
「菜月が持っている、過去の番組のディスク……。1年生の頃の夏合宿から、昼放送、大学祭、スキー場、2年生のファンタジックフェスタ……などなど……」
「ナ、ナンダッテー!?」
「……そう。マーシーにとっては、これ以上ない、お宝だと思う……」
「ええ。難でしたら俺が持っている物以外は決して外には出ないと思っていました! それを何故福井先輩が」
「モニター会に行くなら、春風にこれを渡して欲しい。そう、菜月から頼まれている……」
「私に」
「そう。渡すに当たって、条件が……」
そうだよな。菜月先輩が何の条件もなしにそんな物を渡すはずがないんだよな。
「条件とは何でしょうか」
「まず、決してサークルのパソコンなど、不特定多数の人が聞けるところに保管しないこと。ファイル化した音源についても同様に」
「サークルに寄贈されるのではなく、あくまで私個人にということなのですか?」
「そう……」
「菜月先輩は過去の音源を人に聞かれることを極端に嫌うお方だというのは最初にサンプルの番組を渡したときにも話したよな。事実、あの後俺はこれ以上ないほど怒られた」
「不特定多数の人に聞かせたくないということは、これを聞くときは私が自分でファイル化しなければならないということになるのですね」
「菜月は、どうしても自分でファイル化出来ないのなら、マーシーに頼んでやってもらって、という風に言っている……」
「野坂先輩、お願いしてもいいですか?」
「もちろん。喜んでやらせてもらうに決まってるじゃないか」
都合よく解釈していいのか? 菜月先輩は、自分の過去の音源を俺が手元に置いていいと仰っている。俺に頼むということは、俺の手元にも音声ファイル化されたものが残るということを分からないはずがない。まさか、俺の知らない新規の音源が今から増えるだなんて夢にも思わなかった。
「一応、それだとマーシーの手元にもファイル化した物が残るけど、とは菜月に聞いた……」
「菜月先輩は何と?」
「今更だ、と」
「ご尤もです…!」
「多分、菜月は、アナウンサーとしての春風の行く末を、少し気にしている……。やりたいことが明確にあるのなら、自分の番組を糸口くらいにしてもらえればいい……。そんなことを、言っていた……」
「本当にありがとうございます…!」
「昔の物だし、技術は拙いけれども、とも……」
「いえ、自分以外の人がどういったことを考えて、話していたのかを聞くだけでも自分がどうあるべきか考える上で参考になります」
「ただ、マーシーが言ったように、菜月は自分の番組を外に出すことを嫌う……。あくまで、春風が個人的に使うことだけを許可している……」
「わかりました。私のマシンの上だけに留めておきます」
昨日のモニター会で春風の番組を聞いて、ほんのかすかにだけど菜月先輩の雰囲気があるなとは思っていた。卒コンで菜月先輩を心の北極星として、と言っていたのは強ち大袈裟な話でもなかったのかなと。きっと福井先輩もそれを感じたからこそ、菜月先輩から託された物を春風に渡したのだろう。
「ディスクの話は、これで終わり……」
「ありがとうございました」
「福井先輩、俺からも心よりお礼を申し上げます」
「……春風には、追伸もある……」
「追伸、ですか?」
「向島で行われる行事、のこと…? ロボコンに、出ると……」
「はい! 大学祭と同時開催される向島ロボット大戦ですね!」
「ロボコンに出るなら、マーシーと決勝で戦ってくれ、という風に伝え聞いている……。本当にこれで、菜月からの言付けは、終わり……」
「ありがとうございます! 頑張ります! あの、菜月先輩によろしく伝えていただいてよろしいですか?」
「わかった……伝えておく……」
都合よく解釈していいか? 菜月先輩は、ロボット大戦で俺に決勝へ進めと激励してくれている。そんなの、俺が頑張らないわけないじゃないか。
「私は、これで……。時間を取らせて、ごめん……」
「いえ、ありがとうございました!」
「ありがとうございました」
「あの、野坂先輩」
「どうした?」
「このディスクなんですけど、ファイル化していただいた後も、野坂先輩に預かっていてもらっていいですか?」
「春風にって言われた物だろ」
「そうですけど、私はこれを再生することが出来ませんし、持ち腐れますから。ファイルをいただければ十分です。菜月先輩が絶大なる信頼を寄せたミキサーの野坂先輩にこそ、持っていてもらいたいのです」
「そうか。それじゃあ、責任を持って預からせていただきます」
「はい。お願いします」
改めて件の包みを受け取ると、実際の重さ以上に重みが凄まじい。同じ大きさの現金を持つより緊張する。いや、そんな大金持ったことないんだけど。カノンの見切り発車がなければこれが俺の手元に来ることはなかったんだろうな。感謝はするけどまず奈々に話を通せとは何度でも言う。
「野坂先輩、それでは私も失礼します。そろそろ対策委員の方に戻らないと」
「あ、そうだ。お疲れー」
とりあえず、帰ったら古い順にファイル化だな。いや、新しい順か? どうしたモンかな~考えるだけで楽しみだぜ! ……はっ、スキー場と言えば圭斗先輩と一緒の班でいらしたと伝説になっている…!? 聞きた過ぎる~!
end.
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ノサカの都合のいい解釈は案外間違ってもないので安定の菜月さんクオリティ。
(phase3)
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