2022

■実のある話をしよう

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「高崎! こっち」
「おう」

 今日は朝霞が美味い肉を食わせてくれるというので、仕事の後で指定された場所に向かった。家から割と近いということもあって、鞄は部屋に置いてきた。最低限の荷物だけ、パッと見手ぶらで向かうと奴も似たような感じでいた。

「で? いい肉を食わしてくれんだろ、お前の奢りで」
「めちゃくちゃ高級ってワケじゃないけど、新卒の社会人1年目なら頑張ったっていう感じの店かな。一応1日1組限定コースを予約させていただいてます」
「マジか。楽しみだな」

 奴について店に入ると、確かに新卒社会人としては頑張った雰囲気のある店で、客層を見るにファミリー層や学生でがやがやしているという感じでもない。1日1組限定コースというのはカウンター席でシェフが直々に肉を焼いてくれる物らしく、鉄板の前の席に通される。

「俺は飲まないけど、お前は好きに飲んで良いよ」
「飲まないのか」
「今日に至った経緯が経緯だからな」
「まあそうだな」
「ワインが美味い店らしいけどビールも全くないことはないし」
「ワインが美味いのか。ふーん、ボトルは開けられなくても持ち帰ることが出来んだな」
「あ、好きに飲んでいいとは言ったけど、限度はあるからな」
「その辺の節度は弁えてる」

 1日1組限定コースは出てくる肉が限られてるが、もっと食べたければ単品で頼めと朝霞は言う。本当にいいのかと訊くと、自分も単品で食べたい物があるから普通に頼むと返ってくる。それなら遠慮なく、とは返事をしたものの、節度は弁えておこう。
 そもそも、今日に至るまでの経緯だ。盆の飲みでやらかしたコイツを俺が担いで部屋に泊めてやった。俺の基準では俺が呼んだ奴以外が部屋に上がることは重罪で、それでなくてもコイツは店で泥酔した時点で俺のTシャツに涎を垂らして爆睡したという罪も重ねている。
 それで肉をご馳走しますという話になったワケだが、正直に言えば俺が想定していた以上のもてなしを受けてしまっているので若干引いていたりもする。単品で何が注文出来るのかを確認するために見たメニュー表に書いてある値段が、新卒1年目の社会人にしては頑張りすぎだろと。

「やっぱ夏は肉だよなー」
「そうだな。それは同意する。この店にはどう調べて辿り着いたんだ」
「塩見さんに紹介してもらったんだ。俺が頑張れば行けるグレードの店だろって」
「拓馬さんの紹介って時点で肉が美味いことも確定じゃねえか。いや、それにしたってこのコースはちょっと頑張りすぎたんじゃねえのか」
「最初は普通のコースで考えてたんだけど、京川さんが「クラファンコラボ曲メインのギター配信で飛んで来た分は予算に組み込んでいい」って言ってくれたんで、グレードを上げることが出来ました」

 朝霞がメンバーとして活動しているゲーム実況グループは、たまに音楽活動もやっている。音楽や楽器はずぶの素人だった朝霞も太一の暴走でギターを始めることになり、今では少しずつではあるが形になりつつあるようだ。
 壮馬の暴走でThe Cloudberry Funclubと件の実況グループ・USDXがコラボをしたことがあった。共同製作と言うのだろうか。そして春には自主制作盤の音源が頒布された。同時に公開された曲の動画はまあまあの再生数になっているという話も聞く。

「俺のギター自体はまだまだだから本来こんなに投げ銭をもらえるモンじゃないんだけど、実況や配信者界隈の金の飛び方っていうのがちょっと怖かったりもする」
「確かにギターで言えば俺の方が弾けてるまであるからな」
「お前もギター弾けるのか」
「軽くな」
「ドラマーって器用なのか? 菅野もピアノが弾けるんだ」
「全員じゃねえとは思うが。まあ、お前はギターの腕前はともかく、書く詞とボーカルはそれなりに良いからな」
「ありがとうございます」
「トリプルメソッドにもいくつか書いてるっつったか? 盆に拳悟がチラッと言ってたが」
「少しな。いや、トリプルメソッドに書いたってよりは、壮馬個人に書いてるつもりだったんだよ。ほら、アイツも最近弾き語りの動画チャンネル始めただろ。こういう曲が出来たーっつって壮馬が持ってきたモンにちょちょっと書いてやったらトリプルメソッドでもやってて、驚いてるのは俺もだ」
「あ? 動画チャンネルだ?」
「知らなかったのか? これだよ」
「ふーん」

 俺はあまり動画共有サイトを見る習慣はないから全く知らなかったが、長崎壮馬の動画チャンネルというのが立ち上がっていたらしい。曲の弾き語りはトリプルメソッドからTCF、そして対バンやコラボで縁のあったバンドまで多岐に渡る。

「「薫君の詞で曲やると悠哉君が好きな詞だっつって誉めてくれるんすけど自分でも書かなきゃダメっすねー!」っつって言うから「お前それは自分の詞で認められるようにならないと意味ないぞ」っつって」
「違いねえ。つかあのクソ犬何を言ってやがるんだ」
「まあまあ、食えよ高崎」
「ああ。……うっま」
「美味いよな」
「赤身肉にワインが最高だ」
「あー、いいなー…!」
「1杯くらい飲んだらどうだ、と言いたいところだが、1杯飲むとタガが外れる未来しか見えねえから今日は断固として飲ませねえからな」
「承知してます。俺が今日この店に来た目的ってのが、単品で頼めるこのメニューなんだよ。塩見さんが、お前は一度食うべきだって言って紹介してくれて」
「何だ何だ、そんなに美味いのか」
「これだよ、トリュフ卵かけごはんっていう」

 単品メニューのページにあるその写真は、米の艶や卵黄が光の当たり具合でめちゃくちゃ美味そうだし、削ったトリュフがふわっとかけられた感じが食欲をそそる。きっと香りがいいんだろう。

「TKGにトリュフって何だよ」
「興味しかないだろこんなの」
「ああ。拓馬さんは、お前を卵好きの同士と見ての紹介か」
「多分な。俺にはこの味をしっかり感じて感想を報告する義務がある。中途半端に酒を入れると味覚もバカになる」
「お前は食レポが上手いって話は伊東から聞いてるが」
「食レポで伊東さんの旦那を認めさせたからな。やっぱ俺の武器は語彙なんだよ」
「間違いねえ。それは認める」

 泥酔してめんどくさいことにならなきゃ話しててまあまあ面白い奴だとは思うんだ。ただ、酒が入るとめんどくせえというのが先に来る。

「どのタイミングで頼むかだな。シメかな?」
「まあ、そうじゃねえか? つか俺も頼んでいいか? こんなのどこででも食えるモンじゃねえし、やっぱ米食わねえと食った感じがねえ」
「頼め頼め」
「朝霞、今度ビールの美味いトコにでも飲み行くか。その辺の店でも、夏の間ならビアガーデンでも」
「いいんすか」
「ただし、部屋の鍵がどこにあるかは言っといてくれ。潰れたら容赦なく放り込んでやる。しがみつくなよ」
「了解した」


end.


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そんで結局飲み行くかって話になっちゃうから懐かれるんじゃないのか高崎よ
高崎がギターを弾いてる話はフェーズ1の頃にやってたはず。サークル室に置いて行かれたTKGのギター。

(phase3)

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