2022
■思いがけないいい話
++++
「えっと、そしたら実戦的な練習に入ってこうかと思うんだけどいいかな? ペアごとに番組を通してみたり、機材を通してやってみたいと思うんだけど。サキ、どう?」
「いいんじゃない」
「この間決めたみたく、順番は最初が私と殿で、2番が夢子とサキ。で、トリが千颯とハリーだから、練習もそのようにやってみようか。サキ、それでいいよね」
「いいと思うよ」
盆が明けて、夏合宿に向けた実戦的な練習に入ってきた。あと2週間弱で番組をそれらしく仕上げなければならない。班は相変わらず静かなことには変わりないけど、振られた話には極力ちゃんと返事をしようと決めている。
この間、シノからその辺のことに関してそれとなく刺されたというのもある。彩人もくららのことを心配しているようだったし、その辺柔軟に対応しなきゃいけないのは1年生よりは2年生の副班長だよねと少し反省もした。
「いきなりすがやんみたくは出来ないよ」とは2人ともに言った。だけど2人ともが言ったのは「そこまでやれとは言ってない」ということだった。くららの言っていることに簡単に相槌を打ったり、1年生との架け橋になってやってくれ、とのことだった。
「俺たちは他のペアが練習してる間それを見て、気付いたことをメモしておけばいいかな」
「うん、それでいいんじゃない」
「じゃあそういう感じでやってこうか。で、それを修正しながら形にしていくっていう流れで。じゃ、私と殿からやってくよー」
俺が少し喋るようになったからか、千颯も少しずつ口を開くようになったような気がする。定例会でも静かな方だとは思うけど、くるみが言うには喋るときは結構喋るそうだ。場の空気を読んだ結果だったり、慣れるまでに時間がかかるタイプなのかもしれない。
「くらら先輩」
「どうしたの殿」
「……星ヶ丘では、番組の進行上、使うサインが独特だと」
「ステージやるときには確かにいろいろ使うけど、インターフェイスのラジオをやる上では特に影響はないかなと思うよ」
「“30秒前”というのが、あるといい。と、聞いたので、確認を」
「あっ、30は確かにあると助かるかも。でも向島では普段使ってないんでしょ? 大丈夫?」
「タイムキープは、ミキサーの仕事なので。どう出しますか」
「そしたら、3の指にして出してくれる?」
「わかりました。この辺りで、見えますか」
「うんうん、ちょうどいい感じー」
星ヶ丘で使うハンドサインであったり、どの位置で出すと見やすいのかというところまでしっかり確認してるのは、いいね。殿という子の人となりを知ってれば「殿ならそれくらいの気配りは当然出来るよ」って思うんだろうけど、知らないとびっくりするかもね。
「夢子、青女ではそういうのある?」
「私たちは、星の回る導きに従うだけ……」
「特にないんだね。了解」
星の導きって言いながらストップウォッチを翳すんだもんなあ。確かに1日が24時間だとかそういうのは地球がどこをどう回ってるかっていうので決まってるんだろうけど、その分野はあまり強くないんだよね。今度勉強して春風に聞いておこう。
「声を、急に張り上げる予定は」
「ないです」
「では、声を。ゲインを合わせます」
「あっあっあー、時計の針は午後1時を回ったところです」
「……顔が、少しマイクに近いかと」
「えっうそ」
「背筋が、前傾になっています。まっすぐになってもらって……マイク位置を直します」
「はーい」
うん、いい感じだね。先輩相手だとその辺の指摘が出来なかったりする子もいるけど、殿に関しては全く心配要らないみたいだ。ペア打ち合わせでまあまあ話せてるのかな? それとも本人の性質?
