2022

■マーカーバンジー

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「えっとね~、今日は~、番組の打ち合わせもするんだけど~、その前に~、これをみんなに配って欲しいって言われたんで~、配りま~す」

 そう言って北星が持って来たのは首提げ式のカードホルダーだ。インターフェイス夏合宿ではここに名札を提げて活動する。単純に名前だけ書く人もいれば簡単な自己紹介として情報を書き込む人もいるし、去年のくるみはブログのQRコードを載せてたっけ(あれは賢いと思った)。とにもかくにも合宿を歩くときに必要となる物だ。

「2年生は青色の紐の方で~、1年生は赤い紐の方でよろしく~」
「はーい」
「それで~、忘れちゃうといけないから、名札は今作ることにしようと思って~。みちるちゃん、それでい~い~?」
「いいんじゃない? 1年生は何を書いていいかもわかんないだろうし。って言うか今やらないと一番忘れるのは北星でしょ?」
「そうなんだよ~。それじゃあ名札作りの時間を設けま~す。カードもあるんで~」

 名刺サイズのカードが配られ、名札作りの作業が始まった。1人2回まで失敗できるよ~と北星は言うけれど、失敗しないに越したことはないのでただの紙の上にレイアウトを作っていく。とは言え俺は特筆するような情報も特にない人間だから、今年もシンプルな名札になるだろう。
 と言うか、あまり名札をごちゃごちゃと飾り付けるタイプでないのは2年生3人全員だったようだ。見事にどこの大学から出て来ている誰であるか、何のパートであるかというくらいしか情報が書かれていない。いや、小さいカードに情報を山盛りにしたところでいつ見るんだという感じだし、一番大事なのはやっぱり名前だから。

「これは先輩たちに倣ってシンプルな方がいい感じですか?」
「それはみんなの自由だよ。ほら、ならっちはフレームをデザインしてるし」
「うーん、そしたら俺はどうしようかな」

 ならっちはマーカーペンを使って紙の四辺に草木の柄のフレームを描き始めた。それもなかなか凝った感じで、結構な時間がかかりそうだなという印象。名札の雰囲気からも青女さんだなって思うのはきっと偏見だろうけど、2年生がシンプルなだけにこれはこれでいいなと思う。こういうことを思いついて、実際に描けるということが。
 大ちゃんも何かしらデザインを起こしたいようで、紙の上にさらさらと線を引いている。映像作品を作っているだけあってそういったところのアウトプットなんかは得意なのだろうか。一方で、もう出来上がりましたと言わんばかりに2人の作業を眺めているのがジュンだ。手元には、ジュンとだけ書かれた簡素なカード。

「ジュン、それで終わり?」
「はい。ならっちみたく名札に飾り付けをっていうキャラでもないですし、大ちゃんみたくシュッとしたデザインを起こせるわけでもないので。でも、先輩たちの名札には近くありませんか?」
「まあ、そう言われたらそうなんだけど」
「え~。ジュン~、せめてさ~、空いてる角っ子とかにあの子描こうよ~」
「ええ……いつまでそれを引っ張るんですか」
「その子が名札に描いてあれば、対策委員はあの子がジュンなんだ~ってすぐ覚えるよ~」
「――って、対策委員の先輩全員に送ったんですか!?」
「対策委員で送ったのは当麻とくるちゃんととりぃだけだけど~、会議で話題になって~、みんな凄いね~って、ジュンってどんな子なんだろ~って言ってたよ~」
「うわあ……最悪だ……。あの後大変だったんですよ! 春風先輩がすがやん先輩にあの動画を見せたら次の日にはぬいぐるみ化されて!」
「ぬいぐるみ~!? いいな~、絶対気持ちいいよね~」
「実際気持ちよかったですけどそうじゃないんですよ……」

 シノからチラリと聞いた話によると、ジュンが北星に自分の顔と名前を覚えてもらうために作った短いアニメーション動画が一部対策委員の間で大反響。それがどんどん対策委員以外の人にも広がって行ってしまっているそうだ。北星が「こんなの作る子がいるよ~」と軽い気持ちで作品のファイルをみんなに送ったそうなのだけど……。

「ササ、すがやんってぬいぐるみなんて作るの?」
「多分すがやんなら作れると思う。手芸の趣味があるから。くるみから聞いたことない?」
「くるみからすがやんの名前はよく出るけど、そこまで突っ込んだ話はしないから。まあ、それはそうとして、ジュンの名札は確かにちょっと簡素すぎるね。向島大学のアナウンサーであることすらわからないのはちょっと」
「そうですか。すみません、そしたら1枚やり直させてください」
「大丈夫だよ~。1人2回までならリテイク出来るから~」

 書き直している名札の方には向島大学のアナウンサーであることが記され、さっきと同じように名前はしっかりと太く大きな文字でジュンと書かれている。微妙に空いている隅っこの方を、マーカーペンの先端がどうしようかやめようかと彷徨っている。その様子を見守る北星の目がいつになくキラキラしているものだから、よほどいい映像だったのかなとは窺えるのだけど。

「ええいっ」
「おっ、行った」
「やった~」

 半ば自棄だったんだろう。ジュンが名札の隅に描いた丸みを帯びたシンプルなデザインのキャラクターは、絶妙に光のない目の印象が実に特徴的で、シュールと言うか、ただ可愛らしいだけでない空気がある。話に聞くまっくろジュンジュンの要素がもしかしたらこの光のない目に表れているのか?

「これがインターフェイスで大流行中のキャラクターか」
「ササ先輩、誇張しないでください! 多分流行ってるのは春風先輩の中だけです!」
「でも、くるみとすがやんに話が行った時点でインターフェイス全体にぶわーっと広がったも同然だから。対策委員はもう広がってるって話だし、あと定例会と、くるみの班とすがやんの班にはもう伝播済みだと思うよ。諦めた方がいい」
「うわあ……」

 元は北星にのみ向けて作った動画が意図しない広がり方をしているであろう可能性を伝えたことで、ジュンは結構落胆してしまっている。でも、実際好きそうな人は好きなキャラクターだし、刺さる人に最初に刺さってしまったのが運だったのかもしれない。

「ジュン、よく頑張った。帰りにコーヒースタンドで1杯ごちそうするよ」
「みちる先輩恐縮です……」


end.


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引っ張れそうなネタはどんどん引っ張っていくのはナノスパのヤツ。
インターフェイスのメディアネットワークがどうしたとP1の頃に言ってたけど、今はくるやんがその役割を担ってるのか

(phase3)

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