2022

■落書きと科学の間の

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「あっ、ジュン~」
「北星先輩。今は忙しくないんですか?」
「対策委員にも~、自由な時間はあるよ~。当麻とかシノは~、ずっと忙しいかもしれないけど~」
「ああ、彼がジュン君?」
「そうだよ~。そうだジュン~、紹介するね~。星大の千颯~。大学では水彩画の表現を映像に落とし込む研究をしてるんだよ~」
「土岐千颯です」
「あ、向島の鷹来純平です」

 そう紹介された千颯先輩も、何故か俺の事を知っているようだった。と言うか、北星先輩がこれだけ親しげに話している青敬以外の人、ということは映像関係で関わりがあるとしか考えられないんだ。それだけ映像の話が出来るということは、例のアニメーションが回っていてもおかしくはない。

「ジュン~、次の作品出展のために~、絵を描き始めたんでしょ~?」
「そうですね。メインはあくまでラジオの音声で、自分が描くのは簡単な挿絵程度ですけど」
「へえ、そうなんだ。来月が楽しみだ」
「絵のことだったら~、千颯と話してみると~、何かひらめくかも~と思って~。千颯は絵が凄く上手なんだよ~」
「水彩画の表現を映像に落とし込む研究と言うと、どういう感じなんですか?」
「ちなみにこれが俺が趣味で描いてる水彩画の画像なんだけど」
「うわっ、すごっ」

 息を呑むような水と光の表現だ。千颯先輩は水のある風景を描くのが好きで、魚や水棲生物も好きだということで水族館によく通っているそうだ。水を描くには光の表現も同時にやらないといけないし、すごく難しそうだけど、まるで写真のような……いや、写真で見るより長く見ていられる風景だ。
 紙の絵の風合いは残しつつ、紙の上では表現出来ない感触を映像でどう与えるのかというのが千颯先輩のやりたい研究だそうだ。一方、同じ班の大ちゃんはデジタル表現としてのアートを主としてやっているような感じで、アプローチの仕方が違うらしい。芸術のことはよく分からないけど、千颯先輩のやりたいことは少しわかる気がする。

「千颯先輩の絵を見た後だと、自分の描いてる絵が本当にただの落書きだなと痛感します」
「え? 北星から見せてもらったけど、あのアニメ、すごくかわいかったよ」
「恐縮です。せめて作品出展の挿絵は春風先輩の話を邪魔しない絵を描かないとなと思います」
「ジュンにはジュンの画風の良さがあると思うけどなあ」
「だよね~」
「千颯先輩は、絵をどう練習して現在に至っていますか?」
「俺は人物画はほとんどやらないけど、何を描くにしても描くときにはよく観察してるかな。全体のディティールだとか、陰影だとか。あと風景写真の模写はしてるかな」
「やっぱり模写が有効な練習法なんですね」
「ただやるだけじゃダメだけどね」
「ですよね。俺は落書き程度の絵しか描いて来ていないので人物はほぼ未経験で。ああいったキャラクターや、無機物しか描いたことがなくて」
「ああ、そうなんだ。これから人物をやる予定はある?」
「一応、練習としてサークルにあるラジオドラマの脚本をコミカライズさせてもらってます」
「そしたら、練習に使えるアプリをいくらか紹介するよ」

 このアプリがこういう風に使えて便利だよといくつか紹介してもらって、さっそく落としておく。合宿が終わったら少しずつ練習をして作品出展に備えよう。と言うか、大学に入った頃にはまさかしっかりと絵の練習をしようとしてるだなんて思ってもいなかったな。勉強だけ頑張るつもりだったのにこれは大誤算だけど、勉強も頑張ればいい。

「ちなみに、ラジオの挿絵っていうのはどういう感じの絵を? 番組のネタバレにならない程度でいいんで聞かせてもらえると」
「番組のテーマが春風先輩の得意とする星や宇宙の話で、わかりやすい図であったり、星空や神話の絵だったりしますね」
「とりぃらしいテーマだね~」
「そうだね。とりぃは星や宇宙の話をわかりやすく伝えたいって考えてる人だったよね、確か。俺もちとせから聞いた断片的な話でしか知らないんだけど」
「大体そんな感じですね」
「科学的な話って、専門用語だけ並べてても知識のない人には全然伝わらなかったりするから、伝え方っていうのは本当に大事なんだよね。逆に、市民から話を吸い上げて、課題を解決するための科学であったりもする。だからこそ科学者と市民の間に相互理解を促す存在が必要になって来るんだ。とりぃのやろうとしていることはまさにそこだと思うんだよ」
「芸術と映像の間にいる千颯、的な~?」
「うーん、それとはちょっと違うかな」
「そんなに変わらないと思うけどな~」
「所謂サイエンスコミュニケーションの一端だと思うんだよね。ジュンの絵は落書きの域を越えて、科学を広く伝える手段になってるんだと思うよ」
「うーん、随分と大きな話になったような気がしますけど」
「でも、目的がある方が、練習し甲斐があるよ」
「それはそうですね」

 俺が、俺の絵がサイエンスコミュニケーションの一端を担う。いや、やっぱり話が大きい。でも、確かに絵の練習目的としては申し分ないし、浪人までして大学に入って何をやってるんだと言われても、一応は恰好が付くのかもしれない。絵を描いて遊んでるだけじゃないですよというところは見せておかなければ。

「あーっ、当麻、北星いたよ!」
「ホント!? くるちゃんナイス! 北星!」
「当麻~。何だった~?」
「何だったじゃない」
「千颯と話してたってことは映像の話?」
「ううん。北星に向島のジュン君を紹介してもらって、絵の話をしてたんだよ」
「あっ、そうだ! ジュンって可愛い絵描くよね! あたしが向島に遊びに行ったときは全然そんな感じじゃなかったけど!」
「そ、そうですね。絵を描き始めたのは本当に最近のことなので。それより、くるみ先輩と当麻先輩は北星先輩に何か用事があったんじゃないですか?」
「そうだった! 北星、千颯とジュンと話し終わってからでいいから次の準備にちゃんと来てね!」
「ううん、もうキリ良しだから北星は当麻に引き渡すよ」
「引き渡すという表現ですよ」


end.


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班では静かな千颯だけど、仲のいい北星や絵の話が出来るジュン相手だとやっぱり饒舌になるらしい。海月ドンマイ。
北星千颯ジュンの3人が並んで話してたら、くるちゃんとかからすると「デカッ」てなりそう。

(phase3)

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