番組を通して練習していても、曲の途中でトークのピッチが、という風にちゃんと気付いてアナウンサーに伝えられてる。いいね。音の扱いに関しても安定感があるし。さすが、向島で実戦デビューしてるだけあってその辺は評判通りだね。
「はー…! 疲れたぁー。どうだった? サキ、どう?」
「トークの内容自体は特に問題ないし、合宿当日の様子を見ながらライブ感を持たせられるところは持たせていいと思う。あとミキサーが凄く良かったね。アナウンサーを見ながら構えられてた感じがある。直前に確認してた30秒のサインも利いてたんじゃないかな」
「千颯は?」
「え。大体サキに言われたんだけど。えーっと、直前に指摘されてたマイクの前での姿勢をちゃんと保ててたのは頑張ったと思うよ」
「だよね! 背中痛いんだけど! じゃ、10分休憩して夢子とサキの番組やりまーす」
飲み物を買いに部屋の外に出る。殿も飲み物が欲しいようで、目的地は同じみたいだ。少し気になることを聞いてみよう。
「お疲れ。凄く良かったよ」
「ありがとうございます」
「星ヶ丘の30秒サインの件、誰から聞いたの」
「奏多先輩から、聞きました。奏多先輩も、星ヶ丘のアナウンサーと、組んでいるそうで」
「へえ、そうなんだ。くららとのコミュニケーションが結構上手く取れてるようだけど、ペア練習とかで結構仲良くなった感じ?」
「……それは、わかりません。ただ、俺が与えがちな威圧感を、安定感に変えろと、緑ヶ丘のエージ先輩が助言してくれました」
「エージ先輩? え、いつ? どこで?」
まさかの名前が出てきて、思わず前のめりで質問責めにしてしまう。だけど、殿とエージ先輩にどんな繋がりがあったのか、ちょっと気になって。
「ウチの4年生の律先輩がバイトをしている、山浪の喫茶店で、たまたま」
「りっちゃん先輩って、何でも出来て凄い先輩だって話だよね。え? そこでエージ先輩と会ったんだ。でも山浪ならそういうこともあるのかな」
「無理に口数を増やさずとも、アナウンサーを見て、心を配り、構える。それに技術が伴えば、信頼は生まれると」
「……そういういいことを、俺にも言って欲しかったなあ」
だけど、それを今聞けたのは良かったのかもしれない。俺も言葉選びが下手で空気をトゲトゲさせがちだから。今日だって結構頑張って喋ってるし。でも、シノと彩人にはこの程度で良しとしてもらいたい。
「そろそろ戻ろうか」
「そうですね」
「さーてと。ミキサーとして人にあれだけ言ったんだから、俺も頑張らないと」
end.
++++
エイジが密かにいい仕事をしていたらしい件。サキにも間接的に影響を与えるか
口数が少ないなりに個性豊かな1年生たちをどうにかしたい
(phase3)
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「えっと、そしたら実戦的な練習に入ってこうかと思うんだけどいいかな? ペアごとに番組を通してみたり、機材を通してやってみたいと思うんだけど。サキ、どう?」
「いいんじゃない」
「この間決めたみたく、順番は最初が私と殿で、2番が夢子とサキ。で、トリが千颯とハリーだから、練習もそのようにやってみようか。サキ、それでいいよね」
「いいと思うよ」
盆が明けて、夏合宿に向けた実戦的な練習に入ってきた。あと2週間弱で番組をそれらしく仕上げなければならない。班は相変わらず静かなことには変わりないけど、振られた話には極力ちゃんと返事をしようと決めている。
この間、シノからその辺のことに関してそれとなく刺されたというのもある。彩人もくららのことを心配しているようだったし、その辺柔軟に対応しなきゃいけないのは1年生よりは2年生の副班長だよねと少し反省もした。
「いきなりすがやんみたくは出来ないよ」とは2人ともに言った。だけど2人ともが言ったのは「そこまでやれとは言ってない」ということだった。くららの言っていることに簡単に相槌を打ったり、1年生との架け橋になってやってくれ、とのことだった。
「俺たちは他のペアが練習してる間それを見て、気付いたことをメモしておけばいいかな」
「うん、それでいいんじゃない」
「じゃあそういう感じでやってこうか。で、それを修正しながら形にしていくっていう流れで。じゃ、私と殿からやってくよー」
俺が少し喋るようになったからか、千颯も少しずつ口を開くようになったような気がする。定例会でも静かな方だとは思うけど、くるみが言うには喋るときは結構喋るそうだ。場の空気を読んだ結果だったり、慣れるまでに時間がかかるタイプなのかもしれない。
「くらら先輩」
「どうしたの殿」
「……星ヶ丘では、番組の進行上、使うサインが独特だと」
「ステージやるときには確かにいろいろ使うけど、インターフェイスのラジオをやる上では特に影響はないかなと思うよ」
「“30秒前”というのが、あるといい。と、聞いたので、確認を」
「あっ、30は確かにあると助かるかも。でも向島では普段使ってないんでしょ? 大丈夫?」
「タイムキープは、ミキサーの仕事なので。どう出しますか」
「そしたら、3の指にして出してくれる?」
「わかりました。この辺りで、見えますか」
「うんうん、ちょうどいい感じー」
星ヶ丘で使うハンドサインであったり、どの位置で出すと見やすいのかというところまでしっかり確認してるのは、いいね。殿という子の人となりを知ってれば「殿ならそれくらいの気配りは当然出来るよ」って思うんだろうけど、知らないとびっくりするかもね。
「夢子、青女ではそういうのある?」
「私たちは、星の回る導きに従うだけ……」
「特にないんだね。了解」
星の導きって言いながらストップウォッチを翳すんだもんなあ。確かに1日が24時間だとかそういうのは地球がどこをどう回ってるかっていうので決まってるんだろうけど、その分野はあまり強くないんだよね。今度勉強して春風に聞いておこう。
「声を、急に張り上げる予定は」
「ないです」
「では、声を。ゲインを合わせます」
「あっあっあー、時計の針は午後1時を回ったところです」
「……顔が、少しマイクに近いかと」
「えっうそ」
「背筋が、前傾になっています。まっすぐになってもらって……マイク位置を直します」
「はーい」
うん、いい感じだね。先輩相手だとその辺の指摘が出来なかったりする子もいるけど、殿に関しては全く心配要らないみたいだ。ペア打ち合わせでまあまあ話せてるのかな? それとも本人の性質?
番組を通して練習していても、曲の途中でトークのピッチが、という風にちゃんと気付いてアナウンサーに伝えられてる。いいね。音の扱いに関しても安定感があるし。さすが、向島で実戦デビューしてるだけあってその辺は評判通りだね。
「はー…! 疲れたぁー。どうだった? サキ、どう?」
「トークの内容自体は特に問題ないし、合宿当日の様子を見ながらライブ感を持たせられるところは持たせていいと思う。あとミキサーが凄く良かったね。アナウンサーを見ながら構えられてた感じがある。直前に確認してた30秒のサインも利いてたんじゃないかな」
「千颯は?」
「え。大体サキに言われたんだけど。えーっと、直前に指摘されてたマイクの前での姿勢をちゃんと保ててたのは頑張ったと思うよ」
「だよね! 背中痛いんだけど! じゃ、10分休憩して夢子とサキの番組やりまーす」
飲み物を買いに部屋の外に出る。殿も飲み物が欲しいようで、目的地は同じみたいだ。少し気になることを聞いてみよう。
「お疲れ。凄く良かったよ」
「ありがとうございます」
「星ヶ丘の30秒サインの件、誰から聞いたの」
「奏多先輩から、聞きました。奏多先輩も、星ヶ丘のアナウンサーと、組んでいるそうで」
「へえ、そうなんだ。くららとのコミュニケーションが結構上手く取れてるようだけど、ペア練習とかで結構仲良くなった感じ?」
「……それは、わかりません。ただ、俺が与えがちな威圧感を、安定感に変えろと、緑ヶ丘のエージ先輩が助言してくれました」
「エージ先輩? え、いつ? どこで?」
まさかの名前が出てきて、思わず前のめりで質問責めにしてしまう。だけど、殿とエージ先輩にどんな繋がりがあったのか、ちょっと気になって。
「ウチの4年生の律先輩がバイトをしている、山浪の喫茶店で、たまたま」
「りっちゃん先輩って、何でも出来て凄い先輩だって話だよね。え? そこでエージ先輩と会ったんだ。でも山浪ならそういうこともあるのかな」
「無理に口数を増やさずとも、アナウンサーを見て、心を配り、構える。それに技術が伴えば、信頼は生まれると」
「……そういういいことを、俺にも言って欲しかったなあ」
だけど、それを今聞けたのは良かったのかもしれない。俺も言葉選びが下手で空気をトゲトゲさせがちだから。今日だって結構頑張って喋ってるし。でも、シノと彩人にはこの程度で良しとしてもらいたい。
「そろそろ戻ろうか」
「そうですね」
「さーてと。ミキサーとして人にあれだけ言ったんだから、俺も頑張らないと」
end.
++++
エイジが密かにいい仕事をしていたらしい件。サキにも間接的に影響を与えるか
口数が少ないなりに個性豊かな1年生たちをどうにかしたい
(phase3)
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